柿・一
石森一真くんの家には立派な柿の木が生えている。というようなことを、わたしは年に一度だけ思い出す。
その柿の木は、秋になるとたくさんの実をつけて、その周り一帯を圧倒し始めるのだけれど、その瞬間以外は存在感希薄な「木」である。だからわたしは、年に一度ぎりしか、柿のことを思い出さない。
そして、昔から彼は秋になるとその木からもぎった実をわたしにくれた。今日は一真くんから本を借りる用でお邪魔していたのだけれど、彼は何の前触れもないままに、小柄な柿をそっと出してきた。
「あ」
「なんだ」
「柿」
「ああ」
それは眩しくない橙色をしていて、くすんだ緑色のヘタが不揃いなかたちで乗っている。今季に入ってからは、初めて戴いた柿だった。わたしはそれを絶妙な苦笑いでベレー帽で包んで持ち帰った。
わたしはさして柿が好きなわけではない。少なくとも、彼が想像しているよりかは。柿を何とはなしに差し出す一真くんのその所作と、そこはかとないやさしさに打たれて、わたしは毎度柿を持ち帰ってしまうのである。
わたしは家の台所で慣れない指のはこびで柿を切った。硬い皮に潰れてしまいそうなくらい柔らかい身が詰まっている。正直扱いづらい。不思議とそんな柿と一真くんが層を織りなして重なってしまう気がした。
でも、食べてみたら美味しかった。