「ナニ食べてるの?」
「ママ、何を食べてるの?」
母親の怜那はドキッとする。キッチンの奥でこっそりとマカロンを口にしていたのだ。顔を上げるとカウンターの向こうから紗雪が見ている。
「な、何も食べてないよ。」
「ウソ!見えてたんだからね!紗雪も食べたい!」
言い終わらないうちに紗雪はキッチンに入ってきた。
「ずるーい!紗雪がマカロン好きなの知ってるくせに!」
「ウフフ。バレちゃった。」
怜那はイタズラ顔で笑う。
本当は家族に平等に買ってきてあるのだ。怜那は一足先に口にしていたところを見つかってしまっただけなのである。紗雪もわかっていて騒いでいる。
怜那と紗雪は、いつもこうしてじゃれあっているのだ。
相川紗雪(小6)は“病気”だ。“ママの食べているもの”は一通り食べたいという病気なのだ。子供なら当たり前と思うかもしれないが、度合いがなかなか病的なのである。
まあ、“マカナイーノ病”とでも言っておきましよう。おかげで、一歳でイカスミパスタを、二歳にして、海外で岩ガキを口にした。6歳の頃の好きな食べ物は、牡蠣と松茸。この時期には、刺身や寿司を食べるときにはゆず胡椒を愛用。
「食べてみないともったいないと思うの。」が口癖で、母親の怜那が食べているものは、一通り口にする。
そして前述の“マカナイーノ病”にの“マカナイーノ”ついて説明しておくと。これは、相川家のスラングで、夫が急に帰ってきたなど、食事のときに人数分が足りなくなってしまったときなどに、ありあわせの食材でササッと用意する怜那用の“まかないメシ”のことを指す。また、怜那用のつまみ(家族全員が好きではないためにメニューに加えられないもの)のことを指す場合もある。怜那がこの“マカナイーノ”を食べていると、紗雪にはえらく美味しそうに見えるらしく、病気よばわりされているのだ。
「ママ、今日はマカナイーノ、ある?」
マカロンを食べながら紗雪が聞く。
「ん~?ないよ。」
怜那がニヤリとしながら答える。
「ウソ!表情でわかるんだからね!紗雪も食べるんだからね!」
「な、ないってば~。」
キッチンでのいつものやりとりをする母と娘だった。