普通な少女の大冒険!~終宴~
「ごくっ…。い、いくぞ?」
「「「応っ!」」」
螺旋階段を登り、最上階までやってきた私たち
長い廊下を抜け、石で出来た扉を開け放った少女たちは、最後の舞台へと躍り出た
「……あ、あれ?」
「……にゃ?」
しかし、そこには何も居ない
あるのは、円形状の舞台の真ん中に山々と詰まれた物
「お、おおぉぉー…!!?み、見つけましたよ!麗羽様!」
「や…やりましたわ!あれが、変態さんの仰っていた"金塊と銀塊"なんですのね!」
「う、うそ…本当にあったんだ…」
困惑する皆を余所に、袁紹こと、麗羽組は大興奮で互いの手を取り合っていた
その目には、うっすらと涙が浮かんでいる
「な、なぁ、麗羽。これ、どういうことだ?何か知ってるのか?」
「白蓮さん達は、知らなくて当然ですわね。変態…名前は何て言ったかしら…」
「貂蝉様ですよ、麗羽様」
「あぁ、確かそんな名前でしたわね。その"蝶々さん"が教えてくれたんですわ。『この塔に金銀財宝が眠っている』っと…」
「金銀財宝…?それが、あれってことか?」
私は、広場の中央にある金銀の塊を指差し首を傾げる
「ですわ!…まぁ、想像していたものと、大分違う上に、大きさもありますけど…」
「麗羽様?いくらなんでも、これはデカ過ぎですって。あたい達だけじゃ、持ち切れませんよ!」
金塊と銀塊の前に、猪々子は立つと遠巻きで見ていた皆に向かって苦笑する
塊の大きさは、高さだけで猪々子の三倍はある。横幅は五、六倍だろうか。それが、金銀、合わせて二つもあるのだ
とてもじゃないが、麗羽たちだけで独り占めなど出来そうもない
「そうですわね、ここまで、一緒に手伝ってくれたのですもの、少しくらいは恵んで差し上げてもよろしくてよ?」
麗羽は独り占めを諦めたのか、小さく首を竦めると、私たちに振り返って苦笑した
「あ、有り難い話だけど…珍しいな?麗羽が、お金に関して、そんなこと言うなんて」
「なんですって?まるで、私が意地汚い守銭奴みたいな言い草ですわね?」
「ご、誤解だって!麗羽たちは、袁家復興に必死だったじゃないか?こんな大きな金塊なら、袁家復興も一気に近付くから、全部欲しがるだろうなって思っただけだって…」
「白蓮さん?あなた、国とは何か分かってらっしゃいますの?」
呆れたように麗羽は肩を竦めると、ため息を吐いて金銀を見る
「確かにお金や物も大切ですが、一番大切なのは王ですわ。王が道を誤れば、必然的に国は滅びますの。良き国とは、良き王が治め、悪しき国とは、暴君が治める。簡単なことですわね。袁家は代々、栄華を誇ってきました。つまり、良き国…袁家の王は代々、良き王であった証ですわ…」
袁紹は懐かしむように、自ら持つ宝刀を見つめると、静かに目を瞑る
「しかし、此度の大戦で…私の国…袁家は、滅びましたわ。つまり、私の王としての力が足らなかったということですわね」
口惜しそうに唇を噛み締めると、宝刀をしまい、財宝を見つめる
「麗羽…」
「ふふ…。何ですの、その顔は?別に諦めたと言っているわけではありませんのよ?。今でも、私は心から袁家の復興を願っていますし、そのために、今は自身を磨くことを前提に行動しているだけですわ!」
磨く手本はいくらでも居ますもの!と、振り返った麗羽の顔は実に晴れやかなものだった
「変わったな。お前」
「まだまだですわよ。良き王に成るのは、まだまだ先ですわ」
小さく微笑むと、麗羽は踵を返して歩き出す
「麗羽様ー!見てくださいよー!この、金塊と銀塊!スゴいですよ!」
「誰が作ったのか分かりませんけど、下に居た飛竜と同じ形してるんです!」
「あら!凄い出来栄えじゃありませんの!もっと、よく見てみたいですわね!」
歩み行く先で、猪々子と斗詩がワイワイと手招きをしていた
その背中を見つめ、一人、私は物思いに耽る
大陸平定から三年が経った今、私は初めて少女の心を知った
敗北を知った少女。その原因を受け入れるには、多大な時間と精神を必要としたことだろう
そのための三年…。人の変化は一緒に居るほど見えにくいものだと言うが、私は今、それを痛烈に感じていた
「復興の為のお金より、まずは王としての資質か…。本当、変わったな…」
麗羽は初めから、お宝なんてどうでも良かったのだろう
此度の修行で、王としての成長が出来れば一番の収穫と考えていたに違いない
「前の麗羽なら、この場に居る全員に手伝わせた上、最後は全部、独り占めしてただろうし。本当に変わったな」
私は苦笑すると、麗羽が歩み寄る財宝を見る
金塊と銀塊は静かに鎮座し、目前に居る三人を見つめていた
……見つめていた?
「れ、麗羽!危ない!!!」
「なっ!?」
私の声に驚愕し、振り返った麗羽の目に映ったのは…今まさに振り下ろされようとする"金塊の爪と銀塊の尾"だった…
「っ!麗羽様!」
「こん…のぉー!」
財宝の異変に気付いた猪々子と斗詩は、麗羽を庇うように前に出る
そんな二人を嘲笑うかのように、銀塊の尾は容易に二人を吹き飛ばしてしまった
「うわあぁぁ!?」
「きゃあぁぁ!?」
「猪々子さん!?斗詩さん!?」
吹き飛ばされ、壁に叩き付けられた二人の安否を確かめる為に駆け出した麗羽
その背後から、金塊の爪が…振り下ろされる…
「麗羽!!!」
「え?…ぐっ!?くはっ…」
完全なる不意打ち…
麗羽は成す統べなく、その金色に輝く爪の餌食となってしまった
吹き飛ばされ、地面を二転三転と転がる様はまるで、糸の切れた人形のよう…
そんな麗羽の姿を、私はただ茫然と見つめていた
完全に動きを止め、地面に倒れ伏した麗羽を中心に、赤い何かが…ジワリと広がっていく…
「……う、うわあああぁぁーー!!!」
"■■■■ー…!!!"
白蓮の叫び声…その声に反応するように、金と銀の竜は面を上げると、地を震わせるほどの咆哮を上げた
「許さない…許さない!ゆるさない!ユルサナイ!" "してやる!」
我を忘れ、怒りに全身を震わせながら、私は武器を抜いて駆け出す
「うわあああぁぁーー!!!っ!?」
『バカ者!落ち着け!白蓮!』
駆け出す私の腰にしがみつき、必死に落ち着かせようとする者が居た
私の師匠だ
「離せ!離せよ!アイツ等を…麗羽を助けるんだ!」
『無茶苦茶にやっても、勝てる相手じゃない!まずは、落ち着け、白蓮!』
「落ち着いてなんかいられるか!?麗羽たちが、やられたんだぞ!?見てみろ!あの血溜まりを!麗羽が…麗羽が危ないんだよ!」
『お前こそ、分からないのか!?闇雲に突っ込んだって、犠牲者が増えるだけだ!何の策も無しに飛び込めば、お前も、すぐにああなる!』
「構わないさ!アイツ等を、この手で八つ裂きに出来るなら、それでも…!?」
『ってめぇ!いい加減にしやがれ!!!』
「ぐっ!?」
師匠は問題無用で、私を投げ飛ばすと、胸ぐらを掴んで、殴りつける
何が起きたか分からない私は、目を白黒させると、自分に跨る師匠を見上げた
『お前は私にとって、大事な弟子なんだ!掛け替えのない愛弟子なんだ!だから、簡単に死ぬ道を選ぶな!生きろ!生きるために、最良の選択をしろ!』
「師匠…」
『他人を救うのは、自分の命を確保してからでも、十分できるだろ?今、ここでお前が死ねば、それこそ、周りの連中は不利な状況に追い込まれる。あそこで倒れてる仲間も、確実に死ぬ!分かるか!?この状況を覆せるのは、お前しかいないんだよ!白蓮!』
「私が覆す…?」
周りを見れば、二対の竜がジッと、倒れ伏した三人を見つめている
有力な戦力であるはずの南蛮軍は、突然のことに戸惑い、何をしたらいいのか分からず、唖然と敵を見上げことしか出来ていなかった
ボスは心配そうに、私を見下ろし座り込んでいる
「最悪だな…」
思わず、失笑が漏れる
『…だろう?』
師匠は私から降りると、同じく首を竦めて私を見た
対する私は深呼吸をして、立ち上がる
心は相変わらず怒りを覚えているが、頭は幾分か冷えていた
今なら、少しはまともに闘えそうだ
『落ち着いたようだね…。よかった…』
「あぁ、ごめん。師匠」
『いいさ。弟子に迷惑かけられるのも、師匠の役目の一つだからね』
小さく苦笑すると、師匠は私の頭を撫でて、敵へ向き直る
肩越しに振り返ると、にっこり微笑み頷いた
『そういえば、あんた。一国の主だったんだろ?』
「え?あ、あぁ…」
『んじゃ、戦の経験もあるんだね?』
「多少はね」
『それじゃあ、此度の戦の指揮は任せるよ。いけるかい?白蓮?まぁ、これくらい…簡単だろ?』
挑発的に微笑を浮かべると、師匠は武器を構えて前に出る
「あぁ…当然だ!」
『うん!いい返事だね。先生、期待してるぞ♪ほら、ボス!ぼぉーっとしてないで、頑張りな!ここが一番の男の見せ場だよ!』
『ウホ…フンフン…ブオオォォー!!!』
師匠の言葉に頷くと、私の肩をポンと叩いて、ボスも前に出る
二人は肩越しに振り返ると小さく頷き、静かに敵を見据えた
私に全てを預けると、その背中から伝わってくるようで、私は不覚にも目頭が熱くなる
"信頼…"
その言葉をこんなにも、一身に感じたのはいつ以来か…
私は涙を拭うと、武器を構えて敵を示す
「私は普通以上のことは、何も出来ないと思っていた…。周りから普通、普通と呼ばれ、それがいつの間にか、当たり前になっていた」
敵に気付かれようと構わない。この舞台に居る全員に届くように、腹から声を張り上げる
「でも、本当は…違ったんだ。"普通"という言葉に甘えていたのは、私自身。自分の枠を超えようしなかっただけなんだ。でも…私はもう、やめるよ」
美以を中心に、南蛮の皆がこちらを見つめる。その瞳には、最早、戸惑いの色はなかった
「"普通"という言い訳は、ここで捨てる!友の為、何より、自分が笑顔でいる為!私は自分の枠を超えてみせよう!」
『よく言った!白蓮!』
『ウホ…!』
「美以たちも協力するにゃ!」
「みんながいれば、無敵にゃー!」
「みんなで、敵を倒すのにゃー!」
「みんなで、お家に帰るのにゃー!」
皆、武器を構えて敵を見据える
敵はこちらの闘気に気付いたのか、倒れ伏した三人から目を外すと、こちらに向き直った
「ミケ、トラ、シャムは、倒れた三人を助けて、安全な場所で手当てをするにゃ!」
「「「応にゃ!」」」
「私たちは、敵を引き付ける。深追いは禁止だ。あくまでも救出が優先だからな!」
『応っ!』
「分かったにゃ!」
『ウホ!』
「よし…。全軍……突撃ー!!!」
「「「うおおぉぉー!!!」」」
"■■■■ー…!!!"
地を震わせるほどの咆哮を諸共せず、武器を構えて駆け出す
脇目を振ることも、躊躇することもせず、ただ、真っ直ぐに…
互いへの信頼…。それ故に皆、目前の敵と目的に全力で挑むことができた
必ず、敵を引き付けてくれると信じ
必ず、仲間を救出してくれると信じ
互いが互いの為に、最良の選択を全力でやり通す
「はっ!そこ!…師匠、大丈夫か?久々の戦で、バテてきたんじゃない?」
『やっ!たっ!…あはは!言うねぇ~白蓮!でも、残念!全然、大丈夫だよ!天災と死闘をおさめた師匠をナメてもらっちゃ、困るなぁ~』
「あぁ…そういえば、そうだった…。こりゃ、失敬~っと…」
『全くだね~っと…』
『「甘い!!!」』
"■■■~…!!?"
私たちを狙って振り下ろされる金色の尾に、問題無用で太刀と小太刀を斬りつける
拍子にバランスを崩した金色の竜は転倒してしまった
『ヤッリ~!尻尾は私が頂くねぇ~♪』
心底楽しげな師匠…やっぱり、この人は場数が違うのか、肝っ玉の座り方が違いすぎると思う
少し離れたところで交戦中の一人と一頭はといえば…
"■■■~!!?"
『ウホホ…!!!』
「にゃ~~!?目が回るにゃ~!?」
ボスが銀竜の尻尾を掴んで、自分を中心にグルグルと回っているところだった
なぜか、美以はその銀竜の首根っこに捕まっているため、一緒にグルグルと回ってしまっている
「な、何やってるんだ?アイツ…」
『あ、あれは…!伝説のハンター、"ゴリラ・モンスターン様"が使っていたという伝説の技…"ジャイアントモンスタースイング"!なぜ、ボスがあの技を!?』
金色の尻尾を持った師匠が、キラキラと目を輝かせて、隣に立つ
「って、尻尾!?」
『え?あぁ、これ?白蓮がボサッとしてるから、先に斬っちゃったよ』
見ると、壁に頭をめり込ませて、ジタバタともがく、金竜が居た
確かに、その尻尾の先は無い…
ていうか、私が銀竜戦を見てる間に何が起きたんだ…?
なぜ、金竜は壁に頭を突っ込んで、悶え苦しんでるんですか?
『秘密…///』
可愛らしく頬を染めてらっしゃるが、ごめんなさい。全く理解できません
「でもまぁ、今が好機なの間違いはないはず!」
『だね!一気に畳み掛けちゃおう』
尻尾を脇に置くと、師匠は太刀を構えて駆け出す
私もそれに続いて、駆け出したのだが…
「うにょ~…!!?」
"■■■~~…!!?"
二人が辿り着くより早く、壁で悶える金竜と私たちの間に何かが降ってくる
目を回した銀竜と美以だ
危うく、私たちが下敷きに成るところ
苛立ちを込めて振り返る
「ボースー!?」
『ウホ…』
こちらへ向かって、申し訳なさそうにペコリと謝罪する彼の手には、銀竜の尻尾があった
ブン回し過ぎて切れた…?嘘だろおい…
『こんなところまで、伝説を再現するなんて、やるねぇ』
どうやら、伝説のハンター"ゴリラ・モンスターン"も、同じ事をやらかしたらしい
「って、どうでもいいよ、そんなこと!」
私は焦る気持ちで戦況を確認すると、思わず目眩を覚えた
『あちゃ~…まずいね。折角、引き離して闘ってたのに、合流させちゃったか』
戦では兵の分断は基礎の基礎だ
敵側に戦力のある場合、それを分断して兵力を削ることで、戦いを有利に進めることが出きる為である
また、分断された兵は容易に連携が取れない為、ちょっとしたことで混乱状態に成りやすく、戦線の崩壊が容易になりやすいのだ
"■■■ー…!!!"
案の定、合流した銀竜により救出された金竜は、難無く混乱状態を脱してしまう
「また、引き離して戦うしかないか」
『さて?そう簡単に許してくれるかなっと!』
師匠に手を引かれると、そのまま、転がるように地面に伏せられる
伏した二人の頭上を、火の球が通り過ぎて行った
「おぉ!?ありがとうー、師匠!」
『火まで吹くとは。いよいよ、穏やかじゃ、無くなって来たねぇ』
師匠は引きつった笑みを浮かべると、私を後ろ手に後退する
"■■■ー…!!!"
二頭はジリジリと、歩を詰めると被りを振って、火を吹いてくる
度重なる攻撃に、怒髪天を突いたのか、怒りに任せて辺り構わず火を吹きまくっているもんだから、皆、大慌てで避ける
「うわっ!?とととっ!?」
『ほっ!よっ!あらよっ!』
「にゃ!ほっ!うにゃ!」
『ウホホ…!こりゃ、たまらないな!』
「「「ん?」」」
『ウホホ~…!』
皆、大慌てで避ける!避ける!避ける!
「そろそろ、尽きそうなもんだけど?」
『だろうね。その時こそ、好機だよ!』
「にゃはは!美以の虎王独鈷を叩き込んでやるにゃ! 」
『ウホ!』
武器と拳を握りしめ、敵の火球を避けながら、今か今かと、好機を待つ
やがて、二頭の動きが明らかに鈍くなり始めた
そして、これが最後だと思われる、火球…
"■■■ー…ゲホ!…ゲホ!"
ムセた…。明らかに、ムセた…
「……い、今が好機!全軍、突撃ー!!!」
「「「う、うおおぉぉー!!!」」」
戸惑いながらも、皆、敵に向かって駆け出す瞬間、何処からともなく、火球が降り注いだ
"グルル…グオオォォー…!!!"
「くっ!?なんだ!?」
声のする方を見ると、空を旋回する竜の姿が見える
「にゃ!?性懲りもなくアイツは、また、邪魔する気にゃ!?」
「アイツが、美以たちが追い掛けて来た獲物か?」
「そうにゃ!アイツ、頭は良いから、きっと、美以たちが一番、油断する時を狙って来たに違いないにゃ!」
歯痒そうに空を舞う蒼竜を睨み付けると、足元に落ちていた石を投げる
相手は遥か上空…当然、届くわけもなく、虚しく石は落ちていった
「しかし、これで敵は三頭…。今まで、二対一で何とか凌げていたけど、一気に不利になったか…」
『しかも、三頭とも手負い。死に物狂いで来るから、こっちも今まで以上に必死にならないとね』
「うにゃ~。でも、ヘロヘロにゃ~」
『ウホ!』
任せろと言わんばかりに、三人を後ろ手に庇い、ボスが前に出る
「強がるなよ、ボス。全身、傷だらけじゃないか」
「ごめんにゃ、ボス!美以を庇ったばかりに…」
『ウホホ…!』
ボスは美以の頭をポムポムと撫でると、静かに腰を落として、両手を広げた
腕や腹、顔には無数の切り傷があり、とてもこれから三頭を相手に大立ち回りをするには、どう見ても無理がある
『フンフン…ブオオォォー…!』
三頭に向かって咆哮するボス…
その背中が、まだ、諦めるには早いと言っていた
並々ならぬ闘士が、ボスの身体から立ち上るのが分かる
「そうだな。諦めるにはまだ早いよな」
私も武器を握りしめ、ボスの横に立つ
『男を見せたね、ボス!格好いいぞ!私も、良いとこ見せなくちゃね!』
「アイツは美以が倒すにゃ!ここまで、ナメられて、王の美以が黙ってるわけにはいかないのにゃ!」
師匠と美以も、武器を構えて横に並んだ
「ありがとうな、ボス」
『ウホ…』
「最終決戦だ!皆、仲間を信じ、全力を出し切って敵を到滅する!全軍、かかれー!」
"■■■■ー…!!!"
"グオオォー…!スーッ!ブオォ!"
駆け出す私たちの出鼻を挫くように、再び、火球が降り注ぐ
私たちは、足を止めると進めないもどかしさを込めて、蒼竜を睨み付けた
『ちっ!上空からの援護が厄介だね…』
「出来るだけ、空に居る敵をこちらに近付けたくない。ボス!遠距離で闘えないか?」
『……ウホ!』
少し考えたボスは、足元にある石に目を付ける
それを握りしめ、大きく振りかぶると、渾身の投擲を放った
『ブオオォォー…!』
"グルル…!"
しかし、空を舞う蒼い竜は軽々と避けてしまう
『ブオォ!』
"グルルルル…!"
それでも、ボスは諦めることなく、次々と石を投げ続けた
「いいぞ!ボス!」
『すぐに、終わらせるからね!耐えるんだよ、ボス!』
ボスの脇を抜け、私たちは金竜銀竜の元へ駆け出す
"■■■…!"
"グルル…!スーッ…"
私たちの行動に気付いた蒼竜は、行く手を阻もうと、大きく息を吸い込み、すかさず、火球を吐き出そうと構えた
『ウホホ…!』
"…!?……グルルル!"
しかし、それを良しとしないのが、ボス
今が好機と間髪入れずに、複数の石を投げつける
数が数だけに、蒼竜は避けに徹する他なく、何とか全てを紙一重で避けると、憎らしげにボスを睨みつけた
「ありがとう、ボス!」
『気を抜いちゃ駄目だよ!本番はこれから!』
「分かってるさ!」
『一対一のタイマンだ。気を抜けば、私と同じ愉快痛快浮遊霊の仲間入りだよ!私は全然、構わないけど♪』
「あはは…それは、勘弁してほしいなぁ」
『なら、勝つしかないよ?勝って、私を悲しませてね!できる?』
「愚問だね!」
私は金竜に斬りかかり、師匠は銀竜に斬りかかる
「こっちだ!ほらよっ!」
『ふふ!痛い?悔しかったら、こっちにおいで!』
"■■■■ー…!"
一撃を加えると、私たちは左右に別れて、出来るだけ離れて闘う
注意が一瞬でも、相方に反れようものなら、今まで以上に連撃を加えて、敵を挑発し、一撃離脱を繰り返す
そうして、じわじわと相手の体力を削っていくしか、私たちに生き残る術は無かった
『ちっ!切れ味が!』
「くっ!?」
しかし、それも長くは続かない
相手も体力が残り少なくなるにつれて、焦りが生まれ、必死になっていく
そこに、連撃による隙が加われば、必然的に自分たちにも痛手は増えていくのだ
『白蓮、大丈夫か?』
「何とかね…。師匠は?」
『私は掠り傷一つ無いよ』
「く~っ!こういう時、幽霊が羨ましいよ!」
『勘違いしちゃ駄目だよ?本当に、掠ることさえさせないように動いてるってだけだから』
「それ、幽霊の一番の利点、殺してない?」
『あはは…自然と身体が避けちゃうんだよねー。いやー、自分の才能が怖いわ。あ、薬草、見っけ♪』
ポリポリと、頭を掻くと、足元に生えていたいた薬草を拾う
"偶然にも"その頭上を銀竜の爪が、通り過ぎて行った
「闘いの途中で、何してるんだよ!でも、良かったよ!ていうか、あぁ、もう!怒ればいいのか、喜べばいいのか、分からないよ!」
『あははー…笑えばいいと思うよ…?』
「あ、あはは…」
『ほら!闘いの最中に、なにを笑ってるの!?油断禁物だよ!?』
「ちょっ!?え!?おまっ!?」
『ピュ~♪ピ~♪』
「ぐぬぬ…!師匠が…」
"■■■ー…!"
「うっせ!!!」
"ビクッ!?■■ッー!?"
闘いの最中に人をおちょくる師匠への苛立ちを込めて、背後から襲い来る敵の顔面を思いっ切り殴りつける
予想だにしない攻撃に、金竜はまとも食らうと、目を回して転倒してしまった
"■■ッ!?■ー!?■■~!?"
必死に起き上がろうとするが、全く焦点が合っておらず、フラフラとまた倒れてしまう
しばらくは、立てそうにないようだ…
「ふん!私の邪魔するからだ!しばらく、そうしてろ!」
"■■~~!!?"
足元で悶える金竜を一瞥すると、師匠へ向き直る
「師匠~!人をおちょくるのも!」
『あ、白蓮、いいとこに!コイツ、お願い!』
"■■■~!!!"
「いっ!?」
目の前から走ってくる師匠と、それを追いかける銀竜
師匠はすれ違い様に、肩を叩くと、未だにヨタヨタする金竜の影に隠れた
必然的に、その後を追いかけて来る銀竜となし崩しに交戦となる
「っ~!?なにしてんだよ、師匠!」
『いや~、武器の切れ味が落ちちゃってね~。助かるわ~』
師匠はカラカラと笑いながら、砥石を取り出すと、丹念に武器を研ぎ始める
コイツ!弟子を犠牲にしやがった!?
「そんなの、闘いの隙をついてやれよー!」
『今が好機…。そう思ったんだ…』
キラーン!と磨いた武器を見せ、少女はニヒルに微笑んだ
「犠牲の上での好機だけどな!」
『尊い犠牲だった。ありがとう、白蓮。君のことは忘れない』
何故か、明後日の方向…あの青い空を拝んで、師匠はしんみりと呟いた
「よし、分かった!いいから、黙って殴らせろ!そして、いい加減、帰ってこい!」
『やだよ。痛そうだもん』
「幽霊が痛そうとか、言うのか!?」
『あ、私、こっちで寝てるヤツ、ボコろー♪』
「聞けよ!ていうか、ソイツ、私の獲物だし!」
『おりゃ♪』
"■■~~!?"
「だから、人の話を聞いてください!」
私の話はそっちのけに、師匠は嬉々として金竜を斬りつけ始める
我が道を行き、全てを巻き込んでの好き放題…
もう、やだ…この人…
『ウッーホ!!!』
"グルル…!"
石を握っては投げ、握っては投げを繰り返すボス
それを紙一重で避け、カウンターに火球を吐き出していた蒼竜
戦闘開始時は両者の間で、一進一退の攻防戦が続いていたのだが、闘いが続くに連れ、次第に両者の攻撃バランスが傾いてくる
『ウホ!ホッ!ホッー!』
"スイ…スイ…ススーイ…"
突如、蒼竜の嵐のようなカウンターはパッタリと無くなり、ボスの一方的な投合が続き始めたのだ
一見すると、立て続けに攻撃するボスの優勢のように見えるが、実際に優勢なのは蒼竜の方
『ウ、ウホ…』
内心、ボスは焦っていた
ボスの武器は己が肉体一つ
もともと、遠距離は得意ではないのだ
任された遠距離重視の敵を引き付けるという大役に、導き出したのが、あえて遠距離で闘うというもの
武器を拳から、石に変えて攻撃を開始するも、遠距離が得意ではないため、数で相手に挑むしかない
そのため、怒涛の連続投合となる
しかし…その武器となる石も無限ではない
最初は、敵が火球をカウンターに吐き出し、それが塔の石畳を砕いてくれたので、それを拾い上げ攻撃していたのだが…
なるほど、美以のいうとおり、敵もなかなか頭がいいようで、武器精製の真実に気付いてからは、一切、火球を吐かなくなった
そのことに気付いても、ボスは投げる手を止める訳にはいかなかった
視界の隅で、彼女たちが一生懸命に闘う姿が見えていたから
全部、見ていたから知っている
師匠が銀竜から手を引き、金竜に狙いを変えた本当の理由も、当然知っている
『っ!はっ!…だいぶ、バテて来たんじゃない?あんた』
"■■ー…"
度重なる攻撃にダウン寸前の銀竜
動きも当初より格段に鈍くなっており、立っているのもやっとの様子だった
もう、白蓮に向けて攻撃する気力もないのだろう。ただ、己が生き残るため、銀竜は師匠だけを見つめ攻撃している
明らかに、師匠の勝ちは目に見えていた
『はぁ…』
なのに、師匠はチラリと白蓮を振り返ると、深いため息を吐いたのだ
交戦中の白蓮は、疲労困憊の様子で武器を構え、金竜の攻撃を避けることがやっとの様子だったから…
『やっぱり、経験の差かな…』
実際、彼女のいうとおり、白蓮は初めて見る敵に戸惑い手探りで交戦していた
師匠はというと、天災級の怪物を倒すほど経験は豊富だったので、今までの知識を総動員して、何とか最小限の体力で戦っている
経験の差から生まれる物は、確かに多かった
『仕方ない。銀竜!あんたにチャンスをやるよ!相手、交換だ!』
そこから、あの白蓮との、口喧嘩に発展するのだが…白蓮は気付いてないんだろうなぁ…と
『ゥホホ…』
ボスは小さく苦笑した
"グルル…?"
ボスの苦笑に気付いた蒼竜は、訝しげに首を捻る
全く、よく見ている…
『ゥホ…』
再び小さく苦笑すると、足元に転がる石を一瞥する
大小合わせても、残り十個も満たない…
ここからが、ボスにとっての正念場だ
何としても…火球を吐かせる…
そうすれば…勝利は間違いない…
その自信が、ボスにはあった
『ウッホ!』
よく狙いを定めて、拳大の石を一個投げる
"ヒョイ…!"
蒼竜は軽く避けて見せると、ぐるりと空に円を描いた
『ウーッホ!』
よく狙いを定めて、大小合わせて二つ石を投げる
"スッ…スッ…"
蒼竜は、またも軽く避けると、今度は小さく円を描いて見せた
『ウゥーッホー!』
よく狙いを定めての、三投目
大小合わせて四個の石を投げる
"スッ!…ススッ!…スィーッ……グルル…"
数が多く、狙いも良かったのだが、紙一重で避けると、今度は、全くその場から動かず、一鳴きする
『フン…』
明らかな挑発にボスは鼻を鳴らすと、敵を睨みつけたまま手探りで石を探し、一個、掴んで左手に持ち替えた
今度は何個くらい投げてやろうか…
どれくらいの力で投げてやろうか…
どの部位を狙って投げてやろうか…
いろいろ、思案しながら、ボスは後ろ手に石を探す…
"グルル…"
いろいろ、思案中…、ボスは後ろ手に石を探す…探す…
"グルルル…"
思案中…、探す…探す…探す…
"グルル!グルル!"
蒼竜の笑い声にも似た声を聞きながら、ボスは冷や汗を流して振り返る
『ウホ…!!?』
手の届くところに、石は無い
周りを見渡すも、石どころか、塵一つ落ちていなかった
『……ウ、ウホ!』
手の中にある最後の一つを見つめ、ヤケクソ気味に投げ付けるも、石は掠るどころか、あらぬ方向に飛んでいく
"グルル…!"
当然、避けるまでもない
蒼竜は心底愉快そうに一鳴きすると、悠々と空を旋回し始める
『……』
ボスは蒼竜のそんな姿から視線を外すと、ぐうの音も無いまま、静かに肩を落とした
"グル…!"
その姿に満足したのだろう
蒼竜はボスに向かってではなく、離れた場所で交戦する白蓮に向き直る
『っ!?…ブオオォォー…!!!』
敵の狙いに気付いたボスは、怒り心頭に大声を張り上げると、蒼竜と反対方向に駆け出した
駆けて、駆けて、塔の壁にたどり着くと、思いっ切り拳を叩き付ける
塔の壁はガラガラと音を立て崩れ落ちていく
「にゃ?ボスにゃ!」
「もう、頃合いにゃ?」
「ムニャムニャ…もう、朝にゃ~?」
その向こうに、何か見えたが気にしない
ボスは塔の壁を形作っていた特大のレンガを、一つ持ち上げると、白蓮に向かって火球を吐こうと身構える蒼竜へ全力で投げた
力を入れ過ぎたのだろうか
全力の一投は頂点に到達すると、大きなアーチを描いて蒼竜の頭上を通り過ぎていった
"グルル…スーッ!"
一応は警戒していたボスの横槍もハズレに終わり、心から安堵した竜は、大きく息を吸い込んだ
火球の狙いは、ボスではなく、ヘバっている白蓮…
今当たれば、確実に死に至らしめることが出来るだろう
一人、消えれば十分。あとは体制を立て直し、三体で一人ずつ攻撃すれば、楽に勝てる
勝利を確信した蒼竜は、悔しがり、絶望しているだろうボスを、もう一度だけ見る
『ウホホ…』
ボスは笑っていた
笑みを浮かべたその口が、小さく呟く
『"シ・ケ・イ・ノ・ジュ・ツ"』
"グッ…!?グオオォゥ…!"
次の瞬間、骨まで響くほどの激痛を全身の至る所に受けて、地面に落下すると…蒼竜は静かに事切れた…
「やったのにゃー!」
「遂に、宿敵を打ち倒したのにゃー!」
「南蛮はサイキョーにゃ!」
落ちた蒼竜の亡骸の横に、ミケ、トラ、シャムと美以が降り立った
『ウホホ…!』
「ボスー!ありがとうにゃ!ボスのお陰で、美以の手で決着をつけることが出来たにゃ!」
大興奮で駆けて来る四人を、ボスは抱き留めると、四人の無事を心から祝福する
全ては、彼女たちの願いのため
ボスは餌を撒き続けた
敵を油断させるため、敢えて相手の得意な土俵で勝負を行い
手持ちの武器に限界があることを、気付かせ
おまけに、自分の投合能力は脅威にならないことを見せ付ける
強者と弱者のハッキリとした戦い
それに加えて、自分の居る場所へ相手がどう足掻いても踏み込めないという安心感
覆りようのない状況に安心し、やがて、慢心すると、自分の能力の高さに陶酔する
自分こそ、空を統べる絶対強者だと思い込む
それが、ボスの狙い
‐ 示刑の術 ‐
敵を思うように動かしたいなら、敵がどうしても、そうしたくなるように、自分が動くというもの
逆に動かしたくなければ、敵が動きたくなくなるように、自分が動くというものだ
これこそ、孫子が説いた戦の鉄則
自身の手で決着を着けたいという彼女たちの願いのため、ボスはそれを見事にやり遂げてみせたのだ
"グルル…"
『ウホ…!…ブオオォォ…!!!』
「行くにゃ!ミケ!トラ!シャム!」
「「「応にゃ!」」」
最後にボスの投げた特大の岩、その岩にしがみつくと、四人は敵の更に上空から急襲する
「さらばにゃ!強き好敵手!」
"グ…グオオォォー…!!?"
見事作戦は成功し、油断した敵は天から叩き落とされ、冷たき地の上に倒れ伏したのだ
「やったのにゃー!これで、美以たちは強くなったのにゃ!」
『ウホホ…!』
「ボス!本当にボスは凄いのにゃ!ボスが考えた作戦は大成功にゃ!」
『ウホ…!』
「やっぱり、それぞれの長所を合わせて、短所を補いあったのが一番の勝因にゃ!団結は力なのにゃー!それに気づけたことが、一番の収穫にゃ!本当にありがとうにゃ!」
『ウッホ…』
美以たちを抱き上げ、賞賛の声を受けていたボスは静かに目を閉じると、ぐらりと傾き、抵抗もできずに地に倒れ伏した
「ボス!?」
『ゥホ…』
ボスは伏したまま、離れた所で交戦する白蓮たちを指差す
「でも…ボス…」
『……』
ボスは微笑みを浮かべると、美以の頭を撫で頷いた
自分は大丈夫だから早く行ってやれ、と言うように
「わかったにゃ…。すぐにケリを着けてくるにゃ!だから、絶対、死んじゃ駄目にゃ!」
『……』
ボスは美以の言葉に頷くと、ポンと美以の背中を押す
「ぐしっ…!いくにゃ!ミケ、トラ、シャム!」
「「「……応にゃ!」」」
涙を拭うと、美以は自身と仲間を鼓舞して敵へと駆け出した
『……』
駆けていく少女に微笑みを浮かべると、ボスは大きく一呼吸し、静かに目を閉じた…
「えい!やぁ!たぁ!そら!」
"■…ッ!?"
私は片手剣の機動力を生かし、連撃を叩き込んでいく
銀竜は苦し紛れに、噛みつこうと首を振ったり、体当たりを試みてはみるも、快進の一撃には至らない
当タラヌ!当タラヌ!当タラヌ!
我ノ銀ノ鎧ヲ傷ツケル、アノ憎キ腕ヲ!
我ノ銀ノ牙ト爪ヲ避ケル、アノ疎マシキ脚ヲ!
我ノ銀ノ誇リヲ愚弄スル、アノ粗末ナ首ヲ!
喰イ千切ルコトガ出来ヌ!
"スー…ッ!"
「バレバレだぜ!」
一撃一撃に募っていく苛立ちをぶつけるため、息を大きく吸い込む
しかし、所詮は怒りに任せた行動
容易に読まれ、開かれた口を渾身の力で斬りつけられた
金属と金属の擦れ合う不快な音が、辺りに響く
"■ッ!?……■■■ー!!!"
その音が、ついに銀竜の怒りを頂点に押し上げた
目に見える全てを焼き尽くさんと、辺り構わず、火球を吐き続ける
一点に狙いを付けた攻撃ではないため、白蓮は銀竜の攻撃を先読み出来ずにいた
怒りに任せ、法則性も何もない攻撃が徐々に白蓮を追い詰めていく
「くっ!やりにく…!あっ…っ!?」
避けることに徹する余り、足下が疎かになっていたのだろう
戦闘で荒れ果てた石畳に、白蓮は蹴躓き、転倒してしまった
"■■■ー!"
それを好機と見た銀竜は、白蓮に向かって火球を吐き出す
顔を上げた白蓮の目に、自らへ迫る火球が写るも、自分はまだ体勢も立て直せていない
当然、避けられる筈がなかった
考える間もなく、左腕についた盾で受けとめるしかなかった
それしか生き残る方法がなかったと、誰もが思うだろうが、当の本人は後悔の念しかなかった
「ぐっ…!!!」
残りの体力が少ない上に、無理な体勢での防御は、身体に大きな負担を強い、尚且つ吹っ飛ばされる要因となったからだ
「い゛っ…たぁー!?」
追撃から逃れるため、起き上がろうとするも、全身の痛みに怯み、それも叶わない
しかし、それは銀竜に関係のないこと
むしろ、最大の好機だ
息を吸い込み…狙いを澄まして、火球は吐き出される
狙いは完璧に、白蓮を捉えていた
火球は触れる大気すらも焼き尽くしながら、ひたすら真っ直ぐに、地に片膝を着いた白蓮へ向かって飛んでいく
「っ…」
身を強ばらせ、目を固く閉じると、白蓮は盾を突き出した
言わずもがな、体力も残り僅かの彼女に受け止めるなど、到底、出来はしない
絶対絶命だった…
「ごめん…みんな…」
先に舞台を降りることへの悔しさと、友の仇を打てなかったことへの申し訳なさ
ここまで来れたことへの喜びと、自身の弱さへの怒り
死へ恐怖と、生への未練
歯を食いしばり、渦巻く感情を混ぜこぜにすると、死を覚悟した
「あらあら、白蓮さん?もう、お眠ですの?全く、これだから、潔い庶民肌の王は…。そんなんだから、簡単に国を奪われるんですのよ?」
「なっ!?おまえ!」
死を覚悟したはずの自身の耳に、聞き慣れた、憎まれ口が届く
顔を上げると、黄金の鎧を身に付けた王の背中があった
王は難無く火球を防いでみせると、呆れたように振り返り、そして…小さく微笑みを浮かべる
耳慣れた声だけでなく、見慣れた姿に白蓮は涙を浮かべ歓喜した
「麗羽ぁー!無事だったのか!」
「大袈裟ですわよ?掠り傷程度で」
「か、掠り傷?あの出血量で?」
「出血?…あ、あぁ!それは、これですわよ」
その豊満な胸元から、竹筒を取り出すと、苦笑しながら投げ渡してくる
受け取った竹筒を軽く振ると、中で水の揺れる音がする
「なにこれ?水…?」
「"御使いさん"秘蔵のお酒ですわ!」
「北郷の酒!?勝手に持ってきたのか!?」
「失礼ですわね。人を盗人みたいに言わないでくれます?私はただ、戸棚の奥にしまってあった物を、出してきただけですわよ?」
それを盗人と言わずしてなんというのか…白蓮には分からなかった
「中に何が入ってるんだ?」
「紅葡萄酒(ホン プ- タオ ジウ)ですわ。御使いさんは自慢げに"あかわいん"とか、言ってましたわね」
ちなみに、噂の御使いさんはコレを修行終了時に皆へ、祝いの品として贈るつもりであった
そして残念なことに、現時点で、それは叶わぬ夢となったことは、言うまでもない
「紅葡萄酒…通りで"赤かった"ワケだ」
「吹っ飛ばされた拍子に、蓋が開いたようですわね。残りも、こんなに少なくなってしまって…。勿体無いですわ…」
一口も飲んでいませんのに、と口惜しそうに呟くと敵を睨み付けた
「あなたに、この酒の価値が分かりますの?えぇ、分かるはずもないでしょうね…」
口元に小さな笑みを浮かべると、赤い酒を煽る
その白く細い喉をコクリと鳴らし、白蓮にも酒を突き出した
「んく…んん?お、おおぉ!美味しい!」
「こんなに美味な酒には、大層上等な肴が要りますわ。ねぇ?白蓮さん?」
「だな。この世で見たこともない最高の肴がいるぜ」
口元の雫を拭うと、白蓮は立ち上がり斜に構えて銀竜を見る
「強く、気高く、誇り高き竜。あなたはその中でも、希少な存在なのでしょう…?」
"■…ッ!!?"
自分を見つめる二対の視線に、銀竜は恐怖を覚え、身を震わせるとジリジリと後退る
「希少なはずさ。私の師匠も、お前らが動くまで、その存在に気付かなかったんだ。師匠は天災といわれるほどの伝説と闘ったこともある人間。数多の怪物を見て聞いて倒してきた、その人間が気付かなかったんだ。それは、十分に"希少"の証だよなー?」
「希少な酒と希少な肴。修行を締めくくるには、最高の組み合わせじゃありませんの。ねぇ?」
歴代の王が携えし、絢爛豪華な太刀を抜き、袁紹は微笑みを浮かべ…
伝説の英雄から引き継ぎし剣を軽く降って、公孫賛も微笑みを浮かべた…
「さぁさぁ、冷盤(前菜)は終わりよ?心の準備はよろしくて?」
「主菜(ジュ- ツァイ)は"竜肉の銀板焼き"だ。大丈夫。私は料理は得意なんだ。安心して任せろよ」
"■ッ…■■■ー…!!!"
二人の闘気に覚悟を決めた銀竜は、翼を広げて咆哮を上げる
「「おおぉぉー!!!」」
しかし、どんな威嚇行為も、袁紹と公孫賛に恐怖を与えることは出来ない
当然だ。二人には"友"という心強い味方がいるのだから
「終わりですわ!」
「喰らいやがれ!」
"■ッ…!■■ー……"
勢いのついた二人を、止めることが出来ず、銀竜は最後に一鳴きすると、静かに崩れ落ちた
「本当に価値あるものとは何なのか…。その疑問を胸に抱いて、冥府を彷徨いなさい」
「答えが見つかったら教えてくれよ。その時は、何か馳走してやるからさ。修行の仕上げに相手をしてくれた礼も込めてさ」
"……"
銀竜の最後をしっかりと確認した二人は、踵を返して金竜戦へと目を向ける
「あぁ…なんだ。あっちも決着ついてんじゃん」
「当然ですわ。猪々子さんと斗詩さんに任せてありますもの」
見れば、動かなくなった金竜の上で、師匠と猪々子が勝ち鬨を上げ、斗詩はオロオロと二人と金竜を見ていた
『おっ!バカ弟子、そっちも終わったみたいだね!』
「あはは!何とかね」
『うんうん!何はともあれ、大きな怪我がなくて良かったよ。お疲れ様』
「あぁ、師匠もお疲れ様」
白蓮に気付いた師匠は、金竜から降りると笑顔で出迎える
「お疲れ様でした、麗羽様」
「えぇ。あなた達も、ご苦労でしたわ」
「お怪我はありませんか?」
「大丈夫ですわ。あなた達は?」
「私も文ちゃんも、五体満足です」
「そう…」
気怠そうに髪を掻き上げると、麗羽は周りを見渡す
その傍らで、斗詩は倒れ伏した竜を眺めた
「残念でしたね。財宝…」
「えぇ、本当に。まさか、"金銀が眠っている"とは、言葉そのままの意味だとは思いもよりませんでしたわ」
「ですね。それで、麗羽様。これから、どうしますか?このまま帰ります?」
「そうですわね。こんなところに居ても、もう、得られそうな物はありませんし…。はぁ…本当、働き損の草臥れ儲けですわ」
「いえ、麗羽様。確かに財宝はありませんでしたが、それ以上に価値あるものに、私たちは出会えましたよ。信じる仲間がいること…それに気付けただけでも、大収穫です」
「…ふふ。そうですわね」
斗詩の言葉に、麗羽は小さく苦笑すると周りを見渡した
しばらく、周りを見渡していた麗羽だが、ふと、一点で視線を止めると眉を寄せて、斗詩に耳打ちする
「そういえば、あのお猿さんは何ですの?」
「え?あぁ、ボスさんですね?」
斗詩は苦笑を浮かべると、白蓮と南蛮軍に手当てを受ける大猿を見る
「白蓮さんの修行仲間らしいですよ。武にも、知にも優れた方らしいですね。蒼い竜を倒す策を考えたのは、あのボスさんらしいですよ?」
「面白いですわね…。是非、お話したいですわ!」
「え…?お話ですか?で、ですが…彼は…」
「何か、問題でも?」
「いえ、なんと言いますか…。彼は…お、お猿さんですし」
「そう…でしたわね。…でも、何故、彼女たちは普通に会話出来るんですの?」
「さ、さぁ…?何故でしょうね…?」
二人は首を傾げると、引きつった笑みを浮かべ、手当てを受けるボスを眺めた
しばらく眺めていると、ボス猿は治療を終えたのか、のっそりと立ち上がり、こちらに向かって手を振ってくる
『ウホホ…!』
「よ、呼んでますよ、麗羽様」
「はぁ…行きますわよ。確かめたいこともありますし」
「確かめたいこと…ですか?」
麗羽は頷くと、手を振る彼の者へ向かって歩み出した
「こうして、挨拶するのは初めてですわね」
『ウホ…』
「姓は袁、名は紹、字は本初といいますわ」
『ウホ…』
「っ…。み、皆の話によれば、あなたの策で私の仲間を助けて頂いて、感謝していますわ」
『ウホホ!』
「やっぱり無理ですわ!会話の"か"の字も出来ないじゃありませんの!誰ですの!?会話が出来るかもしれないないなんて、淡い期待を持たせてくれた人は!?」
「れ、麗羽様!落ち着いてください」
『ウホホ…!』
地団駄を踏み、叫びをあげる麗羽に、ボスは腹を抱えて笑い転け始める
「っ~~!い、良い度胸ですわ!ボスさん、勝負ですわよ!」
「ちょっ!?麗羽様!?」
『ウーホー?』
麗羽の言葉にボスは首を傾げると、のっそり起き上がり、座り込む
しばらく、腕を組むと考え込んだあと
『ウホホ!』
拳を打ち合わせて、しっかりと頷く
「行きます!」
『ウホ!』
それから二人は、白蓮の仲裁が入るまで何度も切り結び続けるのだった
「強いですわね…。いくらなんでも、強過ぎですわ」
『ウホホ~』
「まぁ、ボスは私と修行してたからな!強くなるのも、当然ってもんさ」
「それだけではないでしょう?師が良かったんですわよ。そこで、薬草を採ってる師さんが!」
「あはは…また、薬草採ってるのかよ……って、ええぇぇー…!!?」
突如、白蓮は素っ頓狂な声をあげると、唖然としてこちらを見つめるのであった
「な、なぁ、麗羽、斗詩」
「どうかしまして?」
「し、師匠さぁ…」
首を傾げていた麗羽と斗詩を、私は呼びつけると、目の前の女性を指差した
指差された女性は、おずおずと二人を見上げ、口を開く
まるで乙女が好意を寄せる男性に想いを告げるような仕草
大変に美しく、それでいて何処か幼さが抜けきれていない少女に、私は思わず胸が高鳴ってしまう
目の前で見ている麗羽や斗詩は尚更だろう
「た、確か、白蓮さんの師匠でしたかしら。随分と可愛らしい方ですわね」
「本当ですね!美貌だけでなく、更にお強いんですから、憧れてしまいます」
『いや~、お恥ずかしい…』
麗羽と斗詩の言葉に、師匠は照れ臭そうに頭を掻くと、真っ赤になって俯く
女性への誉め言葉に、抗体がないのだろう。そうしたスレてないところが、また好感を持たせるんだろうなと、思う
そんなことを考えながら、私は意外な事実に首を捻る
「やっぱり、見えてるんだ」
「そういえば、下でも同じ事を言ってましたわね?一体、どういうことか説明してくださるかしら?」
「いや、師匠さ。こう見えて、幽霊なんだ」
「「……」」
私の言葉に時が止まる
しばらくの間、私たちの間で沈黙が居座った
「えっ…?二人共、どうしたんだ?」
「どうしたんだ?ではありませんわ」
「あ、あの聞き間違いでしょうか?今、幽霊だと聞こえたんですが…」
『う、うん。聞き間違いじゃないよ?私、幽霊なの』
「「すぅ…はぁ…」」
自分を指差し、もじもじと頬を染める女性に、二人は何も言えず、静かに天を仰いだ
「「ふっ…」」
天を見上げたまま、口元に笑顔を浮かべると、二人は自分らを見上げる女性を見る
「「そんなわけあるかー!!!」」
『え?へ?ひゃあぁ~…!!?』
二人は叫びを上げると、事態を飲み込めなでいる師匠の背後から手を回し、その伝説級の豊満な胸を揉みし抱く
『ひゃん!あ…んん…あん!ら、らめ…そんな…強くしちゃ…あん!』
「見なさい、白蓮さん!この豊満な胸を!吸い付くような、このモチモチ感とハリ艶!私の動きに、素直に形を変え、成すがまま、されるがままに、欲望を受け入れる、ヤらしい胸を!」
『あ…ああぁ!?…らめ、そこらめ…おかひくなるの…そんなところ触られちゃ…あ!?ああぁん!』
「見てください、白蓮様!この美しい腰とお尻、そして脚を!撫でられても、強く揉んでも、ハリ艶を失わず、むしろ、恥じらいから生まれる高揚を隠せず、汗と蜜で人を誘う淫らな果実を!」
「「見てみなさい!」」
『あ!あん!んん…!?ん…あ、あああぁぁ!!!そこ、らめ!らめ!らめえぇ~…!!!』
麗羽と斗詩は、これでもか!と私に見せ付けるように手加減なく、師匠を愛撫していく
「し、師匠…」
私は、何が言いたいのか、何がしたいのか、それすら考えることが出来ず、淫らに咲き狂う少女を見つめることしかできない
『ぱ、白蓮んんん!!?見ちゃ…やら!みないれ!こんな、わらしを…みないれえぇ!んん…!!!らめ!あ、あん!また…いっ…イッちゃ…』
「「ほらほら、全てを見せなさい!」」
「し、師匠!」
『あん!あん!ん、んんん…おおあ、あああぁぁーー!!!』
二人の手がトドメと言わんばかりに、より激しく、より敏感な場所を撫でつける
その動きに少女は成す統べなく、絶頂を迎えると、全身を波打たせ、口から雫を垂らして甘美の表情を浮かべた
「「ふぅ…よし!」」
二人は額の汗を拭うと、満足げな笑顔を浮かべて親指を突き出した
「よし、じゃねぇ~!人の師匠に何してんだよ!?」
「いや~、あまりに感度が良いので、つい本気でヤッてしまいましたわ!しかし、ものの数刻で、絶頂の華を咲かせてしまうとは…自らの才能が恐ろしいですわ。…これからは、"神の指・麗羽"と名乗りましょうか?」
「恐ろしいですわ…じゃねぇ!まずは謝れよ!」
己の手を見つめ、身震いする麗羽にツッコミをいれると、呆れた様子で白蓮は師匠を抱き上げる
その表情は、未だに艶を帯びていて、見る者に更なる興奮を与えてしまうだろう
毎度想うが、ここに北郷が居たら、間違いなく追い討ちを駆けていたに違いない
それこそ、師匠が壊れてしまうまで、盛りまくるだろうな
だって、北郷…御使いだし。人外だし。人間の絶倫なんて話にならないだろう
「本当、よかった。アイツがいなくて…。って、そんなことどうでもいいや。どういうことか説明してくれるよな?麗羽」
「見たまんまですわ。"幽霊"は触れることも、見ることも出来ないんですのよ?それが、あんなにも見事に悶え、絶頂を迎えるなどあり得ませんわ」
「つまり、師匠様は幽霊ではなく、ちゃんとした"人間"ですよ」
二人は手を見せると、小さく苦笑して、ぐったりする師匠を見る
「え?にんげん?」
「…あなた、まさか、このワケの分からない場所に来たことで、特殊な才能に目覚めたとか思っていましたの?」
「え?あ、えぇー?違うの?」
「はぁ…違いますわよ。確かに、その方は生きていますわ。その証拠に、ほら」
麗羽は私の手を取ると、腕の中で眠る少女の胸に手を置かせた
「分かります?動いているでしょ?」
「本当だ…。心の臓が動いてる」
置いた手からは、人の温かさと、脈打つ振動が伝わってくる
腕の中の少女は確かに生きていることを、その振動は確かに訴えかけていた
「え?でも、師匠は死因が分かってるらしいぞ?」
「ふふ…。やっぱり、そんなことになってたか。全く、お前は期待を裏切らないな」
師匠を介抱している私の頭上から、柔らかい声がする
上を見ると、優しげな笑顔を浮かべた青年が立っていた
「だ、誰…?」
「あ、あぁ。ごめん、ごめん。やっと探していたものが見つかったから、嬉しくてね」
「探してたもの?」
「あぁ。コイツさ」
私に抱かれている少女の頬を撫で、青年は満面の笑顔で頷く
その目には、うっすらと目尻に涙が浮かんでいた
「師匠…?」
「そうか。君の師匠になったのか…。はは…、コイツらしいな」
「師匠を知ってるのか?」
「あぁ。俺はコイツの幼なじみさ」
「幼なじみ…あぁ!師匠が言ってた"アイツ"って、アンタのことか!」
私と師匠が出逢ったばかりの頃、北郷の写真を眺めていた師匠が呟いていた青年のことを思い出す
「ずっと、雪山を探していた時に、コレを見つけてね。謎を解く鍵は、コイツが知っている」
バックから髑髏を取り出すと、苦笑しながら見せてくる
それは、私が初めて師匠と出会った場所で見つけた髑髏
ヒビの入り方から、歯の欠け方、全てがあの髑髏と同じなので、間違いない
「これ、師匠の髑髏?」
「あはは!違う違う!状態からして、少なくとも、死後十数年は経過している。俺たちの先輩ハンターのものだよ」
「えぇ!?」
「それに、これは大きさからして男性…性別が違うよ」
「ええぇ!?」
「そして…そこで寝ているソイツは、しっかり者に見えて、意外と天然さんなんだ!!!」
「え、えええぇー!!?」
思わぬ言葉に、私は視界が真っ白になるほどの衝撃を受ける
「昔っから、そうなんだ。そのせいで、何度危ない目にあったことか…」
「うっ…う…うへ。うへへ。うるへー…。やめろよ、オマエ…テレるだろ…」
突如、青年の笑顔に陰りが生まれると、光のない瞳で師匠を見下ろす
昔、師匠の暴走で相当数の危機に直面したらしい
対する師匠は、夢の中で美味しい想いをしているのだろう。にへら、と微笑みを浮かべ始める
師匠…今、それはマズいって…
「イラ…。いつまで寝てんだ、てめぇ!」
「うへへ……ハッ!?」
しかし、流石は伝説級の巨乳…もとい、狩人
殺気剥き出しに振り下ろされる拳を、軽やかな動きで避けてみせる
「っ…そうだったな。お前はいつも、俺の奇襲を軽く避ける、イヤな奴だった」
「お、おぉ!?いきなり、何するんだよ!?か弱い女に、殺気を込めて拳を振るか、普通!?死んだら、どうする!?」
「なーにが、か弱いだ!天災にも怯まず、単身乗り込んだ人間がいう台詞か。ていうか、寝ながら、人の話はちゃっかり聞いてやがったのか。ある意味、感心するな」
青年は心底呆れた様子で肩を竦めて見せると、師匠に近付き、静かに手を伸ばす
どうやら、話を盗み聞きすることで、師匠は自分が死んでいないことに、気付いたようであった
「う…うぅ…。私だって、色々考えてたんだぞ?一流の鍛冶屋である、お前の隣に立つために、一流の狩人を目指したんだ!」
「知ってるよ…」
「うぅ…。知ってるなら、いい加減、ご褒美くれよ…」
青年の手を取り、師匠はその胸に飛び込むと、ポロポロと涙を流し始める
そこで私たちは気が付いた
鍛冶屋の青年と、狩人の少女
この二人の間には、親友や幼なじみで片付けられるほど、簡単な関係は成立していないのだ
そう。いうなれば、互いが互いへ恋心を抱いている
ただ今までは、紆余曲折が有りすぎて素直になれていなかったようだ
だが、それもここまで
離れた期間が、青年と少女の殻を打ち破っていく
相手の存在の大きさを知り、相手の大切さを知る時間が、二人には沢山あったから
「なんだ、ご褒美って?言ってみろよ」
「う…うぅ…言えるか…バカ…」
「相変わらず、可愛げないな。全く…」
「うっさい!いつまでも、あんたが煮え切らないから、私は…ん!んん!?…ちゅ…はぁ…」
全てを言わせる前に、青年は少女の唇を奪う
しばらく、二人の間の時間が停止していたが、小さい吐息を皮切りに、二人はどちらともなく身を離した
「煮え切らなくて悪かった」
「っ…」
「失って初めて気付いたんだ。俺はお前が好きだ。結婚しよう」
「ぅ…うぅ…うわああぁぁー…!!!」
金銀財宝が眠るとされし塔の頂上で、少女は何物にも代え難い宝を手に入れた
それは、誰もが羨む金銀財宝などではなく、一人の少女が生涯を賭して欲した、この世でたった一つの宝
金銀財宝など遠く及ばない財宝
それは"愛"
その宝を手にした時、少女は感涙にむせび泣くことしかできなかった
欲し続けた宝を見ることは、自身の涙で叶わない
しかし、見ることは叶わぬとも、少女は幸せに満たされている
そう。その身を包む青年の温もりが確かに、感じれたから
「必ず、幸せにするから…」
「うん…期待してる…」
さて、最早、状況について行けない野次馬たち
その名を麗羽、斗詩、猪々子、ボス、美以、ミケ、トラ、シャム、そして私、白蓮
「どうする?」
「どうするも何も、人の恋路を邪魔すると、罰でも当たりかねませんし。そっとしておくのが妥当ですわよ」
「だよなー。やっと二人とも、念願叶ったんだし、そっとしておくか」
麗羽と私の言葉に、皆は頷くと、しずしずと倒した竜の素材を集め始める
美以たちと猪々子の調査で、倒した竜の鎧は、本当に金銀であることが分かったのだ
成る程、金銀が眠っているとは、強ち間違いでは無かったらしい
「で、分け前はどうする?」「……ふふ!それは勿論、決まってますわよ!」
皆で丁寧に剥いだ金銀の山を眺め、皆は顔を見合わせると、笑みを浮かべて頷き、一つの革袋に詰めていく
やがて、人ひとりは入りそうな革袋が、金銀でパンパンになると、残りの余った分は、それぞれの持つ革袋に詰めていった
大きな革袋が一つ
小さな革袋が八つ
これで、上手く分配は完了だ
「うん。上出来だな」
「えぇ!大満足ですわ!」
「でも、良かったんでしょうか?」
手際良く完了した分配に、満足げに頷く私と麗羽に、斗詩が首を傾げる
まぁ…当然だろう…
「何を言ってますの?これは、正当な対価ですわよ。あの方たちは、この世で一番の幸せを手に入れられたんですもの」
「そうそう!これでいいんだって!師匠も、納得してくれるさ!」
「だと、いいんですが…」
私たちの言葉に、斗詩は苦笑すると、未だに抱きしめ合う二人を見つめる
「ここらが、退き際ですわよ。白蓮さん」
「だな。でも、どうやって帰るんだ?」
「そうですね。ここに連れてきた貂蝉様の姿も見えませんし…」
「何か、鍵みたいなものでもあるんじゃないか?例えば…」
「七つの玉ですわね?」
「「「……」」」
「ちょ、ちょっと!もしもし?なんで、黙り込んでしまいますの!?」
「例えば、この世界で手に入れた物など、考えられませんか?」
「「「あぁー…」」」
「あたいは、やっぱり、鍵は修行開始に関係のあるものじゃないかと思うけどな?」
「「「うんうん…」」」
麗羽の言葉に、皆一瞬、黙り込むと何事も無かったかのように話を再開する
「ちょ、ちょっと!もしもし!?」
「何だよ?麗羽、何か思いついたか?言っとくけど、どこぞの竜玉集めは却下だぞ?」
「ぐっ…!ならば!」
「どこぞの"油の器"も却下」
キキュット擦れば、中から大男が現れて、何でも三つだけ願いを叶えてくれるっていうアレだ
「ぐぬぬ…!一体、なんですの!?そんなに私をイジメて楽しいですの!?」
「イジメてないって。とにかく、"お前の願いを叶えてやろう系"は却下。そんなの探す時間も、アテもないって」
「ぐっ…。白蓮さんなんて、嫌いですわ…」
苦々しく顔をしかめると、麗羽は拗ねたように、膝を抱えて座り込む
「はぁ…」
私は苦笑すると、麗羽の頭をよしよしと撫でながら、思考を巡らせる
鍵は必ず存在するはずだ
そしてここが、この物語の終着点であることに間違いはない
ということは、鍵は既に手にしていることになるはずだ
「この世界で手に入れた物で…尚且つ、修行開始に関係のあるもの…。う~ん…」
私は、自身の持ち物を床に並べていく
幼い頃から愛用していた"普通の太刀"
師匠から受け継いだ片手剣
戦利品の金銀
予備の薬草と携帯食料
とてもじゃないが、どれも鍵に関係があるようには見えない
せめて、武器が"鍵型の剣"なら、信憑性もあっただろうが…
まぁ…それでは、麗羽と発想が変わらないのが残念だ
「んー…。他にはー…ん?」
何と無しに、スカートのポケットに手を入れると、何かが指に触れる
何かと思い、取り出すと一枚の写真だった
「あ…あぁ!これだ!」
「「「写真!?」」」
そう、取り出したのは、一枚の写真
貂蝉がこの世界に来てすぐに、落として行った物だ
「この写真がどうかしましたの?」
「見て分からない?この写真に写ってるの」
「あぁー…。魏の種馬さんですわね」
「そう。でも、本名は違う。この写真に写っているのは"天の御使い"だ!」
「「「っ!?」」」
『天の御使い』
そう、口にした時、天より一筋の光が皆の前に差し、石の扉が現れた
扉には『天』の文字
見紛う事なき、世界を繋ぐ外史監視者の扉であった
「…まさか、写真が鍵だとは、思いもよらなかったね、文ちゃん」
「んー…まぁ、分からない話でもないかな?修行を提案してきたのも、元はアニキだし」
「写真は外史監視である、貂蝉様が落とした物だしね」
斗詩と猪々子は頷くと、扉を見上げる
「まぁ、何にせよ、扉は開きましたわ!いざ、華麗に優雅に帰還しますわよ!」
「よっしゃ!帰ったら、飯食いまくるぞー!楽しみだなー!」
「ふふ…もう、あんまり食べると、太っちゃうよ?」
「美以たちも帰るにゃ!帰って、兄ぃに挑戦にゃ!」
「「「応にゃー!」」」
皆、荷物を背負うと、開かれた扉の前に立つ
そう。ここはまだ、物語の通過点でしかない。本番はこれからなのだ
「行きますわよ!白蓮さん!」
「あぁ、分かった」
「白蓮!!!」
扉を潜ろうとする私たちを、不意に呼び止める声
チラリと振り返ると、師匠と職人がこちらを見つめ唖然としている
「もう、帰るのか!?」
「…ありがとう。師匠と出逢ってからの修行の日々は本当に楽しかったよ!」
「そんな、急ぐこともないだろ?もっと、狩りにいこうよ!まだまだ、強いヤツも沢山たくさん、居るしさ!」
「何を言ってるんだ、師匠?やっと、女の幸せを掴んだんだ。これから、女の道を極めるのに大忙しになるだろう?」
「ぅ…。そりゃ、そうだけど…」
「また、遊びにでも来るからさ!もっと強くなって、来るからさ!そしたら、また、狩りに行こう!なっ!師匠!」
「ぅう…約束だぞ?また、遊びに来いよ!?まだ、免許皆伝してないんだからな!?バカ弟子!」
「そうだった。分かったよ、約束だ!必ず、師匠と一緒に狩りに行って、免許を皆伝してもらう!」
「言ったからな!?約束だからな!?師匠と弟子、友と友、女と女の約束だからな!?必ず、強くなって、帰って来いよ!?」
「あぁ、約束だ!」
「ぅう…うええぇー…ん!ぱいれえぇーん…!いぐなよおぉー…!」
「し、師匠…」
我慢の限界だったのだろう
師匠は、ポロポロと大粒の涙を流しながら、子供のように泣きじゃくり始める
一瞬、私もつられて涙を零しそうになるが、ぐっ…と堪えて笑顔を向ける
ここで泣いたら、本当に最後になってしまいそうだから
「白蓮さん、時間ですわ…」
「え?」
見ると、外史を繋ぐ扉がゆっくりと閉じ始めていた
完全に閉じれば、その扉は光となって消え去り、後には白夢中のような感覚しか残らないだろう
「もう時間みたいだ。師匠…ありがとう」
「白蓮…?行かないでよ…。ぱいれえぇん!」
「おめでとう、お二人とも…いつまでも、お幸せに。そして、ありがとう…また、会おうね、師匠!」
最後に笑顔で手を振ると、踵を返して扉に飛び込む
私を飲み込んだ扉は、そのまま静かに口を閉じた
「白蓮…」
扉は完全に閉じ、光の粒子となって消えていく…
その姿を見つめながら、私は突如現れた女の子を想う
「大丈夫。また、会えるさ」
「うん…」
成長していく彼女と過ごす日々は、本当に楽しく、本当に充実していた
そんな愛弟子との別れは突然で、別れの杯を交わすことも出来なかった
弟子の巣立った喜びと、寂しさを噛み締めながら、しばらく消えゆく扉を、隣に立つ幼なじみと見つめる
「ん?アレは…」
「え?」
やがて扉が消え去った時、その向こう側に大きな革袋が置いてあることに私たちは気付いた
ゆっくりと二人で近付き、どっかりと鎮座する革袋を確認する
「んー?あ!コレ見てみろ、素材だよ!」
「素材…?」
彼の開いた革袋を見れば、素材のぎっしりと詰まっていた
金竜と銀竜、蒼竜の大量の素材たち
今倒した竜たちの素材がそのまま置いてあったのだ
「なんで?これは、あいつらが頑張って、倒したんじゃないか」
「その答えは…ここにあるみたいだよ?」
彼は袋から一枚の手紙を取り出すと、微笑みを浮かべて手渡してくる
そこには短いながらも、想いがしっかりと詰まった文章が書かれていた
"末永くお幸せに"
「どうやら、この素材は彼女たちからの御祝い金らしい」
「全く、あの子は…粋なことしてくれるじゃない」
愛弟子の心遣いに、つい、ほくそ笑んでしまう
希少素材が、袋一杯に入っているのだ
売れば、かなりの金額になるだろう
祝い金にしては大きすぎるくらいだ
「ひっく…うぅ…ありがとう…白蓮。無駄には…しないよ」
おつりは、彼女がまた遊びに来たときに返そう…
私は想いの詰まった革袋を、彼と二人で持ち上げると、懐かしの村への帰路へ着くのだった
また、会える日まで…みんなで待ってるよ…愛弟子!
「あ、そういえば!ボスは!?」
私は、もう仲間である怪物を探し、周りを見渡す
彼には大変に世話になった
此度の戦も、彼の影ながらの支えがあってこそ勝ち取れた勝利と言えよう
「ボス!?どこだ!?」
しかし、いくら探せども、その巨体を見つけることは出来ない
「ボス?ボスって、あの大猿のこと?」
「うん…。さっき見た時は、確かに此処に居たんだ。山に帰ったのかな?」
「あははー…。実はね、俺、気付いたことがあるんだよ。聞きたいかい?」
「え?な、なんだよ?」
彼は革袋があった場所を指を差すと、小さく苦笑して見せるのだった
扉をくぐれば、そこは真っ白い部屋
間違いなく、懐かしの我が家だ
「えっと…皆さん、揃ってますか?」
「大丈夫だろ?みんな、居るよな?」
斗詩と猪々子はグルリと周りを見渡すと、面子を確認していく
「美以たちは揃ってるにゃ!」
「「「にゃー!」」」
「白蓮さんが居れば、みんな居ますわよ」
「おーい、そりゃ、どういう意味だ?」
「いいえー?別に深い意味はありませんわよ?」
シレッと答える麗羽に、私はジト目を向ける
「あはは…皆さん、お揃いのようですね。
これから、どうしましょう?一刀様に、帰還の報告をしますか?」
「そうだな。貂蝉にも、"挨拶"したいし」
挨拶といっても、単なる帰宅程度の挨拶を告げるつもりはない
人を見ず知らずの土地に、長期に渡って放置したんだ
それ相応の報いは、受けて貰わないとな…
「どぅふふ…!それは嬉しいわねん!」
「「「!?」」」
背後からかけられた声に振り返ると、皆が修行しているであろう扉の前で、ほくそ笑む貂蝉が立っていた
「お帰りなさい、みんな。ここに戻って来たということは、それなりに修行が終わったようねん?」
「あぁ!金と銀の竜は倒したぞ!」
「ぬふふ…!強かったでしょ?私の用意した金と銀の竜は!……えぇっ!!?」
「えっ?な、なんだよ?」
そう口にした貂蝉はしばらく、満足げに頷いていたが、急に振り返ると、目を丸めて叫びに近い声を上げた
「金と銀の竜なんて、私、知らないわよん!?私が用意したのは、巨大魚と空飛ぶ大トカゲくらいなものよ?そんな、金銀輝く竜なんて知らないわよん!」
「ちょっと、待ちなさいな!知らないわけないでしょう?あなたが『あの塔には金銀が眠っている』と言ったんですから」
「そうよ?あの塔の最上階には、私が修行を終えたご褒美にと"金と銀の延べ棒"を用意していたんですもの。あなた達が持ってるソレは、私が用意したものなんでしょう?」
私たちの側に置かれている、小さな革袋の中身を指差して、貂蝉は首を傾げる
だが、この中身は貂蝉のいう延べ棒ではないことは、ここに居る皆が承知の事実だ
「いいえ?これは、倒した竜の爪と角ですわ。あなたのいう、延べ棒とは全くの別物です。確かめてみます?」
「む、むむ…。一体、どういうことかしら…?」
「こちらが聞きたいくらいですわよ、全く…」
貂蝉は麗羽から黄金の角を受け取ると、あらゆる角度から眺め、そして眉を寄せる
「これ、しばらく預かってもいいかしらん?もしかしたら、敵へ繋がる重要な手掛かりが見つかるかもしれないものん。詳しく調べてみないと、何とも言えないけど…」
「あら?本当に、あなたが用意したものでは、なかったんですのね。良いですわよ。存分に調べてくださいな」
麗羽は頷くと、自分の取り分である革袋を丸々、貂蝉に手渡す
「ありがとうねん!皆を襲った正体を、必ず暴いてみせるわよん!」
「ちょっ!?よかったんですか、麗羽様!?あの金銀は、袁家復興の…」
「良いんですのよ。どうせ、アレくらいでは、復興の足しにもなりませんもの。それよりもっと大切なものを、私たちは得られましたし…ねぇ?白蓮さん?」
「はは…あぁ、そうだな」
麗羽はそう思いも寄らぬことを呟くと、満面の笑顔で私を見る
私も頷くと、貂蝉に自身の取り分を手渡した
「使ってくれよ。私には、さして必要な物じゃないし」
「美以たちのも、あげるにゃ。有り難く使うにゃ?」
「こんなカチカチじゃ、お腹膨れないのにゃ。変わりにご飯をくれにゃ!」
「遊び道具もほしいにゃ!」
「モフモフお布団で寝たいにゃ…」
皆も、それぞれの革袋を取り出すと、貂蝉に手渡していく
「うーん…。斗詩、ごめん!アタイのお嫁さんになる話は、もう少し待ってくれ!…貂蝉、これも使ってくれ!」
「ふふ…うん!分かったよ、文ちゃん!貂蝉様、これもどうぞ」
猪々子と斗詩も、それぞれの革袋を手渡すと、互いの顔を見て微笑みを浮かべるのだった
「確かに受け取ったわ!そうと決まれば、これから早速、調査よん!」
皆の革袋をしっかりと抱えると、貂蝉は頷き、扉の一つへ向かう
扉には"研究室"と書かれていた
確か、真桜と櫨植先生の工房も兼ねてる部屋だって聞いたことがある
未だに、本人たちと北郷以外、誰も立ち入ったことはないらしいが、まぁ…正直、怖いので、誘われても遠慮したいところだ
「…あ、そういえば、一つ聞いていいか?」
「何かしらん?」
「さっき、主を用意したって言ってたけど、雪山の主…白い大猿も貂蝉が用意したのか?」
雪山の主とは、共に過ごし、共に戦い抜いた、変わった怪物
あのボス猿のこと
「白い大猿?なに言ってるのよん?雪山のボスは、強靭な腕と顎を持ち、雪原を駆け回る竜だけよん?」
「なんだって?」
貂蝉の話ではこうだ
貂蝉は、塔を終着点にし、途中途中に設置した主を倒していくことで、レベルアップを計る計画を組んでいたらしい
その計画には、、雪山の大猿なども出て来ることは無いそうだ
「じゃあ、ボスは一体…」
一緒に戦い続けた彼を思い出す
怪物でありながら、人間のような立ち振る舞いが印象的なヤツ
彼は一体、何者だというのだろうか…
「ふぅ…。アイツ、どこに行ったのかしら…」
その時、修行部屋の扉が開かれ、中から曹操が現れた
なにやら、ご機嫌斜めの様子である
「あら、曹操さんじゃありませんの」
「ん?あ、あぁ。皆、帰って来たのね?」
「えぇ。今、帰って来ましたわ。…どうかしまして?」
「どうしたも、こうしたもないわ。ここ数日、一刀の姿が見えないのよ」
「北郷さんの姿が?」
「えぇ…。本当、どこに行ったのかしら?」
「あらん…あの身体で、また、偵察かしら」
「いえ?最近、大怪我をしてからは、皆の監視の下、絶対安静にあるはずよ」
「はぁ!?大怪我だって!?北郷に何があったんだよ!?」
「だ、大丈夫よ。一時期、危ないところまでいったのだけど…なんとか持ち直したわ」
何故か、曹操は目を反らすと気まずそうに呟いた
余程、危ない状態だったらしい
「一体、何が起きたんだ?アイツほどのヤツが、そんな大怪我するなんて」
「敵との交戦の際にね背後から、刺されたらしいわ」
「背後から…なんと卑怯なんですの!?」
怒り心頭に、麗羽は拳を握りしめると、憎らしげに地を睨み付ける
怒りをぶつける先が見つからず、ただ、静かに飲み込むことしか出来ないようだった
「(……まぁ、傷自体はすぐに塞がるものだったのだけど、私がヤッちゃったことが一番の原因よね)」
そんな皆を見つめ、曹操は小さく呟くと頭を振って、周りを見渡す
「それにしても、本当、どこに行ったのかしら…。何日も姿を見せないなんて」
「最早、この空間にはいないと見て、いいでしょうねぇ?また、あっちに戻ってるんじゃないかしらん?」
「左慈と于吉にも聞いたけど、それはないらしいわ。あちらで扉の開かれた形跡が無いんですって」
「じゃあ、どこに…?」誰が呟いたか分からないが、その言葉に皆は腕を組んで考え込む
「ニャ?」
皆が首を傾げる中、美以は不思議そうに周りを見上げた
「美以、どうした?」
「白蓮…?みんな、なにを言ってるにゃ?兄ぃは、ずっと、美以たちと一緒に居たにゃ」
「「「え?」」」
美以はポテポテと歩き出すと、先ほど私たちが出てきた扉の前に立つ
「ここにゃ」
もう一度、振り返ると、取っ手に手をかけ、ゆっくりと扉を開け放った
『……ウホ!』
「「「ぼ、ボスっ!?」」」
扉の向こうには、白い毛皮を着た巨大な猿
雪山の主・ボスがまるで友達に挨拶するように、軽く手を挙げて立っていた
「兄ぃー!約束は守ったにゃ!だから、今日のご飯は、腕に縒りをかけて作るのにゃ!」
『ウホホ…!』
ボスは偉いエラい、と美以の頭を撫でると、その肩に乗せて、扉から中に入って来る
「兄さま、ミケも我慢したのにゃ~!ご馳走するにゃ!」
「トラは、うずうずのドッキドキだったにゃ!」
「シャムは、忘れてたにゃ~」
ミケ、トラ、シャムもワラワラとボスの周りに集まると、その巨体にヒシ!と抱き付くが、周りの人間は状況についていけず、ただ、唖然と立ち尽くすしかなかった
「ど、どういうことだ、ボス?なんで、お前がここに居るんだよ?お前の世界は、あっちだろ?」
「待ちなさいな、白蓮さん。今の会話から推測するに、あの大猿の正体は、すでに見えていましてよ?」
「で、でも、前に調べたときは、アイツのどこにも、釦なんかなかったぞ!?」
大体の会話の流れで、ボスの正体には皆、薄々気が付いている
しかし、私は他の皆より長く過ごした期間があるため、そう簡単に納得出来ないでいた
あまりに人間らしい行動を取るボスに、一度だけ、逆上して隅々まで調べ尽くしたことがあったからだ
「甘いわね、白蓮」
「そ、曹操?」
しかし、私以上に天の御使いと一緒に居たことがある彼女には、やはり、通用しないようだった
「相手は、天の御使いよ?釦くらい、軽く隠して見せるわよ。何より、ソイツは、そういう悪戯に関しては、桂花の斜め上を行くくらい、頭が働くのよ」
「あ!?」
曹操は呆れたように呟くと、いい加減姿を見せろといわんばかりに、素早く私の片手剣を抜き、無遠慮にボスへ投げつける
『ウ…うおぉ!?ゴフッ!?』
「安心なさい。本気で投げてはいないわよ」
『っ~~!!!、危ないだろ、華琳!?こっちは、南蛮のみんなに囲まれて身動きとれないんだぞ!?』
ボスは一瞬、驚いた声を上げると、南蛮の皆を庇うように背中を向ける
あまりに突然のことに、南蛮の皆を蹴飛ばしてまで避けることは出来なかったようだ
その背中に、小気味よい音を響かせて、片手剣の先端が突き刺さる
生身なら致命傷だが、ボスは片手剣など気にならない様子で、振り返ると美以たちを避難させて、曹操に向き直った
「ご託宣はいいから、その化けの皮を脱ぎなさい。そして、早く私の監視下に戻り、大人しく…清く正しい生活を送るのよ…」
曹操は、何処からともなく、馬を躾る鞭を取り出すと、不適な笑みを浮かべて、鞭のシナりを確認し始める
『ふっ…。清く正しい生活…?部屋に監禁され、毎日毎日、壁を眺めさせられる生活のどこが清く正しい生活なんだ?』
さっきから気になっていたが、扉が増えていたのは、どうやら、この天の御使いを監禁するための部屋が設置されたから、らしい
ていうか、あの扉、鋼鉄製だよな?
部屋というより、より厳重な監獄じゃないか…
「ふふふ…清く正しく、健全な空間でしょ?貴方の大好きな"伽"なんて、以ての外よ。傷口が開いては大変ですもの。女なんて、近付かせてなるものですか…」
『ど、どうしたの、華琳さん?ツンデレが見るも無惨な、ヤンデレになってらっしゃいますよ?キャラが…キャラが…』
「えぇ、でも、安心しなさい?そんな、あなたの意見も理解できるもの。私だって、毎日毎日、壁に囲まれた部屋で生活していたら、気が狂ってしまうわ」
『聞いて?ねぇ、聞いて?俺の話、少しは聞いてください、お願いしますから!あ、でも、何やら、生活状況向上の兆しが…』
「だから、于吉の話を元に、天界の一般的な部屋を可能な限り再現してみたわ…」
「「「っ!!?」」」
曹操の手によって開かれた扉の向こうには、言葉にし難い物が沢山、置かれていた…
「等身大の私の写真と、私の等身大人形。私の姿が描かれた様々な道具を運び込んでおいたわ」
『むしろ、悪化したぁー!!?ま、待て!待ってくれ!その部屋は、マズい!危険過ぎるって!』
直視はしたくない。だが、自然と目が行ってしまうのは、最早、呪いといえよう
部屋の至る所に、曹操曹操曹操曹操曹操…
よくもまぁ、ここまで、作ったものだ
ていうか、天界ではこれが普通なのか?
だったら、天界とはなんと恐ろしい場所だろう…
「「「……」」」
私たちは言葉もなく、ただ唖然と、その場に立ち尽くす
巻き込まれないように…ただ、黙って二人のやり取りを眺めていた
「おかしいわね?于吉の話だと、天界ではこれが普通だと聞いたわよ?壁に大好きな女の子の写真を貼ったり、大好きな女の子の描かれた物を、身近に置いたりすると、落ち着き、幸せな気分に満たされるのでしょう?」
『それ、あれか!?オタクな部屋の話をしてるのか!?好きで好きで堪らないから、グッズ集めに直走る漢のことを指しているのかな!?だったら、残念!俺は、ノーマルですから!全部、撤去してください!』
「ふふ…照れているの?」
『違うよ!!!』
「まぁ、抵抗は無意味よ。すでに、貴方は私の手の中」
そう、曹操は呟くと、手の中の鎖を見せ付ける
「はっ!何を言ってらっしゃ…る…?はいー!?嘘うそウソ!?俺の完全防備まで!?なんで!?どうして!?」
曹操の左手から伸びる鎖を、目で追うとその先には、北郷が立っていた
あの大猿の毛皮は、無惨にも切り裂かれ、北郷の足元に悲しく横たわっている
本当…いつの間に脱がせ、その上、鎖で簀巻きにしたんだよ?
なんか、私たちが離れてる間に、曹操も大分、人間離れしている気がする
「この覇王曹操の前に、そんな、防備など紙同然よ。さぁ…話はお終い。今から、楽しい楽しい、折檻の時間よ?二度と脱走なんか出来ないように、たっぷりとその身体と魂に刻み込んであげるわ」
「あ、あの…俺、一応、重病人…。腹、傷あるし…。また、明日でもいいかな…?」
「さっきまで、竜と対峙してたじゃない。大丈夫よ。ねぇ?」
「っ…!?くくく…ダメだ…あはは…終わった…アハハハー…!イヤだああぁぁー…!!!」
ついに、北郷は観念したのか、はたまた、恐怖で気でも触れたのか…
絶叫混じりの笑い声をあげながら、曹操尽くしの監獄へと、呑み込まれていった
『や、やめ…うぉ!うおぉ!?ウオオォォ…ギ、ギャアアァァー…!!!』
やがて、重い鉄の扉が閉まり、北郷の絶叫が鉄の扉から漏れ、部屋中に響き渡る
「…えっと、つまり、ボスは北郷だったわけか」
「え、ええ…。どうやら、私たちの修行の進行具合を物陰から観察していたようですわね」
「なんだ、忘れられてなかったのか。でも、美以たち、よく気付いたよな?」
「最初は分からなかったにゃ?」
金銀戦の後に手当てをしてみると、ボスの傷口から北郷の匂いがしたらしい
影で問いただしたら、北郷は毛皮を脱いでくれたとか
「その後に、ご飯の約束をしたわけか」
「兄ぃのご飯、楽しみにゃ~!」
「「「にゃ~!」」」
美以たちは、今晩の料理を想像し、歓喜に満ちた声をあげる
「…あの監獄の中、どうやって料理を作るんですの?」
「「「にゃ!?」」」
麗羽の言葉に美以たちは固まると、ゆっくり鋼鉄扉らに目を向ける
しばらく、固まっていたがハタと我に帰ると、扉に向かって駆け出し、扉を叩き始めた
「だ、出すにゃー!美以のご飯ー!」
曹操の怒りが収まるまでの辛抱だが、恐らく、しばらくの間は無理だろう
「ごーはーん!」
美以たちの叫びに苦笑しながら、私はポケットから写真を取り出すと、そこに写る人物を見る
自分に自信が持てず、普通に甘んじていた私に、目標を示してくれた人
枠を越えることを教えてくれた人
私の大切な友人よ…
「ありがとう…」
そう、私は呟くと写真を仕舞い、小さく微笑みを浮かべるのだった




