「何か食べるモノ、ある?」
お気に入りのルクルーゼの鍋にココナッツオイルを多めに熱する。ニンニクと唐辛子を焦がさないようにプチプチさせ、白ワインを少々。塩とバジルを入れて味を調えたら、そこへサバを投入して蓋をして弱火で3分くらい煮る。
今夜のマカナイーノは“サバのオイル煮”である。アヒージョとそんなに変わらないだろう。サバはパサつきがあるため、トマト煮よりもコレの方が食べやすい。怜那は青魚は好きだが、焼き魚が苦手なので、刺身や寿司か、このような洋ものにして食べるのが好きなのである。
今日は子どもたちは好物の親子丼だ。しかし、怜那は丼ものがあまり好きではなく、特に親子丼はとりわけ苦手なのだ。
「親子丼、食べないのかよ?」
「サバが残っていたから、ね。」
「ふーん。」
翔の突っ込みに慌てて答えるも、明らかに訝しがられている。子供たちは最近、怜那が実は好き嫌いが多いことに勘付いているのだ。それにサバは、確かに残っていたが、もともと怜那用に買ったも同然なのである。恭兵はサバが、特に焼き鯖が好きだが、夕食を滅多に家で食べないため、恭兵に出されることはなく、といった具合に、このようなメニューになることが大半なのだ。
ガチャリとリビングのドアが開いた。恭兵が帰ってきたのだ。
「ただいま…、おっ!いい匂いだな。サバかあ。」
「パパ?どうしたの?」
電話もなく帰宅した恭兵に母子三人で目を丸くする。
「そこまで驚くことないだろう。接待が急にキャンセルになったんだ。…何か食べるモノ、ある?」
恭兵は三人を見て笑った。
「サバがまだあるわよ。」
「いいね。他には?野菜も食べたい。」
「キュウリか、ブロッコリーなら…。」
「いいね。じゃあ、それを。」
久しぶりに家族と食卓を囲むことで、恭兵はご機嫌だ。
「塩焼きもいいけど、こういうのも悪くないな。…俺がいない時に、こんなウマいもの食ってんの?」
「そんなこと言うなら、たまには早く帰ってきたら?」
イタズラっぽくスネる恭兵と、笑って切り返す怜那。
「帰ってきたいよ。普段はサバといえば、塩焼きか煮付けなのに。俺のいないときは…。お前たちだって、俺に隠れて親子丼食べてるし…。」
「塩焼きが一番いいって言ったの、パパじゃないの~。」
怜那の一言で4人で笑う。恭兵が子どもみたいなことを言ってふざけるのは、みんな慣れっこなのだ。
「もう少し何か食べたいな。だし巻き玉子を焼いてくれないか?」
「いいわよ。」
怜那が立ち上がると、部屋に行きかけた子どもたちがテーブルに舞い戻ってきた。
「大きいの、焼いてくれないか?」
「食べたいです。焼いてくれないか?」
子どもたちも食べたいので、恭兵の真似をしてみる。
怜那のだし巻き玉子は、ダシと白醤油の風味が絶品で、子どもたちはもちろん、親戚の集まりなどでもリクエストが入るくらいなのだ。
「かしこまりました。特大のを焼かせていただきます。」
笑顔で卵を手に取る怜那だった。