120話 再考
疲れ切った体は直ぐに眠りへと落ち、一瞬の後、太陽が顔を出した。
朝、出立の準備をする。
関門の兵士に帰還を告げていたためか、時間ができたのかフィドルが駆けつけて来てくれ、整備ができたばかりの飛空挺を一隻回してくれるとのことだった。護衛の兵士と共に軍用の発着場のある城へと向かう手はずだった。
フィドルは人数が増えたことにも驚きはあったが、一人欠けていることにもすぐに気づいた。
「あいつは?」
あいつとはウィルの事だと皆言葉を噤む。
それを死んだと受け止めたのか、フィドルは俯く。
「そうか……それは難儀だったな」
妹であるニーアに悲しみを浮かべる。
「まあそうだね」
あまり悲壮感の漂っていないニーアの様子にフィドルは勝手に心を打たれた。
「あまり無理をするなよ……失ったのは俺も一緒だ。気持ちもよくわかる」
ニーアはすれ違いに気づき、言いにくそうに困った表情を浮かべるとさらに勝手に解釈して悔しそうに目に涙をためていく。
「んー、感傷に浸ってる所悪いんだけど。ここに居ないだけで生きてるんだよね。一応」
一応と付け足したのは果たしてウィルが、という意味もあった。
「そうだな、生きてるよな。皆の心に」
「だあから! 本当に生きてるって!」
ニーアは声を荒げ明確に明瞭に勘違いを正した。
フィドルの頭に落とし込めたのは発着場で飛空挺に乗り込むその時までかかった。
「いや、すまん。勘違いした」
「知ってる」
申し訳なさそうにしているフィドルに軽く言うものの、あの状態を生きているといっていいのかも正直ニーアに計りきれなかった。今はウィルに会わせてやると言ったルイノルドの言葉を信じるしかなかった。
ただその話し方も引っかかる部分がありその意味をそのまま受け止めるのは難しかった。
「出発ですか?」
思い出す内に発着場にベアトリアが姿を現した。
相当な激務なのだと伺わせるほどベアトリアの美しさは疲れでなりを潜めていた。
それでも明らかにウィルを探す姿はさすがだとニーアは思った。
ただフィドルとは違い直ぐに納得してくれて心底助かった。
「本当は弟も見送りできたら良かったのですが、なにぶん彼は国中を回っていまして」
クレスの姿が見えない。
ベアトリアが大量の紙を前に奮闘する中、各地の治安や現場での対応に脚を棒にするのはクレスの仕事らしかった。
会話もそこそこに皆乗り込み、エイジアへ飛び立つ。
姿が見えなくなるまで二人は見送ってくれていた。
ーーーー
仮面の下で目を覚ました。
草原のど真ん中で彼は空を見上げていた。
はずだったが影がそれを遮る。
大型の狼獣、シャッテンヴォルフだ。
物言わぬ餌だと思ったのだろう、目を開いたルイノルドに驚きを見せた。
「餌じゃねえぞ」
特に凄むでもなく告げると、理解したのか軽く唸った後、身を丸くして横たわった。
ゆっくりルイノルドは体を起こしシャッテンヴォルフを眺める。
「ん、魂持ちか。起こして悪いな」
ルイノルドは頭を撫でると気持ちいいのかヴォルフはその身を任せた。
「さて、変なとこに飛ばしやがったか? あいつは?」
するとヴォルフは鼻を鳴らしその先を向く。
すこし離れた所に、同じように倒れた少年がいた。
「おい、ウィル……じゃねえ、リベリアか?」
ルイノルドは立ち上がり横たわる少年に声をかけるとうっすらと瞼を開け、蒼い瞳が輝く。
「ルイノルド……でいいか」
少年は起こしたルイノルドに呼び方を確かめた。
「リベリアか。それでいいよ」
ルイノルドの腕を掴みリベリアは体を起こす。
「ここは?」
見渡す限りの草原に目を丸くする。
「たぶん、アストレムリじゃねえかな、ほら」
ルイノルドの指さす先にははっきりとした輪郭でエヴィヒカイトの塔がそびえていた。
「敵地か」
リベリアは剣の柄に手を添えるとルイノルドが止める。
「誰もいねえって。俺といる限りアーカーシャに特定されることもないしな」
ルイノルドがそう言うとリベリアは手を離す。
「把握した。してどうする?」
リベリアは自分の体を確かめるように顔をさわり腕を触る。
ここにいるのは自分だと確認したいためだった。
「そうだな。俺たちは欺き続ける必要がある。敵もニーア達もな。まずはウィルを戻すのが第一だな」
「できるのか? 身の内にあった宿主の存在は既に同化してしまったが」
「大丈夫さ」
そう言ってルイノルドは仮面を外し、リベリアに顔を晒す。
目を見張ったリベリアだったが理解を頷きで返した。
「なるほど。楔の解放も我の使い所も納得した。外部の存在にも関わらず貴様達の協力は嬉しく思う」
「話早くて助かるわ」
そう言うとルイノルドは仮面を戻した。
再び顔が見えなくなるとエヴィヒカイトに向かって歩き出した。
「もう一度聞きたいのだが」
「なに?」
「ルイノルドと呼べばいいんだな」
「……ああ」
シャッテンヴォルフは消えていく後ろ姿を見守った後、森に向かって姿を消していった。