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異郷異形異常譚  作者: とりあたま
第一章 赤い大地と朱いトカゲ
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第十九話 謀略の網

「甘く見てたわ、ごめんなさい」


 トリーシャが深々と頭を下げると、部屋は重い沈黙が支配した。

 責めている訳ではない。ただ、何と言って良いのか分からない……もっと言えば、自分たちが何に巻き込まれていたのか全く理解が追いつかないのだ。

 分かっている事は唯一つ、事態は全く解決していないどころか悪化の一途を急速で転がり落ちているということだ。


「ちょっと整理させて……あたしたちは知らないうちに、その、王太子妃暗殺犯に仕立て上げられたってことかい?」

「ええ」


 兵士たちに守られながらやってきたのは冒険者ギルドでもオズバルド商会でもなく、旧市街地に建つとある貴族の館だった。

 その客室へ案内され一息つく間もなく、トリーシャの口から事の経緯を説明されたのだ。

 体力的にも精神的にも疲れ果ててしまって、今の俺にはトリーシャの話を整理する余裕はない。なのでカタリナをベッドに休ませてヒーリングを持続させる方に集中する事で混乱する頭を落ち着けている。


「カタリナ……」


 弱々しい声で呼び掛けるのは、この部屋に着いてベッドに寝かせようとしたらようやく目を覚ましたプリムだ。可愛らしい顔をくしゃくしゃに歪めて涙を流しながら、カタリナの手をキュッと握ってベッドの片隅に腰掛けている。

 その呼び掛けにカタリナも薄い笑みと手を握り返して応じていた。

 彼女の容態はやはり楽観視出来るものではない。

 先程までこの館の主が呼んでくれたお抱えの医術師が診察と処置を施してくれたのだが、肋骨二本にヒビが入っていた。更に圧迫された時に内部の血管が傷ついてしまったため、肺や心臓に大きな負荷が掛かっているという。

 俺が行っていた応急処置はさほど効果があったわけではないが、全くの無駄というわけでもなかったらしい。少なくともカタリナの意識を繋ぎ止めているのはヒーリングの効果だとか。ただ、これだけの苦痛に苛まれ続けるのと意識を失ってしまうのとでは、どちらが彼女にとって救いだったかは分からないが……。


「意味が分からない。今日、この街に着いたばかりのあたしたちが、どうしてそんな濡れ衣を着せられなきゃならないんだ?」


 俺がカタリナの治療に専念する中、用意された椅子に腰掛けることなく落ち着き無く部屋を歩き回っているテレーゼは、自分たちの身に降りかかった謂れの無い罪状に困惑した声を上げた。

 この間、全く声を挟む事がないラウラは椅子の背凭れにグッタリと凭れ掛かり、窓際に立ったジャネットはカーテンの僅かな隙間から外をぼんやり眺めている。


「シナリオはずっと前から用意されていたのでしょうね。ただ私の存在があの男、フェリシアーノ・クアドアドにとって都合が良かったから、急遽シナリオを書き直したってとこかしら」

「トリーシャの存在?」

「ええ。私はヴィグリードの貴族の出なのよ、家はもう無いけどね」


 サラっと言ったが内容は非常に重いのではなかろうか。

 この世界に来ても貴族とやらに接する機会が無かったためその辺は漠然としているが、帰る家が無いなどという爆弾発言がうら若い娘の口から飛び出す事は日本人としては非常に重い。


「貴族ねぇ……そう言ってもピンキリだろう? あの親父が目を着けるくらいだし、それなりに由緒のある家なんじゃないかい?」


 立ち止まったテレーゼが胡乱げに見遣ると、椅子に腰掛けて悠然と脚を組んだトリーシャはクスリと愉快そうに笑みを零す。


「ふふっ。そう言う貴女も農家の嫁にしておくには勿体無いわよ」

「あたしは庶民の生活で十分さ。で、どうなんだい?」

「そうね、由緒といえばそれなりにはあったわ。エルヘイム伯爵家、今となっては一族も家も領地も無ければ名も失ったけれど」


 トリーシャの告白を聞いた俺を除く全員が息を呑み、目を丸くした。

 どうやらよっぽどの家名らしい。


「私の一族が滅んだ戦乱の影にあの男の姿があったわ……もう七年も前の事よ」


 再び沈黙が部屋を包み込む。

 こほ、こほ、とカタリナが咳き込んでいるのでどうしたのかと顔を覗き込むと、何かを喋りたそうに口をパクパクさせていた。


「どうした?」

「声を、出しにくいから……こほっ、起こしてくれる?」

「大丈夫かよ?」

「少しくらいなら、大丈夫だと思う」


 本人がそう言うなら止めるわけにもいかない。

 肩と背中に手を回し、胸に負荷が掛からないようにゆっくり持ち上げてベッドに座らせる。肩と背に回した手はそのまま支え、治癒(ヒーリング)のマナを送り続けた。


「トリーシャ、教えて。ジャンヌは本当に殺されてしまったの?」


 苦しそうに言葉を紡ぐカタリナ。その口から唐突に飛び出した人物名に全く心当たりが無い。

 問われたトリーシャも一瞬怪訝そうに眉を顰めたが、何かに思い当たったのか痛ましげに表情を沈ませる。


「ええ、ジャンヌ王太子妃が殺されたのは事実よ。殺害の理由は王太子妃の懐妊」

「王太子妃は確か、カスハール州候の娘だったね……なるほど、そういうことかい」


 テレーゼが納得したように、しかし苦虫を噛み潰したかの如く顔を顰めさせて呟く。

 しかし当然というか、俺にはさっぱり訳が分からない。半年でこの国や世界の情勢に精通するのは無理過ぎる。


「カスハール州候はこの国の北西部一帯を支配下に置く、国内最大手の大貴族よ。版図、財力、兵力、何れもが王家を軽く凌いでいるわね」

「エスペリアって国自体、元々は北西のアストリアスがヴィグリードに下った事で危機感を覚えた諸部族が結束して成り立ったものだからね。呼び掛けを行った部族を便宜上王家に据えたってだけだから、権威や象徴的な位置付けで実権はさほど無いと聞いたよ」

「でも、その権威も、こほっ……いつまでも南部を奪還出来ない事で揺らいでいる」

「傾き始めた権威を建て直すため、カスハール州候の縁故を王家に取り入れる事でその後ろ盾とした。でもカスハール州候の影響力が今まで以上に強まる事を危惧する者も当然居るわ。第二勢力のカタロニア州候辺りはさぞ面白くなかったでしょうね」


 どうやら俺が話に着いて来れていないのを察知したらしく、三人が口々に説明してくれた。

 政略結婚など現代日本では全く無いことはないだろうが、庶民が普通に生活する分には縁の無い話だ。が、戦国時代などの中世日本を舞台にした作品では武家同士の婚姻はよく出てくるので全く分からん話ではない。

 故に事の重大さも理解出来る。ただ下手人を挙げて処断した、で済むような簡単な話ではない。


「王太子妃が懐妊した事で連中の危機感が最高潮に達したってトコか。それにしたってカスハール州候だって馬鹿じゃないんだろうし、こんな事をしでかされたらただじゃ済まないだろうにねぇ」

「下手を打てば国を二分する内乱の勃発に繋がるから、収拾の付け方には最も頭を悩ませていたでしょうね……こんな事態が動いていると知っていたら、絶対に近寄らなかったわ」


 迂闊だった、とトリーシャ大きく溜息を吐き出す。

 おっさんにしてみれば天啓とでも言うか、それとも飛んで火に入る夏の虫か。筋書きとしては没落した名族の末が、一族が滅んだ遠因となったこの国を逆恨んで凶行に及んだってトコロだろうな。

 とは言っても知りようがなかったし、どうしようもないではないかと思う。

 それに前田の話を信じるならば、後の犯行は他の奴が行ったという……それは連続殺人犯による犯行としてあのおっさんがでっち上げた狂言だった、というのはさすがに穿って見過ぎだろうか。


「ちょっと気になったんだが、王太子妃って何処で殺されたんだ? 王太子妃って言うくらいだから王城に住んでるんじゃないの?」


 連続殺人犯の仕業とするならば、犯行に及ぶ場所も重要だろう。

 何か牢屋の中まで忍び込んで殺した、とか聞いた気がするが、恐らく警備が半端ではないだろう王城や王族の居住区にまで忍び込んで誰にも見られずに殺した、なんてのはさすがに無理があり過ぎる。


「旧市街の路上よ。あのアレサンドロって近衛騎士から聞きだした話だと、カスハール州候の別邸へ移動する最中に襲われたって。一緒に居た侍女や護衛に着いていた近衛騎士五人も全員殺されたそうよ」

「一人残らずかよ。どう考えても一人二人の犯行じゃないだろ、それ」


 ついでに前田の犯行というセンも消えた。採集メインの俺たち程度に撃退される程度のアイツが、精鋭五人を相手に立ち回って圧倒出来るとは到底思えないからだ。


「いつ、どのルートを移動するかなんて騎士だったら簡単に知りえる情報だろうしね」


 などと話していると、カタリナの肩が小刻みに震えているのに気付いた。


「辛いか? そろそろ横にするぞ」


 問い掛けると、カタリナは無言で頭を振る。

 俯かせた顔は豊かな金髪で隠しているが、伝い落ちた涙がぽろぽろとシーツに染みていくのは見ていて胸が痛くなる。王太子妃とどういう間柄か知らないが、それを今聞き出すのも憚られ、金色のマナを紡ぎながら手で背中を擦ってやるくらいしかやれることはない。

 胸の怪我が声を上げて泣く事も嗚咽を漏らす事も許さず、ただ静かに啜り泣いていた。


「じゃあ、そろそろ本題に入ろうか。これからどう動く?」


 その姿を敢えて見ずに発したテレーゼの言葉で、空気がピリッとそれまでよりも強く緊張する。


「身の潔白の証明、と言いたい所だが」

「無理とは言わないけど、正直難しいわね。ここで休んでいる間にも事態は進んでいると見た方がいいわ」

「じゃあ……」

「今晩中、夜闇に紛れて王都を脱出する。この館はアレサンドロの持ち物だから今すぐに踏み込まれる事は無いと思うけど、相手があの男だからね……絶対に安全とはいかないわ」

「脱出って、私とカタリナはどうしたら……」


 今まで俯いたままだったラウラが不安で満ちて今にも零れそうな顔を上げて震えた声で尋ねた。


「貴女は私たちと来た方がいいわ。残念だけど、このまま国外へ逃げて国許へ帰る以外に身の安全を確実にする方法が思いつかないの」


 トリーシャの返答にがっくりと再び顔を俯かせてしまったラウラ。やっと日常に帰ってこれた筈なのに、これは無い……。

 だがトリーシャもまた、辛そうに目を伏せて唇を戦慄かせる。言うべきかどうか迷っているのだろう。


「カタリナはここに置いていくしかないね」


 その苦しみを拾い、テレーゼはキッパリと言い切った。

 仲間の視線が一斉に彼女へ向かい、特に若い二人からは信じられないという詰問染みた視線が飛んでいる。

 だが、仕方がないのだ。

 これからの道程は恐らく厳しいものになる。重症のカタリナが耐えられるとは思えない。

 とは言っても長く彼女に面倒を見てもらっている二人にとって、恩も返せず見捨てるような決断は難しいだろう。

 ならば別の可能性を示して納得させるしかない。


「そうだな。後の事はオズバルド商会に任せた方が、俺たちが連れ出すよりもよっぽど安全だろう」

「ああ。ここなら良い医者もいるし、時機を見て王都から脱出できればあの親父の手からも逃げ切れるだろうさ」


 そう言いながら、ある意味自分へ言い聞かせて納得させているようなものだ。

 当然というか、自分が納得していないのだからこんな言葉が二人に通じる筈もない。その非難がましい視線が己が目を逸らしているものを真正面から突付いているような気がして、この場から逃げ出したくなる。


「ここを出たら、何処へ向かうの?」


 と、相変わらず俯いたままのカタリナが今にも消え入りそうな声で尋ねてくる。

 何処へ、と言われても俺は未だこの国の地理に詳しくない。


「元々の予定だと、ここから東へ向かってバレアスって街に向かうんだったな?」

「ええ。そこから北上して国境を越えてアラド=ヴァレンに入る予定だけど……」


 語尾をはっきりさせずに言葉を濁したトリーシャは顎に握り拳を当てて考え込んでいる。

 どうしたのか、と思っているとその答えはシーツから顔を出したカタリナの口から得られた。


「ダメよ。陰謀にカタロニア州候が、加担しているなら……けほ……私たちを逃がす、筈がない」

「……そうよね。バレアスはカタロニアの州都だし、そんな所へ向かうのはリスクが高すぎるわ」


 なるほど。どんないちゃもんを付けるか知らんが、事態の収拾にうってつけの奇貨をみすみす取り逃がす筈はないだろう。そう聞けば国境を無事に越えれるとも思えない。


「そうなると向かう先は西だけど、そっちに向かうのは奴の思う壺じゃないかい?」

「へ? そりゃまたどういうことだ?」

「事態を穏便に収拾させるための最善手は何か、って考えたらカスハール州候自身の手で決着を付けさせる事だと思うんだ。あの親父はトリーシャを見て、アンタに罪状を被せてしまえば一番面倒が無いと考えたんだろう?」

「そうよ。追っ手を尋問して吐かせたから、それは間違いないわ」


 トリーシャの返答に頷いたテレーゼは言葉を続ける。


「さっきの騒動はアンタの身柄を生きたまま確保するのが目的だった。あたしらを追い詰めた状態で留めていたのも、アンタを脅して抵抗させないようにするためだったんだろうさ」

「それはトリーシャが逸れるのも織り込み済みでってことか?」

「当然さね、わざわざそう伝えているんだから」


 あ、そういえば冒険者ギルドで騎士に何か伝えろって言っていたな。その後でテレーゼとトリーシャは何事か小声で話し合っていたし、ある程度の事は予測していたのかもしれない。


「追っ手を差し向けた上にジャネットとあたしらをいつでも殺せる状況に追い込むとか、まぁ回りくどい事をした訳だけど、この娘は全部切り抜けてしまった」

「力業もいいところだったけどね」


 恥ずかしそうに苦笑しているトリーシャだけど、お前は力業以外の手段を採ったことがあったっけ? テレーゼとカタリナも微妙な表情を浮かべている辺り、似たような事を考えていそうだ。

 今はそれに突っ込んでも仕方がないので、とりあえずスルーしておくことにしよう。


「これ以上仕込むにはさすがに時間が足りない。だから次の手は最低限の実を取れる所で妥協せざるを得ない」

「それがカスハール州候に決着を着けさせるってこと?」

「正確には州候に親い人間さ。そいつに『妃暗殺の犯人が西へ逃げた』と囁けば、躍起になって追撃の手を差し向けるだろ?」


 その場合は生死を問わずって事か。むしろ全員死ねば真相は闇の中、もしかしたら差し向けた討伐隊も相討ちって事で始末されるかもしれないな。


「西も東もダメとなると、北?」

「北は軍事要塞や砦ばかりよ、普通に通過するのだって面倒だわ」

「なんだそりゃ。そしたら後は南に戻るしかないじゃないか」


 国から出なければいけないのに南下しか道がないとは、丸っきり逆方向だ。それではどれだけ隠れ続けてもいずれ見つかってしまうだろうし、何より目的を果たせない。


「いっその事、アラカンテから海を渡ってレムリアへ逃げるかい?」

「悪くはないと思うけど、辿り着けるまでに時間が掛かりすぎるわ」


 その間に指名手配されてしまえば日の当たる場所は歩けなくなる。嘘も突き通せば真実とはよく言ったもので、国家レベルのでっち上げを完成させられたらそれを覆す事は非常に困難、というか最早無理だろう。


「テルマスまで、南へ下って、そこから西へ……こほっ」

「南西? でもそれって直接西へ行くのと何が違うの?」

「カスハール州の南部は、イグレシア氏族の領土よ」


 顔を上げたカタリナは目を真っ赤に泣き腫らして声は細々しくも、口調はしっかりと言葉を紡いでいる。

 その様子には使命感のような、太い芯が彼女の中に通っているように思えた。


「イグレシア氏族とカスハール氏族は、けほっ、古くからの盟友なのよ。王太子妃暗殺の真相を伝えたいと告げれば、きっと手助けしてくれるわ」

「……なるほど、だからあんなに物分かりが良いっていうか、協力的だったわけか」


 カタリナの言葉を受けて、トリーシャは何やら一人だけで合点がいったみたいに呟いている。


「誰が?」

「あの伊達男よ。アレサンドロ・イグレシアって堂々と名乗っていたでしょう?」

「おお、あいつそんな名前だったのか。全然聞いてなかったぜ」


 すんごく呆れた、更に幾分かの苛立ちも含んでそうなじっとりした眼差しで突っついてくるが、仕方なかろう。あのあんまりな演説のインパクトが全部かっ浚っちまったもんだから、些細なことは全部頭からキレイに飛んだわ。


「はぁ……まあ、いいわ。それでイグレシア領まではどうやって行く? バレアスより遠いわよ?」


 バレアスはこの王都から東北東へ馬車で一週程度で到着できる。だが街道を進めば州境を越える関所があるため、今回のようなリスクが無くとも多少の足止めは覚悟せねばならない。


「テルマスまで行ければ、イグレシア領は目と鼻の先……こほっ。あそこにもイグレシア氏族の別荘はある筈だから、辿り着ければ道は開けるわ」

「……イグレシアって信用出来るのかい?」


 尋ねるテレーゼの難しい顔は、俺たち全員の心の内を表しているようだった。

 兵士たちに守られ、導かれるままにこの屋敷へ逃げ込んだものの、彼らが俺たちを匿うメリットは無い。


「それについては我が氏族の威信と妃殿下への忠誠に掛けて約束しよう」


 部屋に三度目の沈黙が訪れようとしたその時、木扉を開いて現れた男の快活な声が重い空気を斬り裂いた。

 視線が一斉にそちらを向くがそいつは動じる素振りも無く、それどころか誇らしげな笑みを浮かべてすらみせやがる。

 それは紛れもなくあの伊達男。今はド派手な銀鎧を身に付けておらず、昼間の真っ赤な制服に比べればやや地味なドレスシャツと革チョッキ姿だが、あのお貴族様オーラは惜しげもなく全開だ。見間違えるな、という方が無理がある。

 突然の闖入と、聞いていたのかという驚きとで声も出せない俺たちには一向に構う様子もなく、アレサンドロは言葉を続ける。


「諸君らは此度の真相を明らかにする上での重要な鍵である。諸君らの身柄は何としてもカスハール州候の下へ送り届けねばならん。が、影でコソコソと動いておる有象無象どもは存外手強い」


 一度言葉を切ったアレサンドロは俺たち全員を見回すと、その端整な顔を厳めしく引き締めた。


「事は一刻の猶予もない。これより闇夜に乗じて王都を脱し、明朝までにテルマスの手の者と合流せよ」

「明朝!? 幾らなんでも無理だよ!」

「無茶は承知! 変え馬は此方で手配する、急ぎ支度を済ませよ」


 アレサンドロがそう告げるや否や屋敷の使用人たちが静かに、だが淀みなく素早い動作で部屋に雪崩れ込んでくる。その手に抱えているのは、まるで光を吸収しているように思えるほどに照り返しの無い黒い布地だ。

 彼らの仕事は見事の一言に尽きた。俺やジャネットらはともかく、テレーゼとトリーシャまでも有無を言わせずフード付きの黒ローブを手早く着せられたのだから。


「私も一緒に行く」


 全員が真っ黒ローブの怪しげな一団と化した時、カタリナの口から飛び出した言葉で心臓がきつく握り締められたような息苦しさに襲われた。

 置いていく、とついさっきテレーゼが告げたばかりなのに、それをまた言わねばならないのか。

 そちらへ視線を向ければ不意に目が合ってしまい、気まずさと共に姉代わりを勤めてきた彼女の苦悩も青い瞳から伝わってきてしまった。それを分かって言わせてしまうのは心苦しい……俺が言うしかないよなぁ。


「それはさっき言ったろ。お前一人なら商会でも匿って貰えるだろうし、無理に着いてくる方が危険が少ないって」

「相手は王太子妃を、手に掛けてしまったのよ。居所が知れれば商会に圧力を掛けて燻し出すくらいはしてくる筈よ」


 カタリナの反論は確かに頷けるものだった。

 奴らは既に後へ退けない事をしでかした。その収拾を着けるためならばどんな無茶もやるだろう。いや、現在進行形でやっているとみるべきか。

 それでも重症の彼女を連れて行くには抵抗がある。ただ動かすだけでも大事なのに、加えて夜中の強行軍だ。心意気だけでどうにか出来るものではない。

 どう切り返そうかと悩む俺へ向き直ったカタリナは、だめ押しとばかりに顔色が悪いながらも強気な表情を見せた。


「それに私はカスハール州候と面識があるの。いくらイグレシア氏族の口添えがあったとしても、所詮は流れの冒険者のあんたたちだけよりも説得力を持たせられるわ」


 そう一息に言い切ったカタリナだったが、無理をした代償は払わねばならず涙目で咳き込んでいる。

 これは説得は無理か、とその背を擦りながらテレーゼを見遣ると、彼女も困ったような曖昧な笑みを浮かべて肩を竦めた。


「かなり無茶するからな。痛いって泣き言も聞けねーぞ」

「体調が悪いのはあんただって同じでしょうが」


 まったく、ああ言えばこう言いやがって、可愛いげの無い奴め。

 未だ痛みは和らがないだろうに目尻の涙を光らせつつ挑発的な笑顔を向けてくる妹分に、盛大な溜息で応えるのだった。

会話の回でした。

こういうシーンだと若年組が殆ど目立てません、困ったものです。

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