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異郷異形異常譚  作者: とりあたま
第一章 赤い大地と朱いトカゲ
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第六話 はじめての法術

「ラウラー、こっちにクローバーがいっぱい生えてるよ」

「こっちのを取ったら行くわ~」

「ちょっと! 根っこから掘り出してって言ったでしょ!?」

「ふぇ!? ご、ごめんなさ……」

「ジャネット~。それ引っこ抜いちゃったら~、ここにいるみん~な死ねるわよ~?」

「うげっ! これ、マンドレイク!?」


 草地のあちこちから女たちの声が聞こえてくる。

 獣の声や草が揺れる音にビクビクし続けた不寝番を乗り越え、日が昇ったら全員を起こして朝飯の準備。そして暑くなる前に採集作業を開始、とみんなでこなしていくうちに彼女らの顔に表情と活気が出てきたように見える。

 身体を動かし、目の前の事に集中することで一時的にでも辛いことを忘れられるのだろう。

 勿論、本調子にはまだ程遠いだろう。あまり変化が見られず、周囲に引っ張られている者も少なからず居る。

 かくいう俺だって似たようなものだしな。

 いつかはこの状況と正面から向き合わねばならないが、今は目の前の現実と向き合うだけで精一杯だ。何をするにも、まずは生き延びなければ。


「レン~、こっちの持って行って~」

「おう。つーか、俺の名前はレンタロウだっつってんだろーが」


 大きな籠を腰の両側に提げて、やけに間延びした声の褐色耳長娘ラウラの所へ向かう。

 まったく、俺の名前を誰一人としてまともに呼ばないのはどういう了見だ、ちくしょーめ!



「こりゃあまた、すごい量になったねぇ」


 幌馬車に山と積まれた薬草を見て、テレーゼは感嘆を漏らす。

 刈り取り作業は太陽が南中に位置する辺りで終わった。

 薬草は種類ごとに十株一束に纏められ、荷台に積み上げられている。受注一人分なら大した量ではないが、十三人分となるとなかなかの量だ。元から載せている水や食料を入れた樽などの備品と合わせて荷台の半分ほどを埋めていた。


「量もすごいけど、臭いが……」


 そう言って顔を顰めているのは金髪犬耳のカタリナ。

 これだけ集めれば青臭さもやはりすごい。おまけに薬草の中には特に臭いの強い香草の類いも多く、様々な臭気が渾然一体となって幌の中は凄まじい事になっている。

 加えて彼女は犬人族(コボルド)だけに鼻が利きすぎるようで、馬車の周囲に集めた薬草を選別していた時から表情が優れなかった。


「これだけ採れるなら、ギルドの仕事を請け負うより自分で売った方が稼げるんじゃない?」

「売るって言っても、簡単じゃないよ?」

「護衛が二人しかいないし、ずっと続けるのは難しいと思う」

「うん。今日だって、トリーシャが野犬を何度も追い払ってたもんね」


 他の女たちが馬車の中に詰まれた収穫物を眺めて雑談している中、俺は昼食の後始末に追われていた。

 昼食と言っても材料は保存が利くモノが中心なのでたかが知れている。

 しかし食にかけては妥協出来ないのが日本人の性。許された材料で最大限の努力を惜しまず、街で新調した鍋に一杯作った団子汁もどきはそこそこ好評を得たようで、肉体労働で疲れた女たちは幾分か明るい表情を取り戻していたように思えた。


「レン? 難しい顔してどうしたの?」


 俺の作った飯で彼女らの辛さが少しでも和らいでくれたならば料理人としては本望と言う他無いが、団子汁の出来に関しては別だ。


「いやな。さっきの飯だけどよ、味気無かったろ?」


 少ない水で鍋を洗っているところに話しかけてきたトリーシャに言葉を返しつつ、味を思い出して再び顔を顰めてしまう。


「あー、まぁ、薄味だったけど、素材の味わいが活きてたって感じで悪くなかったんじゃない?」

「素材の味しかしなかったとはっきり言ってくれた方がマシだよコノヤロウ」


 調味料が塩しかなかったのだから当たり前だ。

 テレーゼに選別してもらった食える野草を適当な大きさに千切り、干し肉と一緒に炒めて煮込んだが、どれもこれも臭いが強すぎる。自分で作っておいて何だが、あれを美味そうに食っていたあいつらは普段どんな飯を食ってんだ? と疑わざるを得ない。

 ともあれこっちの野菜を知らんので今回は仕方ないが、改善する手立てが無いのが口惜しいのだ。


「なぁ、お前の魔法で水とか氷とか作れねーの?」


 最大の問題は水だ。

 強すぎる臭いの殆どは、使える水が少なすぎて具材を十分に洗えなかったことも一因している。

 今だって鍋や食器を洗うのに一苦労だ。


「出来なくはないけど、あまり得意ではないわ」

「出来るのかよ」


 ダメ元だったが、言ってみるもんだ。

 苦い笑みを浮かべた彼女は佩剣を抜き、切っ先を荒野に向けて何事か呟く。と、いつか見たのと同様に柄頭の宝玉が仄かに光り、鍔や刀身に刻まれた溝に赤い光が走った。

 剣の切っ先辺りの空間に不可思議な紋様が浮かび上がった。かと思ったら周囲の温度が急激に下がり、紋様が冷たく煌めき――。


「……こりゃすげぇ」


 バキバキとけたたましい音を立てて現れたのは長さ二メートル以上ありそうな巨大な氷柱だった。しかも凄い勢いで飛んでいき、赤土を盛大に抉り飛ばして大地に突き立つ。


「制御をスペルノーツ任せにしているから、こんな風にしか出来ないのよね。自分で水を作れたら便利っていうのは分かるのだけど」


 さらさらと光り輝きながら霧に溶け込むように細かく砕けて消えていく氷柱を眺めながら、トリーシャは溜め息を吐いている。

「おまけにこれ、ポンコツだし」と、目の前に掲げた剣を睨み付ける様は今までになく子供っぽい。

 しかし気になる事を聞いた。スペルノーツ任せとな? もしかしなくても、あの剣がそのスペルノーツとやらなのだろう。


「それって俺にも使えんの?」

「使えるわよ。やってみる?」


 マジすか!?

 柄頭の宝玉に呼び掛けて何かしらの操作を行った後、「はい」と、その剣をこちらに寄越してきた。

 それを受け取り、柄を握る手がぷるぷる震えている。

 だって仕方ないだろう、魔法だぞ? 誰もが一度は夢見た奇蹟を実体験出来るなんて、これに感動しない奴がいたら見てみたい。言ってみるもんだ。


「ど、どうすりゃいいんだ?」

「使いたい術式を告げて起動させるのよ。そうね、初めてだし負担の軽そうなのをやってみましょうか」


 本来ならば呪文を詠唱したり魔法陣を描いたりといった作業が必要なのだそうだが、それらの手続きはこの剣――術装器(スペルノーツ)が代行してくれるという。だから何も知らない俺でも魔法を行使出来るのだ。


「あ、アイスニードル、詠唱開始!」


 剣の切っ先を遠くに向け、使いたい術式名と励起文を教えられた通りに唱える。

 すると柄頭の宝玉が例によって光り、同時に柄を握る手からナニカが吸い上げられるいつかの感覚に襲われた。

 宝玉から流れ出るように柄から鍔、刀身へと光が走っていくのは先程と同様。しかし色がいつもの赤ではなく金色なので、剣の雰囲気が何だか違う。それにすぐ側で誰かがボソボソと呟いていたような気がしたが、近くに居るのはトリーシャだけ。


「そろそろいいわよ」

「お、おう。射出!」


 令句に反応した宝玉から金の光が刀身へと迸り、柄から吸い上げられる感覚が更に強くなる。そして切っ先辺りに『キィン』と残響を牽く冷たく澄んだ音が生じ、透明に光る細長いナニカがものすごい勢いで飛んでいった。


「私だけかと思っていたけど、みんなこうなるのね」


「このポンコツめ」とトリーシャが呟いて一拍ほど、約50メートル程先の地面が乾いた音を立てて弾けた。

 詳しくはないが、多分拳銃で撃ってもあんなに弾けないんじゃないだろうか。遠目で確実性に欠けるが、結構抉れているように見えるし。


「これ、すげぇ疲れるな」


 術式を発動させた瞬間、掌から吸い上げられるナニカが強まった。そのせいか今は魔法初体験の興奮よりも疲労や虚脱感の方が先にたってはしゃげる気力が削がれている。


「初めてならそんなもの、と言いたいところだけどね。パラス・アテナ(これ)ってマナ消費量の調整が利かないから」


 返した剣を受け取り苦笑を浮かべるトリーシャは、手慣れた感じで鞘にしまう。


「そーいや、この氷って溶けても水にならないんだな」

「マナを編んで作ったものだもの。解けばマナに還って霧散するわ」


 すっかり消えてしまったトリーシャの氷柱跡を見て、濡れた感じがあまりないのが引っ掛かった。

 相変わらずマナがどんなモンなのか分からんからピンと来ないが、彼女の回答でひとつ分かったことがある。


「じゃあ術で水とか氷を作ったって、飲めないじゃないか」

「そーよ。だから術を利用して作るって事なのだけど、どうやったらいいのかサッパリ分からないわ」


 OK、理解した。

 そもそも魔法で水を簡単に作れるなら、『水は貴重』だなどとテレーゼに叱られるワケが無い。

 それに超コンパクトな携行ヒーターが存在するくらいだし、簡単に作れるのならばそういう機器が出回っているはず。それがない、ということはそういうことなのだろう。

 水を作る。その方法に幾つか心当たりはあるが、効率性はかなり低い。


「要研究、てか。化学はあんまり得意じゃなかったんだよなぁ」


 別に化学的に生成する必要はないかもしれないが、利便性において他の追随を許さない日本の生活しか知らない俺にはサバイバル知識など皆無に等しい。

 それより何より、研究するなら俺自身が魔法を使えるようにならなければならない。

 乗り越えねばならない問題がまるで山脈の如く高く連なる現状に、俺は途方に暮れるしかなかった。



 山積みされた薬草が依頼された分を満たしているのを確認し、一行は帰途に着いた。

 幌が掛けられた荷台は昼の陽気で温められて草の臭いが凄まじいことになってしまい、それを苦にしないテレーゼに御者を任せて全員が徒歩になった。

 なので進行速度は往路に比べて遅めとなる。

 報酬の相場がイマイチ分からない俺だが、野草の採集が高額な筈がないのは想像出来る。その上、身を潜めるのに向かない場所で二回は夜を明かす必要がある。なるほど、これは誰もやらないわけだ。


「だからこういう所だと、必要なものは他所の街から取り寄せているの」


 そう教えてくれたのは俺の背に跨がったプリムだ。

 助け出した女たちの中で最も年若い彼女は体格もまだ幼く、歩く速さがどうしても遅れ気味になってしまう。そういう理由から最初はテレーゼの隣に座らせていたのだが、荷台からの臭いで気分を悪くしたため今は先頭を歩く俺が負ぶっているのだ。

 やや赤みがかった黒髪を肩口で切ったおかっぱ頭が幼さを強調している気がするが、それでも十代前半なのは間違いないだろう。可愛い盛りに娘を奪われた親の嘆きはいかほどか、察するにあまりある。


「運ぶ間に商品が傷まないように処理したり、運ぶ手間賃が掛かるから、かなり割高になるけどね」

「そーだろーな。他所から供給されているのに依頼があんだけ掛けられているってことは、多少報酬を割増しても買うより安上がりってことだろうしな」


 へぇ、分かるんだ。と、俺の返しに感心したように目を丸くしたのは、プリム同様に荷馬車から漂う草の臭いから逃げてきたカタリナ。

 なんだろう、そこはかとなく馬鹿にされている気がする。


「でもそれなら材料のまま持ってくるよりも、すぐに使える形に加工して持ち込んだ方が効率が良いと思うんだがなぁ」

「そうしているものもあるけど、作ったらすぐに使わなきゃダメだってものがいっぱいあるからね」

「生ものが痛まないようにする術装器(スペルノーツ)があるって聞いたことがあるよ」

「あるわね。でも正直、コストが掛かり過ぎて一般向けじゃないわ」


 俺とプリムの意見を事も無げにずんばらりんと斬り捨てる犬耳娘の言葉には実感が篭っているように思える。

 それが伝わったのかカタリナは俺と、その首筋にしがみ付いているプリムを見て得意げに胸を反らしつつ口を開いた。


「私ね、前はマドラのオズバルド商会で仕事してたのよ」

「……へぇ~」

「え、何その反応? まさか知らないってワケじゃないよね!?」

「ええっと、おっきなトコって事しか知らない……」

「うそん」


 愕然としたカタリナには気の毒だが、俺としては知らん地名がまた一つ増えたくらいなもんだ。

 商会にしても、見るからにお子様なプリムが知っているくらいだから所謂大手と呼ばれるくらいに有名な所なのだろう。あくまで日本人的な感覚だけど、それだけ大きなところに勤めている若者なら多少は自慢したくなるのかもしれない。

 とすると、プライドを傷つけてしまったかも?


「悪ぃけど、知らねぇモンは仕方ねーわ」

「その、ごめんなさい……」

「ふ、ふふ……いいのよ。トカゲとコドモだもの、仕方ないよね……」


 レトリーバーっぽい垂れ耳が一際力を失い、もさもさ揺れていた尻尾はシュンと垂れ下がる。

 何だこの罪悪感、すげぇ居た堪れない。


「そんで? コストが掛かり過ぎて一般向けじゃないってのはどういう事なんだ?」


 このまましょぼくれられても困るので、話の向きを強引に修正する。

 すると「ああ、それね」と、弾んだ声と共に俯いた顔が上がる。


「さっき言ってた術装器(スペルノーツ)はずっとマナを消費し続けるから、マナプール役の術士(マージ)が必要になるの。しかも装置が結構大掛かりでね、重過ぎるから馬車には他に荷物を載せれなくなるのよ」

「それ自体が重過ぎるって事は、保存して運べる物も限られるって事か?」

「そう! 大体、大樽四つ程度が限度よ。大きな祭典なんかで使う食材を王侯貴族から依頼されたとか、そういう特例でしか見たことは無いわ」


「それにしてもレンって、ホントに勘が良いね」とニコニコ笑顔のカタリナは、さっきまで下がっていた尻尾をふわっと上げ、つい先程の失意など何処へやら。

 操縦方法が分かり易過ぎておっさん、この子の将来が心配になってきたぞ。


「そ、それならもっと増やしてたくさん運べば……」

「それだけ馬も術士も増やさなきゃいけないじゃない」


 首にしがみついたまま身を乗り出すプリムと、それを軽くあしらうカタリナ。姦しくもケンカとは違う意見のぶつけ合いは、部活で切磋琢磨していた学生時代を思い出させてくれる。

 あの頃の友人たちは進学や就職で日本全国散々になってしまい、顔を会わせる機会はめっきり減ってしまった。それだけに再会すると思出話に花が咲き、時間を忘れて騒いでしまう。

 あいつらと再び遭える日は来るのだろうか。

 敢えて目を逸らし続けてきた望郷の念が頭を擡げ、瞼の奥が熱くなる。

 帰りたい。でも目の前に立ちはだかる現実が途方も無さすぎて、何処から切り込めば良いのか分からない。

 だから今はひとまず棚上げにして、目の前の事に専念する。


「でも……でも、やっぱり加工しないままのものがどうしても必要な人は居ると思うの」

「そりゃあいくらでも居るでしょう。でもやっぱりコストが掛かり過ぎるのよ」

「だったらコストを下げる方法を考えれば!」

「それも色々やったみたいよ。そこで出た結論は、運搬力を馬に依存してる状況じゃ難しいって事だったかしら」


 相変わらず言葉をぶつけ合う二人。

 絶望に沈んで言葉を発するのも億劫そうにしていた彼女らが今、こうして明るさを取り戻しつつあるのは必ずしも現実を乗り越えたからではないだろう。

 辛いのは今でも変わらない筈だ、癒されるほどの時間も過ぎていない。

 時には大き過ぎる障害から目を背けても、歩む事を止めてしまってはいけないということだ。

 もしかしたら迂回路とか見付かるかもしれない、などと期待を抱いてしまうのはさすがに甘かろうが。

 ともかく今は彼女たちを家に帰す道すがら、この世界の事を出来うる限り多く知る事だ。そのためには……ん?


「ベルオーラに居た時は、アストリアスとかアレッタのお野菜やお魚がいっぱい運ばれてきてたんだよ!?」

「アストリアスとアラド=ヴァレンは鉄道で繋がってるから、その点をクリア出来てるのよ。でもエスペリアにはそういうのが無いから――ちょ、何?」

「お喋りは中断してくれ、何か来てる」


 首筋にしがみ付いたプリムを犬耳娘に押し付け、降ろしたら杖を両手で構えて腰を落とす。

 会話の中で特に興味を引かれる単語が出てきたのに、なんてタイミングの悪い……。

 障害物が少なく見通しが良過ぎる所だが、水辺が近いため背の低い草が割と生い茂っている。その草が不自然に揺れているのが遠目に見えるのだ。

 先頭の俺たちが止まった事で、後続の女たちや馬車も歩みを止める。

 トリーシャがこちらへ来る様子はない。あいつは馬車周辺の女たちを守りつつ警戒しているから当たり前だ。


「ぐずぐずしないで、さっさと固まりな!」


 静かに、しかし鋭い声で道にばらけていた女たちを御者台付近に纏めるのはテレーゼだ。

 ついさっきまで談笑していた彼女らだったが、打って変わって不安と緊張で顔を引き攣らせている。

 往路でも野生動物が近くまで来たことはあったが、その時女たちはみんな馬車に乗っていたから追い払うのにそこまで気を使わなかった。

 徐々に距離を縮めてくる獣の体躯はさほど大きくは無い。多分、大型犬程度か、もう少し大きいくらいだろう。個体で見れば大した脅威ではないが、如何せん数が多い。追い払うくらいなら俺でも出来るだろうが、下手に前へ出たら背後の二人が危ない。

 手が足らん……。

 僅か数歩程度なのに、後続との距離がやけに遠く感じる。尤も、合流したとして事態が好転するわけではない。

 兎にも角にも追い払えればそれでいい。何か良い手はないか……。


「そうだ、トリーシャ! 強い光か大きな音を出す術は使えないか!?」


 がさがさと揺れる草から視線を外さず、大きな声で呼び掛ける。


「あるけど、どれも調整が利かないから酷いことになるわよ!」

「構わん、派手にかまして追い払えればいい!」

「ちょっと待って! そんなのを近くでやられたら、馬が驚いて暴れちまうよ!」


 テレーゼの鋭い声に思わず舌打ちしてしまう。

 言われてみればその通り、馬は臆病な生き物だ。身近に触れ合う日が浅すぎるために失念していた。

 とは言え、背に腹は代えれん。既に囲まれているこの状況で手をこまねいていても埒が明かない。


「じゃあ馬の耳を塞げ!」

「そんな無茶な!?」

「やらんでもこのままじゃジリ貧だ! カタリナ、行け!」

「わ、私ぃ!? あぁん、もう!」


 僅かに逡巡を見せたカタリナだったが、やけっぱち気味にプリムの手を引いて馬へと駆け寄る。

 その背を守り草地の方へ威嚇しつつ俺も後退。そして俺はもう一頭の方へと思ってそちらを見ると、馬の耳を上から抑えている灰色と黒の髪を持った猫耳娘が居た。


「よし。トリーシャ、やれッ!」

「みんな、耳を塞いでなさい。ウェイブクラッカー詠唱開始――放て!」


 トリーシャが構えた剣が一際紅く輝いた数秒後、大気が激しく震えた。

 その中心地、つまりトリーシャの術の発動地点は距離を詰めていた獣たちのほぼ直上1メートルほど。その真下の草は突如発生した衝撃波によって円状に押し潰され、破裂音とも爆音ともとれる凄まじい大音響が辺りに響き渡る。

 衝撃は真下にばかり行くものではない。中空で弾けた何かの衝撃波は当然、俺たちにも襲い掛かる。

 馬と女たちを庇う位置取りで待ち構える俺の全身にドンッ! と、風とは微妙に違う、まさに『衝撃』がぶち当たった。

 発動点からそこそこ距離があるためか弾き飛ばされるほどではないが、それでも巨大な壁が迫り、打ち付けてきたような圧迫感は凄まじく、ふとすれば一瞬で意識を遥か彼方へ飛ばされそうなほど。

 それも僅か一瞬のこと。

 やや頭がふらつくが、泣き言を垂れている場合じゃない。


「おらおらァッ! 散れ! さっさと散りやがれェ!」


 地を蹴り、杖を振り上げて馬車の周囲を囲っていた獣を追い立てる。

 気絶したものは放っておき、立っているものは俺の怒声と足音に縮み上がって散り散りに逃げていく。

 術の衝撃と轟音で怯んだ獣たちを追い払うのは簡単だった。

 獣が逃げ去っていったのを見届ける頃には女たちの混乱も収まり、トリーシャとテレーゼに導かれて馬車は歩みを再開する。

 街に到着するまで、少なくともオリーブ畑に張られた結界に逃げ込むまでは気が抜けない。

 こういうやり取りをあとどれくらい重ねることになるのか。

 暗澹とした行く先に盛大に溜息を吐き、馬車の先頭へ立つべく駆け出した。

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