林檎・一
林檎が空から降ってくる夢を見ると、それは失恋の知らせである。
なんてことを、マーサが言う。
「もう味見したの?」
「なんのこと?」
「石森一真」
「人聞きの悪いこと言わないで」
わたしはピシャリと言い放って、身体に悪そうな味のするポテト・フライを口に放り込んだ。マーサはグリーン・スムージーを飲みながらスマートフォンを弄る。絶対わたし以外の女友達とラインしてる。
「桃は食べたよ」
「はぁ。桃? 果物だよね?」
「それ以外に何があるの? あ、やっぱりいい。聞きたくない」
「ぼくをなんだと思ってる?」
艶やかに笑う目の前の人間は、男だ。彼は所謂オトメンという部類の人間で、ややこしいのが、ゲイではないということ。女装趣味があるわけでもない。ただ美容に恋愛にファッションに思考に、女の子寄りの感覚を持ち合わせている。そして、恋愛対象も女の子である。
恋多き男だけれど、女の子の気持ちがわかるマーサは、あまり修羅場になることもないそうである。むしろ元カノと今の彼女が共通の知り合いだったとしても、つかず離れず仲良いらしい。そして、彼は長続きしないくせに、いつだって彼女がいる不思議な人だった。
「マーサって本当に遊んでると思う。わたしだったら頭がおかしくなってる」
「え。そんなのお互い様でしょ! きみこそ早く石森一真とくっつきなよ。きみたちのまどろっこしい関係こそ頭おかしくなるって」
「ふざけないで。一緒にしないでよ」
お互いスマートフォンを見ながら片手間に会話をするのはいつものことだった。幼馴染みの腐れ縁とはまさにマーサのことを指すのだろう。なんだかマーサといると居心地がよく楽であることを通り越して、逆にどう居ればいいのかわからなくなる。
言えなかった。林檎の降る夢を、つい今朝方見たことを。