第113話 衝突
別に油断していたわけでも手を抜いていたわけでもない。
そんな理由もなかったし余裕も皆無だった。
オルキス達の帰還を待つ間、ナルガ達との戦闘は息つく間もなく繰り広げられていた。
「ユーリ!」
ウィルはナルガに対し正面から挑む。
ナルガは脳天を目掛け振り下ろされた剣を受け止めず寸での所で半身でかわす。
横に流れた体を待っていたユーリは流れと反対方向にヴォルトを胴体を真っ二つにせんと振る。
ナルガの左手に握られた剣がヴォルトを受け止める。
同時に次に動くウィルは振り下ろした剣の向きを変え、右手で薙払う。
今度は宙の緋剣がそれを受け止め、ウィルとユーリは両側から圧力をかけ続ける。
動きが止まった所で、ナルガの背後にレインシエルが双剣を十字にクロスさせ背中を捉える。
だが、見えていないにも関わらず、自律しているかのように浮いた緋剣がレインシエルの剣を受け止めた。
「ふっ!」
ナルガが力を込めると同時にウィル達の剣は押し返される。
耐えるのは危険と判断し三人はそれぞれ距離を一旦取る。
「少しは強化したようだな」
ナルガはユーリが握るヴォルトを見る、初めて剣を交えた時にはかき消えていたはずのヴォルトの紫電は揺るぎなく展開されていた。
だがナルガの表情は涼しいもので、特段、焦る様子もなく右肩に剣を展開する。
剣の片翼。
自動で動くような剣は死角がないように思えた。
「ある意味、一人増えたようなものですね」
離れた位置でニーアを守るメレネイアはマナを集中しナルガの頭上に出現させた高密度の圧力を全力で叩きつける。両手のグローブは動きを悟らせないために胸で組まれたままだった。
それが獲物をつぶす前に察知したのかナルガは後方に回転し、力場は草花だけを押しつぶした。
「察知された?」
メレネイアはそれが予想外だった。
頭上の空気圧に変動がないように周囲の圧力も調整した上での攻撃が受け止められるでもなくかわされるとは思わなかった。
「ディアヴァロ、リヴァイアスも繋がらない……」
ニーアは竜を召喚させるべく集中し呼びかけているものの反応がない。
家を留守にしているような感覚だった。
だが、それはセラも同じようでイフリーテを召喚する様子がない。
同じ状況であることを確信する。
「どこいったの……?」
ディアヴァロを召喚できればこの状況も好転するはずだったが、それが叶わないことに焦燥が募る。
「焦ってはいけません。相手も同じようです。できることに集中しましょう」
メレネイアが声をかける。
ニーアは頷いて更にマナをウィルに注ぐため唄を紡ぐ。
輝きを増す空気中のマナがウィルを通して蒼き剣を更に輝かせていく。
ウィル達は再びナルガへと攻撃を開始、傷を追わせることはできずなんとかその場に抑えることで精一杯だった。
ならばとラプタは迂回し、セラ本人を抑えるために距離を詰めていく。
唄を紡いでいるセラは一人で完全に無防備だった。
数の利を最大限に活かし、消せる者から消す。
セラは肉薄するラプタに動揺するどころか冷めた目で突き立てようとするナイフを目で追っていた。
金属の衝突音。
セラが隠し持っていた武器ではなく、受け止めたのはナルガから分離した二本の緋剣だった。
無防備というわけではなく保険があっての余裕だった。
まるで両手で握る持ち主がいるかのごとくラプタに反撃する。
虚を突かれたものの双剣の連撃をラプタはなんとかかわし続ける。
「まっずい……」
押され始め、セラからじりじりと離れて行く。
「ウィルさん、任せます」
「分かった」
ナルガとの攻防を続けているユーリはウィルに伝え、セラへと走っていく。
ユーリを追わせないようにウィルはその進路を塞ぐように位置を変える。
ナルガには左手を除き四本の緋剣が待っている。
そして他の二本はラプタにいるということは、今度こそセラは一人だった。
ラプタに迫っていた双剣はそれを察知しセラへと戻っていく。
しかし、ラプタを攻めていた剣は思いの外離れており、なおかつユーリの脚力は強化され追いつくはずがなかった。
「気づくの遅いって」
ラプタは笑みを浮かべる。
全ては計算通りだった。
六本を使い切らせばセラを守るものはいない。
まずはエファンジュリアを消す。
それが第一の目標だった。
ナルガはウィルとレインシエルの攻防の中、抜けていくユーリを目だけ追う。
宙の緋剣でウィル達を抑えるとウィル達に背を向けセラへとナルガは走り出す。
ナルガに残った二本の剣を先に向かわせようとユーリの背中に剣先が飛翔していく。
「あなたに恨みはありませんが、ウィルさんの邪魔なのでさようなら」
ヴォルトを右手に腰下から切り上げる。
セラは初めて直視し汗を一筋垂らす。
言い方を変えれば、死を前にしてもそれだけだった。
ユーリの鼻を草花の香りに混じって焦げ付いたような匂いが漂う。
その可能性を外していた。
その匂いの正体が頭をよぎると同時にヴォルト途中で静止する。
舞い上がったのはねじ切られた花びらだけだった。
「パージ!」
ユーリは止めた、いや止められた瞬間、叫んだ。
ヴォルトの紫電が閃光を迸らせ、同時に距離を取った。
電流が走りヴォルトを止めた存在を視認させていく。
「そうか、あなたはそっちの人でしたか。リンクをしておけば良かった」
新たな敵にではなく、自分の不甲斐なさが妙に苛立った。
また失敗したと気が触れそうになるが、あの時とは違うと平静に努める。
「当時ならばあらゆる可能性に準備した。仮定、人間との交流が原因」
迸る電光から姿を現したのは灰装束の仮面。
フォーリだった。