お礼がしたい。
夏休みに入ってすぐの週末のこと。翔が突然言いだした。
「そうだ。美千子さん、今度いつ来る?アップルパイのこともあるし、たまにはお礼をしたいんだ。」
突然の申し出に、怜那はビックリだ。
「あ、ホント?実はもうすぐ来るんだけど?」
「エ?」
「LINEのやりとりでお昼ごはんがパスタだって話したら、食べに来るって。」
「ちょっと、渡す物、買いに行ってくる!」
「あ!待って!一緒に行く〜。」
翔も紗雪も普段は見られない素早さで出て行ってしまった。
今日のお昼は、恭兵がゴルフで不在のため、3人で、と思っていたら、急きょ、美千子が合流することになったのだ。メニューはパスタ。紗雪の好きな“納豆スパゲッティ”と、翔の好きな“野菜ゴロゴロのナポリタン”。
翔は納豆が苦手。紗雪はナポリタンがそれほど好きではない。そんなわけで、2種類を用意することにしたのだ。
ナポリタンソースを用意する。タマネギ、ニンジン、ピーマン、ソーセージをみじん切りにして炒め、トマト缶、ケチャップ、ウスターソース、コンソメを加え、弱火で煮込む。
続いて、納豆スパゲッティの用意をする。ニンニクを刻む。梅を包丁で叩いてペースト状にして、酒で伸ばしておく。テーブルに削り節のパックを人数分用意しておく。
ードダダダダ…。
「ただいまー。間に合った!」
パスタを茹でるお湯を沸かしていると、二人が帰ってきた。
「ナニナニ〜?お礼って何を買ってきたの?」
「これ!キャラメルサレのマカロンが評判って聞いたから。」
翔が可愛らしい箱を大事そうに運んできた。
「それから、こっちはデザート。みんなで食べようと思って。」
「うあー!めっちゃキレイじゃん。」
紗雪が運んできた大きめの箱の中には、マカロンをあしらったもの、フルーツ盛りだくさんのタルト。金箔のアクセントがエレガントなチョコレートケーキなど、美しいケーキ、可愛らしいケーキがたくさん並んでいる。
「たくさん買ってきたから2個ずつ食べようよ!パパの分もあるの。」
「ホント?嬉しい〜。」
─ピン・ポーン!
慌てて2つの箱を冷蔵庫に隠すように入れて玄関に急ぐ二人。
「美千子さんだー!」
「いらっしゃーい!」
「久しぶり~!元気そうだね。」
実際に美千子と子供達が会うのは、実に久しぶりなので、お互い嬉しそうだ。
「今日はママのパスタ、ご一緒させてもらうね!はい。今日は怜那向けの手土産!」
「わ!ありがとう!」
包みを開けなくてもわかる。老舗和菓子屋“さくら”の麩饅頭だ。ふわっとしながらもっちりした生地がとろっと消え、その後に中から出てくる晒しあんがたまらない。見た目は実にシンプルとも地味とも言えるが、この食感はまさに“泣かせる一品”だ。
茹でたパスタは半分はナポリタンソースで軽く絡める。あと半分は、梅とニンニクと醤油で絡めてから、納豆をトッピングする。取り皿とともに大皿2つのパスタと、ちぎりレタスとミニトマトのサラダ(?)がテーブルに並ぶ。四人とも、夏だというのに食欲全開だ。
「怜那の料理、いつ食べても美味しいわー!あなた達、毎日こんなの食べられて幸せね。」
「この削り節が良いのよね。」
削り節は、納豆スパゲッティに絡めると、麺と納豆がバランスよく食べられるので重宝するのだ。
美千子はご機嫌で、多めに盛ったパスタを平らげる。ちぎりレタスとミニトマトのサラダ(?)も実に気持ちよく食べてくれる。そんな美千子の様子を見ながら、そっとテーブルを離れ、紅茶のお湯を沸かす。
「ねえ、美千子。ケーキ食べない?」
「僕たちからの、いつものお礼。ケーキ買ってきたの。」
「一人2個ずつね!」
「わー!ありがとう!嬉し〜い!」
「それと、これはお持ち帰りの分。」
翔が小さい方の箱を渡す。
「エ?本当?ありがと。開けていい?」
「もちろん!」
「オレンジ色のってもしかして…?」
箱から取り出して目を輝かせる。
「そう!キャラメルサレ!ここの店のがおいしいって聞いたから。」
「めっちゃ嬉しい~!」
美千子は大興奮だ。
「さあさ。ケーキを選んでくださいな。もちろん、美千子からね。」
「今度、食べてみたいもの、何かある?」
ケーキや和菓子を食べながら、お茶を飲んでいると、美千子が二人に聞く。
「今のところ、ないかな~。」
「怜那、今度はいつ呼んでくれる?」
「ふりかけご飯で良ければ、いつでも良いわよ。」
怜那がニヤリとして言う。
「せめて、そぼろご飯にしてよー。」
「じゃあお茶漬けで。」
いつものやりとりに四人で笑う。
「またヒョッコリ電話してきて。」
「美千子さん、来てね。待ってるね。」
マカロンの箱を持って車に乗り込む美千子に声をかける。
「ありがと。ここが、一番好きなゴハン屋さんよ。」
今日も心憎い一言を残して帰って行った美千子だった。




