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魔法騎士、佐藤さんに出会う。


 少年がおそるおそるといった様子で目を開くとまだ自分の周囲にまとわりつく煙の向こう側に見慣れない風景が広がっていた。未知の材質で覆われた大地、視界を遮るように整然と並ぶ建造物の数々。どうやら彼を〝渡界とかい〟させる儀式は成功したらしい。

 しばらく呆けていた少年ははっと気づいたように自分の体を見回し、ぱんぱんと体中を触って感触を確かめた。儀式の際に滞留した魔法雷がまだ体のあちこちで静電気となってばちばちと音を鳴らしているがどこも傷めた様子はない。背負ってきた女神の意匠を凝らされた刀剣も傷一つなく無事な様子だ。

 触り慣れたくるんと軽いウェーブのかかった巻き毛へと手を伸ばす。絹のような金髪にエメラルドのような碧眼。歳は15、16歳といったところだろうか。少年はその戦士のような装いさえなければ少女と見間違うような端麗な容姿をしていた。きょどきょどと辺りを見回す小動物的な仕草が一層その見方を助長する。

 少し余裕が出てきたので辺りをじっくり観察する。どんな技術を使ったのか想像もつかないが灰色の石のようなものが地面を覆い尽くしていて、土が見当たらない。木々も少なく、代わりに同じような造りの建物が乱立している。空気はどことなく汚れていて息苦しい。なにより自分たちには見慣れた存在である妖精が一匹も飛んでいない。少年が過ごしてきた世界とは似ても似つかない世界だ。

「ここに〝最後尾の魔女〟が……」

 無意識の内に発していた言葉に思わずきゅっと握った掌に力が入る。

 〝最後尾の魔女〟。人類に仇なす超災厄級の魔女の中でも史上最も力を持っている魔女で、これまで人々の前に現れたどの魔女よりも魔法に秀でており、全ての魔女の列の最後尾に君臨する、と魔女たちに言わしめた存在である。

 この魔女は他の超災厄級魔女たちの例に漏れず、彼女は少年たちの世界で悪の限りを尽くした。ある国では国民の二人に一人は感染する伝染病を撒き散らし、ある国では王妃を洗脳して悪政を敷かせた。そしてある国で結成された数万の魔女討伐軍はわずか一日で神隠しにあったかのように消え失せた。

事態を重く見た大陸の東の果ての大国は魔女を殺すことに特化した騎士を大陸中からかき集めた。そして集まった十五人の騎士に大妖精の加護を付与した聖なる武器を与え、魔女の討伐に向かわせた。

 〝最後尾の魔女〟に与する魔女たちを退け、〝最後尾の魔女〟との長きに渡る戦いの末、魔女殺しの騎士たちは〝最後尾の魔女〟に瀕死の傷を負わすことに成功する。しかし〝最後尾の魔女〟は土壇場で〝渡界〟の儀式を行い、彼らの世界から消えてしまった。

 一旦の勝利は見たものの、いつまた〝最後尾の魔女〟が自分たちの世界に戻ってくるか分からない恐怖にとり憑かれた騎士たちは残された力を振り絞って、一人の騎士に魔女の追跡を行わせた。

 騎士の名はマドアック・ローリンソン。魔女殺しの騎士の中でも最年少騎士であり、十八人の魔女を殺した最強の魔女殺しの騎士。そして今ここで周囲を窺っているこの少年なのである。



 そのマドアックは途方に暮れていた。〝最後尾の魔女〟の追跡を行おうにも手掛かりがない。あれだけ強大な魔力を持っているのだから痕跡を辿れそうなものであるが瀕死の傷を負って弱っているからか微かな魔力の痕跡も見当たらない。また妖精がいれば彼らの声を頼りに捜索できるだろうが彼らの姿が一向に見えない。覚悟こそしていたもののあまりにも自分の世界とこの世界が違いすぎている、という現実にマドアックは早くも不安でいっぱいになっていた。

 こんなことなら一度みんなで都まで戻ってもっと準備を整えてから全員で来るべきだった、と思っても後悔先に立たず。それにあのときは騎士のみんなも脅迫観念に駆られていた。〝最後尾の魔女〟を倒すなら今しかない、と。

 身を隠そうにも周囲にはこの石でできた建造物しかない。このままでは食事を取ることすらままならない。まだ人に見つかっていないのが不幸中の幸いといったところか。

「おい」

 そんなことを考えた矢先。誰かに不意に声をかけられた。

「お前だ。お前」

「僕、ですか?」

 横柄にマドアックに声をかけてきたのは小柄な彼よりなお小さい男だった。しかし、その顔には自信が塗りたくられ、己が小ささに一分も委縮することなくふんぞり返っているその姿はおどおどしているマドアックよりよほど大きく感じられた。服装も奇抜で暑くなってき始めた初夏のこの時期に詰襟の制服に制帽、黒の外套を纏っているその姿は大正時代の学生を彷彿とさせる。

 小男はマドアックの数十メートル上に立っているかの調子で偉そうに言葉を発した。

「お前はなんだ?」

「なんだ……って?」

「まどろっこしいな、お前はなにをしている人間なのだ、と聞いている」

 これまた不躾な質問である。しかし小男はにやにやと楽しそうに笑うだけで悪びれる様子もない。

「騎士、だけど」

 男の雰囲気に気圧されたのか彼は特に隠すことなく正直に答えた。男はずずい、と目を光らせながらマドアックに擦り寄ってきた。

「魔法とか使っちゃう?」

「……使えるよ」

「魔法騎士か!レイ●ースだな!」

 マドアックには聞き慣れない単語にハテナを浮かべていたが男はうんうんと自分一人で納得してうなずいている。相手のペースに耐えかねたマドアックが男に問いかけた。

「あの、あなたは……」

「ああ、俺か?俺は貴ヶ谷騒太郎たかがやそうたろう。騒がしい太郎と書いて騒太郎だ。よろしくな」

 もったいぶる様子もなく男は自分の名を名乗るとぐい、と彼の前に手を差し出した。

「あ、僕はマドアック。マドアック・ローリンソンだ。よ、よろしく」

「マドアックか。見た目に反してかっこいい名だ」

「み、見た目のことはいいだろ」

 気にしてるんだから、と口に出して反論するも尻すぼみになって消えてしまう。

「マドアック。お前はこの街になにを求めている?」

「え……?」

「この街はな、世界の中心なんだよ」

 地球は丸いのだからどこでも世界の中心なんてとんちんかんな意味ではないぞ、と騒太郎は指を左右に振りながら力説する。

「なぜだか分からないがありとあらゆるものがこの街に惹かれてやってくる。国際的なハッカーのアジト、日本の政界を牛耳る謎の重鎮の一族の別荘に、ヤクザの一家、悪の秘密結社の巨大ロボとそれを追いかける正義のヒーローもいるし、妖怪大戦争の戦場になりかけたこともある。なぜかご当地アイドルのグランプリ大会が毎年開かれるし、UFO、UMAもばんばん観測されてる。渡りドラゴンの越冬地としても有名だ。そして」

 騒太郎はそこで一旦言葉を切ると、にやり、と口角を持ち上げた。



「君らのような魔法を生業にする者も多く住んでいる」



「魔法使いがいるの!?」

「おお、食いついたねえ」

「お、教えてくれ、頼む!」

 まあまあ待ちたまえよ、と迫ってくるマドアックを押し返すと再び高説を垂れるぞ、と言わんばかりのポーズをとる。

「言っただろう、ここは世界の中心なんだって。世界で一番ホットなこの街には熱く煮えたぎるようなハートバーニングなやつらが集まってくる。無論、この世のくだらん理の外にある人外神秘を扱う魔法使いだって例外じゃあ、ない」

 その顔は不敵に笑っている。楽しくて笑いだしたくて仕方ないけれど、あえて冷静を装っているような、子どもが好きでたまらないものを目の前にしてそれでどう遊ぶか計画を巡らせているときのような、そんな笑顔。

「俺はそんなやつらが大好きだ!退屈は嫌いだ。退屈は鬱屈になり、やがては死に至る病気だ。俺は退屈を吹き飛ばすようなおもしろいことが大好きなんだ。魔法使い、ハッカー、ヤクザ、妖怪、アイドル、巨大ロボ、ドラゴン、なんでもいい、なんでも来い!俺はそいつらが大暴れするのを最前列で楽しみたいんだよ!」

 改めて聞くぞ、と騒太郎はぐっと指を彼の方に突き出す。

「お前はこの街になにをしにきた?」



「僕は――」

「たぁーかぁーがぁーやぁー!」

 口を開こうとした瞬間、けたたましい声が二人に叩きつけられた。

 その大音量の声の持ち主は原付バイクに乗った女だった。その顔はヘルメットとゴーグルに隠されているが口は真一文字に引き結ばれ、ゴーグルの奥の目も怒りに燃えていることが容易に窺うことができた。

 女が再び、吠える。

「そうたろおおおおおおおおおおおおおおおおっっ!!」

「俺は急用を思い出したのでこの辺で。また会おう!」

 自分に向けられた怒号とフルスロットルで発進した単車を把握した瞬間、騒太郎はひょいと近くの塀によじ登り、マドアックに一声かけるとそのまま塀から建物の屋根に飛び移り、危なげない跳躍で屋根から屋根を飛び移り、そのまま消えてしまった。

 騒太郎がほんの数瞬前までいた場所に全力で単車が滑り込み、そのままけたたましい音と大きく弧を描がかれたスリップ痕を残して急停車した。

「くそっ、逃げられたか!」

 マドアックはあまりのことの推移に動きが完全にフリーズしていた。その女性はしばらく騒太郎が逃げた方向を睨んでいたがあきらめたように深い溜息を吐くと、ヘルメットとゴーグルを取り去り、マドアックのほうへと向き直った。

 ヘルメットからこぼれた綺麗な黒い髪は背中まで垂れ、細いフレームの眼鏡をかけた真面目そうな、先ほどまで単車で爆走していたとは思えない、仕事の休憩時間に公演のベンチに座って一人で静かに文庫本でも読んでいそうな、そんな女性だった。

「大丈夫ですか?お怪我はありませんか?」

「え、ええ、まあ……」

 自分が単車で突っ込んできたんだろうに、とは言わなかった。

「あなたが先ほど渡界されてきた方ですか?」

「え」

「異世界から来られたんですよね?市民の方から住宅街に落雷がー、って通報があったから駆けつけてみれば案の定ですよ。いやー、よかったよかった」

 曖昧にうなずく彼に彼女は首から提げられた名札を見せる。そこには少し緊張した面持ちの彼女の顔と名前が添えられていた。

「市役所……?」

「そうです!改めまして、私はこの街の『市民なんでも相談課』窓口の佐藤です。よろしくお願いします!」

 そして、と言葉を切ると彼女――後に彼が親しみを込めて佐藤さんと呼ぶことになるこの女性は彼の両手を握って微笑んだ。



「――織籠市おりごめしへようこそ!」




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