聞いてくれるな。
「あったあった。ちょうど良いモノが。」
怜那は、両親が旅行のお土産に買ってきてくれた、豚の角ふ煮の箱を手に独り言を言う。少しは食べるのだが、たいていすぐに忘れ去られる。なので最近は、ほんの少しだけを食卓に出し、後は早めにリメイクすることにしている。
ある平日の昼間。テスト期間中で昼には帰ってくる翔のために、昼食の準備をしようとしていたのだ。
「こういう時は、アレに限る!」
“豚角煮の炊き込みご飯”である。煮汁まで使って、生姜を効かせて濃いめの味に炊き上げる。コレさえあれば、汁物でも足せば、昼食には充分である。こういうパンチの効いた炊き込みは、紗雪が好まないので、相川家では“マカナイーノ”に分類される。
炊き込みご飯は、ストウブの出番だ。米をおいしく炊くのが得意な上に、絶妙なおこげを作る、憎いヤツなのだ。米を洗い、ザルに上げてから、煮汁の味を調える。
「汁物は…と。あったあった。」
今日はインスタントのお吸いものを使うことにした。
「そろそろ良いかな。」
時計を見てストウブを火にかける。火にかけてから、蒸らしが完了するまで約30分。少し早くてもしばらく保温効果があるので、そこまで神経質にならなくても大丈夫だ。
キッチンでスマホを操作しながら火加減を見る。LINEのメッセージに返信しているのだ。
沸騰してきたら弱火に切り替えて、吹きこぼれないようにする。キッチンタイマーを12分にセットして、1階、2階ともトイレ掃除をする。隙間時間にササッとやる方が怜那には合っているのだ。
─ピピッ、ピピッ!
終わってキッチンに向かっていると、タイマーが時間を知らせる。タイマーを止めて、ご飯の具合をチェックしたら火を止めて、次はキッチンタイマーを10分にセットする。蒸らし時間なのだ。
次は庭のウッドデッキに出る。洗濯物をチェック。薄手のものは、もう乾いているので取り込む。厚手のものは向きを変えたり、間隔を広げて、乾きやすくしておく。
─ガチャッ…。
「ただいまー。腹減った。お。美味そうな匂い!」
玄関から翔の元気な声が聞こえてきた。挨拶のように「腹減った」と言う年頃だ。
「おかえりー。もうすぐだからね。」
急いでキッチンに戻ってタイマーを見ると、残り2分弱。ヤカンを火にかけ、お吸いもののお湯を沸かす。
─ピピッ、ピピッ!
お椀や茶碗を出しているうちにタイマーが時間を告げる。ストウブの蓋を開けると、ゴロゴロとした角煮と、褐色をまとったツヤツヤのご飯にご対面だ。
角煮を壊さないように軽くかき混ぜてお茶碗に盛る。
「はい。お待たせ。」
大きなお茶碗をお吸いものと一緒に翔の前に並べると、元気よく食べ始めた。
「美味いなー。紗雪のヤツ、どうしてこんな美味いモノが苦手なんだろうな。」
「濃いめの味が苦手みたいよ。肉が好きだから、意外だったわ。」
「ところで、テスト、どんな感じ?」
「聞いてくれるな。ご、ごちそうさま!」
急いでご飯を口に押し込むようにして、翔は部屋に逃走。
「元気なのだけは、いいんだけどね…。」
苦笑しながら空の食器を見つめる怜那だった。




