軍師のナ・ヤ・ミ
武将たちが頑張っている頃、当然、軍師たちも頑張っていた
いや、恐らく、この一月で最も頑張っていたのは彼女たちではないだろうか
「さ~て!今日はどんなことをして、虐め…もとい、修行しましょうか!」
「「「(虐めって言った…今、絶対に虐めって言った!)」」」
何故なら、指導担当が最凶最悪の男、于吉なのだから
「嫌ですね~?そんなに、身構えないでくださいよ。前回は、ちょっとしたミス、手違いなんですから~。今回は大丈夫です。バッチリ、準備してきましたから♪」
于吉はウキウキと、水晶を取り出すと丹念に磨いて微笑む
その光景を見た軍師たちは、青筋を立てて、過ぎ去りし苦難の日々を思い出す
「(よくもまぁ、ぬけぬけと…。その手違い、前回で何回目だと思っているんだ)」
私は頭を押さえ、ため息を吐くと同じように頭を抱える軍師たちを見回した
「うそだね…雛里ちゃん」
「うん…絶対、嘘だね。朱里ちゃん」
まぁ、于吉の言葉を正直に信じる者はいないだろうことが、救いだな
「(ふむ…。しかし、気になるのは準備をしてきたとか、言っていたことか…。コイツが、そんなことを言うときは、何かある。それこそ、とんでもないこと仕出かす時だ)」
「周瑜さーん…」
「ん?どうした?」
袖を引かれ隣を見ると、棒つき飴を口に含んだ魏一の変わり者が見上げていた
いつも思うが、飴を口に入れたままよく喋れるものだな、風
「周瑜さん。アノ人を、お得意の"周瑜めがとん砲"で止めてくれませんか~?」
「……めが…?なんだそれは?」
「お兄さんが言っていたのですよ~」
「…北郷が?」
恐らくは、火計のことだろうが、何かとても不名誉なことはよく分かる
アイツの中で、私は一体、どういうことになっているのだろう
少し、悲しいぞ
「違うのですよ~?お兄さんは、褒めていたのです~」
「褒めて?」
「はい~。"火計って…なんか、かっこいいよな!"って言ってたのです」
北郷の物真似だろう。よく、できている
「そ、そうなのか?か、かっこいい?」
「ですよ~?ほらほら、周瑜さん!お兄さんの期待に応えて、ど~ん!と」
そうか…北郷が私を褒めて…。そうか…ふ、ふふふ…!!!
「…うむ!そうか、では気合を入れて!」
手を上げ、アノ危険極まりない男へ向けて、狙いを定める
背後で一千の弓兵が火矢を、番える姿が浮かんだ
止める!やれる!今なら、何十もの敵を一掃できそうだ!
「冥琳砲!よおおおぉぉい!」
「よおおおぉぉい!じゃなあーーい!!!やばい!いろいろ、やばいから!」
「ほ、北郷!?」
突然かけられた声に振り返ると、想像された弓兵を蹴散らしながら北郷がやってくる
「こら、風。周瑜さんをけしかけて遊ぶなって」
「うぅ~~…でも、誰かがアノ人を止めないといけないのですよ~」
「そりゃ、分かるけどさ~。はぁ、ごめんね?周瑜さん、大丈夫。俺が、奴を止めるから」
「言っても、アイツは止めないだろ?」
「ふっ…止めるさ。于吉?」
北郷は小さく、そして、黒く微笑むと、于吉に声をかける
対する于吉は、朱里と雛里を追い掛け回して遊んでいた
「ロリっ子はいねえぇがあぁぁ!!!」
「はわわ…!!!」
「あわわ…!!!」
やはり、冥琳砲を撃っておけばよかったか?
「おや?一刀くんじゃないですか。どうしました?」
「軍師の修行を見に来たんだよ。何してんだ、お前」
「え?修行ですよ?」
「うそつけ!おもいっきり、変態行為してただけだろうが!貂蝉か!」
「失礼ですね!私は、紳士として幼くみえる少女たちと楽しく戯れたいだけですよ!」
「尚悪いわ!ちゃんと、修行できないんなら、担当変えるからな!?」
「してます!ちゃんと、してます!ねぇ、皆さん!?」
于吉は助けを求めるように、周りを見渡す
「「「…ふっ」」」
当然、皆は目を逸らすことしかできなかった
「うーきーつー!!!」
「誤解!誤解です!ちゃんとしてますから!」
身振り手振りで、于吉は修行の内容を説明していく
腕を組んで仁王立ちをする青年の背中には、何やら異形のモノの姿が見えた
あとで、孫堅殿に聞いてみると、あれは天の世界で『般若』という怒りを表す存在だとか
確かに…恐ろしかったな…
軍師たちに決められた決まりは、至って簡単なもの
于吉の用意した場面で敵を決められた時間で倒すため、自軍の兵に指示を出し、勝利を目指すというものだ
再現された軍も、今まで慣れ親しんだ人々の動きや特徴を捉えているから、まるで手足のように動いてくれる
あとは、他国との協力だったが、これも問題なかった
共闘するのは、乱世を生き抜いた軍師たち
何も言わずとも、少しの動きを見せるだけで、長年連れ添ってきた間柄のように、見事な連携を取れるのだ
負ける要素はない。そう、軍師たちは皆、思っていた
于吉が、壊れ始めるまでは…
「なるほどな…また、やったわけか」
北郷はやれやれと、肩を竦めると苦笑しながら私たちを見た
瞳に浮かんでいるのは、同情?
また、とか言っていているということは、北郷も経験したのか…
「…よく、生き残れたね?」
「死にそうだったわよ、ほんと…。あんた!なんで、今頃来たのよ!来るなら、もっと早く着なさいよ!遅漏変態男!」
「あはは…よし、帰ろう!」
「ちょ、ちょっと!待ちなさいよ、変態!なんで、帰るのよ!」
「桂花殿、少し黙ってください。一刀殿、申し訳ありませんが、少しの間、残っては頂けませんか?」
「風もお願いするのですよ~。このままでは、お兄さんの色に染められたこの身も心も、アノ自称紳士、少女大好き変態メガネに上塗りされてしまうのです」
酷い言い様だ。などうやら、魏の飴ちゃん軍師殿は鬱憤が溜まっているようだ
「はぁ、嫌われたものですね」
「あはは…。于吉、興が乗ったのは何回くらい?」
「そうですね~?二回くらいですか?」
「「「うそだ!!!」」」
「だってさ」
「ふむ。皆さん、細かいですね~」
「で?周瑜さん?実際、何回くらいなの?」
「ふむ。ここ一月、ずっとだな」
「へぇ~!!!ほんと、よく生きてたね!?」
北郷は目を丸めると、何度も頷いた
北郷がそんなに、驚くとは…本当に生きているのが奇跡のように感じてしまう
「えぇ、よくついてきてくれましたよ」
「みたいだね。じゃあ、そろそろ」
「ええ。次の段階に行けそうです」
「そうか」
二人は本当に嬉しそうに頷くと、私たちを見つめた
「ま、待て。次の段階だと!?」
「はい。基礎の時間は終わりです。これからは、手加減抜きで行きますよ?」
「「「基礎!?あれが、基礎!?」」」
たった千の兵で幾万の兵を倒したり、伏兵だらけの戦をしたり、死兵だらけの中に放り込まれたり、蛙だらけの池の真ん中で戦わされたり、武器どころか防具すら剝がされたり、そんな有り得ない状況が、基礎!?
本当、よく生きていたし、それ以前に、修行の意味が分からない!
「何を驚いているんですか?あんなもの、基礎ですよ?基礎」
「じゃあ、今日から、やるんだね?」
「ええ!」
于吉は頷くと、水晶を撫でる
すると私たちの背後に、見慣れた顔があらわれた
『は~い♪冥琳』
「雪蓮…の偽者ですか~?」
『ちゃんと、やっているかしら?』
「華琳様…の偽者ですね」
『わぁ~!何だろ、ここ?真っ暗だね?』
「あわわ…!?と、桃香様そっくりです!?」
見回すと我らが王を中心に、武将たちが並んでいた
さらに、その後ろには魏呉蜀の兵がいる
「皆さんのデータを元に、再現したものです。兵も実際の錬度と数のものを用意しました。これからは、これを固定していきますよ」
「で?于吉は何を用意したんだ?」
「私ですか?迷彩柄の人たちでも呼びましょうか?ついでに、一刀くんの国の兵器も呼びましょうか?」
「……迷彩?兵器?それって…だ、だめ!絶対だめ!」
北郷はダラダラと汗を流すと、頭を抱え始める
一体、どうしたんだ?
「えぇ?いいんですか?敵は、恐らく凄まじい科学力を持っていますよ?あんな、カラクリを作っちゃうわけですし」
「いや、それはそうなんだけど…でもなぁ?」
「いいんですか!?決戦で敵が使ってきたらどうするんですか!?」
「いやいや!ないだろ!ここ、三国時代だぞ!?槍やら弓やら使って戦う時代なんだぞ!?いくら、敵が"アイツ"でも、それくらいのセオリーは守るだろ!?」
…アイツ?曹操のことか?
いや、北郷の口ぶり違う…もっと、身近の者を指すような…
どうゆうことだ…?
「北郷…」
「否!それこそ、分かりませんよ!敵は外史の三国に戦いを挑み、勝ちを奪い続けた方々ですよ?」
「北郷…?」
「ないない。それこそ、曹操はそんなこと許さないだろ?」
「あ、あの、ほ、北郷…?」
『アイツ』と呼ばれる存在が気になって、声をかけるが二人は何故か白熱して議論を始めてしまった
「ふう…空が蒼いな…」
『冥琳…この部屋、真っ暗よ…』
「う、うるさいぞ…雪蓮」
「「「はぁ…」」」
しばらくは、修行が始まることはないようだ
『そういえば、冥琳はなんで一刀に真名を明かしてないの?私も祭も明かしてるのに』
「ん?当たり前だ。私はまだ、北郷を認めていない」
『へ?なんで?』
「武人としては認めているさ。だが、北郷にはまだ隠された力がある。"軍師としての能力"だ。それを見極めるまでは、明かせないよ」
軍師のほとんどが真名を明かしていないところを見ると、皆、同じことを考えているようだが
ん?そういえば、陳宮は真名を許していたな?恋にでも、強制されたか?
『そっか、そっか~』
二セ雪蓮はニンマリと微笑むと、後ろで未だに騒いでいる二人を見つめている
偽者とはいえ、私は知っているぞ
その顔は、何かを思いついて即実行に移したいときの顔だ
そして、そんな顔をするときは十中八九、悪巧みな上、間違いなく私に何か良くないことが降りかかる前兆なんだぞ
『お~い!一刀~!』
「待て…なにをする気だ」
肩を掴んで、引き止める
『ふふ~ん♪甘いわよ、冥琳!』
「なっ!?」
が、その手をスルリと抜けて、北郷の元に駆け出した
「なにをする気だ!?あの、バカ娘!」
『か~ずと♪』
「分からず屋ですねー。使用してくる可能性はゼロではありませんよ?」
「だ~か~ら!必要ないって、何度いわせなんですとー!?」
空気を読むこともなく飛び込んだ上に、勢い余って、そのまま押し倒すとは…全く、雪蓮らしい…
『ねぇねぇ!一刀!』
「いたた…って雪蓮?急にどうしたの?」
『なにをやるか迷ってるなら、私たち三国軍と一刀たちで試合しようよ!』
「試合?」
『そ!試合!』
満面の笑顔で雪蓮は微笑むと、深く頷いて皆を見回した
「雪蓮…お前という奴は…」
『いいでしょー?一刀が慌てる程の無茶苦茶な修行を避けられた上に、一刀の実力も見れるんだから。一石二鳥よ♪』
「それはそうだが…」
『それに~、ここで良いところを見せれば、株がまた上がるわよ?』
「わ、私は別に株など上げなくても…その…いいのだが…」
『本当に~?さっきは、一刀に誉められて喜んでたじゃない!』
「な、何故それを!?」
『風に教えて貰った』
「風~!!!」
『ほれほれ、冥琳!遊んどる暇はないぞ?魏も呉も位置に着いたようじゃ』
「はぁ…仕方ない。やるか」
私は渋々、軍師の任に着くことにした
まぁ、確かに彼女の言うことも一理ある
折角の機会なら、有効に使わせてもらうとしよう
『さぁ!始めるわよ!軍師、北郷の采配、とくと見せて貰おうじゃない』
「ふふ…。あぁ、そうだな」
急遽、北郷に軍師をやらせ、同数の兵を闘わせることになったのだが…
北郷には申し訳ないと思う半面、私は正直、ワクワクしていた
当然、負ける気はしない
だが、アイツなら、きっと、私たちも驚くようなことを起こす
そう思ってしまうのだ
「私は…期待しているのだろうな…」
『きっとね…それは、冥琳だけじゃないと思うな』
そう、肩を叩いて雪蓮は微笑むと、定位置で展開する魏軍と蜀軍を指差す
「そうか…」
彼女たちもきっと、同じ想いだろうな
ならば、私たちも全力で行くしかあるまい
「さぁ…いざ、尋常に勝負!」
開戦の狼煙を上げ、全軍はゆっくりと進軍を始めた




