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蒼眼の反逆者 〜ウィル〜  作者: そにお
第4章 蒼の煌き彼方にて、慟哭と共に
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118話 それでも

 柔らかな風が頬の涙を乾かした頃、ようやく状況の把握へと前へ向いた。


「ここでアストラルマナ、つまり魂がなくなることはないよ。ただの外傷だけなら彼らのマナを借りて塞ぐことができたんだ。それをあの緋眼の子、ナルガだっけ? 知らないはずはないんだが」


 ユグドラウスは彼らが消えた景色を眺めながら目を細める。


「じゃあエリクサーなんていらないんじゃ? アドルもここにつれてくれば」


 レインシエルが傷一つなくなった胸を確かめる。

 服だけは直らず、ウィルが残していった薄いフードコートを羽織って隠していた。


「ああ、それは無理だよ。あくまでこの空間で受けた傷限定だから。塞ぐというよりも戻すといった方がいいかもね。外で受けた傷は戻しようがないからね。ましてやマナそのものを歪ませている傷に干渉するのは無理だろうね」


 あっさりと否定するユグドラウスにレインシエルは、あ、そうとだけ返しフードの裾を掴む。


「……ウィル兄達はどこにいったの?」


 まだ俯きがちのニーアがいなくなってしまった兄達の行方をユグドラウスに伺う。

 上目遣いの彼女の目は赤く、乾いた涙の道が下へと跡を残していた。


「……ああ、それはなにぶん急だったからね。どこに飛ばしたか検討がつかないよ」


 少し返答に逡巡した後、眼鏡を託しあげて答える。


「大丈夫だよ。彼らは安全なところにいるから」


 突如、ユグドラシルの扉の方から少女の声が聞こえ、皆、振り返る。

 扉の後ろからひょっこり顔を出し、そのまま軽やかな足取りで合流する。

 体が跳ねる度に綺麗に解かれた白に薄く金を纏ったような長髪が弾む。


「誰?」


 レインシエルは場違いな登場をした少女を不機嫌そうに迎え、メレネイアがその少女に驚いたように手で口を覆っていた。


「アリスニア……」


 言葉を失ったメレネイアの代わりにその名前を口にしたのはニーアだった。

 虚ろげな瞳にはその少女に対してなんの感情も伺えず、口から出ただけのようだった。


「そんな、アリスニア……どうして!?」


 ようやく言葉がでたメレネイアは目の前の光景を信じられないと未だ受け入れることができない。

 もう会えるはずがないと思っていたからだ。

 だが、事情を知っているはずのオルティはやっとの登場にむしろ呆れていた。

 オルティとの態度の違いにメレネイアは困惑を抑えられなかった。


「オルティ、知っていたのですか?」


「まあ、知ったのは最近だけど。私も最初はびびったから安心して」


 何が安心なのかは不明で有耶無耶になってしまうが、目の前の光景を信じざるを得なかった。


「でも、あなたは結界壊しの時にーー」


「うん、死んだよ?」


 メレネイアが苦々しさはあっけなくアリスニアに肯定された。

 本人は自覚していないと思うくらいにあっけらかんと自らの死を認めた。

 絶句するメレネイアに、ああ、と両手を合わせた。


「ごめんごめん。慣れすぎちゃったみたい。もちろん、あの時死んだから姿は10年前のまま本当はメルみたに出るとこ出るはずだったんだけど。あ、話それちゃった。今の姿はアストラル体で肉体はもうないけど精神だけは生きてるって感じかな。やろうと思えば外で姿を出せるけど眠くなっちゃうからあんまりそれもできないんだよ」


 まくし立てるように自らを説明するアリスニアだが、誰もその話題についていけず聞き慣れない単語を反芻するしかできなかった。

 ようやく受け止めきれない状況に気がついたのか更に口を開けようとした所で留まった。


「ごめん。舞い上がっちゃった」


 ぺこりと軽く頭を下げる。

 

「つまり肉体は死んだけど魂は生きているってことですか?」


 オルキスの整理が早くつきなるべく簡潔に確認した。

 それに集中しないと今度は自分が泣いてしまうと、ただの代替であった。


「そうそう。さすがオルティの娘さんだね。オルキスちゃん」

 

 子どもをあやすようにオルキスの頭をなでる。

 自分とあまり変わらない見た目とのギャップに戸惑う。

 

「そんなことが……ありえるのですか。いやあり得るのでしょうね」


 無理矢理にでも納得したメレネイアは眉間にしわを寄せていた。

 尖った耳が所在なさげに揺れる。


「さて、昔話に一夜明けてもいい所だけど、あまり長居するのは知覚時間と外とのずれもあるから良くないね。僕との契約を進めよう」


 ユグドラウスはニーアの前に進み出て、話を本題に戻した。


「契約って?」


 ニーアが聞き返すと意外そうに目を開いた。


「ん。あの2人は正しく言ってないようだね。楔の解放と共に僕を召喚する契約さ。2人と同じさ。契約の証と媒体として(ぎょく)を授ける。後は必要な時に呼んでもらえれば同調して外に顕現するわけさ」


「ユグドラウスはそのまま出てくるの?」


「いやいや、もちろん適した竜の姿で出るさ。出ざるを得ないんだけど。出て欲しいのはわかるけどね」


「ううん、竜でいいよ」


 ニーアは軽く笑うとユグドラウスは残念そうにしながらも少しだけその様子に微笑んだ。


「ユグドラウスと契約した後はエイジアに戻ってアドルの治療だよね」


 まるで共にいたかのように当たり前に次の計画をアリスニアは話す。


「どこまで知っているの?」


 ニーアの疑問はアドルの話以上に含みを持っていた。

 それを正しく受け取ったアリスニアは瞳を悲しげに曇らせた。


「決まっていることはだいたいね」


「決まっている?」

 その意味がわからず更に追求したかったが、横やりが入りタイミングを逃してしまった。


「アーカーシャの事は話さないの?」


 オルティがもう一つの単語を口にする。

 それに対しアリスニアは難しい顔をする。


「うーん。ごめん。今はっきりとしたことは言えないや。できれば今は知らないままで進んで欲しい。オルティもごめんね。大したこと言えなくて。けど言えないし言っちゃいけない。全部変わってしまう可能性があるから。それとウィル達、ナルガの事も今は言えない。答えは彼らが出すから直接聞いてほしい」


 アリスニアの言葉の一つ一つを吟味するように噛みしめ、わかったとだけオルティは告げた。

 そのやり取りに聞き出すことも憚られただその単語を頭の中に閉じこめておいた。


「さあ、時間がない。エファンジュリア。手を」


 ユグドラウスは手を差し伸べるとニーアはゆっくりとその手を取った。

 ユグドラウスの手を通して流れてくる力、感情、思いのような水がニーアへ渡り、唄が紡がれていく。

 

「優しい唄。あの人が信じたニーアで本当によかった」


 唄に促されるように戦闘で押しつぶされ切られた花が天を向きニーアを中心に咲き誇る。

 同時に世界が歪んでいく。

 この空間からの帰還の始まりだった。


 霞んでいく景色の中にもう二人の影がニーアの目に映った気がした。



ーーーー


「行っちゃったけどいいの?」


 アリスニアは後から現れた二人に顔を向ける。


「ああ、何も問題ない。余計な疑問を増やすだけだからな」


 しゃがれた年老いた男の声。


「とか言って恥ずかしいだけでしょうに」


 透き通った女性の声。


「インフは?」


 アリスニアはもう一人のここにいない名前を出す。


「あいつは完全に制御されてしまっているな。勇ましさだけはある少年だったが。少年さゆえ脆い」


「そう……ってあら?」


 この空間にいるはずのない者が残っていることにアリスニアは気づいた。

 目線を下に向けるとふるふるとそれは体を揺らす。


「ぷるる!」


 自らの存在を誇示するように身を震わすプルルはユグドラウスに訴えかけるように背を伸ばす。


「はあ……通りでただのスライメリクの残滓じゃないと思ったら、そういうことか」


 ユグドラウスは屈んでじっくりとプルルを見つめるとため息をついた。

 ユグドラウスは手を伸ばしプルルに触れる。


 その途端、プルルは光に包まれ徐々に光の背が高くなっていった。

 光がほどけ始めるとアリスニアには腹を抱えて笑った。


「ちょ、ちょっと待って。苦しい。はぁもうそういうことか。久しぶり」


「……」


 それは一生懸命に口を開くが声としては届かなかった。


「そうなの? やっぱり壁のない外はいいなぁ。うん、分かってるよ。言わないよ。でも戻ってきたと思ったらスライムかあ……だめ耐えられない」


 再び吹き出すアリスニアにふんぞり返って不満を訴える。


「もうつらい……。けど再会できてよかった。ウィル達が来てくれたから成功したのは確信してたけど良かった良かった」


「怪しまれない内にもう行くぞ。リズ」


 しゃがれた声が隣のリズと呼ばれた女性を呼ぶ。


「そうですね。ヤト。多分あなたはニーアにいなかったこと責められるでしょうけど」


 ヤトはそれを聞いて、嫌そうに唸る。


「それは全部ユグドに任せる。お前のネーミングセンスと一緒にな。お前だけ原型ある名前なのは許せん」


「ええ、今それ言いますか? 何百年前だと思ってるんですか。これだからお爺さんは……ああ、はいはい。説教される前に行きましょうか。いや、ニーアと共になった今、結局避けられないのか」


 ユグドラウスは大きくため息をつき、発言を後悔した。


「それじゃあ、また」


「ああ」


「そうね。また集まりましょう」


「このポータル空間は繋いだままにしておくから呼んでくれればいいよ。あ、プルルだっけ? その姿は情報量が足りないから戻すからね」


「……! ぷるる!?」


 ポンと小気味よい音と共にプルルは姿を戻していき三人と一匹は消えていく。

 ユグドラウス以外の三人だった彼らの耳はどちらも尖っていた。

 残ったアリスニアは風のささやきを耳に残した後、光に消えていった。

「もう少し……」


 遅れてきた上にあからさまにしょげているプルルを見て皆、何があったのかと思ったがぷるると鳴くだけで検討つかず、しょげたままニーアの頭へと乗るのだった。

 

 




 



 

 

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