11話 視線の先、光の交差
久しぶりにあの夢をみた。歌声が聞こえる。今回は地に足がついていた。見渡すと淡く光る壁と廊下に立っていた。歌が聞こえる方に歩みを進める。
少しずつ声が近づいてくる。だが、その声はだんだんと苦しそうにその声を絞り出していた。
不安になり、歩きから徐々に走りへと変わり、そこにいるであろう彼女へと向かう。手を触れる。するとそこから扉の溝に光が水のように流れ、駆け上っていく。手を離すと扉が両側へ開いた。
中をうかがうと大きな円形のホールだとわかる。その中心に光のカーテンの中に彼女はいた。光がゆらめくなか彼女はひざ立ちの体制のままゆっくり顔をこちらに向ける。
「……ごめんなさい」
その声はか細く消え入りそうな声だった。たまらず走る。いつの間にか歌は聞こえなくなっていた。
彼女はゆっくりと崩れ落ちていく。かろうじてその体を受け止める。
感情があふれ出す。涙が止まらない。彼女は手を頬にあててくる。その手はひんやりとしていて命の灯火の儚さを感じた。やつれたその顔は以前のように元気が感じられなかった。
「お願い……檻からみんなを解放してあげて……」
どうして最後まで彼女はみなのことを優先するのだ。
その力なく細い手を握る。
「もちろん、どれだけ時間がかかろうがそれが俺でなかろうが、必ず」
そう力強く答えた。彼女は安心したのかゆっくりと眠りについた。
彼女は眠りの中でも祈り続けるだろう。今度は未来のために。
ウィルは思う、彼女はニーアに似ていると。
目が覚めた。なんともいえない気分が胸を気持ち悪くさせていた。
ウィルは体を起こし夢を思い出す。妙に生々しい夢だったが現実感はそんなになくどこか体感つきの映像を見ているような感じだった。
そして、すぐさま夢の記憶はおぼろげになり、消えていった。ただぬぐいきれない不安が残っただけだった。とにかく今日はオフだ。休めるうちに休まないと今後に支障をきたす。そう自分を納得させて外にでる。目的地は決まっていた。
街を北に進み中心街を抜けると、徐々に人通りが少なくなる。
聖域エヴィヒカイト。
ある一定の区画で町並みが突如変わる。それまでのきれいな建物の密集地から換算とした雰囲気へと変貌する。建物はどれも古く素材は中心街と同じようだが、相当な年数がたったと想像できるほど風化が進み、色褪せて見える。
突如、視界がさらに開ける。建物が一切なくなり、背の低い足元ほどの草原が広がった。
「おお……」
思わず声がもれてしまった。ウィルの進む道には人々が幾度も通り草が生えなくなった道がまっすぐとのびている。その先には先程よりはっきりとエヴィヒカイトの塔が見えた。さらに進み丘を上りきると眼下にその全貌が明らかになった。
隕石が衝突したのかと思わせる巨大なクレーターの中心にエヴィヒカイトの塔がそびえ立ち、その周辺は遺跡群だろうか朽ち果てた建造物が円周上に存在していた。塔の足元には形を保っている教会のような建物もある。さらにそれを囲むかのように町と同じく壁があり、正面に門があるのを確認できた。
もう少し近づいてみようと丘を降りようとする。
「だめだよ」
聞きなれぬ女の声に驚き、後ろを振り向く。
「うわっ!?」
驚きの声を上げたのは相手も同じだった。そのまま尻餅をついた。
「いきなり振り向かないでよ……」
尻をさすりながらゆっくりと立ち上がる。
「って、レイかい」
真後ろにいたのはレインシエルであった。
「せっかく驚かそうと思ったのに!」
悔しそうにするレインシエルにウィルは違和感を覚えた。
「いや、だめだって声したら気づくでしょ」
ウィルが苦笑いを浮かべながら言うと、レインシエルはぽかんとする。
「え、しゃべってないよ。そんなこと言ったらばれるじゃん」
今度はレインシエルが怪訝な表情でウィルを覗きこむ。
「じゃあ空耳か」
「町の賑やかさのせいかもね。ここは逆に静かすぎるし」
確かに中心街の騒がしさが耳に残っていたのかもしれない。慣れとはおそろしいものだ。ウィルは無理矢理納得すると次の疑問がわいてきた。
「それにしてもどうしてここに?」
「それはこっちのセリフ! まあ、ウィルを見かけたから面白そうだしついてきただけなんだけど」
裏表のない笑顔にウィルはどこか気が抜けた。
「だったら声かけてくれればよかったのに。俺はなんというか、先に見ておきたいと思っただけ」
先程の声もあり、不思議とこれ以上進むのはあきらめたが。
「……絶対、ニーアを助けだそうね」
彼女がいるであろう塔に目線を移しレインシエルはきゅっと表情を固くした。それにつられてウィルも視線を移す。
塔が太陽の光を受け鈍くグレーに輝く。ニーアを助け出す気持ちに変わりはない。ただ少しだけ胸の奥に悲しみの感情があることにウィルは気づけなかった。
「じゃ、満足したし戻ろうか」
「うん! 色々準備もあるし買い物に付き合って!」
ウィルはうなずき塔に背を向ける。
少し離れた場所で彼らを見ていた少女がいた。
「だめだよ……迷ったら」
光の粒子が彼女をおぼろげにしていった。
選択の時は刻一刻と迫っていた。それがなんであろうと時の歩みは止まりはしない。