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今日の華琳さん家  作者: 黒崎黒子
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無理と無茶

「死ぬかと思った。いや、マジで」


あちらに居た時より、明らかにキツく厚めに巻いてある包帯を撫でながら、俺はゆったりと椅子に腰を下ろした


「なによ?あなたが、そんな大怪我を隠すからいけないんでしょ?怪我をしていると分かっていたら、あんなことしなかったわよ…」


「まぁ、確かに、北郷が最初から言っていれば、二十時間にも及ぶ大手術になることはなかったな」


「むぅ…でもなぁ」


「分かっているわよ…。心配をかけたくなかったんでしょ?でも、結果的には皆に不安を与えたことに変わりはないわ」


「ごめん…」


「…まぁ、無事で良かったわ」


華琳は俺を見上げると、手を取り静かに頷いた

彼女の手から、わずかに震えを感じる

よく見てみれば、瞳が赤く、頬には涙の流れた痕があった


「心配、かけたね。ごめん」


「いいわよ。生きているなら、問題ないわ」


起きた時に左慈から聞いていたのだが、皆は相当、取り乱していたらしい


それもその筈、この世界にはない"手術"というものの概要を、説明されたのだから


ただ一人、華琳だけは頷き、皆を説得するために尽力してくれたらしい


「しかし、曹操。なぜ、お前は見たことも聞いたこともない手術を許したんだ?」


「腹を突かれて、生きている者など、この世界には居ない。ましてや、腹を裂かれて生きている者など、絶対に居るわけがないわ。でも、それは私たちの世界の常識であり、そしてそれは、間違いなのでしょう?」


華琳は目を瞑ると静かに唇を噛み締めた

己が常識の否定…それは、きっと容易なことではないだろう


「あなたの世界…いえ。あなたの時代なら、それが可能だというならば、それに賭るのは、間違いではないはずよ。己が知識、常識は大事。でも、それ以上に人の命は大切なものなのよ」


キツく手を握りしめ、俺の敬愛する王は静かに息を吐いた


俺の様子を見て、心から安心したかのように…


「生きていてくれて…ありがとう。頑張ったわね、一刀」


「あぁ。こちらこそ心配かけた。ごめんね、ありがとう」


二人は静かに抱き合うと、互いに生の喜びを噛み締めるのだった


名残惜しげに離れると、華琳は俺を見上げて不安げに首を傾げる


そのまま、視線を流して執刀医である左慈を見た


「いつから、修業に復帰出来るの?」


「そうだな。一月休めば、傷も塞がるだろう」


「俺は今から大丈夫だよ?」


「バカ言わないで、一刀。あなたは大事な戦力なのよ?こんなところで無理をして、決戦に出られない、なんてことになって貰っては困るのよ。今はしっかりと休むの。いいかしら?」


「了解…」


「そうだな。今は休む方が良いだろう。安心しろ、修業への参加は認める。お前が居なくては、修業が進まんからな。だか、体は動かすな。口だけを動かせ」


「んー…。ん?ピーンと来た!オーケー!それでいこう!」


「武器を握るのは、当然、禁止だ」


「……ちっ」


円の真ん中に立ち、斬り掛かって来る彼女たちを軽くかわしながらの指導案…早くも却下


「俺にどうしろと?」


「お前に出来るのは、安静にして、早く傷を癒す。それだけだ。さて、俺も指導に戻るか。曹操も早く戻らないと、追いて行かれるぞ?」


「分かっているわよ。左慈、ありがとう」


左慈は微笑みを浮かべると、肩を叩いて部屋を出て行く


華琳も微笑みを浮かべると、静かに部屋を退出して行った


「安静…ね?」


俺は一人、部屋で苦笑すると静かに思案を始める


安静…?そんなことしてたら、修業なんか進むわけない

だったら、やることは一つだよなぁ?


「くふふ…止められるもんなら…止めてみろい!」


俺は含み笑いを浮かべると、扉を蹴破り弟子たちの元へと駆け出した




北郷一刀が扉を蹴破り、駆けていく背中を見つめながら、私たちは苦笑する


部屋を出てすぐ、左慈に呼び止められた私は物陰に潜むことにした


案の定、一刀は怪我など諸ともせず、扉を蹴破り駆けていく


恐らく、今すぐにでも修業を再開するつもりなのだろう…


「全く、一刀ったら…私の気持ちも知らないで好き放題にやるわね…」


「ふっ…。だが、そうでなくては困る。実際、口での指導など役には立たんしな。身体を動かし、力をぶつけ合わねば、成長などできまい」


楽しそうに左慈は微笑むと、外れた扉を修理し始める

自室の扉が壊されたのに、何を嬉しそうにしているのだろうか?

意味が分からない


「大丈夫なの?」


「まぁ、大丈夫だろう。北郷もバカではない。苦しくなれば、休むことくらいするはずだ」


「…歴史を変えるために、身を犠牲にした人間よ?」


「くくく…!そうだな…。だが、あいつは変わったよ。悲しませたくない人間が側に居るからな。守り抜く覚悟を決め、やっとそれに気付いたんだ。今の北郷なら、別の方法を選択出来るだろうさ」


「…別の方法を?」


「誰も泣かない、誰も傷付かない、誰も消えない。そして、自身も消えない。そんな選択だ」


「…そう。それは理想ね。でも、目的達成には、犠牲付き物よ?眩しく大きな目的ほど、犠牲は大きくなる」


腕を組み、壁に背を預けると私はゆっくりと目を閉じ思い出す


大陸平定…そのために、私は多くの民、多くの兵…多くの将を犠牲にして来た


そして、北郷一刀…最愛の者まで、私は失った…


変わりに得たものは、本当に眩いものばかりだった


権力…財力…地位…名誉…そして何者にも代え難い存在…友人たち…


それも全て…彼らの犠牲の上にあるものだった


「全てを手に入れるなんて…無理よ」


「あぁ、無茶だろうな」


「ええ…」


「だが…」


「え?」


左慈は作業の手を止めると、振り返り微笑みを浮かべる


「無理は不可能、無茶は可能だ」


とだけ呟き、左慈は扉に向き直ると再び作業を始めた


「それは、どういう…」


意味だと、問おうとしたとき、はたと思い当たった


不可能を可能にして来た彼の存在に…


正史を覆すなど不可能…。それを見事にやってのけた彼は、それこそ、無茶をしていたに違いなかった


世界から弾き出されて尚、彼は無茶を止めず、帰って来た

"天の御使い"に名前負けしないほどの、武と知を身に付けて…


「そういうこと…」


私は目の前の青年が言わんとする事を理解し、微笑みを浮かべる


確かに、今の一刀からは不可能という言葉を連想出来ない


彼が望むことは、何でも叶う気さえしてしまうのだ


「ヤツは、天の御使いだ。今やっと、覚悟を決め、天の御使いとしての自覚が生まれた。人としてではなく、人知を超えた存在として、生きる道を選んだ。人には無理なことでも、天の御使い『北郷一刀』なら無茶で済むんだよ…」


左慈は振り返ると、反則すぎるだろう?と苦笑してみせた


しかし、そうは言っても、感じるのは嫌みや僻み、妬みではなく


寧ろ、ただ彼を信じているという、絶大なる信頼が伝わってくるのみだった


「そうね…。今の彼なら…全てを任せてもいいのかもしれないわね」


私も頷くと、彼の顔を思い浮かべる

今の彼なら…この身を…この大陸の命運を…


「左慈!左慈は居るかー!?北郷が無茶をして、傷口が開いたぞー!どうなってるんだ!?治ったんじゃないのか!?」


「っ!?傷口、押さえる!」


「一刀、大丈夫!?安心して、もうすぐ着くわ!まだ、死んじゃダメよ!」


「春蘭!しっかり、抱えろ!御主人が落ちてしまうぞ!」


「一刀!しっかり、しいや!まだ、死んだらあかんで!?ウチとの約束、まだ叶えてへんやないかー!うわああぁーん!」


「……預けても大丈夫かしら…?」


「大丈夫…ではないかもな…」


医務室に担ぎ込まれる彼の姿を見て、私と左慈はため息を吐くと、静かに頭痛を耐えることしか出来なかった

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