10話 白夜都市
別世界だった。
ウィルの目に飛び込んだ景色はまばゆい光と背の高い鈍い光沢のある建造物の数々。
建物の窓、街灯、外壁から白や暖かいオレンジの光があふれ、空を切り裂きまっすぐに伸びる光は右へ左へと数本、定期的に動いている。
王都にもともと住んでいる人間だろうか、彼ら彼女たちは小型の端末を片手に持ち歩き眺めたり操作したりしている。服装も外の人間とは違い、さまざまな服装が見られ、見た目重視の人々が多く、ウィルたちのような土汚れやら破れやらが目立つ服は着ていない。むしろそんな服を着ている自分たちを笑っているかのように思えた。
「今って夜……だよな?」
至る所で明かりが灯り、本来、夜に世界を照らしてくれる満点の星空は街の明かりで埋もれている。それほど、明るくとても夜とは思えなかった。
「話には聞いていたけど、ほんとに昼間みたい!!」
光が灯る都市を見渡し、レインシエルは身を乗り出し歓喜の声を上げる。
「私も初めて訪れた時は驚いたものです。それに夜でも人がいなくなることはありません。神託祭となればもっと騒がしくなることでしょう。世界中の技術が集結する王都ルイネエンデは明かりが途絶えないことから白夜都市とも太陽の沈まぬ都市とも呼ばれています」
メレネイアが現地のガイドみたいな説明を行う。それをふんふんと聞く二人は視線はずっと外の景色だった。
「まあ後者は皮肉の意味でも通りますが」
「え、なんですか!?」
ふと力ない声でつぶやいたが、周りの喧騒と興奮でウィルたちの耳には届かなかったようだ。
まっすぐ伸びる上から何か塗りつぶしたかのようになめらかで整備された大通りに沿って目線をあげると、遠くに一際、いや圧倒的に高い塔のような建造物をウィルは発見する。それは淡く輝いており、頂上は輪のような光が何十にも重なっていた。
視界が明るすぎて浮いているのかつながっているのかはわからないが、その更なる上空にも建造物があるのがかろうじて見て取れた。
「メルさん! あれは!?」
ウィルはさっそくそれを指差し、メレネイアに問う。レインシエルもそれを見ると言葉を失い口をあけていた。
「あれが……エヴィヒカイトです。厳密にはエヴィヒカイト含め周辺が聖域エヴィヒカイトと呼ばれます。案外近くに見えますが、巨大すぎるだけです。あれの周囲は聖域指定のため広い範囲であらゆる建造物の建築が禁止されています。周りは当時建てられた時代の遺跡群のみが残ってるんです」
「ほほう」
きらきらと瞳を輝かせ、ウィルは続きを促す。子どものような好奇心を見せるウィルにメレネイアは素で笑ってしまうが、隣で同じような表情を見せるレインシエルを見たらどこか自分を思い出してしまった。無知で愚かな何も守れなかった自分を。
「お母さん?」
ふとレインシエルがその視線に気づき、我に返る。
「ああ、エヴィヒカイト頂上にエファンジュリアが結界維持の祈りをささげています。もちろん聖域への立ち入りは王家や関係者以外は禁止されています」
「……でもそこにいるんですよね?」
ウィルはまじめな表情に変わりメレネイアを見つめる。その目は先ほどとは変わり力強さを感じた。
「おそらくは……そこで唯一立ち入りが許可される期間があります。そう、神託祭です」
メレネイアは一息つくと荷馬車を預けるため、管理棟と呼ばれる場所へ向かう。
「詳しい話は宿で話しましょう。ここでは誰が聞いているかわかりませんから」
「……そうですね。わかりました」
その先を聞きたい気持ちがあったが、なんとかウィルはこらえることができた。ここで自分たちがしでかすであろうこと漏れてしまって最悪なにもできずに終わってしまえば本末転倒だ。
一同は荷馬車を降り、徒歩で宿へと向かうのだった。歩いてみると街の巨大さを再認識した。見渡せば道は下だけではなく上にも交差するように通っており支柱が存在していないのは等間隔に縁に組み込まれているアーティファクトにより支えられているらしい。その部分だけ文字が輪状に回転している。
「ここが宿です」
メレネイアについていきたどり着いた場所は、先ほどの高い建造物の地域から少しはずれ、まだなじみやすい背の低い建物が並ぶ地域の一角、そこに今晩の宿があった。
やわらかい光が窓から漏れており、先ほどまでの目の痛くなるほどだったが、ここはそうでもない。中心街では見慣れなかった木造の宿。正面の扉を開けると控えめなロビーとカウンターがあった。カウンターには美人のおばさ、お姉さんが待っていた。
「あら、久しぶりね」
その女性はにこりと微笑んだ。髪はまとめられ後頭部に花が開いたように髪の毛がくくられている。服装もどこか気品を漂わせる鮮やかな仕立ての絹の着物で美しい。
「サラ、あの時以来ですね。今日は珍しい料理を期待していますわ」
メレネイアは嬉しそうに微笑んだ。サラと呼ばれた女性はやわらかい物腰で近づき一礼した。
「ようこそ、風月へ」
ウィルたちもそれぞれ挨拶を済ませる。通された3階の一室は男一人にしては広く、ベッドが2つある。大きな窓にかかるカーテンを開けると先ほどの街の夜景が広がる。その光景はこれだけで観光の目的といえるほどだった。
メレネイアとレインシエルは当然、部屋は別だ。隣の部屋なので緊急時にも対応がしやすいようになっている。
「さあって、飯だ!」
珍しい料理といっていたので、目的も薄れ宿の料理を味わいに二人と合流する。
食事用の一室に通され、席に着く。既に机の上にはさまざまな料理が並んでいた。
魚料理にスープ、おかずやご飯ものがところ狭しと並んでいるが、特に珍しい印象は受けなかった。
「珍しいのは3日後です」
妙に含みを持って笑みを浮かべるサラに、落胆するウィルとレインシエルだったが、メレネイアの反応は違った。
「そんなものでしょうね。さあ、久しぶりの豪勢な食事です。食べましょう!」
少し不思議にも思ったが、そんなことより目の前の食事に腹は耐えられなかった。
『いただきます!』
ウィルとレインシエルが同時に手を合わせ、箸を進める。持ち方もメレネイアにほめられたのでなんとなくだが嬉しく思えた。
「それと明日と明後日は自由に過ごしてもらってかまいません。神託祭までは特に動けませんし、リフレッシュするのも良いでしょう」
メレネイアの口から思いがけない言葉が出たのでまたもやレインシエルと同時に箸がとまる。
「つまり、休み?」
休み、休みとぶつぶつとつぶやいた後、にんまりとして再び箸を進めた。今までそんな余裕はなかったので、自由に過ごす時間がとても嬉しかったのだ。そんなこんなでルイネエンデ1日目は過ぎていった。