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蒼眼の反逆者 〜ウィル〜  作者: そにお
第3章 鮮血の巫女と蒼眼と緋眼
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101話 いつか交差する道のために

 ミリアン国がベアトリアの即位に沸き立ちその騒ぎは数日たった今も収まることはなかった。


「わりい、籠手壊しちまって」

 

 旅の再開を前に右手の籠手をオルキスが新調してくれたのだった。

 貸し与えられた宿の裏庭にある石段に座り込みオルキスは荷物から傷一つない籠手を取り出し横に座る。


「いえいえ、物はいつか壊れるからいいですよ。それに命を守ったんですから」


 オルキスは頼んではいないのだがウィルの腕に籠手を装着する。

 帽子も外しており隠れていた髪が下ろされていた。

 意外にも長かったようで肩の前に束が下ろされていた。

 その新鮮さと甘い香りもさるところながらところどころ触れる暖かさに手汗がひどくなる。


 それに気づいたのかオルキスは顔をあげる。


「どうしたんですか?」


 オルキスは思いの外近いことに数秒遅れてその事実を脳に巡らせていく。


「ほ……」


「ほ?」


 ウィルは何か言い掛けたことを逃さず続きを待つ。

 むしろウィルも意識してしまった以上、同じことしか返せなかった。


「ほ、ほわぁ!!」


「ほわあ!?」

 

 いきなり石段の端まで滑って離れていく。

 奇声にウィルも反射的に同調してしまった。

 摩擦で尻から煙りが見え大丈夫かと思ったが幻だったようだとウィルは安心した。

 どうやら言葉に意味はなくただの驚嘆の反応だったようで今度はおそるおそる元に戻ってくる。


「ごめんなさい……」


「お、おう……」


 気まずい空気にどぎまぎしていると不意にオルキスが笑い出した。


「え、何? なんかあった?」


「ううん、なんだか笑えちゃって、おかしい」

 止まらない笑いにウィルはひきつられ笑ってしまった。

 だが嫌ではなかった。

 理由はわからないが久しぶりに心の底から笑った気がした。


 どれほど笑っていたかわからないが、そろそろ行くかと立ち上がる。


「あ、ちょっとマナを流して貰えますか? 起動確認するので」

 

 オルキスが籠手ごとウィルを掴み、ウィルは宿へ歩もうとした足を止める。


「ん、ああ、疑ってはないけど」


 そう言うとウィルはマナを籠手に流し込む。

 起動しなかったらどうしようとは思ったが、薄い紫の光の盾が展開された。


「お、起動した! こいつがなかったら終わってたんだよな。本当ありがとな」


 問題なく起動したこととオルキスへの感謝で顔を綻ばせる。


「え、は、はい! そうですね!」


 籠手の光をずっと眺めていたオルキスは感謝に遅れて気が付き適当な返事を返してしまった。

 幸いにもウィルは気にしていないようだ。


「ほんじゃ行こうぜ」


 ウィルは籠手の光を消し宿へと戻っていく。


「あ、聞きそびれちゃった」


 あの時見た色と違うばかりでなく大きさも小さかった。

 紫の汎用光ではなくウィル自身のマナがそのまま具現化したような蒼の盾が出ると思っていた。

 しかも本人は気づいておらず、なんとなくためらっているとそれを聞くタイミングを失ってしまった。


「まあ、後で聞くかな!」


 気を取り直すと帽子を取り出しずぼっと髪を纏めて頭と一緒に納める。


「き、気づいてくれてたのかな」


 今更ながら帽子を外していたことに気づいてなかったのではと不安になった。

 どうしてそんなことをしたのか明確には分からなかった。

 ただニーアはまだしもレインシエルのウィルと近しい関係になんとなくチクリと来ていたのは事実だ。


宿からの出発の直前、フィドルとウォルトが見送りにきていた。


「よう。元気そうだな。蒼眼の反逆者……だめだ、耐えられん」


フィドルは我慢できず吹き出す。

 ウィルも笑ってしまうことは納得できてしまいそれに怒る気力もなかった。

 ただ定着しないことだけを切に願った。


「若、いえフィドル王子、笑いに来たわけではないでしょう。ほら蒼眼の反逆者に言うことがあるでしょう」


こいつはわざとやっているのか?


 ウィルは顔に似合わないウォルトの茶目っ気に呆れた。

 口元は真一文字に結ばれているもののむしろそれが耐えているだけではないのかと思わせる。


「これからもお前は若でいいぞ。っとまあお察しの通り見送りにきた。本当は同行したかったんだが今の状況でオレが抜けるわけにも行かなくてな」


 残念そうにはするもののどこか満ち足りた表情だった。

 ウォルトはそれに満足したように口元を緩ませた。


「分かってるよ。フィドル王子」


 わざと王子という部分を強調してウィルは話す。


「ああ」


 想像していた返事ではなく、むしろ噛みしめるような反応だった。

 もうそこには王子としてのフィドルがいるのだと思い知らされた。


 妙な寂しさが漂ったが、それをぶち壊す者が乱入してきた。

 ティアではない。


「ーーというわけでワタシが同行しますよ! 蒼眼の!」

「なんでこういきなり出てくんのかね……」


 どこから飛んできたかは検討はつかないがウィルの目の前に現れたのはラプタだった。

 相変わらず露出は多く胸はまだ成長中のようだ。


 目線に気づいたのか挨拶代わりにニーアが肘を右脇腹に突っ込ませる。

 もう何も言うまいと大人しくウィルは悶絶する。


 そのやりとりを余所にウィルを通り抜け後ろで見守っていたユーリに背伸びをして顔を近づけ、指を突きつける。


「後、あんたの監視って! 妙な動きしたら容赦しないから! わかった?」


ユーリは寄り目からラプタへと焦点を変え、にんまりと笑顔を浮かべる。


「もちろん、大歓迎です」


 本当にわかっているのか疑問が残る反応だった。

 あーもう、と納得しきれないラプタは足踏みした後、大きくため息をつく。


「はあ、それでもういいって」


 本人としてはもう少しびびって欲しかったのだろうが、そうはならずただ肩をすくめた。


「別にユーリの監視が目的じゃないから安心してくれ、ユグドラウスに向かうなら土地勘ある奴が必要だろ? 峠への貫通路は今は魔物の巣窟らしいからな。保険だ保険」


 フィドルが勘違いを防ぐために補足する。

 その辺は皆、分かっていた。本当の敵意はラプタにはなさそうで単純に仲間として頼もしかった。

 どちらかというと意地になってるだけ、そんな感じだ。


「そんなわけでラプタが仲間の一人だ。皆いいよな?」


 聞くまでもないが出発前ということもあり明確に迎えたかった。

 もちろんと皆、すぐに頷いた。

 プルルもよく震えていた。

 肩がマッサージされているみたいでウィルの右肩はじんわりと暖かくなった。

 

「ちっ、気づいてしまったか」


 プルルの癒し効果にいち早く気づいていたニーアは気持ち良さげに惚けているウィルにプルルとの時間を取られてしまうことに舌打ちをする。


 惚けているウィルには何も聞こえなかった。


「早く行けよ……」


 フィドルは一向に出発しない一行にやきもきしていた。

 秋季が近づき撫でる風が冷たくなってきていた。


「はっ、よ、よし行くぞ!」


 なんとも締まりのない出発の合図だったが、なんだかんだでウィルの旅仲間はフィドルに背を向けて歩いていった。

 少しウィルの背中が見えているのがフィドルには寂しく感じた。


「若、お父上の言葉を私なりに解釈するならですが、良いと思いますよ」


 ウォルトの言葉にふっと笑うフィドル。


「何言ってんだ。今はやるべきことをやるさ。あいつら遅いから寒くなってきた。行くぞ」

 

 フィドルは踵を返しウィルの反対方向に歩いていく。


「仰せのままに」

 

 ウォルトもその後に続いていく。

 

そう、今は目の前のことに集中しなければいけない。王子として父上のように強くなるために。

 

 フィドルの道がいつかウィルと重なる時のために若き王子は城へと足を速めていく。



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