旅立ち~ノートを胸に~。
「何かあったら連絡するから、ちゃんと回答してね。」
「大丈夫よ。それより、マカナイーノのことばかり考えてないで、勉強しなさいよ。」
「わかってるよ。」
怜那と紗雪は、シートを倒し、ブランケットをかけて、小さい声で会話する。二人は現在、空の上。日本へ向かう機内にいる。
いよいよ、紗雪が怜那のもとを離れる時が来たのだ。
あの会議から2年弱。翔は日本の大学に合格して、入学を待つばかり。紗雪はこれから日本での高校生活を送る。現地の補習校やらESLでの勉強は楽ではなかったが、充実した2年弱を過ごせた。現地での生活も慣れてきたので名残惜しい気持ちはあったが、日本の大学を希望しているため、早めに帰国する方が良いだろうと判断してのことだ。中学からの友達と同じ高校というわけにはいかなかったが、校則も厳しすぎず、レベルもなかなかの私立高校へ、帰国子女枠での編入試験に見事合格したのだ。
翔はすでに大学の寮への引越しを終えたところだ。紗雪はこれから高校の寮に入る。せっかく持ち家があるのだから、兄妹で住ませることも考えたが、高校生の紗雪には、大学受験が控えている。なんだかんだ言っても、ほとんどの家事を紗雪がこなすことになりそうなので、その負担は大きいだろうと判断したのだ。紗雪は寮に共同キッチンがあることで、寮に入ることに合意したのだ。
「大変だけど、楽しかった。行ってよかった。」
「いっちょまえに、ボーイフレンドまでできたしねー。」
二人はクスクスと笑う。相変わらず、女子チームの仲は良い。
「ただいまー。」
タクシーから降りて、スーツケースを引きながら、怜那の実家のドアを開ける。
紗雪の引越しと、翔の入学式を見届けたら、いよいよ怜那の行ったり来たりの生活も終わる。
「長かったな。三人とも、いや、四人ともお疲れさんだな。恭兵くんは元気か?変わりないか?」
怜那の父、総一郎がうれしそうに聞く。
「一緒に来たがってたんだけど、どうしても外せない会議があるから、残念がってた。よろしく伝えといてって。お父さんもお母さんも、長い間、ありがとう。」
翔の受験にあたっても、怜那の両親がいろいろとフォローしてくれたので、本当に助かったのだ。
紗雪には、飛行機に乗る前夜、一冊のノートを手渡した。ずっと前に約束していた、マカナイーノのレシピを書き留めおいたノートだ。
「思ったより早く渡す時期が来たわね。」
怜那は、紗雪が結婚するときか、早くても大学に入学するときだと思っていたのだ。なので、紗雪が日本の高校に行くと言い出してから、うろ覚え、目分量のレシピを分量をあらためて測ったりして、あわてて分量を確定したのだ。
「うわー。ご馳走ね。ありがとう。」
テーブルには、刺身や寿司がこれでもかというくらい並んでいる。
「二人の合格祝いと、お前のお疲れ様会だからな。…ところで、疲れてるところ悪いが久しぶりに卵を焼いてくれないか。」
「喜んで。」
怜那の両親も、怜那の出し巻き卵のファンなのだ。ダシをきかせて、白醤油を使った上品な風味で、焦がさないように丁寧に焼いた見事な黄色のそれは、歯の弱ってきている両親には、刺身よりもありがたい。
数日が過ぎ、入学式も見届けたころ、空港で怜那を見送る翔と紗雪の姿があった。
「二人とも頑張って。」
笑顔で言ったつもりが、目が潤んでくる。
「やめてくれよ。すぐ遊びにいくから。」
「そうよ。」
そう言いながら、二人も目に光るものが見える。
すっかり成長した二人がとても頼もしい。いつか翔の運転で空港に出迎えてもらう日を楽しみに、出国手続きをする怜那だった。
【完】




