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今日の華琳さん家  作者: 黒崎黒子
84/121

コーチと呼べ!コーチと!

「私の指導は簡単よ?私を倒せ!以上!」


呉担任の孫堅先生が、桃色の髪を揺らし、うおー!と高々に吠えた


「はぁ…簡単に説明し過ぎです。もっとこう、一人ひとり手取り足取り、丹念に教えるとか…」


「蓮華…甘えんなコノヤロー!」


「ぶっ!?」


久しぶりに受けた、江東の猫パンチ!


相変わらず問答無用の傍若無人っぷりね…母様…


だから…本当…人の話は最後まで聞いてください…しくしく…


「いい?一度だけ言うわ。余裕がないの!」


「えぇ、母様のね…」


「もう一発、いっとく?」


「遠慮します!」


「なら、黙って聞きなさいよね?無駄な体力を使わせないで」ぼやきながらも、母様は周りを見渡し人数を確認する

ふむふむと頷くと、真剣な顔で話し始めた


「うちは三国の中でも武将が少ない方なの。つまり、一人に掛けられる時間も多いの。他の国が一強くなってる間に、私たちは二も強くなれる」


「「「おぉ!」」」


「ふむ…いや待て、堅殿?それは、皆の武が同じならの話じゃろ?呉は武が半端なものも多い。大戦もどちらかと言えば、団結した兵の力があってこその勝利じゃった」


「そうね。本物の武を持っていたのは、祭と思春、明命…あと、本当に癪だけど雪蓮くらいなものね」


「そ、そんな!皆様に比べれば、私の武など足元にも」


「いいのよ~認めなさい、明命。あなたは十分に強いわ。一刀も賞賛していたもの」


「か、一刀様が…?」


「良かったな、明命。私も口にはしなかったが、お前の成長には目を見張っていた。確かに、お前の武は私のすぐ近くまで来ているぞ?」


「し、思春殿まで…」


「でも、やっぱりそこで躓くのが、家の娘たちよね」


「じゃの…」


「ですね…」


「あ、あはは…」


「「うぅ…」」


しょんぼりと頷くと、私たちは顔を見合わせる


「頑張ろう、お姉ちゃん…。はぁ…」


「えぇ、そうね…。はぁ…」


そうよね…。一刀とは剣を交えたこともあったけど、一太刀も浴びせることができなかったもの。一矢くらい報いたいわね


「当面はあなた達を鍛えることにするわ。分かった?蓮華、小蓮」


「「はい…」」


「あなた達も手伝いなさい。祭、思春、明命」


「「「御意」」」


こうして、私たちの強化計画が始まった…


「さてー、私たちも始めましょうか?桃香さん、武器はありますね?」


「はい!先生!」


太刀を構え、先生に向き直る

しかし、先生はニコニコとするばかりで武器を構える様子もなかった


「誤解しないでくださいね?桃香さんの相手は、あちらの方々です♪」


「へ?えぇ!?」


「にひひー」


「ふふ…」


「へへ…」


「うふふ…」


そうして指差した先には、これまたニコニコと微笑む乙女たちが居た


「桃香さんの相手は、あなたの仲間ですよ。鈴々ちゃん、星さん、翠さん、紫苑さん。ビシビシ鍛えてあげてください♪」


「「「はーい!」」」


「えぇ!?な、何故ですか!?」


「簡単な話ですよ。桃香さんの力は強くなったと言っても、まだまだですから、まずは、達人の域まで底上げを行うんです。本当の修行は、そこからですよ」


「そうゆうわけです、桃香殿。一日も早く成長するため、我ら五虎将が、お相手致しますぞ!」


「勿論、手加減はしないぜ?修行にならないからな!」


「心を鬼にして、私たちも頑張るわ…。その分、成長も早いはずよ」

「お姉ちゃんも、頑張るのだ!」


「うん…。そうだね!私、頑張るよ!よーし!やるぞー!」


「ふふ…さぁ、蒲公英さん、桔梗さん、焔耶さん。私たちは先に、修行を始めましょうか?」


「えぇ!?私が先なの!?うわー、やれるかなー?」


「なんだ、怖いのか?蒲公英」


「怖くなんかないもん!あんたこそ、足、震えてるんじゃない?」


「な!?震えてないぞ!これは、武者震いだ!」


「ふふ…、無理をするな。震えぬ方がおかしいというものだ。今日より、自分の自信が粉々にされようとしているのだからな。自分より強い者に挑む恐ろしさ、私も久方ぶりに感じておる」


「き、桔梗様まで…?」


「うぅ…これは、本気でやばいかも…」


「さぁ!修行を始めましょう!」


「「「応っ!」」」


櫨植様の一声で、皆が動き始める

よーし!私も頑張るぞー!

拳を天に突き出し、決意を新たにして武器を取った


「……な、なぁ、私はどうしたらいいんだ?」


「「「あっ…」」」


後ろからかかった声に振り返ると、スカートを握り締め、目に涙を浮かべる少女が立っていた


公孫賛こと、白蓮ちゃん。三国一普通が似合う、三国一忘れられやすい少女



「忘れてたんだろ!?そうなんだろ!?」


「違いますよー。白蓮さんの先生は、あちらの方です」


「へ?」


指を差され、振り返った白蓮ちゃんの後ろには…


「ヌフン♪宜しくねん」


全身ムッキムキの筋肉漢女が、最高の笑顔を浮かべて立っていた


「い…いやああぁぁー!!!ぐへっ!?」


「もう…、人の顔を見て逃げ出すなんて酷いじゃないのよん」


逃げ出すも、体力で天と地の差のある二人。白蓮ちゃんは、あえなく御用となった


「うぅ…なんで私が…」


「大丈夫よん!どんな、物語の主人公も最初は目立たない、普通の人間なんだからん!そしてある日、突発的な事故で変な能力に目覚めるの!そうして、最高の正義の味方になっていくのよん!」


「事故なら、あってるよ~。貂蝉が師ってだけで、十分な…」


「何か言ったかしらん?」


「な、なんでもない!」


「それじゃあ、行くわよん!まずは、変な能力探しに火龍でも、狩りに行きましょうか!」


「ない!それはないだろ!?」


「ありよん!さぁ、幻獣討伐ツアーに行くわよん!目標は、祖龍よん!あ、パーティが必要ね。この際、美以ちゃんや袁紹ちゃんたちも連れて行きましょうか!」


「や、やめええぇぇーー…」


そうして、新米ハンター白蓮ちゃんの悲しみに満ちた修行の日々が始まったのだった…


頑張れ…白蓮ちゃん…


土埃を上げ、部屋から出て行く白蓮ちゃんを見つめながら、自分がそうならなかったことに胸をなで下ろす


心の底から、王であることに感謝した

だって、王という肩書きがなかったら、間違いなく私が、拉致れていたに違いなかったのだもの


それこそ、私は貂蝉ちゃんの言う"普通の女の子"だし…


「頑張ろう…」


私は早く危機を脱する…もとい、強くなるため、武器を構えて最初の相手へと駆け出した


「向こうも、始めたみたいだね」


「橋玄様、私たちはどうしますか?」


「勿論、修行だよ!さぁ、みんな、どこからでもかかって来なさい!」


小さな身体を、命一杯伸ばして胸を張る

はぁ…可愛らしい…


「それでは、私から行きますね?宜しくお願いします!」


武器を構えて、私は前に出る。今はまだ、到底、勝てる相手ではない。少しずつ、経験を積み上げて行くとしましょうか


「んー?んん…?」


何故か、武器を構えて前に出た私を橋玄様は不思議そうに見つめ、首を傾げた

はぁ…やっぱり…可愛らしい


「どうしました?来ないのなら、私から行きますよ?」


「私から…?あぁ!そういうことか!なーんだ!あはは…!はぁ…」


きゃっ!きゃっ!と笑いながら、橋玄様は武器を一振りすると、深いため息を吐いて私たちを眺めた


「みんな、一緒にって言ったでしょ?先生、強いんだからナメないでねー?ほら、カ~ムカム♪」


ちょいちょいと、誘うように剣を振るとニヤリと笑い、一歩踏み出す


「ふむ、分かりました。秋蘭、季衣、流琉。行くわよ!」


「「「御意!」」」


「あ!真桜ちゃん、沙和ちゃん、凪ちゃん。あなた達の先生は、あの人よ」


「あの人…?あ…」


「本気かいなー」


「うわぁ…これはまた、凄いのが来たの…」


指を差され振り返ると、三羽烏は引きつった笑みを浮かべ頭を抱えた

確かに凄いわね…。まさか、北郷一刀の右腕が出てくるなんて、私も思いもしなかったわ


「ふん。今から竦んでどうする」


左慈は三人の様子を見て、鼻で笑うと踵を返して歩きだした


「ついて来い…。あっちで俺たちは、修行だ」


「あっちって…山かいな!?」


左慈は遥か彼方に見える山を指差し、しれっと答えると再び歩き出す


「ま、待ってなの!あんな山に行ってたら、帰って来る前に、すぐに日が暮れちゃうの!」


「聞かん!ほら、無駄口を叩く前に走れ!日暮れ前までに帰って来れなかったヤツは、もう一往復させるからな!」


「「「ひーん!鬼ー!」」」


「鬼じゃない!コーチと呼べ!コーチと!こら、お前!泣く前に足を動かさんかー!」


左慈に変な棒切れで、ポカポカと叩かれながら三人は走り出す


「大変な師がついたわね…。あの子たちも…」


「こら、華琳!」


「いた!?」


「よそ見しない!今ので、死んじゃったよ?戦場では、己の命を一番に考えなさい。人の心配は、自分の身の安全を確保した後でもできるんだから、ね?」


「はい…」


「今のは、注意。次やったら、丸裸にして木に吊すからね?」


「ま、まるっ!?…わ、分かりました…」


「よし!再開だよ!かかってこーい!」


「「「応っ!」」」


武器を構え直し、目の前の強者を打ち倒さんと私たちは駆け出した


「よーし、よーし」


俺は地面に引いた一辺1メートル程の正方形を眺め、満足げに頷く


そんな様子を五人の生徒は首を捻って眺めていた


「ご主人様、これはなんです?」


「ん?ボーダーラインだよ」


「暴打羅引…?なんだそれは?この四角の中なら、お前を殴っていいのか?」


「違う!だいたい、春蘭は四角なんて関係なく、普段から俺を殴りまくってるじゃないか」


「なに!?そ、そんなことはないだろう…?」


視線を泳がせるなって。認めたくないかもしれないけど、残念ながらこれが現実ですよ、夏侯惇さん


「殴ってる、殴ってる。た~くさん、殴ってる。殴られてない日が無いくらい殴ってるわよ~」


「くっ!確かに、今朝も昨日も、一昨日も殴った気がする…」


「気がする…やのうて、実際に殴ってんねん。春蘭、気ぃ付けや?あんまり、叩いとると愛想尽かされんで?」


「ふ、ふん!別に構わん!北郷に愛想を尽かされても…別に…別に…」


そこまで言って、春蘭は俺を見上げるとキュッと袖を握りしめてきた


「どうしたの?」


「っ…お前は、その…私のこと…嫌いになったか?」


「嫌いになんかならないよ…大好きさ」


なるべく優しく微笑み語りかけると、手を取り握り返す


ほんのり桜色に染まった頬を指先でなぞると、ふるる…と震え小さなため息を吐くと枝垂れ掛かってくる


「ほ、本当か…?北郷…」


「あぁ…信じろ、春蘭…」


「北郷…んっ…」


「嫌いなんかならない…どんな、君でも愛してみせる…」


静かに目を閉じる少女を、抱き寄せ…耳元で愛を囁いた


「んー…ごほん!ごほん!」


「「あ、愛紗!?」」


「ご主人様!今は修行中ですよ!何をしてらっしゃるんですか!春蘭!お前もだ!頬を染めて、品なんか作るんじゃない!」


「し、品なんか作ってない!」


「作ってたでー?なぁ?」


「…うん…作ってた…可愛いかった…」


「うわぁ~!一刀の腕にかかれば、魏武の大剣も一人前の女になっちゃうのね~♪こりゃ、江東勢も女にされる日は近いかしら~?」


「っ~~!?ほ、北郷!皆が勘違いするようなことを、貴様がするからだ!全部、貴様が悪いんだー!」


「へ?ちょっ!何!?その責任転嫁!?お前も、満更でもなかったじゃないか!」


「うるさい!うるさい!うるさい!黙れー!黙って今すぐ、殴られろ!北郷ー!」


春蘭が真っ赤な顔で拳を振り上げ、命一杯に殴りかからんとする


やばい!こりゃ、本気だ!


「やっぱりこうなるのかよ!?」


俺は、来るであろう理不尽な暴力に耐えるため、身を丸くして防御の体制に入る


分かってるさ、無駄な抵抗なんだろ!?


どんな鉄壁を張ったとしても、女難Sクラスの俺には無意味!紙同然なんだろ!?


それでもいいの!これはメンタル的な問題なんだから!


「ぐっ!……ん?あれ?」


しかし、いつまで待っても春蘭の鉄槌は降りて来ない

不思議に思い、顔を上げると目の前には拳を振り上げたまま静止した春蘭が立っていた


「春蘭?」


「っ……。ふ、ふん!」


首を傾げた俺を見つめた春蘭は、眉を寄せて複雑そうな顔をする

そのまま、ゆっくりと拳を下ろすと、ぷいっ!とそっぽを向いてしまった


「あ、あれ?」


「きょ、今日のところは、お前の莫迦さ加減に免じて許してやる…。あ、ありがたく思え!莫迦者…」


「あ、あぁ。ありがとう……?」


何が何だか、分からず首を傾げる俺の後ろで、他の女性陣は含み笑いを浮かべている

どうやら彼女たちには、春蘭がこんなになった理由が分かったらしい


「はは~ん♪乙女やな~」


「ふふ…。成長したな、春蘭…」


「春蘭…顔、真っ赤…」


「いいわね~。甘酸っぱい♪」


「っ~~!!?い、いいから、修行を始めるぞ!ほ、北郷!」


「お、応っ!分かった!」


真っ赤になり俺を名指しした春蘭は、ブンブンと愛刀を振り回す

こ、こりゃ、たまらん!下手すりゃ、斬りかかられんぞ!


俺は慌て、正方形に入ると太刀を構えて皆に向き直る


「ルール…って言って分かる?」


「確か、天の国の言葉やろ?決まりや規則のことやったかな?」


「そ。ルールは簡単だよ。一対一で戦い、俺を"この正方形"から出したら、次の修行に移る。簡単でしょ?」


「「「……はっ?」」」


「そ、そんなことで修行になるか!」


「それがなるんだなー。ただ闇雲に斬りつけたって、俺はここから出せないよ?相手の先の先を取って攻撃しないとね!」


俺は微笑むと、武器を振って構える


「さぁ、誰からでも、どこからでもいいよ?かかって来なさい!」


しばらく互いに目配せをし合っていたが、順番が決まったのだろう、微笑みを浮かべた春蘭が前に出てくる


「春蘭ね」


「ふふ…そんな四角など、すぐに出してやる!」


「はいはい。無駄口はいいから、かかって来いって。どうせ、すぐに音を上げるんだからさ」


「ぬかせ!はああぁぁー!!!」


俺はクスリと微笑むと、振り下ろされる少女の太刀を見つめながら、どうやって避けようか思案し始めた


「おやおや。武将たちは、もう初めてしまったようですね」


「そのようだな…あちこちから、剣の交わる音や、矢の風を切る音、悲鳴、爆音、轟音、艶めかしい声が聞こえくる。……って、艶!?あいつ等は何をしてるんだ!?」


私は周りを見渡し、ある一点で目を止める。あそこはウチの軍じゃないか!?

あの、バカ娘はいないからと安心していたのに、何故、蓮華様があんな霰もない姿に!?


「まぁまぁ、女の子にも色々あるんですよ、きっと♪さぁ、私たちもサッサと始めましょう」


于吉は懐から水晶を取り出すと、一撫でする。瞬間、水晶は煌々と光を灯し、次第に広がっていく


光は于吉を取り囲んでいた軍師たちを、徐々に飲み込んでいった


「「「くっ!?眩しい!」」」


「あー。目を閉じてくださいねー。眩しいですよ?」


「「「遅いわ!」」」


「ぷぷぷ…あれ~?そうですか~?」


「「「イラ…」」」


クスクスと笑う于吉を殴り倒したい衝動に駆られた私たちだが、目が眩んでいてはそれもままならない


くっ…!今はただ耐えるしかないようだ


「ぷぷぷ…はぁ…、面白かったですね。さお、もう大丈夫ですよ。目を開けてください」


「「「っ!?眩し!?」」」


安心して目を開けた私たちの目に、再び射すような光が飛び込んでくる


くっ!?未だに、光は収まっていなかったようだ


「ぷー!」


「「「(コイツ…いつか…殴る…)」」」


軍師たちが一致団結した瞬間だった


「はぁ…あー。終わりましたか。残念。さぁ、次は本当に大丈夫ですよ?」


「「「(本当に…?)」」」


ヤツの声がかかっても、しばらくの間、誰一人として目を開ける者はなかった


「おやおや、怖がりさんですねー。本当に大丈夫ですよ。私も暇じゃないんで」


「「「(また、罠じゃないのか?)」」」


かといって、このままでいても仕方ない

ここは、年長の私がやるしかあるまいか

慎重にゆっくりと目を開けていく


見えた景色に一瞬だけ疑問を抱いたが、光一色よりはマシなので取り敢えず胸を撫で下ろすと周りの軍師を見回す


「どうやら、本当のようだ。大丈夫、ゆっくりと目を開けなさい」


「本当ですか?周瑜さん」


「あぁ、大丈夫だぞ。朱里」


目を瞑る孔明殿の頭に手を置くと、ぽむぽむと優しく撫でる


「ん…はぁ…本当ですね!良かった!」


嬉しそうに声を上げた朱里に続いて、あちこちから歓喜が上がった


「で?この部屋は何なの?真っ暗闇だけど」


「ここは、仮想空間。想像を形にする場所とでも思ってください」


「あの居間のようなものか?」


望めば何でも出てくる部屋を思い出す

そういうことなら、あの部屋に移動するだけで良かったんじゃないか?


「いやいや。あそこより、ここはもっと上位の場所です。あそこと違って、場所の広さも変えられます。何よりの違いは、生物を再現出来るところですね」


例えば…これなんてどうです?っと、于吉は水晶を一撫でする

不意に背後から肩を叩かれたので、振り返ると私は言葉を失った


「なっ!?」


『どうした?そんなに、驚いた顔をして。私が分からないのか?』


目の前には、自分と全く同じ顔の人間が立っていたのだ。誰だって言葉を失うだろう

「くくく…そんなに驚いて頂けるとは、嬉しい限りですねー」


「と、当然だ。振り返ったら自分が居るんだ、驚きもするだろう?」


『ふふ…、そんなことを言うもんじゃないさ。あらゆる状況を想定して、策を練ってこその軍師だろう?』


クスリと『私』は笑うと、ポンポンと私の肩を叩いて于吉の隣に立つ


ふぅ…。偽物とはいえ、心を許していない者の隣に立つなど、見ていて気持ち良いものではないな


「今すぐ、消せ」


「あはは…怒らないでくださいよ。お詫びに、ほら」


『私』は于吉の後ろを通り過ぎると、姿を変える

その姿を目にした時、私は再び息を呑んだ


「「「っ…!?」」」


『はぁ…。また、悪戯して楽しんでるのか?お前は…』


「ほ、北郷!?お前は何故、こんなとこにいるのだ!今は、雪蓮たちと修行してるはずだろう!?」


『はは…落ち着いて周瑜さん。俺は于吉に作られた偽者だからさ』


ほら!っと回って見せるが、違いなど全くと言っていいほど見当たらない


というか、どう見ても本物じゃないか


「……ふむ~。確かに、お兄さんじゃありませんね~」


「えぇ。残念ながら」


「ふん!偽者でも、男ってだけで苛つくのは一緒よ。さっさと私の前から消えなさい!」


首を捻る私の隣で、魏の三軍師は深いため息を吐くと、不愉快そうにシッシッと手を振った


「いいのか?もしも、本当に本物だったら…」


「有り得ませんね~」


「ええ。全然、違いますから」


「どう見たって、偽者でしょ?」


何を言っているんだろう?という視線を、容赦なく浴びせてくる


これほどまでに自信があるとは…いやはや、北郷と魏の関係は私が思っている以上に深いようだ


『はは…やっぱり、凄いな。…于吉』


「はい。お疲れ様でした」


于吉が水晶を一撫ですると、北郷もどきは光となって消えた


「というように、完璧とは言わないまでも生物を再現出来ます。軍師の皆さんには、合わせて四万の兵を与えます。歩兵、騎兵、弓兵、槍兵、伏兵、動物部隊、攻城部隊、好きに使って頂いて結構です」


「なるほど、それで模擬戦をするんですね?」


「孔明さんの言う通り。ただし、模擬戦は実戦を想定したものを行います。まずは、絡繰り兵三万、北郷型一万、反三国勢力一万くらいで練習してみましょうか?」


「こちらの兵は、どれくらいの練度なんだ?」


「今と同じにしてあります」


「なら、幾分かは、やりやすいか」


「戦場は平原でいいですか?」


「ふむふむ~色々できるんですか~?攻城戦とかも~?」


「えぇ。可能性ですよ。水上戦も、視界の悪い林も、山や丘も全て出来ます。勿論、天候も時間帯も指定出来ますよ」


「はわわ!凄いんですねー!仙術って!」


「あわわ!これなら、あらゆる場合を想定して、色々な経験が積めるよ!朱里ちゃん!」


「えぇ。この一年で、百年分くらいの戦を経験して頂きますよ♪さぁ、習うより、慣れろ!まずはやって見ましょうか!」


「敵軍の軍師には、于吉が就くのか?」


「えぇ。お任せを」


にこやかに答えた于吉は、両軍の兵を呼び出し、好きな場所に移動するように促して来た


私は殿のために、しばらく于吉の前に立って居たが、ふと…于吉は水晶を見つめ苦笑し出した


「…外史では、何十、何百、何千、何万と戦をして来ましたが、あまりに一方的で、あまりに悲しい戦でした。ですが、その経験も全て…この日のためだったのかもしれませんね…」


「どうした、于吉?」


「ふふ…何でもありませんよ!私も移動します、準備が出来たら狼煙を上げます。互いの狼煙が上がった瞬間、開戦といきましょう」


于吉は踵を返すと、大軍を引き連れて歩き出す


その背中には、いつものおどけた様子はなく、どこか深い悲しみを背負っているようにさえ見えた


「冥琳様~。最後の兵が出ますよ~、私たちも行きましょう~」


「あ、あぁ…そうだな!行こうか、隠」


声をかけられた私は、小さくなっていく于吉の背中を最後にもう一度振り返る


「悲しい…戦か…」


ふっ…。我ながらどうかしている。

戦の前に相手の言葉を気にするとはな


「考えごとは後でも出来るさ。今は、勝つことだけに集中しよう」


私は被りを振ると、小さく苦笑して歩き出した

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