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異郷異形異常譚  作者: とりあたま
第一章 赤い大地と朱いトカゲ
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第十六話 裏路地の再戦

「昨日は旧市街の方に出たってね、例の殺人鬼」

「あっちの連中は自分たちには関係ないって高を括ってたからな」

「金持ちの口車に乗せられて、あっちの方に逃げた人も居たよ」

「逃げた奴には気の毒だが、もうこっちには戻って来ないで欲しいよなぁ」

「知り合いの衛兵に聞いた話だけどな、俺たちが知らないだけでもっと殺されてるらしいぞ」


 ギルドを出てから割り当てられた持ち場へと向かう道中、道行く人々が口にしていた話題の大半はやはり連続殺人事件の事だった。

 不安げな、しかし大半は好奇心で何処か浮わついた会話が交わされる中を無言で歩いていく武装した女たちの姿は、彼らの目にはどう映ったのか。

 何人くらいが被害に遭ったのだろう。

 目撃者も残らず始末してしまうような手練れが相手となると、戦闘に関してはほぼ素人の俺たちの手には完全に余る。


「せめてプリムだけでも、出来りゃカタリナとラウラも逃がしたいな……」

「それだと残るのはあたしとレンだけじゃないか」


 無意識に零れた独り言を聞かれてしまい、呆れたような目で見てくるテレーゼから逃れるようにそっぽを向いて誤魔化してみる。と、第一戦力たるお嬢様の姿が無いのにふと気付いた。


「あれ? トリーシャは何処だ?」

「あの娘なら途中で逸れたよ、追っ手を引き連れてね」

「追っ手……!?」


 反射的に後ろを振り向こうとしたところ、首根っこをものすごい力で掴まれ、行動を強制的に止められた。


「もう居ないとは思うけど、用心するに越したことはないからね」


 そのまま首を抱き込むように顔を寄せてきたテレーゼは小声で耳打ちしてくる。

 それにしても凄い力だ。普段の仕事から力持ちなのは分かっていたけれど、まさか片手で掴まれただけで動けなくなるとは思わなかった。肉感的ではあるが極端に筋肉質だったり太ましいわけでもないのに、恐ろしいぜ獣人パワー。


「戦闘になったら犯人にはあたしが当たるから、レンは三人の護衛に専念しな」

「は? 役割が逆だろ」

「今のあんたじゃ前衛は無理だよ、あたしの方がまだマシさ」


 言ってくれるじゃねぇか、と悔しさがジクリと胸中に滲むが反論できないのも事実だった。

 温泉街に逗留してある程度は持ち直したが、身体の不調は未だ解決していない。身体が重くて常に倦怠感が付き纏い、少し動けばすぐに疲れて酷い時には眩暈が襲ってくる。

 それでも我慢出来ないものではないし、甘ったれた泣き言を垂れられる状況でもないのだ。


「そんな情けない顔をしなさんな。それに法術はレンとラウラのが上手いから、そっちに専念してくれるとあたしとしては助かるのさ。連携とか、あまり得意じゃないからね」


 首を解放したテレーゼは苦笑いを浮かべて肩に担いだポールアックスを軽く揺すってみせる。

 ああ、確かにアレを振り回されたんじゃあ連携なんて無理だなぁ。


「じゃあ姉さんの援護は私がやるね~」


 ひょい、と横に並んできたラウラは丸く大きな宝玉が頭頂部に嵌った杖を掲げた。

 彼女らが携えている術装器(スペルノーツ)や身に付けている防具類はオズバルド商会のツケで今日揃えた物が殆どで、慣熟とか全くやってない。やるだけの時間的余裕がなかったのだ。

 なので俺もテレーゼも旅の間に使い慣れた得物で事に挑み、防具も動きを阻害しない程度の部分的な物に抑えている。


「ああ、それなら防護幕(プロテクション)を中心に頼むよ」

増速(アクセラレイト)は?」

「あれはあまり慣れてないからねぇ」


 ポンポンと支援内容を取り決めていく二人を横目で見ていると、不意に服の裾がギュッと握られたのに気付いた。


「わ、私は何をしたらいい?」


 そちらへ視線を動かすとやはりというか、プリムが不安を圧し殺すような強張った表情でそんな事を口走る。

 特に何もするな、おとなしく守られていろ――と言いたいところだけれど、言ったら泣きそうだなぁ。今までだったらそれで問題なかったのだが。


「バカねぇ。私たちに出来ることと言ったら、邪魔にならないように大人しくしてる以外に無いじゃない」


 と思ったらカタリナがあっさり言いやがった。

 こうも開き直れば説得力抜群だ、ぐうの音も出ない。


「そうだなぁ、綻びが出来たらそこを塞ぐくらいだな」

「そうそう、余計な事には首を突っ込まないのが長生きの秘訣よね」


 背後から聞こえたハスキーな声にまるで心臓に氷のナイフを突き立てられたような、鋭利な悪寒が喉を詰まらせ頭から血の気が落ちていく。


「あれ? ジャネット、なんでここ……に……」


 こちらに振り向いていたカタリナの声が尻すぼみに、そして表情は怪訝そうに顰められる。

 同時に背後の気配がにまぁ、と笑顔を形作ったのが嫌になるくらいありありと感じ取れてしまった。


「なるほど、『ジャネット』はここに居ないんだ」


 その声色は残念そうに、しかし気配は喜色に溢れ、心臓から送られる血液に乗って冷たいものが全身を駆け巡る。

 そんな冷たい緊迫感を切り裂いたのは、鋭い風切り音を上げる斧槍の突きだった。頭のすぐ間近を掠めた烈風に羽毛を撫でられ、知らぬ間に狭窄していた視野がサァッと広がる。


「うっは!? オバさん、強烈ぅ!」


 そんな軽い調子の声が頭上で翻り、その声を追って顔を上げると――。


「ひっ――!?」

「プリムッ!」


 ――中空にプリムの奥襟を掴んだ灰色の猫人族(バステト)が、獲物をどう甚振ろうかと舌舐めずりしているような不気味な笑みを張り付けて跳び上がっていた。

 咄嗟にエナジーボルトで撃ち落とそうと杖を向けるが、まるで盾のように掲げられたプリムの身体が遮って放てない。

 ならば!


「我が理は如何なる危難にも犯す事罷りならず――プロテクション!」


 杖の先端から迸った金色の光(マナ)の塊がプリムに当たり、拡がって包み込む。

 それを見たテレーゼは大きく踏み込み、着地したプリムと奴の足元へ目掛けて斧槍を降り下ろした。

 ズドン――と、重い響きと共に緑色の光(テレーゼのマナ)が爆発するかの如くドーム状に拡がったかと思うと基点となった石畳は粉々に砕けて小さな窪みを作り、地面はおろか周囲一帯の大気にまで下方向への重圧を伴った衝撃が襲う。


「うわわっ!?」


 突然の事に奴は泡を食ってクレーターの中で尻餅をつき、その隙にテレーゼはプリムの手を掴むと力任せに引き寄せて尚且つこちらへ投げ飛ばした。


「プリム!」


 飛んできた小柄な身体を抱き留めると、彼女は全身を強張らせたまま縮こまってカチカチと歯を鳴らすほどに震え上がっている。

 抱いて肩や背中を擦ってやるがひきつけを起こしたような恐慌状態はしばらく収まりそうもない。


「レン、こいつはアンタが言ってた奴だね?」

「ああ。服装やら髪型が変わっているけど、間違いない」


 とん、と軽いステップを踏んで戻ってきたテレーゼに答え、打ち付けた尻を擦りながら立ち上がる奴を見据えた。

 以前は革鎧の下に男物の上下を身に付けて髪も無造作に伸ばしていただけだったが、今は向こう側が薄らと透けてやたら艶かしいヒラヒラした女物の衣装を纏っている。綺麗に結い上げた長い髪を鏤められたビーズがキラキラ光る髪飾りや濃紫のシックなリボンで飾り立て、大胆なカットで胸元やすらりと長い脚を惜しげもなく露出したその姿は夜の女そのものだ。


「痛たたたた……ちょっとオバさん! 初対面の相手にいきなり攻撃とか酷くない!?」


 やけにギャルギャルしいのと、とぼけた口調が残念だが。

 石畳に出来た窪みの中で立ち上がった猫耳女――以前は鎧に覆われて分からなかったが胸元が膨らんでいるので多分女だろう――は服や腰に付いた砂や埃を手で払いながら頬を膨らませて抗議してくる。

 しかしこいつ、手加減があったとはいえテレーゼのグラヴィトンを食らってすぐに立ち上がってくるとか、相変わらず普通じゃない。前に試し撃ちだとか言って食らったら、小一時間は足腰が立たなくなったのに。

 奴の正面にテレーゼを置き、俺はプリムを抱きかかえたまま後退してカタリナとラウラの前へ位置を取る。

 そして通りに少なからず居た通行人もまた、唐突に始まった刃傷沙汰に巻き込まれぬようにと離れながらも距離を置いて野次馬を決め込んだ。


「先に聞いておくよ。このところ『ジャネット』って名前の女を殺して回っている殺人鬼ってのはアンタかい?」


 ポールアックスの穂先を無造作に下ろしたテレーゼが良く通る声でそう尋ねると、当然ながら周囲の野次馬がざわめき始めた。

 そりゃあそうだ。つい先程もその噂話を交わしていた通行人が何人も居たのだから、関心の高さは言わずもがなだ。

 そんな周囲のざわめきをどう捉えたのか、猫耳女は「にひっ」と片側の口角を引き上げてまるで悪戯小僧のような笑顔を浮かべる。


「当たらずとも遠からず、ってトコかな?」

「どういうことだい?」

「最初の二件は間違いなく私、これは認めるわ。でも他は知らない、どっかの誰かが真似したんじゃない?」

「それを証明出来る?」

「出来ないね。するのも面倒だし、どうだっていいわ。こっちで何したって帰っちゃえば関係ないもの」


 その返答にざわめきは更に大きくどよめき、中には悲鳴や罵声も混じり始めた。

 人を食ったようなその調子は重大犯罪を告白したにしてはあまりに軽薄で、罪の意識や良心の呵責といった情動は欠片すらも感じられない。

 しかし俺は、恐らくテレーゼもだろうが、その曖昧な返答に眉を顰める。


「じゃあ仮に後の分を他の奴がやったとして、アンタは何で殺したんだ? そしてどうして止めた?」

「頭の中のバカを黙らせたかったんだけど、全然効果が無かったから止めたの」

「効果?」


 再び尋ねたテレーゼの言葉に奴は苦笑で応じ、俺の方へと視線を向けた。

 その瞳は疲れ果てて憂いに満ち、何かに縋りつくような弱々しさすら覚える。しかし以前垣間見た血の凍るような狂気もやはり共に在り、渾然一体となって危うさが更に増したように思えた。


「そこの朱いの、レンって言うんだって? 見掛けによらず可愛い名前だね」

「うっせ! 可愛いとか言うな!」


 仲間が勝手に短縮して呼んでいるだけで、俺としては未だに納得していない。


「前にも言ったよね? 私の頭の中でジャネットジャネットってずっと呟いてる奴が居るって」


 そんな警戒感丸出しの俺に構う様子もなく、猫耳女はまるで親しい友人と世間話でもするかのような気軽な口調でこちらへ語りかけてくる。

 この女の突拍子のなさと場違いな口調のせいでペースが崩されそうだが、未だ腕の中で震えているプリムの存在が緊張感を損なわせないでいてくれる。羽毛が疎らに生えた左腕にギュッと力を篭め、右手で構えた杖にマナを流し込んで奴の動向を指の一本さえも見過ごさぬようしっかりと見据えた。


「そういえばそんな事も言ってたっけか。それを黙らせる為に殺しを繰り返してんのかよ?」

「私も苦労してんだって、もうウンザリなんだよ。四六時中、寝ても醒めてもずーっと頭ン中で呟いてんのよ? 分かる? いい加減、気がヘンになりそうなんだよ?」

「だから哀れな殺人鬼にうちの大事な妹を売り渡せって? 寝言は寝て言うもんだ!」


 会話に割って入ったテレーゼが再び踏み込み、ポールアックスを大きく一閃させた。

 それをおっかなびっくりよたよた飛び退き、しかし何故か危なげなく避けきってしまった猫耳女は目に見えて落胆し、そして啖呵を切った牛女をキッと険しくにらみ付ける。


「いーじゃん! 困った時はお互い様でしょ!? どうせいつかは死ぬんだし、一人や二人くらい――」

「それ以上口を開くんじゃないよ! 辛くて死にそう? アンタ一人で死になッ!」


 振り抜かれた斧槍はテレーゼの豪腕に操られ、斬り、薙ぎと次々に方向を変えて猫耳女に襲い掛かる。

 銀光が巨大な弧を描き、轟音の尾を引くその様は正に暴風。特に技巧があるわけではないが、振り下ろしては石畳を砕いて礫を撒き散らし、紙一重で避けようものなら烈風が肌や衣服を切り裂いて血風を散らせた。

 それに巻き込まれては堪らない、と取り巻いていた野次馬たちが蜘蛛の子を散らすかのように我先にと逃げていく。それほど広くない路地だ、縦横無尽に振り回された長柄武器の凶悪な穂先は両端の建物の壁すらも削っている。


「何このヒスババァ、最低!」


 ヒステリックに叫んだ猫耳女は何処に隠していたのかいつか見た細剣を抜き、瞬時に炎を纏わせた。

 しかしテレーゼが繰り出す斬撃の嵐に追われ阻まれ、暴風圏へと踏み込めずにひたすら後退を繰り返すのみ。そんな状態に焦れたのか、彼女は大きく飛び退いて距離を取ると、細剣を技巧も無く振り翳してその身に纏った炎を撃ち出した。

 それはいつか見た、木立をへし折ったあの炎の斬撃。アレに当たればただじゃすまない――。


「はぁぁぁッ!」


 ――が、横へ薙いだ斧槍はなんと飛来した炎を豪快に斬り払ってしまった。


「嘘ぉっ!?」


 爆発音と共に膨れ上がった炎の中から何事もなく飛び出し、ダメージを一切感じさせずを凶刃を煌めかせるテレーゼの姿に、猫耳女は驚愕のあまり声を上げる。

 刃とぶつかった炎弾は爆発し、本来ならばポールアックスはへし折れてそれを振るうテレーゼもただでは済まない筈だ。しかし彼女の身体とその得物が薄っすら帯びた青白い光がそれを防いだのだ。

 からくりを理解したらしい猫耳女がこちら、正確には(フレーム)核晶(コア)を青白く光らせているラウラを忌々しげに睨み付ける。

 しかし攻撃の手を緩めないテレーゼが迫るため、停滞は許されない。


「もう! ほんっとにウザったいんだからっ」


 再び大きく距離を取った猫耳女は細剣に炎を纏わせ、今度は二発、三発と立て続けに炎弾を放つが。


「シールド――リリース!」


 それらはテレーゼの目前に出現した青白い光の円盾にぶつかり爆発、盾を消し飛ばすもテレーゼへ着弾するには至らない。

 攻撃を再び防がれた猫耳女はあからさまに舌打ちすると、後ろへ何度も飛び上がって斧槍の間合いから逃れていく。


「消された!? なんて威力……」


 しかし防いだとはいえシールドを消滅させられたラウラもまた細い目を大きく見開き、苦々しく表情を歪めていた。

 シールドは篭めるマナの量にもよるが、全身を覆うプロテクションよりもマナを一点に集中させられるので防御力は高い。

 おまけにラウラの術式は俺のものよりも完成度が高い。師匠なのだから当たり前だ。


「おいおい。テレーゼの奴、さっきアレを斬り払ってたけど大丈夫なのか?」

「不味いと思う~……折れなかったのは多分まぐれよぅ。シールド、ストックスタンバイ――リリース!」

「――――シールド!」


 三度、猫耳女が剣に炎を纏わせたのを確認したラウラがテレーゼの前に光の盾を出現させ、俺も自分たち四人丸ごとすっぽり覆う巨大な光の円盾を出現させる。

 そして次の瞬間、猫耳女が放った炎弾はテレーゼの足元に着弾して粉塵を舞い上げた。

 白い粉塵はもうもうと立ち込め、瞬く間に路地を埋め尽くして視界を奪う……、ってこれは!?


「テレーゼ! 煙幕だ!」


 気付いて声を張り上げた時には彼女の姿は既に白煙の中に消えて影しか見えず、猫耳女は完全に見失った。


「ラウラ、プロテクションを厚くして掛け直せ!」

「あ、わ、わかった~」


 もくもくと拡がっていく白い闇に呆然としていたラウラは俺の鋭い声にハッとなると、慌てて術装器(スペルノーツ)の操作を始める。

 平和な日本で過ごしていた俺が言うのもなんだが、彼女は所詮学生の身。法術の腕と知識は確かだが、事態の変化への対応といった咄嗟の判断ではまだまだ未熟な部分が多い。今までは年長のテレーゼや俺が注意を喚起して締めていたのだが、道中でやりあった亜人や獣の類はこんな手の込んだやり方など使ってくる筈がないので始めて遭遇する事態で混乱したのだろう。


「ぬぁっ!?」


 濃い煙幕の中、それも予想外の上方向から飛来した炎弾が二発、俺が展開していた光の盾に激突し、爆炎を撒き散らす。

 簡単に破られぬよう、というのもあるが長時間維持するために展開したシールドにマナを供給し続けているのだが、爆発した瞬間に術式からごっそりとマナを吸い上げられて軽い眩暈を起こした。


「舐めんじゃないよッ!」


 後方の爆発音は当然、テレーゼにも聞こえただろう。怒号を発した彼女がポールアックスを振り上げ、勢いを付けて地面へと振り下ろすシルエットが煙幕越しにぼんやりと見える。

 そして轟音と共にドーム状に拡がった緑色のマナが路地を埋め尽くし、立ち込めていた白い粉塵の大部分が一瞬にして消え失せた。グラヴィトンにより地面へと叩き落されたのだ。

 しかし晴れた空間にも、叩き落されるべき罅割れた石畳にも猫耳女の姿はない。何処だ、と視線を巡らせる間に何かが頭上を越えて放り投げられ、破裂音と衝撃が立て続けて起こった。


「アレから逃げてたのかよ!」


 爆炎が衝撃波に拭われて顕になった視界の先、グラヴィトンの余波で壁の一部が崩れた建物の前に奴の姿を見つけた。

 恐らくは壁を蹴って上空へ逃れたのか、しかし蹲って頭を押えているその様子から無傷ではないようだ。


「カタリナ~、お見事~!」

犬人族(コボルド)の鼻と耳は伊達じゃないわ」


 ふふん、と得意げに胸を張るカタリナはその手に長細いグリップが付いた小石大の物体を弄ぶ。

 それは術装器(スペルノーツ)の一種で、一回使い切りの手投げ弾だ。効果は物によって様々だが、彼女が今回持ち出した物には大きな音と強い光、あとは申し訳程度の衝撃波を撒き散らすスタングレネードのような術式が篭められている。

 確かに死角を突いた奇襲を見破り、それを防いだのは見事だ。良い仕事をしたと思う。

 だがせめて、それを使う前に一言あっても良かったと思うのだ。

 衝撃波は障壁(シールド)で防げるし、元々が大した威力の無いものだから良いが、間近で炸裂した音と光は凶悪の一言に尽きる。たまたま別の方向を向いていたから閃光に目をやられる事は回避出来たが、激しい音のせいで耳鳴りが酷い。元々恐怖で精神的に追い詰められていたプリムなど目を回してしまい、腕の中でグッタリと力を失ってしまった。

 下手に威力がある物を使わせても戦闘センスがからっきしのカタリナでは役に立たないどころか逆に窮地に陥りそうだったので殺傷能力の無いものを選んが、あの判断はやはり間違いではなかったようだ。

 とはいえ形勢は決した。

 俺同様に間近でモロに食らった猫耳女は完全に目を回してしまったようだし、仮にまだやる気だったとしても油断無く斧槍を構えてにじり寄るテレーゼから逃れられる間合いではなくなった。


「観念しな、もう逃げられないよ」

「……嫌だ。私は帰る……こんな所で死ぬとか、ありえない……」


 ブツブツと何事か呟きながら細剣を握って壁を背に立とうとするが、音と光、ついでに衝撃波のダメージが大きいのかふらついてすぐに尻を地に付いてしまう。

 本来なら裁きの場で罪を明らかにし、しかるべき処罰を受けさせるべきなのだろうが、相手が相手だけに拘束してどうこうなんて悠長に構えていたらとんでもないしっぺ返しを食らいそうな気がする。なのでこの場で仕留めてしまった方がよいのだろうが、抵抗出来ない奴を殺すのは気が引ける、という気持ちがあるのも確かだ。

 それはテレーゼも同様なようで、決定的な場面であるのに刃を振り下ろすのを躊躇っているように見える。

 それに気になる事もある。コイツは殺しを認めたが、それは最初の二人だけ……じゃあ後に続いている殺しは誰がやったのか。

 などと思案に耽っていると、背後から重々しい金属音が聞こえた。それは規則正しく響いており、石畳からも僅かに振動が伝わっている事から非常に重い物体が歩いているのだろう。


「アームドメイル? 王立騎士団かな?」


 後ろを振り向いたカタリナが目を丸くして呟いた。


「なんだそれ?」

「術装仕掛けの甲冑、て言うか着込むゴーレムだね~」


 警戒は解かず音のする方へ目を向けると、幌付きの大型馬車よりも頭ひとつ高い人型の影が一つとその周囲に数名、隊列を組んで此方へ駆けてくる姿が見える。

 この都へ辿り着くまでに畑仕事に従事するゴーレムは幾つか見てきたが、重厚感に満ちた足音を響かせて歩いてくるそれは木や布を構成材に用いている農作業用とは掛け離れた威圧的な印象を抱かせた。街灯の明かりを鈍く反射する金属質の装甲は無骨な鎧兜のような造形で整えられ、巨人が全身鎧(フルプレート)を着込んでいると言われても納得したかもしれない。

 彼らがやって来た理由は考えるまでもないだろう。これだけ派手に暴れたのだから、誰かが衛兵に助けを求めたとしても不思議ではない。


「じゃ、後はあいつらに引き渡せば終わりかな」

「そーだね~」


 ほぅ、と安堵するような溜息吐いてラウラ表情を和らげる。

 まだ気を抜くのは早い、と言いたいところだけど猫耳女は相変わらず立ち上がれないようだし、俺もテレーゼも警戒しているから、まあいいか。カタリナなんて完全に振り向いてしまっているしな。

 彼らに下手人を引き渡すべく待っていると、甲冑のお化けは距離を置いて立ち止まり、その手に携えた馬上槍(ランス)のような槍状の物体の穂先をこちらへ向けた。その先端には穴が開いており、そこから何かを射出するのだろう、と想像したところで悪寒が走る。

 その次はもう考えるより先に身体が動いた。

 猫耳女へ向けていた光の円盾を百八十度移動させ、更に注ぎ込めるだけのマナを供給して盾の強度を厚くする。

 直感が示した通り槍の砲口から雷鳴を轟かせて巨大な光の塊が放たれたのは、盾の輝きが増し始めるのと同時か僅かに遅れてのことだった。

 目の前が真っ白になった。

 光の砲弾が円盾に衝突した瞬間、炸裂して弾けたエネルギーが奔流となって盾を飲み込んだのだ。

 血と共に体内を巡るマナが濁流の如き勢いで腕から杖へ、そして円盾へと流れ込み、意識も一瞬で刈り取られる。そして背中を襲った激痛で意識を取り戻し、自分が石畳の上を勢いよく転がっている事を把握した。

 二転、三転と硬い石の上をバウンドするように転がり、ようやく勢いが殺せたところで溜息代わりの呻きが漏れる。

 腕の中に抱いたままのプリムは相変わらず失神したままだが、特に怪我らしい傷は無い事にひとまず安堵した。しかし顔を上げて目に飛び込んできた光景は、到底受け入れられるものではなかった。


「カタリナ……!?」

「はっ……はっ……こぼっ……はっ……」


 石畳の上に仰向けに横たわったカタリナ。その口は断続的に細い呼吸を繰り返し、時折咳き込んだ拍子に口の端から赤い血が筋を作って落ちていく。

 呼び掛けても反応はなく、ただ浅い呼吸を繰り返すだけ。

 つい先程まで胸を張って得意気だった彼女は、生命の危機に瀕していた。

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