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蒼眼の反逆者 〜ウィル〜  作者: そにお
第4章 蒼の煌き彼方にて、慟哭と共に
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115話 選択運命論

 一人失ったにも関わらずナルガは涼しい顔のままだった。

 それどころかそれをただ助けにも行かず傍観していたようにも思えた。


 その態度にウィルは怒りが沸き上がる。

 それと同時に自分とはやはり違うのだと安心さえ覚えた。


「お前、仲間が死んだのになんでそんなに変わらねえんだ!」


 自分だったら違う。

 それを確実にするための言葉だった。


「……死ぬ運命だった。それだけだ。何も変わるわけないだろう」


「運命だ?」


 戦いの最中に言葉をかわす二人にウィルと息を合わせナルガ詰めるユーリ達。

 会話で気が散ることもなく、変わらずに避けられる。

 導線が明確になる一瞬前に、まるで分かっているような動きは気持ち悪さまで感じられる。

 目まぐるしく変わる攻撃に目をやることもなくより鮮やかに合理的に避け続けられる。


「ふざけやがって……!」


 避けるなら避けられなくすればいい。

 短絡的だったが今のウィルにはそれしか思いつかなかった。

 ナルガの速さに追いつくべく自らも剣を体を考えるよりも先に繰り出していく。


 やがて、追いつけなくなったユーリ達は取り残されるようにナルガとウィルの戦いに遅れていき、レインシエルの前に立ちながら戦い、レインシエルも動きを止め、二人だけの空間ができあがる。


 剣をかわす二人は剣舞のような別世界が広がっていた。

 空気を裂く音が次第に金属との衝突音が混ざっていく。

 ウィルの速さがナルガに追いついて来たことを示していた。


もっと、もっと、もっと速く。

もっと、もっと、もっと重く。


 自動的に繰り返される反芻がウィルの動きから無駄をなくし、初めてナルガの表情に変化をもたらした。

 ナルガは溜まっていた息をようやく吐き出し、呼吸音が大きくなると同時に緋と蒼の衝突が増えていった。


「ここまでか……」


 ナルガがつぶやくと突如、ナルガは膝を追った。

 唐突な終焉にウィルはナルガの頭に剣先を向け動きを止めた。


「やはり、この体では持たないな……」


 ナルガは頭を上げ目の前の剣先のを見据える。

 怯えも恐怖もなくただ目の前の結果を受け入れていた。


 ウィルの体がようやく遅れてきた限界を自覚し、汗と息切れが一気に訪れ、筋肉の疲労で剣を保つのも精一杯だった。


「これで……終わりだ」


 息も絶え絶えにナルガの終わりを告げる。

 軋む腕を何とか上げ、ナルガとの決着をつけようと両手で剣を掲げる。


「待って!」


 振り下ろそうとした手が止まる。

 目の前にセラが跪いていた。

 守るように手を広げてその瞬間を止めようとウィルを見上げていた。


「セラ、余計な事をするな。必要ない」


「必要だからこうしてるの。黙って」


「なにを……」


 剣を早く下ろしたい気持ちがあったが、ウィルは耐える。

 耐えてしまっていた。


「降参よ。戦う意志はないわ」


 ウィルは見るからに戸惑う、目が泳ぎ剣がぶれる。

 


「だめです。ウィルさん、それはなんの意味もない」


 とうに限界に達していたユーリはへたり込みながらウィルの迷いを正そうとする。

 レインシエルもラプタは息を整えることで精一杯でただそれを見守るしかできなかった。



「そうだ。もう後に引けない。先にそうしたのはお前等なんだ」


 ユーリの言葉に揺らいでいた剣が止まる。

 目をつむることもなくセラは迫る剣を眺め続けていた。


こいつらは前を向いた人の命を奪った。

当事者でもないくせにあっけなく命を掠めとったんだ。


 同じ顔をしたナルガを早く消してしまいたかった。

 いつか時分がそこにいるような気がして、早く決別したかった。


「ナルガのことも話す」


 セラはその刹那に話す。

 ウィルの目が見開かれる。


 ザクッ


 その音は肉を切り裂く音ではなく、ウィルの剣は地面へと虚しく刺さっていた。


「ウィルさん!」


 ユーリが声を荒げる。


「俺は、こいつらとは違う、違うんだ。それを確かめてからでも遅くないだろ」


 個人的な身勝手な理ということは分かっていた。

 ただそれでもナルガの事を知っておかねばならなかった。

 なぜ自分と同じ顔なのか、今すっきりしておきたい。

 そして自分とは違うということを確信したかった。


 ウィルは決めたことだと、剣を鞘に戻す。

 セラはあからさまに肩から力が抜けていた。

 どこかやりきったような、表情はようやく理解した死の気配から脱いでたからだろう。

 ナルガも剣を消し、左手の剣は鞘に戻された。


 ウィルが剣を納めたことから全員、気が緩み、そのつもりがなかったユーリも気づけば立ち上がる力すらなくなっていて、へたり込んだままだった。


「さあ、話してもらうぞ。お前は何者でどうして俺と同じ顔なんだ!」


 ナルガはゆっくりと立ち上がりセラの腕を引っ張り上げる。

 

「セラ、お前は余計なことをするな」


「感謝されても注意される覚えはお互いないはずよ」


 そしてウィルをその緋眼で見据える。

 冷静に見ても髪色と瞳が違うだけでウィルと同じだった。

 こみ上げる吐き気を抑えるので精一杯だった。


 何事もなかったように立ち上がる動きへの疑問は皆無で注意が遅れた。


「教えてやる。その前にアドバイスだ。敵をそう簡単に信じるな」


 ナルガの瞳に力が灯る。その瞬間ウィルは悟り後悔した。


 剣を抜く暇もなく、消えていたナルガの片翼の剣が顕現し、ウィルへと迫る。

 誰も動けない。

 終わったと思っていた戦闘を再び開始するのは難しい。

 

 それでも、無理矢理身を捩りウィルは剣を避ける。

 いや、避けさせられたと言っていい、どんな達人であろうとほぼ零距離と虚を突かれた以上、無傷は不可避だ。


 しかしながら、来るはずの二撃目は来なかった。

 ウィルに向かうはずのナルガはウィルを放置し、別方向へ走り込んでいく。

 ニーアが狙いかと思ったがメレネイアが固めていた。


 ウィルはナルガへの視線を移す最中、一瞬、安堵が過ぎり、直後、自分を呪った。


「見えていたんだよ。お前があの女のフォローに回っていたことも俺の正面に来させないようにも。無意識だろうがな」


「やめろ……やめろおおおお!」


 ウィルはようやく体のベクトルを変え、走り出す。

 間に合うはずがないと理性が告げるが、そんなものはすぐに捻り潰し、剣を抜く手間すらも吹っ飛ばしひたすら走った。


 ユーリは動けずただナルガの行き先を追い、ラプタはそもそもウィルよりも遠く走り出すことさえできなかった。

 メレネイアは力場を壁にするが六本全ての剣が一斉に突き刺され共に霧散した。

 左手の鞘は他よりも長く禍々しく揺らめく。


「人柱になれ。レインシエル」

 

 懐に潜り込み右腰の鞘から緋色の一閃が下から上へと軌跡を創る。

 気が抜けていたレインシエルではあったが、反射的に双剣を構え、そして無惨にも少しも耐えることなく粉々に砕け散った。

 勢いは止まらない。

 緋色の軌跡はレインシエルの胸を捉えそのまま振り切られた。

 緋色に一瞬遅れて噴き出すのは真っ赤な命の輝き。

 粉々になった剣に混じり鮮血がレインシエルの視界を塞いでいく。

 

 その中で、手を伸ばしレインシエルの元へ駆けつけようとしているウィルを見つめた。


「なん……だ。どうでもいいわけじゃ……なかったのか」


 旅の途中、後から入ったオルキス達よりも距離を感じていた。

 話すにしても簡単に終わって、はっきりと嫉妬だと気づいたのは連絡通路前でのオルキスとのやり取りだった。

 ナルガとの戦いの中でも声をかけてくれるわけでもなかった。

 でも、違った。

 確かに、ウィルの側にいようとしていた。

 だが、今にも崩れそうな表情で手を伸ばすウィル。

 彼も同じように近くにいてくれていたのだ。


 膝が草花に崩れ落ちる。

 ウィルが到着する前にナルガは少し距離を取りその様子を眺めていた。

 すれ違い様にナルガはウィルへ告げる。


「これが、運命だ。お前が自ら選んだに等しい、な」


 見えない剣がウィルを貫いた気がした。

 それがなんの剣かの理解よりもレインシエルを抱き抱えるほうが早かった。


「レイ!」


「ありが……と」

 

 レインシエルの真っ赤な手がウィルの頬に添えられる。

 ウィルから零れた涙が赤を滲ませていく。


「何がだよ! 待ってろ! 助けるから……絶対に!」


 念のため一人一人持っていた回復薬の瓶を取り出し、傷口にかけ、残りを飲ませようと近づける。

 だが、ウィルの手から瓶は滑り落ちていく。

 ウィルの手は力を失ったのだ。

 頬の暖かみは彼の涙だけとなり、レインシエルの手はだらりと力を失い血の花に優しく受け止められた。


「あ……レイ? おい、起きろよ。頼むからさ。なあ……起きてくれよ……なあって!!」


 メレネイアとニーアが既に駆けてきていた。


「ウィルさん……」


メレネイアはウィルの肩に手を押くとウィルの代わりにレインシエルの体を草花のベッドに横たわらせた。


「メル、俺が、俺が悪いんだ。俺が甘かったから……レイが。俺が……」


 メレネイアはいつかくるものと覚悟はしていた。

 だが今ではないと準備はしていなかった。

 気づけば涙が溢れ、守れなかった自分を殺したくなった。

 眠ってしまった優しく微笑む娘をただ眺めていた。


 だから、ウィルの変化に気づけなかった。

 もう取り返しがつかないことに。

 


「ウィル兄、まっーー」


 待ってとニーアは言いたかった。

 だがその言葉は噤まれた。

 

 紡がれ始めた唄によって。

 ニーアは聞き慣れなた唄に思わずセラへ顔を向ける。

 ゆっくりと静かにだが次第に早く。

 湖面に波がさざめていくように、波紋が大きくなっていく。

 それは。


recode(リコード)forte(フォルテ)


 セラがつぶやいた瞬間、空間が揺れた。

 いや揺れたように見えたのは景色だった。

 マナの光が紅く染まっていき、空で渦を作り始めていた。

 

 曲調が違うニーアの唄がセラによって紡がれる。

 それがウィルという存在の変化のきっかけになるのだった。


 メレネイアは彼が壊れる時が今なのだと、直感してしまった。

 皮肉にも自分の娘が壊してしまうのだと。



 

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