微笑み
「あいつ…」
門に着いた俺の第一声は、そんな呆れに満ちた言葉だった
門番の青年が、門の前で眼を回していたからだ
「おい、大丈夫か?生きてるか?」
門番を壁に寄りかからせ、身体を揺すって起こしにかかる
「ん…んんん…?隊長…?…はっ!?ここは!?」
「門前だよ。あのバカ…左慈はどこに行ったんだ?」
「すみません…それが、私にも…。しばらく大人しくされていたんですが、突然、叫びを挙げられたと思ったら私を吹っ飛ばして、場内に駆けて行かれまして」
「ちっ…恐怖のあまり、逃げたか…」
奴が消えて行ったと思われる場内をざっと見回すが、左慈の気配は感じられない
ご丁寧に、気配を消して逃げ回っているようだ
「こうなると、見つけにくいんだよな…」
「すみません…私が油断したばかりに」
「いやいや、むしろ、油断していて正解だよ。下手に抵抗してたら、本当に首がなくなってただろうし」
「え?」
兵は心底驚いたのか、引きつった表情で自身の首筋に手を当てる
「んじゃ、左慈が帰ってきたら、引き止めといて。買出しついでに、街に行ってくる」
「ひ、引き止めるのですか?」
「大丈夫。俺が『今回は見逃すが、次はない』って言ってたって伝えれば、大人しくするよ」
「は、はぁ…」
「んじゃ、行って来るね」
呆然とする兵に手を振りながら、俺は街へと繰り出した
「お、予想以上に人が多い」
戦前だというのに、街は相も変わらずの賑わいを見せている
何より、子供が街中を走り回っていることから、戦とは無縁の場所にさえ思えてくるから不思議だ
戦が始まるかも知れない。それなのに、ここに残り商売を続けている
「それって、この国が…三国が信頼されているってことだよな」
俺はほくそ笑むと、ぐるりと街中を見回す
街は活気に溢れ、民の間にも笑顔が広がっていた
『いらっしゃい!いらっしゃい!』
「あ!そうだ、買出し!」
商人の声にふと我に返ると、胸ポケットから買い物メモを取り出す
「内容、確認しとこ。えーっと?食材関係は国庫から卸して貰うとして…調理器具はどうしよう。流石に拝借は拙いよな?あとは衣類…。んー…多い。やっぱり誰かに手伝って貰えば良かったなー」
流石にこれだけの大所帯となると、物品の消耗も激しい
食材なんて、俺の貯蓄云々以前に軽くオーバーしてくれるから、恐ろしいものだ
「まぁ、食材は三国から供給で何とかなるけど、衣類は仕方ないよな」
最近、皆は気合いが違うのか、修行は激しさを増すばかり
そのせいか、衣類の損傷が激しいのだ
「気付いたら破れてる、なんてザラだもんなー」
まぁ、個人的にはポロリ率が上がって、役得って感じですけどね!
…ふっ、皆には言うなよ?
「でも…衣類には…その、下着とかも含まれるんだろ?…俺の好みでいいのか?…やっぱり…華琳には…黒?それとも、白?いやいや!じゃなくて!それは、マズイだろ!はぁー…やっぱり、誰かに来てもらえばよかった…」
一人、メモを片手に街の真ん中で頭を垂れる
せめて一人、女の子の増員があれば助かるんだけどなー…などと考えていると
「おう!おう!おう!嬢ちゃん!何処見て歩いてんだ!?」
なんて、典型的なヤンキー台詞が聞こえてきたりして
「何処を見ている、ですって?そんなの決まっているでしょ?前よ、前」
対する、お嬢さんは強気な態度で相手を牽制
聞いたことある声だな…ていうか、大変、よく知っている気がする
「んだと?なら、何でぶつかってくんだよ?」
「はぁ…貴方、バカではなくて?ぶつかって来たのは貴方でしょう?わざわざ、こちらが避けて上げたのに、貴方こそ何を考えているの?」
「ば!?てめぇ!俺をナメてんのか!?」
「汚いから…遠慮するわ…」
「っ~~~!!?もう、許さねー!バラしてやる!」
嫌な予感を胸に抱えながら、人だかりへ向かって歩いて行くと、中央で大男が太刀を振り上げているところだった
「はぁ…仕方ないわね…」
対する少女は、深く深くため息を吐き、拳を構える
その身のこなしには一分の隙もなく、また殺気も感じられない
「ほぅ…こりゃ凄い。…って感心してる場合じゃなかった。二人を止めなきゃな」
少女の構えに素直に感心していた俺だったが、今の職務を思い出し輪の中に飛び込んだ
「死にさらせやー!!!」
「ふん!黙りなさい!」
少女は拳を振り上げ、大男は太刀を振り下ろす
「はいはい。二人とも落ち着く」
「…え?」
「…は?」
二人の間に立つ俺を、二人は目を丸めて見つめていた
「君たち?周りを見てみなさい。君たちが市の真ん中で問題を起こすもんだから、みんな足を止めている。遠巻きで、事情を知らない人達には大迷惑だ」
「「う…」」
二人はシュンと頭を垂れて、申し訳なさそうに周りを見回す
「んで、俺はこの街の警備隊隊長なんだけど…これが、ただの口喧嘩なら仲裁で済むんだよね?だけど、手が出るほどの喧嘩なら、話は別。二人とも、牢屋に連れて行かないといけないなぁ…。はぁ…」
「「っ!?」」
「まぁ、口喧嘩なら別だけど…」
「「く、口喧嘩です!」」
二人は肩を組んで、俺を見ると爽やかな笑顔で親指を立てて見せた
変わり身、早いなー…
「い、いや~、悪かったな、嬢ちゃん!前が見えてなかったみたいやわ!」
「い、いいわ!私も注意が足りなかったもの。ごめんなさいね」
「まぁ、なんや…今回は…」
「えぇ、互いの不注意が招いた事故ということね」
「そや!仕方ないわな!わはは!んじゃ!」
「えぇ、気をつけて!」
ペコペコと互いに頭を下げると、手を挙げて別れを告げて歩き出した
「さて、私も行かなくちゃ…。大変、ご迷惑お掛けしました。失礼するわね!」
じゃ!っと手を挙げて、少女はくるりと踵を返すと、歩き出す
「いやいやいやいや、君の場合はそうはいかんでしょ?覇王曹操さん?」
「う…」
むんずと、王の肩を掴み振り向かせると、爽やかな笑顔で語りかける
「王と名乗る者が、市の真ん中で、事を起こしてどうするよ?」
「ごめんなさい…」
「し、か、も、殴ろうとしてたよね?」
「あ、相手だって、武器を抜いてきたじゃない?せ、正当防衛よ!」
「君の拳は、民に向けるもんじゃないだろう?覇道を阻む者に向けるもんでしょうが」
「ぅ…面目ないわ…」
くるくるツインテールを揺らしながら、少女は俯くと、心から申し訳なさそうに呟いた
「まぁ、怪我も無く済んだからいいよ」
「心配かけたわね。…ところで貴方、何で一人なの?」
「うん。一緒に来た奴は、とち狂って領内を逃げ回ってる」
「一体、何があったのよ…」
「いろいろ、思うところがあるんだろうさ」
「何を思えば、とち狂うようなことになるのよ…。はぁ…」
「そんなことより、こんな所で何してんの?刺客に狙われてるかもしれないのに、危ないぞ?」
「心配無用よ。昔と比べて、私は遥かに強くなったから」
なんなら試してみる?と、少女は不適に笑うと、拳を構える
「あはは!遠慮しておくよ。君の相手は彼女だろ?それに、俺の相手は別にいるし」
「そう?残念だわ」
悪戯っぽく微笑むと、少女は拳を下ろして周りを見渡した
「それじゃ、誰も連れて来てないんだ?」
「えぇ。私一人で様子を見に来たの。貴方が怠けてないか、確かめにね!」
「だ、大丈夫!ちゃんと、やってるよ!」
「ふむ、それならいいけど……。そうね、それより、あなたには礼をしないと」
「え?いいよ。仕事だから、やっただけだし」
「そうはいかないわ。嫌でも貴方には受けとって貰うわよ?」
「いや、でも理由が…」
「私が借りを作りたくないの。さっきの礼と詫びに、今日一日、何でも付き合ってあげるわ」
「えっと、俺、今から帰るし…」
「その胸元の紙は何?」
「あ!?」
俺の胸ポケットに入っていたメモを取り出すと、さらりとメモを眺めて歩き出した
「ふふ…読み通り、買い出しね?それにしても沢山あるわねー…」
「はぁ…。三国の皆が所望したもんだからね」
「はぁ…少しは考えて、頼みなさいよ…」
もう一度、メモを眺めると、こめかみを押さえて何かに耐え始める
「まぁ、あっちは何もないし?主催としては、皆に娯楽を提供する義務があるわけよ」
「まぁ、それは分かるけど…この量は異常よね…?もう少し、減らせないの?」
「必要物資、必要物質」
「もう…あなたはいつも、そうやって…。本当、女の子に甘いわね…。まぁ、それが貴方らしいけど」
「俺らしい?そうかな?」
何故か、心底嬉しそうに微笑みを浮かべると、歩みを止めて見つめてくる
俺は意味が分からず、首を傾げるしかなかった
「えぇ、そうよ!…あ、この店にしましょう。良い服があるわよ?」
「……はっ!こ、ここは…まさか!?」
「あら?覚えいたの。そうよ?この店は、私が下着を試着して遊んだ場所よ?」
「正確には、俺の目の前で試着して、俺の反応で遊んでた場所な?」
「そうとも言うわね!さぁ、入りましょ!」
「こ、断る!」
「とは、言わないわよね?」
「はい…」
俺、本当、女の子には弱いなー…
自分の性格を呪いながら、俺は売られる子牛の気持ちで店内へと連れられていった…
「ドナドナド~ナ~ド~ナ~」
「なにそれ?」
「子牛の歌。通称、ドナドナ」
「子牛?関係ないわよ?」
「そだね…」
抵抗は無意味だそうです…
「さぁ!買い物の前に、遊びましょうか?」
「んじゃ!俺は、外で待ってるね!」
「にこー♪」
繰り返し言う
抵抗は…無意味だそうです…
「はぁ~!久々に遊んだわね!最近は、戦がばかりで羽も伸ばせなかったから、いい気分転換になったわ!」
「…戦の方が楽だよ。絶対」
二人が店を出る頃、日は完全に登りきっていた
あと、半日で戻らなきゃいけないな
半日で、かなり疲れたけど…
「あら?兵は国の大事よ?簡単に言っては駄目」
「死生の地、存亡の地なり。察せざるべからず、だったね」
「えぇ、よく勉強しているわね?そのとおり。戦は国の大事であって、民の生死、国の存亡がかかっている。よく考えねばならないのよ」
「あぁ、分かってる」
「ふふ…いい顔になったわね、あなた。上に立つ者の顔だわ」
「華琳のお陰だよ…」
「ふふ…そう?」
嬉しそうに微笑みを浮かべると、嬢王様は静かに歩き出した
「さぁ、服は揃ったわ!他は?」
「調理器具だけど、これは、数も少ないし、厨房から借りることにするよ」
「そう?まぁ、短期だものね。それでいいと思うわ。…それじゃあ、これで終わりね?」
「うん。もう無いと思う。本当にありがとう、助かった」
「いいのよ。さっきも言った通り、お詫びと礼のつもりだし。何より、私自身が楽しかったもの」
頭を下げる俺の肩に手を置くと、少女は本当に楽しそうに微笑んだ
「あ、そうだ。思いの外、早く終わったことだし、食事でもどう?」
「あら?嬉しいお誘いね。でも、分かっているの?この曹孟徳、そこらの食事では満足なんてしないわよ?」
「あはは…!大陸全土に美食家で知られる曹操様だもんな。勿論、抜かりはないよ!」
「そう。なら、良かったわ」
「あぁ、任せとけ!」
俺は微笑むと、少女を先行するように、ゆっくりと歩き出した
「えっ…?ちょ、ちょっと!」
「こっち!こっち!」
「ま、待ちなさい。この先は…」
そういって、王は城へと続く城門を見上げる
一瞬、引きつった笑みを浮かべると、ハッ!と何かに気付いた様子で俺を睨み付けた
「貴方…まさか…」
「はぁ…。あのなぁ、君の知っている北郷一刀がどうかは知らないけど、俺はそんななことしないよ?」
「っ!?」
「大方、城に呼び寄せて、敵の総大将である君、『曹操』を捕まえようとしている…とか、考えたんだろうけど、残念。俺は筋は通すよ。大戦まで、君たちへの手出しはしない。君たちが、待ってくれているように」
「貴方…」
心底、驚いた様子で目を丸めると、曹操は俺の目を覗き込んでくる
「まぁ、敵だもんな。信用しろって方が無理か…」
「……はぁ~。そういうこと。いいわ…貴方を信じてあげる」
俺の顔を見ていた少女は、深い深いため息を吐くと、苦笑しながら首を竦めた
「驚いたわ…。てっきり、貴方は"私"を『この世界の』曹操と勘違いしているものと思っていたのに…。いつから、気付いていたの?」
「え?最初からだよ?真名、一回も呼んでなかったでしょ?」
「そういえば…。何か確証があったの?」
「確証もなにも、全然、違うからね?顔つきも、体格も、雰囲気も」
「…違うかしら?」
自分の身体を見回しながら、曹操は首を捻る
「違うよ。全然…」
どこかでやったやり取りに、俺は苦笑すると、少女に向かって手を差し出す
「さぁ、行こう!大丈夫。君は今日、俺の大事なお客様だ。何があっても必ず守るし、無事に家にも帰って貰うよ」
「…えぇ、貴方を信じるわ!」
少女は今日一番の微笑みを浮かべると、俺の手を取り隣に並んだのだった
俺たちは手を繋いで、ゆっくりと城門をくぐり抜ける
そのまま、しばらく歩き、俺たちは厨房へとやってきた
「さて、着いた。大丈夫?少し緊張してるみたいだけど」
「分かっていて聞いているのなら、怒るわよ?ここは私にとって、敵地の真ん中なんですもの、当然でしょう?」
「大丈夫だよ。君は俺にとって大事な客人なんだ。ちゃんと無傷で、君を君の城に帰す。信じてくれよ…」
正直、彼女の言う居心地の悪さも分かるので、つい俺も苦笑してしまう
俺だって、敵地の真ん中に連れて行かれでもしたら、生きた心地がしないもんな
「信じているわよ…あなたのことは…」
「え?」
「な、なんでも無いわよ!さぁさぁ、料理は誰が作るの?料理長の姿は見えないようだけど?」
「あぁ、すぐに準備するよ。料理が出来るまで、この卓で待っててくれよ」
曹操さんを卓に着かせると、料理の準備のために厨房へと歩き出す
「え?…貴方が作るの!?」
「ん?不服かい?」
「でも、貴方、料理は作れないのではなくて?」
「当時の俺に比べれば、マシな物は作れるようになったよ?今は」
「マシって…」
驚愕の表情で立ち尽くす少女を残して、俺は厨房へと入っていった
「はは…驚いてたな」
食材を手に取り、曹操の驚く顔を想像して気合いを入れる
これは、ただの食事への招待ではない
三国も巻き込んだ、大きな企みがあって、俺はここに立っているのだ
だから、失敗は許されない
「さぁ、やるぞ!みんなのために…!」
厨房から聞こえる調理の音を聞きながら、私は物思いにふける
北郷一刀。彼は敵国の…敵国の…
「あら?…彼は今、何の役に就いているのかしら…軍師?武将?まさか…料理長かしら?ま、まぁ、いいわ…」
彼に連れられて、私は敵地の真ん中にいる
でも…なぜかしら…
少しの緊張はあるものの、恐怖や不安はない…
「それも、彼のおかげね…」
彼の笑顔を思い出しながら、私は静かに微笑む
彼は大丈夫だと言った…だから、信じられる
あまりに、説得力がない話
でも、彼、北郷一刀にはそれが許されるのだ
「はぁ…。でも、分からないのは、彼の目的よね」
私と北郷一刀の関係は明確
昔は友…いや、大切な仲間であった者に"似ている"存在
そう、似ているだけの存在
そして、私の覇道を阻む存在
即ち…敵…
敵…敵ならば、必ず目的があるはずよ…
「目的…」
分かりやすいのは、私を捕らえること…。なら…別に、ここへ連れてくる必要はないわね…。ならば、考えられるのは…
「交渉かしら…?」
まぁ、それが妥当でしょうね…
だとすれば、これから先の戦のことだろう
考えられるのは…期限を伸ばせ、とか?
兵士の数を減らせ…とか?
どちらにしても…
「まぁ、それは無理ね…」
交渉とは、有利な立場の人間が持ち出すもの。三国同盟然り…。勝った者、勝つ可能性がある者が持ち出すべきもの
圧倒的戦力を誇る私たち、反三国同盟が交渉を持ち出すならいざ知らず
たった半年の修行で、微量だけ強くなった彼女たちに交渉の余地などあるわけがない
「まさか、それすらも分からないわけじゃないわよね?」
だとしたら、笑ってしまう…
ずっと、追い求めて来た男がそれくらいのことも分からない人間だとすれば…
「早いところ、目的のモノを頂いて、次の世界に行くとしましょうか…」
「目的…ねぇ?それが分からないんだよなー…?」
「っ!?」
自分の見解に、半ば呆れていた私は、隣に立つ青年の声に思考の海から引き上げられた
しまった…考えに没頭し過ぎていたのだろうか?こんなに、分かりやすい気配に気付かないとは…
まるで、一般兵並みの微弱な気配
隠す方法も知らないのか、あの時の彼と何も変わってはいないようだ
強くなったといっても…やはり、この程度…。別段、警戒の必要もないわね
当然、交渉の件も、有り得ない、というわけね
「はぁ…」
「あはは…!そんなに驚かないでよ。幽霊を見たみたいに…軽く傷付くよ?」
冗談混じりに、青年は苦笑してみせると、机の上に真っ赤な料理を置いた
辺りに嗅いだことのない、それでいて、空腹を大変に刺激して来る薫りが漂い始めた
「すー…。美味しそうな薫りね…。これは何処の料理かしら?」
「うん。俺の世界の食べ物だよ」
「天の国の…?な、名は何と言うの…?」
「“ナポリタン”だよ」
「なぽりたん…。あ、赤いわね…」
「うん。赤いね…」
「か、辛そうね…」
「食べてみれば?」
「あ、貴方…私が辛いのは苦手だと…」
「うん。知ってる」
「……ぐすん」
知っていて、食べろと…?
コイツ…鬼だわ…
しかも…
「あはは…!」
それでも、笑っているし!
「っ~~!笑いごとじゃないわよ!もういいわ!帰る!」
「まぁまぁ、曹操さん。落ち着いて。先ずは薫りを確かめてみるといい」
「ぐすん…薫りを?」
私の肩に優しく手を置くと、北郷は机の上の真っ赤な物体を指差す
「……すんすん。…え?」
「どう?あの独特の辛そうな匂いはしないでしょ?」
「え、えぇ…。でも…」
「初めて見る料理だもんね。仕方ないか…」
そういうと、北郷は私の目の前に置いてある皿の麺を数本取って、自身の口へ運んだ
「んん!我ながら、上出来!美味しく出来てるよ!」
グッと、指を立てると、笑顔で微笑んで見せた
「っ…」
その笑顔が…彼の…
私の知っている彼と…
同じ笑顔をしていたから…私は…
「……あむ!」
彼を信じて、料理を口に運ぶ
「どうかな?」
青年は優しい笑顔で、私の顔を覗き込んだ
その笑顔に、不安など微塵も感じられない
まるで、結果は分かっているかのように…
「……美味しい…」
「はは…だろう?」
満面の笑顔で彼は頷くと、対面に座り、自身の食事に手を付け始めた
「この赤みは…西紅柿(シ- ホン シ-)かしら?」
「流石は美食家。御明察だよ。天ではトマトって、言うんだ」
「とまと…」
初めて聞く言葉、初めて食べる料理に、私は興味深げに頷くと、麺に着いた調味汁
(ティャオ ウェイ ジ-)を口に運ぶ
「ソースに興味津々だね?」
「そおす…。えぇ…大変、美味だわ。これは、自作なの?」
「うん。皆の修行の合間に自作してみたんだ。ご飯は1日活力だもん。色んな味を用意して、士気を上げるように努力してるんだよ」
「ふふ…良い心掛けね…」
「トマトソースは桃香のお気に入りなんだ」
「…桃香?…あぁ、劉備のことね…」
「そう…劉備の……ん?んん~~?」
突然、青年は眉を寄せると、私の顔を見つめ、何やら唸り始めた
「…どうかしたの?」
「いや?…そうだ!この麺、気付いた?」
「麺?えぇ…これも、この世界に無い物ね。貴方の手作り?」
「うん!蓮華に手伝って貰ってね!」
「蓮華……孫権ね?あの子、政務だけでなく、料理も達者だったのね…」
「ふむ…。うん、そうだよ」
まただ。また、青年は一瞬、眉を寄せると、今度は小さく頷き、自身の料理を見つめ始めた
「…?」
私は彼の反応の意味が分からず、首を捻る
「そういえば、今日はお忍び?」
「え、えぇ…」
「次から、お付きを連れてくるといい。今日みたいに何が起こるか分からないし」
「敵の私へ、随分と肩入れするわね…貴方…」
「当然だろ?君に何かあったら…」
「勘違いしては駄目よ?私は貴方の敵なのだから。むしろ、何かあることを願うべきではなくて?」
「違うよ。君に何かあったら、反三国同盟は誰が指揮するんだい?間違いなく、暴走するよ?そうなれば、期限もなにも無く攻め込んで来るだろう。それじゃ、困ると言ってるんだ」
「あら、意外ね?貴方の口からそんな言葉が出るなんて。…ふふ。少しは上に立つ人間の意識が備わって来たということかしら」
「茶化すなって。俺だって、三国同盟の一人なんだからさ」
「そうね。悪かったわ…。次からは、秋蘭でも、連れてくることにするわよ」
私は青年の成長に、内心微笑みを浮かべると、静かに頷いた
「ごちそうさま。大変、美味だったわ。…貴方、武官や軍師より、こちらの方が才があるのではない?」
「はは…そうかもね?でも、俺だって魏の一人だ。魏の為なら、この身を盾にしてでも戦場に立ち、王を守り抜く覚悟はできてるよ」
「……本当、そこだけは変わらないのね」
「いや、そこが変わったんだよ」
「え?」
強い口調の彼に視線を送ると、私は息を呑んだ
どこか悲しげで、悔しさをはらんだ瞳
とても儚げな微笑みを浮かべて、彼が私を見つめていたからだ
「変わったよ。彼女の側に居るために。仮初めではない、本当の覚悟を決めたんだ。もう、何がなんでも、何が起きたとしても、俺はこの世界から消えはしない。あぁ……"何をしてでも"な…」
「(ゾクッ…!?)」
瞬間、私を凄まじい気迫が包み込む
しかし、それも一瞬の出来事…
次の瞬間には、いつも通りの彼の姿があった
正直、何とも言えないほど、弱々しい気配
「(今のは…気のせい…?)」
そう思ったのだが…全身に残る悪寒と鳥肌が、間違事なき"何か"を感じ取ったのだと告げていた
「(何なの…?この、震えは…)」
「ん?どうしたの?」
「な、何でもないわよ…」
「そうか、良かった。てっきり、料理がお気に召さなかったのかと思ったよ」
青年は苦笑すると、空になった皿を手にして厨房の奥へと消えて行った…
「北郷一刀…。あなたは一体、何者なの…?」
彼には注意が必要なのかも知れない…
彼の名を呟いた時、言い得ぬ感情が私の心を支配していった…
「どうしたの?」
「え?何がかしら?」
腹ごなしに、二人並んでゆっくりと城内を歩いていると、隣を歩く少女がキョロキョロと周りを見渡していた
あまりにキョロキョロとするので、気になって声をかけると、曹操は不安げな顔で俺を見上げる
「あんまり、キョロキョロすると怪しいまれるよ?急にソワソワし出したけど、どうしたの?」
「え?あ…ごめんなさい。…ねぇ、私たちが出会った日を覚えている?」
「ん?それは、武道大会の時の話?」
「えぇ…。あの日、死傷者など出てはいないわよね?」
「あぁ、あの宣誓布告?派手にやってくれたよな…」
武道大会の惨事を思い出す
城が全壊。幸い、負傷者はいなかったから良かったものの、一つ間違えれば、沢山の兵や侍女、官僚たちが亡くなっていたかもしれないのだ
いくら俺だって、怒りもするぞ?
「悪いわね。あれくらいしないと、三国へ与えられる印象が薄いんですもの」
「でも、もう少し加減は出来なかったの?いくらなんでも、城全壊は危ないだろ。幸い、負傷者はいなかったけど、修理のお金は、誰が出すと思ってるんだ?民の血税なんだぞ?」
「…言い訳はしないわ。でも、あれで良かったと私は思っているわ。あぁでもしないと、私たちの力を知らしめることが出来なかったのですもの。ただ…全壊はまずかったわね。脅し程度にするつもりだったのに…。せめて、屋根を吹っ飛ばくらいにすべきだったわね…」
火力を間違えたわ…と少女は真剣な表情で眉を寄せて見せた
…壊すことに、変わりはないんだね…?
いきなり、オープンカーならぬ、オープンハウスにされたら、着替え中の侍女たちは大混乱してしまうよ?
まぁ、それはそれで、北郷さん的に嬉しイベント…ゴホン!ゴホン!
…ごめん。
どうでもいいか
「…まぁ、敵への印象は大切だもんな。衝撃はあったと思うよ」
「そう。なら、作戦は概ね成功だったわね」
少女は修理されたばかり柱を、そっと撫でて、満足げに頷いた
反省は一瞬ですか?しかも、違う意味の反省だったし…
「さて。そろそろ、街へ戻りましょうか」
「ん?帰るの?」
「えぇ。そろそろ帰らないと、心配性のあの子たちが、やって来そうですもの」
「あぁ…それは遠慮したいなぁ…」
「でしょう?さぁ、城門まで、送ってちょうだい」
「はいはい」
曹操と二人、他愛ない世間話をしながら、ゆっくりと歩みを進めた
「ん…。ここでいいわ。ありがとう」
「迎えは来てるの?」
「えぇ…来てるわよ」
城門の前で、曹操は振り返るとにこやかに微笑み城門の外を見た
見ると、遠方に十程の騎兵の姿がある
騎兵たちは別段、何かしているわけではなく、ただ静かに佇み、遠方からこちらを眺めているだけだった
「あれは…」
「霞の兵ね…。大方、私が居なくなったことに気付いた秋蘭が、今にも飛び出しそうな春蘭を宥めながら、霞を向かわせたんでしょう」
「張遼か…。今頃、ブツブツと文句言ってるんじゃない?」
「ふふ…かもしれないわね…?」
肩を竦めて苦笑する俺に、曹操は目を向けると、深々と頭を下げてきた
「今日はありがとう。本当に楽しい余暇を過ごせたわ。それに天界の料理も大変に美味であったし、これほどの接待はそう無かったわ。本当にありがとう」
「いやいや、大した持て成しも出来なくて悪かったよ。もしも次があるなら…あの宣誓布告以上の衝撃を与えてあげるよ」
「ふふ…本当に口が巧くなったわね、貴方。えぇ!楽しみしているわよ!」
曹操は本当に楽しそうに頷くと、踵を返して歩き始めた
それに倣うように、騎馬隊も曹操と合流すべく、馬を走らせ始める
曹操と騎馬隊の距離も間もなく無くなるという頃には、俺と曹操の距離は大分、離れてしまっていた
「無事に合流できそうだな…。まぁ、目的も達したし、何より、彼女に楽しんでもらえたのなら良かっ……ん?」
「っ…!?」
チラチラと振り返りながら歩を進める少女を、俺は手を振りながら見送っていると、突如、異様な殺気を感じる
曹操もその異様な殺気を感じ取ったのか、俺を一瞥した
しかし、すぐに頭を振ると、ぐるりと周りを見渡す
「彼じゃない…。じゃあ、誰が…?」
「伏せろ、華琳!!!」
「え?」
華琳の頭を抑え、無理やり伏せさせると、俺は彼女の頭上に降り注いだ物を弾き返した
「矢ですって!?」
「あぁ…。やっぱり、刺客が居たみたいだ」
「一刀の仲間ではないの?」
「いや…それはないよ。実際、あの圧倒的な武力での宣誓布告が効いているからね?安全のために三国同盟は、決戦まで手を出さないことになってる。だから、今回も手を出さなかったんだよ」
「そういうこと…。じゃあ、今回の敵は…」
「うん。華琳たちの仲間の中に、意に沿わない奴が居るみたいだね」
「なるほどね…。まぁ、目星は着いているわ」
曹操は頷くと静かに立ち上がり、周りを見渡した
矢の飛んできた方向を探っているようだが、そうしてる間も、矢は降り注ぐ
「ふ!はっ!…それにしても、あれだけ離れていたのに、いつの間に隣に立って居るの?」
「怪しい気配を感じてね。その瞬間には、走り出してたんだよ」
「にしては、速すぎるでしょ?妖術でも、覚えたの?」
「秘密だよ。まぁ、想像に任せる。今は…」
「えぇ。そんなことを言ってる場合じゃないわね!一刀、伏せなさい!」
「お!?ふぅー…。危な…っと、華琳!右へ!」
「えっ?きゃっ!?」
俺たちは互いを庇いながら、手にした武器で矢を打ち落としていった
一矢、二矢、三矢…それが十、二十となった時、俺たちは気付く
「ふん!とりゃ!んー…気付けば、囲まれてない?」
「やっ!た!えぇ…四方からゾロゾロとやってきたわね…」
『オ゛オオォォォ…!!!』
見渡せば、周りには奇妙な面を付けた集団がワラワラと集まって来ていた
「何、あの面。趣味悪っ!」
『オ゛オォ…!!?』
「人の趣味をとやかく言っては駄目よ?本人たちは凄く気に入ってるかもしれないじゃない」
「そういう華琳は、気に入ってるの?仲間なんだし?気に入ってるに決まってるよな?」
「最初から、信用できない連中よ。見た目から、おかしいもの」
『オ゛オオォォォ……(泣)』
曹操は心底ため息を吐くと、首を振って目の前の方々を否定してみせた
敵さん涙目…
まぁ、気持ち悪い面で顔は見えないけど…
「一体全体、何で仲間にしたかね?」
「仕方ないじゃない!ハァ…!ハァ…!と息を荒げながら、『ナ、ナガマ…二…ジナイト…暴レル…』とか、言われたら頷くしかないでしょ!?脅迫よ!脅迫!」
「うわぁ…」
目の前の奇面族が、顔を近付けて懇願する姿を想像して、思わず鳥肌が立った
「そこまで、お願いして来て、裏切るんだ。コイツら…」
「どうも、私は仲間に引き入れた人間に裏切られる運命にあるのね…。全く、迷惑な話だわ…」
「(裏切り?)」
曹操の言葉が妙に引っかかり、彼女を守る傍ら、首を捻る
違和感…。俺が彼女から受ける印象は、最初からそればかりだった
桃香や蓮華のことを、詳しく知らないような素振りを見せる曹操
この世界の彼女なら、そんなことは全体に有り得ない
何故なら、彼女には唯一無二の友がいるのだから
「華琳…。君はもしかして…」
「一刀!無駄口はいいから、敵に集中しなさい!やられるわよ!」
「お、おう!」
華琳の一渇に我に返ると武器を振り、四方の敵を薙ぎ倒していく
俺の背中では華琳が矢を避けながら、斬りつけてくる歩兵を一刀両断していた
百は居たはずの兵が、まるで成す術もなくその数を減らしていく
「ふん…!弱いわね…!」
「気を付けるんだ。敵はまだ居るぞ?」
順調に敵を倒して行く彼女
本当に調子が良いのだろう
その顔には笑顔すら浮かんでいた
その笑顔、その余裕が少し心配にすら感じる
「ふふ…!ほら、一刀!ぼやぼやしてると、私が全部倒しちゃうわよ!」
「っ!?華琳!危ない!」
「えっ?」
そのとき、彼女の後ろで光る物が目に入った
鈍く光るその正体は、太刀…
倒れたはずの兵士が、油断した彼女の命を刈り取らんと武器を突き出して来たのだった
「ぐっ…!」
密着して、敵の攻撃を凌いでいたのは、幸いだった
華琳を地面に押さえ付け、何とか敵の突きを彼女から反らすことが出来たから
「痛たた……ちょっと、一刀!もう少し、丁寧に……か、一刀?どうしたのよ…その傷は…」
「あはは…。だ、大丈夫さ…これくらい…」
俺の姿を見て、みるみる少女は青ざめていった…
当然か…。敵の刀が、完全に脇腹を貫通してるんだから…
彼女を心配させまいと、笑顔で立ち上がって見せる
しかし、そんな想いとは裏腹に彼女の泣きそうな顔は晴れることがなかった
「大丈夫って…そんな訳ないじゃない!」
「大丈夫だよ。さぁ、残りを片付けよう。華琳…」
愛刀を杖に立ち上がると、敵を睨み付ける
「バカ言わないで!その出血では、立っているのもやっとでしょう!?早く、止血を」
「あはは…華琳こそ、バカを言っちゃいけないよ。こいつ等が、そんなこと許してくれる訳ないじゃないか…」
華琳が俺の止血をするために、武器を置けば最後、二人は四方からの無数の刃で八つ裂きにあうことだろう…
「でも!このままでは、あなたが死んでしまう!嫌よ!もう嫌なの!また、貴方を失うなんて…私は嫌なのよ!助ける!絶対、助けるわ!」
「ぐっ…華琳。やめろ…危険だ…」
「嫌よ!必ず、私が貴方を救って見せる!」
「曹操!!!」
「っ!?」
しがみつく少女の頬を叩くと、肩を掴み真剣な表情でその瞳を覗き込む
「お前の夢は何だ!?お前の望む物は何だ!?死ねば手に入る物なのか!?違うだろ!?なら、生きろ!生きて、願いを叶えろ!」
「一刀…」
「ぐっ…大丈夫さ…。俺は…死なないよ…。張遼おぉー!!!いくぞおぉー!!!」
「へ?何や!?アイツ…本気かいな!?…おもろいやん!よっしゃ、こいや!!!」
「えっ?えっ?ちょっ…待ちなさい!その傷で…って聞きなさい!お願い、聞いて!っ…きゃああぁぁー…!!?」
『オオオォォォ…!!?』
華琳の襟を掴むと、外で交戦する張遼目掛けて投げる
悲鳴をあげながら、華琳は張遼の元へと飛んで行った
「ひゃああぁぁー…いったぁー!?」
「どはっ!!?あたた…勢いよく投げ過ぎやろ!?アイツ!まぁ、でも何とか助かったか。いくで!華琳!」
飛んできた曹操を張遼は何とかキャッチすると、手早く華琳を馬に乗せ、騎馬隊に撤退命令を出す
「ま、待って!中には一刀が!」
「大丈夫や!すぐに魏軍も来る!何より、一刀…北郷にはアイツがおるから大丈夫や!」
「アイツ?」
撤退する中、肩越しにチラリと振り返ると土埃を上げながら、白い衣を纏った青年が城門から物凄い早さで、掛けてきていた
「ほーんーごおぉー!生きてるか!?絶対に生きているよな!?」
「確か…一刀の友ね!?」
「そや!分かったら、いくで!あの勢いやと、巻き込まれかねんわ」
「え、えぇ…(一刀…死なないで…)」
確かに数は減ったが、それでも攻撃の手を緩めない奇面族
対する一刀は片手を止血に回しているため、身動きを制限されている
それでも、一刀は静かに…静かに微笑んでいた
「あ~ぁ~…。両手なら、もっと楽に倒せたのになぁー…あはは…」
『オオオォォォー!!!』
「曹操は無事、逃げられたかなー…?」
『オオオォォォー!!!』
「はぁ…早いとこ帰って、華琳の顔がみたいなー…」
『オオオォォォー!!!』
「 五 月 蝿 イ ゾ 」
『ビク…!?』
俺は周囲を一睨みすると、静かに武器を地面突き立てた
周囲にいた奇面族も一瞬身を震わせると、武器を下ろして立ち尽くしてしまう
「曹操がいたから、大人しくしていたが、舐めるなよ?俺は天下の飛将軍、呂布に武を教えているんだ。お前らなど、全く相手にならん。立ち去れ」
『オ、オオオ…』
怯んだ敵は、一人、また一人と後退り始める。あと一押しあれば、皆、脱兎の如く駆けだして行くだろう
これで最後、と警告をしようとしたとき、ソイツはやってきた…
「…チッ!何をビビってやがる!テメェ等、それでも復讐者か!」
『オッ!!?』
敵軍を掻き分け、声を荒げながら大男がやってくる
大男は俺の前に立つと、腕を組んで俺を見下ろしてきた
「ひゃー…デカいなー…。見た目、貂蝉より筋肉あるんじゃないか?で、誰?」
「誰?じゃねぇー!聞いて驚け!俺は天の御使い!北郷一刀様よう!」
「……え?何?聞こえない?」
俺は意味が分からず、は?っと耳をそばだてる
「だ、か、ら!俺は北郷一刀!乱世の世に舞い降りた天の御使いの北郷一刀様だ!」
「あ、あー。そうですか…。あれ?天の御使いは、魏に降りたんじゃなかったっけ?」
「アイツは偽物!俺が、本物だ!」
「へ、へぇー。ご出身は?」
「天の国!」
「……そ、そうですか」
ヤバい…頭痛がしてきた…
出血し過ぎたかな?
いや、現実逃避は止めよう
明らかに偽物の、御使い様が目の前に居ることが原因だよな
「はぁ…。で?あなたがこの軍を率いているんですかね?」
「そうだ!この俺、北郷一刀を中心に、三国連盟への復讐のために集まった精鋭たちよう!」
「なるほど…。つまり、三国の敵なわけね。因みに俺が誰か分かるかな?」
「ふん!勿論だ!……貴様は、曹操に決まって…あれ~?男?き、貴様、誰だあぁー!?」
「なるほど、曹操と勘違いして襲ってたわけね?悪いけど、曹操は逃がしたよ?今頃は、魏領を出た頃じゃない?」
「な、なにいぃー!!?」
大男は驚愕すると、俺が指差した方向を見つめ放心してしまった
「因みに、何で彼女を殺そうするんだ?反三国連盟の大将だぞ?」
「はぁ?何を言ってるんだ?ヤツは、三国軍の曹操だろうが!?魏の城から出て来たのは見ていたぞ!?」
「いやいや、彼女はそちらの曹操さんですよー?偵察で来てたんですよ」
「……曹操様?う、ウソを吐くなー!」
「本当だよ。だいたい、本物なら、わざわざ魏領の外に逃げる必要はないだろ?」
だよなー?と、近くの敵兵に訪ねてみると、ソイツはブンブンと頷いて、曹操の逃げた方向を指差した
「そ、そんな…。それでは、俺たちは味方の大将を襲ってしまったということか…」
がっくりと大男は肩を落とすと、力無く地面に下ろした
「誤解は解けたみたいだね」
「あぁ…。誤解とはいえ、総大将に刃を向けたとなれば、俺たちには最早、生きる術はない…。戻っても、処刑台に向かうだけだ…」
「ん。だろうね」
「くっ…ところで、お前は何者だ?曹操様を助けていたように見えたが、お前も俺たち、反三国連盟の仲間か?」
「いや?俺は、三国連盟の一人だよ。曹操を御客として、魏内を案内していたんだ。彼女には無事に帰ってもらう、そういう約束の元、助太刀しただけだよ」
「三国連盟。そうか…。敵なのに、見事な奴だな。感服するぜ。お前みたいなヤツが三国にも沢山いれば、俺たちのような人間が出る事も無かったろうになぁ」
男はしみじみと頷くと、ゆっくりと立ち上がり歩き出した
「どこに行くんだ?」
「もう、俺たちはあっちには帰れない。だから、此度の大戦が終わるまでは身を隠すことにする」
「終わったら?」
「反三国軍が勝てば、その傘下には入れない。三国軍が勝っても傘下に入る気はない。なら、どちらが勝とうと、同じこと。俺たちは遊牧でもして、ゆっくりと地方を巡ることにするぜ」
「そうかい…。達者でな」
「おうさ。あ、最後に…あんたの名前を聞いても良いか?」
「俺か?俺はー…いや…やめておこう」
「何だ?勿体ぶるな?」
「あんたの為さ」
「?…まぁ、いいか。じゃあな!おら、お前ら!ズラかるぞ!」
『オオオォォォー!!!』
大男は首を傾げると、仲間を引き連れて撤退していった
「…はぁ。で?お前は何をしてんだ?」
「よがっだ!いぎてだ!オ゛ヤジィー!!!」
「うっさいよ?馬鹿者…」
俺の後ろで、涙と鼻水で顔をぐしゃぐしゃした青年が立ち尽くしていた
まるで、ガキのように泣きじゃくってやがる
ばっちーぞ…自称優秀なる外史監視者よ
「何、言ってんだ。俺は簡単には死なないよ」
「…しかし、その出血量は危険だ」
ぐっと涙を拭うと、左慈は俺の脇腹を指差す
見ると、貫かれた横腹から下が真っ赤に染まっていた
「…困ったな。血って落ちにくいんだよな」
「心配するとこ、違うよ!タディ!」
「あはは…冗談だ…よ…」
心配させまいと微笑みながら、左慈の肩を叩くと一歩踏み出し…そして、地に倒れる感覚と共に意識を手放した…




