「帰ってきてよかった。」
本日のマカナイーノは“キムタマ”。キムチの目玉焼きだ。熱して油を敷いたフライパンにキムチを輪になるように広げて、輪の中に卵を落とし、フタをして待つこと数分間。黄身にうっすらと白い膜がかかると食べ頃だ。香ばしい白身とキムチが程よく絡み、なんとも美味だ。さらに半熟の黄身がたまらない。ビールを片手に熱いうちにハフハフといただく。
「ママ?」
紗雪の声にハッと我に返って振り返ると、ニヤリと笑みを浮かべる紗雪が立っていた。
「ちょーだい!」
笑顔で待機する紗雪に苦笑する。このおねだり顔は、幼稚園の頃から変わらない。
「幼稚園の頃と変わりませんねー。」
紗雪の口の中に運びながら言うと、笑顔でモグモグしている。その様子を見ながら怜那も食べる。…と、ピリッと真顔になる。
「次は紗雪の番〜!」
「あ…。」
紗雪は、一口ずつ交代に食べたくて、きちんと怜那の手元を見ているのだ。
「ママのおつまみなんだから、いいじゃない。」
「紗雪も食べたいんだもん!女子会よ、女子会!」
お年頃なのか、近頃は“女子会”にこだわるのだ。
「また酒盛りしてんのかよ。…なんだ。キムチものか。」
お茶を取りに来た翔はチラリと覗くと、マグカップに麦茶を注ぎながら呟いた。翔はキムチが苦手なのだ。
「あの、普通の目玉焼き、焼いてくれない?」
部屋に戻ろうと行きかけた翔が戻ってきて、せがんだ。こちらも幼稚園の頃のおねだり顔と変わらない。「ウタギたんにして〜!」とリンゴのウサギをせがんだ笑顔と重なる。
…懐かしいな。
二人の顔を見て、クスっと笑みがこぼれる。
「お!いい匂いだな。」
フライパンを火にかけたところで、恭兵が帰ってきた。キムタマの匂いが残っているのだろう。
「親父、早いじゃん。」
「お前たちが隠れて美味いモノ食ってないかと思ってな。」
恭兵がニヤリと笑うと、子どもたちも笑った。
「キムタマで女子会してたの。」
「俺は普通の目玉焼き焼いてもらうところ。」
「そうか。俺にもキムタマ焼いてくれ。…水割りがいいな。」
怜那が目玉焼きの皿をを翔に差し出し、キムタマの用意を始める。紗雪はコースターと、氷の入ったグラス、ウイスキーを恭兵の席へ運ぶ。
「うまいな。」
熱々のキムタマを頬張ると、恭兵は上機嫌だ。
「帰ってきてよかった。また俺に隠れて美味いモノ食われるところだった。」
「もう、パパったら。」
恭兵がイタズラっぽく言うと、怜那が笑った。つられて子どもたちも笑った。遅めの団欒で更けていく夜だった。




