108話 隔てられた決戦
皆、言葉を発せずにいるとユグドラウスがまず口を開いた。
「放心しているところ悪いんだけど、お客様だ。今日は多いな。しかも乱暴だ」
その瞬間、世界の色が一瞬、稲光と共に赤色に染まりすぐに元に戻った。
そして招かれざる客がウィル達が現れた地点から姿を現す。
「ナルガ……!」
ウィルはすぐに気を取り直し現れたナルガとセラに剣を向ける。
花の香りはナルガからは漂わず焦げ臭さが風に乗ってきていた。
「言っただろう、決着をつけると」
この状況を意にせず、ナルガは剣をウィルに向ける。
既に唄が紡がれ始め、ナルガの剣に緋が灯り、更に六本の剣が右肩を覆うように展開した。
『警告。空間内にコードの異常値を検出。マナの配分異常、空間保持のため速やかなる対応を願います』
「と、言うわけだ諸君。このポータルの維持が持たなくなる。ここで戦闘するのは自由だが、ユグドラシルへ向かうなら急いだほうがいい。正直片方ずつは保証できないよ」
ユグドラウスは初めて残念そうに不満げに口を歪ませた。
何より自分の空間の危機が許せないようだった。
「つまり別行動というわけか」
ダーナスは背後に出現した扉と目の前のナルガへと交互に目線を動かす。
「わたしはユグドラシルへ行きます」
意外にもオルキスが先に意志を示した。
ウィルは頷き、ナルガへと向き直る。
「ダーナス、ティア頼む。ユーリはこっちか」
ダーナスとティアは頷き、ユーリに確かめる前にウィルの隣へと彼は並んでいた。
「記憶を見るという空間に興味がないわけではありませんが、優先順位はウィルさんなので」
ユーリは自分の記憶が気になっていたがそれでもウィル達と並んだ。それを察したウィルは素直に感謝する。
正直、ティアを向かわせるのは迷ったが目の前のナルガに対しては無鉄砲に突っ込みそうだったのでユグドラシルへ行かせたほうがまだ良かった。反論なく頷いてくれて内心助かった。
「メル、ニーアと援護、レインシエルは……こっちにいてくれ」
「はい」
「う、うん!」
レインシエルはまるで願い事を言うウィルの頼み方に面食らったがすぐに返事をした。
もちろん、離れるつもりは無かったし、どちらかというと嬉しかったのもあった。
「ドニク王の仇、ラプタも残るって!」
ナイフを逆手にラプタも横に並ぶ。
プルルはそのままニーアと共に残るようでニーアの前にどっしりと構えていた。
「それでは急ごう。いいかい。自分を見失わないように、マナが何を見せるかは個人によるから僕にも想定は不可能だ。焦るのもわかるが今こっちの状況は忘れたほうがいい。目の前の目的に集中するんだ」
オルキスは静かに頷く。
何が起きるかは分からないが、過去の映像で帰って来れない可能性もある。父、キャスのように。
それだけでも覚悟とするには充分だった。
自分のできることをやろうと心に決めていた。
ユグドラウスは強い決心を見せるオルキスに見せなかった優しい笑顔を返す。
「あのオルティと同じ目ならば大丈夫だね。さあ行くんだ」
オルキスは扉を押す。眩い光があふれ出す。
オルキス、ダーナス、ティアはオルキスに続いて進んでいきやがて三人は光に飲まれ扉は閉じられた。
「アリスニア、お節介するなら今ですよ」
ユグドラウスは呟くと椅子に座り鑑賞するように成り行きを見守った。
そして彼だけが空間に入り込もうとしている存在に気づいていた。
「相談は終わりか? あいつ等などどうでもいいがな」
ナルガが扉に消えていく三人を見送り再びウィルを見据える。
ウィル、ニーア、レインシエル、メレネイア、ユーリ、アイリ、ラプタ、そしてプルル。
7人と一匹対ナルガとセラの人数差にも関わらず逡巡する様子をナルガは見せなかった。
それどころか余裕そうに歪んだ笑みを浮かべる。
徹底的に圧倒的に潰す。
慈悲も迷いも必要ない。持てる全てを持って、殺す。
ウィルの手に力が込められていく。
「行くぞ!」
ウィルのかけ声と共にそれぞれ戦いを挑む。
ニーアの唄がセラに反するように紡がれていき、蒼の剣はナルガの命を消し去ろうと距離を一気に縮めるのだった。
ーーユグドラシル内
扉が閉まると同時にウィル達の様子は音もなく消え去った。
ただ扉が後ろに佇むのみだ。
「オルキス、ティア大丈夫か?」
ダーナスは光の中で二人の無事を確認する。
「はい!」
「私も大丈夫ですが、眩しくて何も見えません」
声で確認したのは理由があった。
中は光で満たされ互いの姿すら視認できなかったのだ。
「とにかく行きましょう……エリクサーを!」
オルキスは目的を見失うなとのユグドラウスの言葉を声と共に宣言する。
その宣言の後、光が収まっていく。
宣言を皮切りに光は朧気になり、世界を彩っていった。
「えっ? ここは」
オルキスは収まった光に瞼を開け視界を開く。
そこは、ユグドラシルの内部とは到底思えなかった。
「エイジア……?」
オルキスの故郷、エイジアの町並み、その大通りの中心にオルキスは立ち尽くしていた。
空も風も町の香りもエイジアそのものだと疑うものが無かった。
記憶を見る、というユグドラウスの言葉を思いだし、これが自分の記憶から読みとられた景色だと納得する。
息を整え進もうと足をを踏み出す。
「さあ、ダーナスさん、ティア、行きましょうーー?」
返事がないことに左右を振り向き、そして後ろを振り向く。
「いない……?」
両隣にいたはずのダーナスとティアはおらずオルキスはたった一人だった。
急に心細くなり足がすくむ。
一人という状況が耐えられなくなる。
佇む扉に向かい無意識に後ずさる。
「オルキス……」
ふと聞こえた声にオルキスは顔を上げる。
短髪の男性が誰か瞬時に分かった。
「お、お父さん!」
オルキスはこちらを向いているキャスに走り出す。
しかし、優しい表情のままキャスは見覚えのある家へと入っていくのだった。
「待って! お父さん!」
追いつけず閉められた扉の前で息を切らす。
「私の……家」
そこは懐かしいオルキスの家だった。ザラクと暮らしていた家。
縋るように震えた手で扉を開ける。
オルキスがいなくなった町は姿を消し光に包まれていく。
幻想のような世界で扉は帰還を待つだけだった。