棗
石森一真くんと出会ったのは近所の図書館だった。わたしは受験の折に図書館に繁く通うことになり、振るわない勉強の息抜きがてら本を読んでいたのである。とある洋書を本棚から引き出そうとしたときに、横にいた人に一瞬先に取られてしまい、わたしは思わず手を引っ込められずに一冊空いた空間まで手を伸ばしてしまった。本を取った人はそんなわたしに気付いて、わたしを見た。わたしもその人を見た。同い年くらいの男の子だった。
「この本目当て、でしたか」
「はい……でも、大丈夫です。タイトルに惹かれていただけだったので」
そうですか。彼はそう言ってしばらく考え込んだのち、その本をわたしの手の上に乗せてくれた。
「俺は一回読んでるので、どうぞ読んでください。面白いので、ぜひ」
人のいい笑顔で、彼はそう言った。
その人とはそれから図書館でしばしば鉢合わせることがあり、会釈をする関係になった。それから、同じ書棚で本を探しているとき、おすすめを教えあうようになった。そのときに、便宜上名前を知らないと話しかけづらいこともあって、名前を教えてもらった。その名前こそが「石森一真」だったのである。
それから世間話をしているうちに、家の場所だとか、通っている学校だとかがはっきりとしてきた。その学校にはマーサも通っているので試しに聞いてみると、同じクラスだということで彼は大層驚いていた。何に驚いたかというと、わたしのような比較的落ち着いた人の口からマーサの名前が出たことに、である。
わたしは図書館の傍のある棗の木の脇で彼と連絡先を交換した。図書館では新刊は何人もの予約待ちなので、借りることができないが、一真くんの家に結構あるということだったので貸してもらえることになったのである。後で聞いたところ一真くんのご両親のどちらかが作家でもあり評論も行っているため、仕事柄家に本が大量にあるとのこと。暫くすると一部を除いて売るか寄贈するかしてしまうため、一真くんが読みたい本が必ずしも家にあるわけではないそうだが、それでも大体の本は家にあるらしい。
わたしは本のこともあるけれど、そのときは一真くんが心から好きだった。