ポリポリ、ムニムニ。
「はあ〜ぁ。疲れたなあ〜。」
一人で呟いてグラスのビールをグイッと開ける。お一人様のキッチン。紗雪が現れるまでのしばしの休息。
今日は、実家の母に呼ばれて、買い物に出かけていたのだ。母と二人でというと、普通なら気楽な話だが、怜那は母とそれほど仲が良い訳でもない。さらに今日の買い物というのが、法事の引き出物選びだったのだ。怜那は家を出た身であって、跡取りではないので、こういう用事は、嫁である兄嫁と行くべきだと、怜那は言ったのだが、母はどうしても曲げなかった。ランチも御馳走してもらったし、交通費や子供達へのお土産代まで出してくれたが、こうして便利に借り出されることがどうにも疲れるのだ。
「ったく。お義姉さんは何も知らないままになっちゃうじゃないの。」
兄嫁は、というか、兄夫婦は、法事などの際、いつでもどこでも“お客さん”で動かないのだ。実家の両親は言いやすいからと、怜那夫婦にばかり用事を言いつけて立ち働き、目の前で兄夫婦はゆっくりと食事をしているのだが、両親も親戚も誰一人として彼らを注意しないので、いつまでも何も気がつかないままなのだ。
ため息まじりにスプーン持つ。今日のマカナイーノは“納豆キュウリ”。キュウリを口に入れると、口の中でポリっと音を立て、青い爽やかさと一緒に、キムチのピリッとした味が広がる。
“納豆キュウリ”は納豆にキュウリのキムチを混ぜただけのものだ。
キュウリのキムチは、浅漬けのキュウリをキムチの素に漬けたもの。自家製なので、市販のものよりかなりあっさりしている。怜那は、これと納豆との相性がたまらなく好きだ。キュウリの歯ごたえも心地よい。ふた口目は、かき混ぜながら納豆と一緒にスプーンに乗せる。ポリポリ、ムニムニと味わう。
それぞれの食感を味わううちに、少しずつ気持ちがほぐれてきた。
元気な時なら「癒される〜!」と言うであろう、至福のひとときだ。
「みーつけた!」
声を聞いて、ポリポリ、ムニムニが一瞬止まる。お得意のニヤリとした表情で紗雪が立っていた。
「見つかっちゃったね…。」
かったるそうに言うと、いつもと違う様子に、紗雪がのぞき込む。
「どうしたの?」
「んー?今日は疲れたの。」
「おばあちゃんと出かけてたんだよね?」
「そうだよ。」
「おばあちゃんと出かけて、疲れるの?」
「まあ、ね…。」
子供に話すのはどうかと思い、言葉を濁す。
「だって、おばあちゃんって、ママのお母さんなんでしょ?嫁姑じゃないんでしょ?」
「色々あるのよ〜。」
「なんで?」
「うー……。」
「ねえ、なんで?」
濁そうとしても紗雪は食い下がる。
「食べに来たんでしょ?納豆もキムチも冷蔵庫にあるわよ。」
「あ。そうだった!」
紗雪は、いそいそと小鉢に納豆とキュウリのキムチをとると、嬉しそうに椅子に座って食べ始めた。
…よかった。ごまかせた。
「で?なんでなの?」
ポリポリ、ムニムニしながら、まだ聞いてくる。
「子供扱いしないで!もうすぐ中学生なのよ?」