苺
マーサはパンケーキが食べられるような今時のカフェが大好きだ。彼女と折り合いがつかないと必ずわたしを呼びつけてパンケーキを食べる羽目になる。わたしは別段きらいなわけではないけれど、わたしの適当な服装はこの空間に拒絶されているような気がした。
マーサは燻んだ薄紫色のネイルカラーでおめかししていた。訳をきくと、「可愛いでしょ? 紫色のやつ先に塗って上からゴールドベージュを薄く重ねたの。アンニュイな感じ」とかなんとか言うのでわたしは言及するのを止めた。
「そういえばマーサ、平気な顔してるけど、この間大変だったんだから」
「何の話?」
「彼女の、自分のことショコラって呼ぶ子。あんたはマーサの何なのって言われてつきまとわれたの」
「うそ、それいつ?」
わたしはマーサに、被害に遭った日のことを言った。マーサは深く黙り込んで、「本当にごめん」と詫びた。
「あの子ちょっとおかしいんだ、まあ、ぼくに言われたくないとは思うけど……そもそも、ぼくとあの子は付き合ってないんだけどね。……というか! それこの前っていうかかなり前じゃん。なんでもっと早く言わないの?」
マーサは急に憤慨し始めた。呆気にとられ、わたしは持っていたナイフを盛大な音を立てて皿の上に落としてしまった。リボンをつけた周りの可愛らしい女子たちがわたしをチラリと見る。
「な、なんでって」
「きみにもしものことがあったらどうするの? ぼくの責任でしょう」
「別にマーサに責任求めないよ」
「求めてよ」
わたしは、どきりとした。女子ぶっていた男の子が、急に大人の男の眼差しになって、わたしを怒りと焦りと心配の混じった顔で見つめている。いよいよわたしは居た堪れなくなって、視線をそらして「ごめん」と言った。
マーサは不機嫌そうに、「まあいいけど?」と言って苺を勢いよく食べた。