あちらの二人
「それじゃ、行ってくる。後のこと、頼んだよ?貂蝉」
「ご主人様、大丈夫?私もついて行くわよん?」
「大丈夫だって。ちょっと、様子を見てくるだけだから」
「本当に?」
「うん、左慈も居るし。何かあったら、左慈を盾にして逃げるから」
「……え?ちょっ、北郷さん?」
「んじゃ、行ってくる。ほら、行くぞ!」
「いや!待て!左慈さんの取り扱い説明書、見たか!?そこにはちゃんと、『壊れ物注意』とおおぉぉー…!?」
「はいはい。話は向こうで、ゆっくり聞くからさ!」
左慈の首根っこを掴むと、一刀は意気揚々と扉の中へと入って行った
「本当…大丈夫かしらん」
「大丈夫じゃないですかね?何気に、一刀くんは左慈のこと大事にしてくれてますし」
「左慈ちゃんは、どうでもいいのよん!外史監視者は、何やったって死にはしないんですもの!それより、ご主人様よん!向こうで刺客に、襲われでもしたら…」
「いやいやいやいや、外史監視者だって、死ぬときは死にますから。それこそ、一刀くんより、凄く簡単に。今の一刀くんを殺せる者なんて、誰も居ませんよ、本当」
「隕石でも無理ですものね。それこそ、ミサイルがいるんじゃないかしらん?」
「分かりませんよ?ミサイルを受けても、掠り傷一つ付かないかもしれません」
「……冗談に聞こえないところが、また怖いわねぇ」
「全くです…」
二人は扉を見つめ苦笑すると、本日の修行へと取り掛かるために、各々の場所へと散っていった
皆が修行を始める頃、一刀不在の最強チームはと言うと…
「ご主人様…今日はいない?」
「えぇ。なんでも、買い出しついでに、向こうの様子を見に行ったそうよ?昼には、帰ってくるらしいわ」
「昼ということは、あちらには一日だけ行かれたのか」
「みたいねー?」
「ふん!いつまでも来ないから、てっきり修行が終わったのかと思ったぞ」
「はは…んなわけないやん」
「冗談だ。実際、アイツには一太刀も浴びせていないわけだからな。…くっ!なぜか分からんが、段々腹が立ってきた!あぁ~!斬りたい!あのヘラヘラ顔を、真っ二つにしてやりたくなってきた!」
「へ?ちょー!?」
太刀をブンブン、地団駄を踏みながら春蘭は怒りを露わにすると、雪蓮目掛けて太刀を振り下ろした
対する、雪蓮はギリギリのところで太刀を防ぐと怒り心頭に、春蘭を睨みつける
「あっぶないわね!何するのよ!」
「貴様のヘラヘラ顔が、アイツのヘラヘラ顔に似ているからいかんのだ!思わず、斬りたくなった、ただそれだけだ!」
「意味分かんないわよ!」
「落ち着く…春蘭。八つ当たりは良くない…」
「へ?イダダダ!!?」
再び太刀を振り上げた春蘭の肩に、手を置いて、恋がたしなめる
しかし、その手には明らかに力が入っており、手を置かれた春蘭は悲鳴を上げて、地面に突っ伏してしまった
「こ、こわ…」
「?」
肩をさする春蘭を横目に、雪蓮は痛みを想像したのか、身震いする
春蘭を地に沈めた本人は、手をワキワキさせると、不思議そうに首を捻るのだった
「そういえば、最近は一刀、勝ったら笑てるもんな。まぁ、気持ちは分からんでもないけど、落ち着きや。怒っても、当の本人が居らんし。その分の怒りは、一刀にぶつけたらええやん」
「う、うむ…そうだな。帰ってきたら、斬るとしよう」
「(まぁ、そう簡単には斬られてくれそうにないがな)」
春蘭の言葉に、愛紗は苦笑すると武器を手に、一刀に斬りかかるイメージをする
やはり、真っ二つどころか、掠り傷さえ与えられる気がしなかった
「で、ウチらは何をしたらええんや?自主練?」
「ふむ。では久々に、本気で手合わせしてみないか?昨日の見取り稽古で、十分、強くなっていることは分かったし。どれくらい強くなったか、比べてみたいしな」
不毛なイメージを打ち切り、愛紗は堰月刀を握り締めると、軽く振って皆を見渡す
「いいわねー!最近、力の差が大き過ぎる人とばかりやってたから、自信喪失気味だったし!」
「せやな。ここらで一回勝って、自信の補充といこか!」
「そう簡単には、勝ちは譲らんがな!」
皆、武器を構え、思い思いの相手と切り結び始めるのだった
一方その頃、魏に戻った俺たちはと言うと
「なぜだ!なぜ、俺は入ってはいけないなんだ!」
「はぁ…」
魏の城門前で、案の定、一悶着となっていた
魏の兵士に取り押さえられた左慈を横目に見ながら、俺は深いため息を漏らす
「だから、何度も言わせんなって。前回、お前が魏の城内で暴れたせいで、兵が警戒してるんだよ。今は戦前で、皆もピリピリしてるから、混乱も起きかねないの」
「ふん!混乱など起きん!騒ぐ奴は、俺が殴り倒してやるからな!」
「はぁ…。春蘭かよ、お前…」
「あんな、脳筋と一緒にするな!俺は、監視者としては上位の存在なんだぞ!」
「監視者は全部で何人なんだよ?」
「はっ…お前、バカだろ?俺と于吉と貂蝉の三人だけに決まってるじゃないか」
心底、小馬鹿にするように鼻で笑うと、ヤレヤレと首を振る
たった三人に上位も何もないだろう?
大体、比べる対象が悪すぎるし…
「…バカ決定者は、そこで待ってろよ。俺は城内に居る二人に会ってくるから」
『と言うわけですので、左慈様。どうか、ここでお待ち下さい』
左慈を兵に任せて、俺は一人、修復の進んでいる門をくぐった
「な!?ふざけるな!俺も行く!絶対に行くからな!どけ、雑魚兵!首をモガれたいのか!?」
『ひぃっ!?』
「…問題を起こしてみろ?油性ペン以上の恐怖が、お前の外史監視者の紋章に襲い掛かるからな…」
「っ!?……う、うん、大人しくするよ?」
一瞬、何か言いたそうにしていた左慈だが、俺の笑顔を見た瞬間、冷や汗をダラダラと流して正座を始める
「いい子に…するんだよ?」
「……いい子に、するよ?」
にっこりと微笑みかけると、対する左慈はプルプルと小動物のように震え始めた
「うん、すぐに戻ってくるから」
「……ゆっくりで、いいよ?」
背中に掛かる声に苦笑しながら、ヒラヒラと手を振ると魏の城へと入って行く
「へぇ…。もう、ここまで復旧してるんだ」
美羽と七乃を探して、修復の始まっている魏の城を歩き回る
魏の城が宣戦布告で爆破されて、二月
ちょくちょく、軍師たちが此方に帰って来ては修復の指示やら、手配やらやってたから思いの外、作業は早く進んでいるようだな
「やっぱり、軍師って凄いな」
「…お?…おおおぉぉ!!?」
「ん?」
廊下で一人、軍師の仕事ぶりに感動していると、前から兵士が走り寄ってくる
「隊長ではありませんか!?いつ、お帰りになられたのですか!?」
彼は俺の隊、通称北郷隊の副長だ
俺が席を外している間、他の副隊長と協力しながら、兵の調練を頑張ってくれている
ボロボロの鎧を着ているのに、みすぼらしく見えないのは、きっと、彼の笑顔が爽やかすぎるために他ならない
「う、うん。今、来たとこ。どうしたのその格好?ボロボロじゃないか」
「あはは…すみません!皆様が修行に行かれてから、私どもも兵士も調練の内容を見直して、一から訓練し直しているんですよ!」
「調練の見直しかー…。どう?成果は出そう?」
「始めてから一月ですが、なかなか上手く行きません…。それぞれの隊には、個性というか、流儀というか、まぁ、やり方というものがありまして…」
「なる程ね…」
春蘭の部隊は攻撃を優先して、勇猛果敢に突っ込み、前線を荒らすことが主体
秋蘭の部隊は戦況に合わせて変化し、主導権を魏へ運ぶ臨機応変型
俺の部隊なんて、主に警備隊してるから、戦の経験は少ないほうだし
ふむ。この差は簡単には埋まらないよな…
「実は、案があるにはあるんだけどね?」
「本当ですか!?」
「うん。ただ、準備にもう少し時間がかかりそうなんだ」
「分かりました!それまでは、兵が混乱しないよう、士気を統一し、保つことに専念します」
「うん。お願い、頑張ってね。副隊長!」
「はっ!お任せを!…そういえば、隊長は如何様でこちらに?」
「あ、そうだ。あの二人は、どこにいるか分かる?」
「あのお二方でしたら、先ほど、政務室でお見かけしましたよ?たくさんの書類と格闘しているようでしたので、今でも、そちらにいらっしゃるのではないでしょうか?」
「政務室ね…」
「お二人も三国のため、頑張ってらっしゃいますよ」
副隊長は笑顔で、廊下の先を見ると、私も負けられませんね…と苦笑してみせた
「期待してるよ」
「あはは…はい!」
爽やかに微笑む副隊長に手を振り、別れを告げると、ゆっくりと政務室へ歩き出す
「ここか…ん…んん…コホン!」
やがて、政務室の前に辿り着くと、身形を整え、扉をノックした
「新撰組、副隊長…土方歳三!只今、参りました!」
「はぁ…どこぞの一刀さんですか…。どうぞー」
「なぜだ…。直ぐにバレたぞ?」
俺は首を捻ると、ドアノブに手をかけて、中に入った
「そんな名前の人、この世界に居るわけないじゃないですかー…」
「そりゃ、そうか」
声の方に目を向けると、机に広がった数多の書簡を見比べながら作業する少女が居た
「今日はどうしましたー?私たちがちゃんとやってるか、偵察でもしに来たんですか?」
「ん…?んー…まぁ、そんなところだよ」
「そう、ですか?」
俺の歯切れの悪い返答に、七乃は首を捻ると訝しげに見つめて来る
「美羽は?」
「美羽様は、警邏の兵を連れて、街の巡回に行ってますよ」
「…大丈夫なの?」
「大丈夫じゃないですかね~?民の不安も少しは和らいでいますし、暴動の兆しも見えませんから」
「おっ!もう、動いてるんだね」
「当たり前ですよー。のんびりしてたら、民の不安は膨れ上がる上に、周辺国の介入まで許してしまいかねませんからね~。どっかの誰かさんが、みーんなを連れて行っちゃうもんですから、とっても大変でしたけど」
「あはは…苦労かけたね…」
「全くですよ…」
本当に苦労したのだろう
呟いた言葉と顔に、疲れが滲み出ていた
「だと思ってさ。ほら、差し入れ」
「なんですかー?意味のわからない言葉を発しながら、政務室を転げ回るのはごめんですよ?」
抱えていた小さな箱をそっと、七乃の隣に置く
七乃は顔を上げると、箱を引き寄せ見上げてきた
「はは…大丈夫、大丈夫。春蘭が作った物じゃないから」
「ならいいですけど…ん?まさかと思いますが…孫権さんやら、関羽さんは関わっていませんか?」
「え?いや?関わってないけど?」
なぜ、そこで二人の名前が出てくるのか分からず、思わず首を捻る
あの二人が、どうかしたのかな?
「そうですか。では、お嬢様が帰ってきたら頂きます。最初にお嬢様に食べさせてあげないとー」
「え?うん」
毒見か…
「そ、それはそうと、周辺諸侯の動きはどうなってるの?」
「別段、変化はありませんねー。噂に踊らされて、敵軍に乗り換えようという者もいませんし。五胡も動きは動きは見せていません。不気味なくらいに。何より、敵軍…そっくりさん達が抑制しているという噂もありますけど、真偽は分かりません」
「そうか。敵軍の動きは?」
「そちらも全く…。敵の本拠地は見つけましたが、砦の周りには有象無象のカラクリ兵が居るそうです。…一刀さん?本当に勝てる見込みはあるんですか?」
「負け戦をするために、修行してるんじゃないよ。大丈夫。みんな、対等に戦えるくらいの力は付いて来てるよ」
「ならいいんですけど?私たちの努力が無駄になるような結果にだけはしないでくださいね?」
「あぁ、任せろ」
「え……?」
七乃の頭に手を置くと、ぽむぽむと撫でて微笑みかける
「…はっ!?気安く触らないでくださいよー!変体さんが移るじゃないですか!」
「こらこら、桂花みたいなこと言うなよ…ん?」
「…どうしました?」
俺は苦笑すると、扉に目を向ける
頭を押さえ、俺を睨んでいた七乃も、釣られるように扉に目を向けた
「ただいまなのじゃ~!」
視線の先、政務室の扉を勢いよく開け放って、煌びやかな服を纏った少女が飛び込んできた
「おかえり、美羽」
「お帰りなさいませ、お嬢様~♪」
「おお!?主様、来ておったのかえ?」
「うん。さっきね。警邏に行ってたんだって?お疲れ様、美羽」
「そうなのじゃ!頑張ってきたぞよ!今日は、こーんなに大きな犬に襲われておった子供を助けてきたのじゃ!」
「そうか~。美羽はえらいなー」
手を命一杯広げて、美羽は犬の大きさを示す
それがあまりに可愛く、思わず頬が緩んでしまった
「うはは…!そうじゃろう?もーっと褒めてもよいぞ?」
「うんうん。えらいえらい」
「そうじゃろ~?うはは…!」
頭を撫でると美羽はさらに嬉しくなったのか、にっこりと微笑んだ
本当、純粋だな…この子は…
「美羽様?一刀さんが差し入れを持ってきてくれましたよ?」
「なんと!?差し入れとな?」
「はい!うがいと手洗いができたら、頂きましょう」
「うむ!行ってくるのじゃ!」
七乃の言葉に美羽は大きく頷くと、ぱたぱたと裏の井戸へ駆け出した
「ふふ…それじゃ、俺は行こうかな?」
「あらら、もうお帰りですか?」
「二人の元気そうな姿も見れたし、敵の情報も入ったしね。今日はお暇するよ」
「そうですか~。まぁ、次は……いえ。なんでもありません。用が済んだら、とっとと出て行ってくださいな。政務が進みませんから」
しっし!と手を振ると、七乃は椅子に座りなおして、書簡に目を通し始める
「ああ、悪いな。七乃、あと頼む」
「言われなくても、やることはやりますから大丈夫です。こちらはお気になさらず、一刀さんは修行に励んでくださいな~」
「あはは…そうだね、頑張るよ。七乃も無理しない程度に頑張れよ。身体を大切にな?」
「っ…」
俺は頷くと、書簡に目を下ろす少女の頭をもう一度だけ撫でて、静かに部屋を後にした
部屋を出ると、手洗いうがいを済ませた美羽が駆けて来る
「?…もう、帰るのかえ?」
「うん。まだ、寄る所があるんだ。買出しもしないと」
「それならば、しかたないのう…。また…また、来てくれるじゃろ?」
「うん、また来るよ。お土産も持ってね!」
「そうか!七乃も喜ぶのじゃ!」
「はは…それはどうだろう…?さっきも部屋を追い出されたし」
「主様は、鈍感じゃのう…先が思いやられるのじゃ」
美羽は苦笑すると、扉に手をかけ振り返る
「それではのう、主様!街におる曹操にもよろしく伝えてたも!」
「あぁ、またね!」
中に入ってゆく少女に手を振ると俺は門で待つヤンチャ坊主を回収すべく、ゆっくりと歩き出した
「……ん?街?」




