123話 足りない幸福
驚いたあ、まさか通じるようになってたなんて。
アトリエへの道中、ニーアの頭の上で物思いにふけるプルルだった。
ま、原因とえばユグドラウスの所だなあ。
ニーア達には適当に誤魔化したから大丈夫そうかな。
元々スライメリクの体だからアーカーシャにもスライムとして認識されているはずだから、下手なこと言えないしなあ。
ああ、もどかしい。
全部ぶちまけたいけどその時までプルルを演じなきゃ。
問題はアルとメルかな、ジェイルはバカだからいいとして、特にアルは妙に鋭いし、はあ気が重い。
「ーール、プルル? 聞いてる?」
「ぷる? 聞いてないぷ」
ニーアの問いかけに気づきプルルは聞いていないと正直に返事をした。
いやいや、どうも語尾がおかしいみたい。
オルキスの声真似がどうもそういう風に聞こえてるらしい。
ぷってなんやねん。
いや、そもそもプルルってそう言うことかあ。
叫びたい、本当の名前を、本当の名前はーー
「名前はぷるるー!!」
「え、なにどうしたのいきなり?」
ニーアは突然、自らの名を上げたプルルに驚く。
「な、なんでもないぷ」
名前が出なかったことが結果的に良かったのだが釈然としない気持ちが体を溶かす。
以降、プルルは自分の存在証明を諦めた。
ーーオルキスのアトリエ
ザラクにプルルが見つかるや否や斧で分断されそうになったことは暫く夢にも出てくるほど恐怖として刻まれた。
ティアは入ることなくヨネアの手伝いをしたいと城へと戻っていった。
ようやく落ち着いた所で、ザラクとオルティの再会が果たされる。
「本当にオルティか?」
幽霊でも見るように震えた手でオルティの手を握り、それが確かなものだと確信するとじわりと目頭に想いが溜まっていく。
「もう、泣くのはまだ早いから」
「ばっかもん。泣いてなんぞおらんわ。そもそも死んだような仕掛けまで施しおってからに、泣いてなぞーー!」
ザラクは次にバツが悪そうに入ってきた人物に硬直する。
それこそ、死んだと今の今まで思っていた人物だった。
生きているかもしれないオルティの登場にはなんとか保っていた強がりが一気に溶けた。
「久しぶり……父さん」
照れ隠しか頭をかきながらアトリエへと足を踏み入れるキャスにザラクは拳を握りしめ肩を震わせる。
「このっーー」
ザラクは拳を振り上げる。
殴られると察したキャスは身を固くしそれを受け入れようとする。
だが、殴るにはほど遠い軽い衝撃がキャスの胸に届いた後、キャスは引き寄せられ力強く抱きしめられた。
「よく……帰ってきた。それだけでわしは充分じゃ」
殴られると思っていたキャスは父の意外な反応に戸惑いながらも同じく力を込めた。
「ただいま。父さん。ずいぶん軽くなったね」
「このバカ息子が。お前はなんにも変わっておらんな……」
時間のズレが無理矢理辻褄を会わせていく。
あの時と変わらないキャスは年を取った父の姿に失った時間の大きさを痛感し、その時間の穴を埋めるように優しく力強く抱きしめた。
「ひぐっ……お爺ちゃん」
もらい泣きしたオルキスは誰よりも大粒の涙を流し一緒に抱きしめられる。
オルティも目を潤ませながらさらに包み込む。
ようやく家族が揃ったのだ。
その再会の場面をニーアとダーナスは見つめていた。
二人は自分の事のように嬉しく思うのと同時に埋められない穴がより際だつような気持ちも生まれていた。
「ウィル兄……ハクト兄、お母さん……お父さん」
その光景が自分に訪れることがあるのだろうか。
いつか皆で帰ることができるのだろうか。
今は到底たどり着けない夢想を胸に抱く。
きりきりと心臓が締め付けられていく。
ふと肩を抱き寄せられダーナスの肩に頭を寄せる。
「前に進もう。前に進む限り、希望はなくならない。私にはもう兄しかいないけどな」
「ウィル兄みたいな事言うね……」
「そうか? いやそうだろうな。あいつのおかげで前に進むことができた。あいつの存在はそれほど大きいんだな」
その発言に思わずニーアは顔を上げダーナスを見上げる。
「それって……もしかして」
「……忘れてくれ」
紅潮した頬は隠せず、ニーアは微笑んだ。
「ウィル兄め……」
恨みがましい言葉ではあったが、その表情は柔らかく再会を強く願うのだった。
こんなにも待ってくれる人がいる。
人生を変えさせた本人がこの場の幸福に立ち会えていないことが悲しくもなった。