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殺戮鬼  作者: 海山優
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プロローグ 非日常会話――途中にあった談話

すいません、まだ戦闘はありません。ラブコメもありません

《人生捨てたモンじゃないですよね》

by彩栄椋

《拾えたモンでもないけれどね》

by四谷真崎




 目の前に座るのは、浮世離れした存在の可愛い少年だった。日本人かと聞かれれば、首を傾げたくなる。かといって、外国人かと問うてみれば疑問を感じざるを得ない。言ってしまえば、見ようによっては日本人に見えるし、言いようによっては外国人と言えるのだ。

 果たしてこいつは何が言いたいのだろうか? そんな疑問を持たれてしまうかもしれない。だがしかし、俺がこのような感想を抱いてしまうのは不可抗力でしかなく、当然のことであるのだと理解してもらいたい。その理解を得てもらうために、さらに描写を重ねさせてもらおう。

 まず一番に目立つのはその髪の毛だ。年頃の少年としてはいささか長めであり、肩甲骨に届く長さまで伸ばしている少年の髪の毛の色は二種類、その色は黒と白だ。――黒と白である。どちらも色の果てであり、色の終焉だ。様々な色が混ざりに混ざり会い、混濁し、混合し、混然し、混和し、混色した結果にある存在だ。黒は物体色としての最終であり、白は光源色としての最終だ。こういう風に言ってしまうと、髪の色にすら何かしらの意味を見出したくなってしまうような言い方をしたが、別に髪の色が伏線だというわけではなく、単なる誇張表現だったりするのだけれど、それぐらい目立つのである。

 さて、黒と白のコントラストが神秘性というか、特異性を誇張してやまない髪の毛の次に目立つのは、その目だ。あくまでも俺の主観でしかなく、人によっては彼の目の方がよっぽど奇異に見えたとしてもなんら不思議ではない、そんな朱い眼。白と黒の髪の毛なんて、所詮はストレスが原因なだけかもしれない、ただ単に染めるのを失敗しただけかもしれない。それよりも、彼の濁りながらも爛々と輝く、不気味な朱色の目の方が、彼の異質性を強めている。

 そんな、俺たちが平和に暮らす現代社会に対して真っ向から反発するような、俗物臭さを感じさせない特徴を持った少年が着ているのは学生服である。

 あの学生服だ。日本国民であるなら誰もが知っているであろう学生服だ。

 白黒の髪で朱い眼をした女装の似合いそうな可愛い系の少年。

 それが学生服に身を包んで体育座りをしている。

 神秘性も奇特性も特殊性も異常性もあったもんじゃない世俗的な衣服に身を包んでいる。

 場所が場所ならば単なるコスプレだと言われてもおかしくない格好だった。

 そんな少年が俺の目の前に居る。

 そして、そんな少年はしばしの沈黙をした後、俺の方に目を向け、口を開いた。

「幸せって、何だと思います?」

 少年こと彩栄(さいなか)(りょう)は、年相応――とは言い難い中途半端に濁らせたその目をまっすぐ俺に向けながら、そんなことを尋ねる。

「これはまた、漠然とした質問だね」

 とはいえ、人生の先輩としても、人間の先輩としても、正答ではなくても、正当ではなくとも、模範解答ぐらいは導き出させてあげようではないか。いい暇潰しにはなるだろうし。これが本音だ。

「じゃあ聞くけど彩栄くん。君は今、幸せかい?」

 そんな俺の問い返しに、ムッとしたように口を真一文字に閉じ、じーっと睨んでくる。可愛い。

「それが分からないから、聞いているんですよ」

 まあ、答えを欲しているのに、それ以外のことを言われても、正直どうでもいいものね。

「うん、そうだよな、じゃあ質問を変えよう。彩栄くん、君は今どんな生活を送っているのかな?」

「中学校に通って、帰宅部で、数の少ない――というか一人しかいない友人とたまに遊んで、それで、時々人殺しとか、殺し屋とか、狂人に襲われて、撃退する毎日ですけど」

 前半はごくごく一般的な少年なのに、後半になった瞬間おどろおどろしくなるのはこの少年たる所以なのだろうけれど、やっぱりというか、なんというか、似つかわしくはない。

とはいえ、俺は彩栄少年のその話を馬鹿正直に受け止める。

 だって、それは真実で、本当で、事実なのだ。

 俺は実際に彼が人を殺すところを目の前で見ているし、俺自身が彼を狙っている集団に仮とはいえ所属しているのだ。信じない方がおかしい。

 俺は人が死ぬ瞬間を見てしまったのだ。俺が特別望んだわけでもない状況とはいえ、俺は自らの意思で人が人を殺す瞬間をこの目で見届けた。頭が潰れて、眼球が飛び出して、顔の至る所から血が噴き出して、砕けた頭蓋は肉を切り裂いて、脳みそを切り刻んで、弾け飛んだ脳髄が辺りに撒き散らされ、今さっきまで俺と意思疎通を行っていた人間が、一瞬でただの肉塊へと変貌を遂げる瞬間を網膜に焼き付けてしまったのだ。

 それを見届けた感想は、意外と素っ気なかったことに――そのことに俺自身驚いたのだけれど―― 「まぁ、そんなもんか」 という文にしてみれば一行にも満たない、たったの八文字で終わってしまった。

 おかしいのだろう。そのような素っ気ない考えを持つのは、一般的ではないのだろう――そもそも目の前で人が殺されることが一般的であるのかどうかということについても疑問はあるのだが――いや、一般的ではないからこそ、意外とそれが、俺が抱いた感想というのが実は普通だったのかもしれない。まぁ、そんな考えは、他に同じような状況に陥った人たちからしてみれば酷く憤慨されるであろう意見であり、感想だ。多分だけど。

 でも、そのような感想を抱くのがおかしいとは思えないほどに、人間とは本当にあっさりと死ぬのだ。

 知っているつもりだった。理解しているつもりだった。少なくとも周囲にいるような呑気な人間たちよりは分かっていると思っていた。

 けれど、あくまでも俺が知っているのは知識としてでしかなく、経験ではないのだ。

 そして、その経験を積んでしまった。人とは簡単に死ぬ生き物であるという俺の考えはいとも容易く肯定されたのだ。

「じゃあその生活に、君は不満を抱えているかい?」

「どうだろう……、真崎さんたちみたいなやつらに襲われているけれど、僕としてはそれで困ったときとかは殆どないし、別に、不満は……ない、かな」

 満たされているということと、幸せであることなんて、ほぼ等しいことだ。ニアリーイコールの概念。

「それじゃあ最低でも、君は不幸ではないってことだろ。なら、それでいいんじゃないかな」

 不幸ではない。不幸では非ず。否定の否定。二重否定。肯定の意味合いを強めたり、それとなく肯定の意を表すのに使われる用法らしいけれど、実際のところはどうなのだろう。

 幸せであることを否定して、不幸であることを否定する。

 どちらも否定して、どちらも肯定しない。どちらでもありそうで、どちらでもない。

 本来の意味と違くても、本来は、そういった考えでいいのではないかと思う。

「いや、それでいいって……。別に僕は、不幸であるかどうかを考えていたわけではありません。――というか、そんなのはそもそも考えたことがありません。ただ、自分が幸せなのかどうかを定められないから、訊いたんです」

「不幸であるかどうかを考えたことがない時点で、君が幸せであることはないから大丈夫だよ」

「……どういう、意味ですか」

 意味が分からないのか、困惑した表情で俺に訊ねる。

 まぁ、そうだよな。結局のところ彩栄少年でも、簡単に人を殺すことができるような力を持つ彼でも、子供でしかないのだ。俺が知識だけを先行させていた人間だとしたら、彼は経験だけを得ていたのだ。照らし合わせる知識が無いから、経験がただの結果でしかなくなり、上手く転用できていない。

 所詮は子供。

 俺だって彼と大差ない子供だけれど、まぁ、彼なんかよりは知識だけで言えば、達した境地の数で言えば、悟った物事の量で言えば、彩栄少年よりは、子供ではないのだろう。――だからといって、俺が大人であるわけでもない。大人だからといって、俺よりも無能な奴なんて、腐るほどいるし。大人の定義って難しいよなー。なんて、分かりきったように嘯いてみる。

「彩栄くん、君は何か勘違いしていないかい。幸福や不幸というのが絶対的なものであるとでも勘違いしているんじゃないかな?」

「いや、実際に絶対的なモノでもあるでしょう? 世の中探せば恵まれている人間と恵まれていない人間なんか簡単に見つかるじゃないですか」

 たとえば、上流階級の子供と、スラム街の子供。と彩栄少年は例を挙げる。

 分かり易い幸福と不幸の例だ。

 でも――

「でもだな彩栄くん、その子たちは、俺たちから見て幸せなだけであり、不幸なだけなんだよ。彼らはそれを自覚していない。認識していない。何故ならそれがその子たちにとっての普通だからだ。わかるかい? 例えば、恵まれた家庭に生まれた子供、彼ら彼女らは何不自由ない生活を送る。例えばスラム街で育つ子供、彼ら彼女らは過酷な環境下で今日を生きるために歯を喰いしばる。確かに分かり易い幸福と不幸だ。でもな、そうやって比べてる時点で、絶対ではないんだよ?」

「……………」

「いいかな? それじゃあそんな幸福な子供たちと、不幸な子供たちが、自分を幸せであると、不幸であると自覚するのは、どういった時だと思う? まぁ、そんなのは分かりきっているよね。幸福な人間を見たときと、不幸な人間を見たときだ。裕福で幸せな子供たちは、ゴミ山を漁ってでも食べ物を得て生きることに執着する子供たちを見て、不幸を認識して、自分が幸福な人間であると理解する。その逆もまた然りで、貧困で不幸な子供たちは、綺麗で煌びやかな着飾った服を着て、美味しそうなご馳走を毎日当然のように食べる子供たちを見て、自らが不幸であると理解し、幸福というモノを知る。

 結局はそんなものだよ。物事って言うのはね、相対的なものなんだよ。分かり易いのを上げれば光と闇だし、生と死だし、君と僕だ。両方が存在することによって、ようやっと両方が認識されるんだ」

 どちらかが認識されなければ、認知されない。有ることを、在ることを、居ることを、認められない。

「だから、不幸を認識していない時点で君は幸福でも不幸でもないんだよ。幸せだけを見ようとしても、それを比較するのに必要な――すべき対象である不幸をそもそもから認識していないんだからね」

「それだと、つまり、僕は?」

 俺の模範解答(?)に対して、困惑の色を見せる。

「でもね、別にそれは悪いことではないんだ――まぁ、だからといって良いことでもないのだろうけれど。それでも、俺からしてみればそれは悪いことではないよ。――うん、悪くはない。悪くはないんだ」

 一呼吸分の間を置き、

「――むしろ、それは俺からしてみれば大変羨ましい感性だ。羨望するよ」

 その特別な感覚が欲しいと、何度考えたことか……。

 その独特の感情を得たいと、何度切望したことか。

「どういう、意味ですか?」

 俺の言葉の意味を理解できず、自分の不安定な考えを羨ましいと言われたことが腑に落ちないのか、質問をしてくる。

「君はあれだろう。――自らの意思で動いたことが、今まで、一度たりともないでしょ?」

 ――あったとしても、それは使命感みたいなもので、そこには君のではない意思が介入しているのだろうしね。そう付け足そうかと思ったけど、言わないでおくことにした。

 彩栄少年自身、中学生でありながら、特に用事があるわけでも、特に理由があるわけでもなく、なんとなくで帰宅部に所属しているらしい。

 そして彼は日々、彼自身に降りかかる殺意を、狂気を、悪意を、一方的に受け取り、捻り潰している。まるで物が飛んできたからそれを手で弾き返すように、労せずに、屈せずに、感情を起伏させずに日常の一部として取り入れてしまっている。 

 初対面の時から感じていたことだけれど、彼は俺たちを――彩栄椋の命を狙う人間たちを――敵だと認識していないのだろう。

 いや、形式上としては敵だと認識しているのだろう。

 敵だから、退けるのものだと、認識しているのだろう。

 あくまでも敵として現れているから、殺しているだけなのだ。

 その証拠がいいように、俺は今ここに生きている。俺なんてのはつい先日まで一般市民であった身の上だし、今だってこの世界に片足のつま先の親指の先端でソフトタッチさせている程度なのだ。

 つまり、一般人となんら変わりのない人間。日常生活で殺意なんて感じたこともなけりゃ、出すこともできない。人を殺そうと思ったこともなければ、人に殺されると思ったこともない。

 まぁ、だからこそ、運が良かったのだろう。俺が彩栄少年を殺すつもりがないから、彩栄少年も俺を殺すつもりがない。お互いがお互いに対して余計な害意を抱かなかったからこそ、こうして、対面に向き合って、普通に話し合うことができる。俺が上から物を言えてしまう。

「…………」

 俺の言葉に対して思うところがあるのか、黙り込む彩栄くん。可愛い。

「その癖はお世辞にもあまりいいとは言えないね、だから直すことをお勧めしておく」

 一拍置く。

「人間というのはね、環境に流されることも、立ち止まることも、抗うこともできる生き物なんだ。地球上に存在する生物の中で、そんなことができるのは人間だけなんだよ?(多分だけど)そして、君は人間なんだ。せっかくの人間なんだ。状況に流されるのは時と場合によっては全然悪くないことだけれど、それでも君の今の状態には、君の意思が何一つ含まれていない。本当に流されているだけだ。それは悪いね。君の意思で流されているというのならば、俺は何も言えないし、言う気もないけれど、今の君には忠告させてもらおう。その生き方は、やめた方がいい」

 俺の忠告というよりも説教に近いであろう言葉を聞いて、さらに黙り込む。

 ふむ、言い過ぎたのだろうか……、いやしかし、未来ある若者の生き方が間違っていたのならば、それを訂正するのが先輩としての役目だし、これぐらいはっきりと言った方が良いに決まっているはずだ。

 と、俺のまったく見当違いな心配を杞憂だと教えてくれたのは、彩栄少年の、素朴な質問だった。

「真崎さんは僕を、人間だと言うんですか?」

 まるで、そう言われるのが予想外であったかのように、そのように扱われることに違和感しかないように、首を傾げる。

「……そうだね、確かに君は大型自動車を青空に蹴り上げることができるらしいし、人の身体を素手で両断できるらしいし、二億ボルトの電流を直に浴びせられても平然としているけれど――化け物だと言っても差し障りが無いような能力を持っているけれど――それでも、俺からしてみれば、君は人間だよ。人間でしかない。立派なまでに人間だ」

「…………根拠とか、ないんですか」

「いらないよ、そんなもの」

「理由とかは……」

「空が青いからとかでいいんじゃない?」

「雑だ……」

 彩栄少年が俺をダメな大人を見るような目で見てくる。その目はすごく失礼だな。

「いいんだよ雑で。人生に理由なんか求めない方がいい。そんなものを求めるぐらいならお金を求めた方がいいよ。理由なんてないことがほとんどだし、意味なんて見出すことはできない代物だからね」

「若干良いこと言っているっぽいのに、即物的すぎる言葉が含まれているせいで感銘を受けることが全然できないんですけどー……」

 無視する。

「それに、君は少しばかり――」

 ――いや、かなり。

「俺の言葉を受け止め過ぎだ。あんなのは――あんな言葉は、ほとんどが俺の押しつけのような人生論だ。真に受けるのは人間性の教育上あまりよろしくない」

 俺はそこで一旦言葉を区切り、真剣に俺の言葉に耳を傾ける――だから、俺に対してそういう姿勢が良くないのだけれど――彩栄少年を見て苦笑する。

「最初の話に戻すけどさ、君が幸せでないとしても、不幸でないのならば、それで俺はいいと思うんだ。だって、少なくとも不幸ではないのだからね。プラスでもなければマイナスでもない、そんな人生は、意外といいのかもしれない。―――でもね、それでもやっぱり、君はそれを選択しちゃいけないんだ。君は人間なのだから、君は君なのだから、幸福を噛み締めて、不幸を味わって、悲しみに泣いて、嬉しさに楽しんで、憂いに落ち込んで、情熱に燃えて、怒りに腹を立てて、愛に溺れるべきだ」


 俺は彩栄くんの手を取り、自分で出来る最大限の笑みを浮かべて、

「今を精一杯楽しもうよ」


 この後、手錠を掛けられた。ど畜生。







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