修行の基礎は、健康管理!
「えーっと…昼食抜きにならずに済んだのはいいんだけど…。ねぇ…一刀?…これ、何?」
脇に立つ俺を見つめながら雪蓮は苦笑すると、テーブルの上を指差す
周りを見ると、広い食堂のいる皆も、雪蓮と同様の表情でこちらを見つめていた
「何って…ご飯だよ?」
「あ、あはは…そうなんだ?あはは!てっきり、泥水かと思っちゃった♪」
「なわけないって…あはは!」
雪蓮は、お椀を手に取りながら、カラカラと笑う
俺もそんな雪蓮を指差して、笑った
「あはは…って!嘘つかないでよ!この色、どうみたって泥水じゃない!長江の水のほうが綺麗な色してるわよ!?何なの!?期待させといてやっぱり、最後はご飯抜きにするつもりかしら!?」
「ち、違うって!」
「何が違うって!?懇切丁寧に一から説明してよ!」
「だから、これは…俺の世界の…」
「泥水でしょ!?」
「違うっつーの!」
「どう見たって、それ以外に見えないじゃない!」
ひどっ!?俺が精魂込めて作った料理を、泥水呼ばわりしやがった!
「大体、鬼ごっこに負けたからご飯抜きって、どういうわけよ。お腹が空いてちゃ、修行どころの話じゃないじゃない。というか、この湯は何なの?…うわっ!?海草が入ってるじゃない!川どころか、海から汲んできたわけ!?信じらんなーい!」
「そ、そんなに言わなくても…しくしく…」
「ごめんね、一刀…すーぐ、こいつ黙らせるから…」
「しくしく…え?」
悲しさのあまり地に伏してさめざめと泣いていると、背中に温かみのある手が触れる
こんな、優しい思いやりのある方は、何処の誰ぞ?と思い振り返ると、見知った女性が立っていた
「あー、一刀の手料理だからって期待してたのになー」
「いいから!黙って飲め!バカ娘!!!」
「へ?か、母さ…ぶっ!?あ、あばばばば!!?」
ブーたれている雪蓮のお椀を奪い取ると、蓮は引きつった笑みを浮かべ、娘の口に問答無用で流しこみ始めた!
「あ、あぁー!!!蓮!!!ソレ、まずい!絶対、まずいって!それ、出来立てで、熱いんだから!」
「いいのよ、一刀♪ほら、料理は『出来立て』が一番美味しいっていうし?」
ジタバタと悶え苦しむ娘を押さえながら、爽やかな笑顔で微笑む姿は、拷問を楽しむ閻魔にしか見えなかった
「お?無くなったかな…?どう、初めての"お味噌汁"の感想は?」
お椀の中身を一滴残らず流し込むと、愛娘であるはずの少女を覗き込む
「ゲホ!ゴホ!ゴホ!…あ、熱かった!苦しかった!死ぬかと思った!」
まぁ、当然の反応だよな…
まさか俺も、味噌汁が拷問の道具に使われるとは…夢にも思わなかったよ
「あはは…はい、おかわり」
故郷の味を味わい直してほしい一身で、味噌汁を注ぎなおすと雪蓮の前に置く
「「「お、鬼!」」」
なぜか、雪蓮を筆頭に、三国の皆から大ヒンシュクを買った
「ううう…熱かった…。とんだ『初体験』だったわ…」
氷水を口にしながら、雪蓮がぼやく
「あんたが、いつまでも女々しく抵抗するからでしょう?仮にも一国の王なんだから、潔く腹括りなさいよね?」
「当然よ!初めて見る料理なんだから慎重にもなるってもんでしょう?」
「愛する夫が作ったものを、あーだこーだ難癖つけるのが妻の仕事なわけ?はぁ…あんた、どういう教育受けたの?親の顔が見てみたいわ」
「鏡いる?きっと、見られるわよ?」
「必要ないわ。この世に二つとない絶世の美女の顔が写るだけですもの♪」
「自分で言ってて恥ずかしくないの?母さん…」
「恥ずかしくなんて無いわよーだ!あんただって、いい歳して可愛い子ぶるのはやめなさい!べー!」
「なっ!?母さんだって同じでしょ!イーだ!」
「ほんと、親子だな…」
「はぁ…」
「ん?どうした、華琳?」
言い合いを続ける二人に苦笑していると、隣の席から小さな溜め息が聞こえる
「はぁ…」
俺の声に気づいていないのか、華琳は再びため息を吐くと皿の料理を突っつき始めた
「なぁ、華琳…大丈夫か?」
「えぇ…。はぁ…」
「聞いてないし…あ、あぁ!?今度はこっち!?」
北郷さん手製の和食定食…その上にあったはずのお魚さんは、完膚無きまでに突っつき回され、今では見るも無残な姿になっていた
「ひどっ!?」
これじゃあ、ネコマンマの方がまだ可愛げがあるように思えるぞ
「…そうね。はぁ…」
「そうね、じゃないだろう?本当、どうしたんだ?」
肩を揺すり、覇気のない顔を覗き込む
「え!?か、一刀!?な、なに?」
「何じゃないだろ?ぼーっとして。華琳らしくもない」
「し、失礼ね!ぼーっとなんかしてないわよ!」
「……ん」
俺は首を振ると、惨劇が起きた北郷さん定食を指差す
「あ…。ご、ごめんなさい」
惨劇ネコマンマを、何とか寄せ集めながら華琳は口にちびちびと運んでいく
「悩みか?」
「一刀…何度、考えても分からないことがあるのよ」
「ん?なに?」
「敵についてよ。なんで敵は、私たちの世界にやってきたの?彼女たちにも、彼女たちの世界はあるのでしょう?」
「…それは俺も考えてた。于吉!考えられる理由は、なんだろう?」
軍師ーズたちに交じって、ご飯を食べていた于吉を見る
ていうか、お前、なにしてんだよ
「…はい?もぐもぐ…理由ですか?そうですね…一つは『世界が無くなったから世界を乗っ取りに来た』ですかね?」
「…世界を乗っ取るためなら、別にいくつもの世界を移動する必要はないんじゃありませんか?」
「えぇ。孔明さんの言うとおり、可能性は低いでしょうね。もう一つは『何かを探している』というところでしょうか」
「何かって、なんなんだ?」
馬超さんが首を捻り、于吉を見る
その手には、おかわりの山盛りご飯…食べるねー
「さぁ?何でしょうね。それが分かれば、さっさと渡して帰ってもらうなり、無いなら無いで、はっきり言えるんですがね」
「無いって言っても、探すんじゃないか?邪魔者は一掃してでも、さ」
隣で一生懸命、ちびちびと食べる少女を見つめ、俺はため息を吐く
「はむ……なによ?」
「「「でしょうね…」」」
皆も華琳を見つめ、深い深いため息を吐いた
「そのため息は、なんなのよ!?」
「別に?まぁ、なんだ。考えても仕方ないよ。うん。今日の鬼ごっこを見た限り、圧倒的な戦力差があるんだ。これをどうにかしないと、そんな交渉なんて夢のまた夢だし」
「ふふ…そうですね。突然の催しだったとはいえ、三国の武将知将が、たった七人相手に全滅は拙いでしょう」
「「「ぐっ…」」」
恨めしげに三国の将たちが見つめる中、当の先生方は涼しげな顔でご飯を食べる
「大丈夫さ。これは想定内のことだから」
「全員の体力は大体、把握できたわん♪明日からは本格的に体力作りをしていくから、頑張るのよん?」
「「「応っ!」」」
「そうと決まれば、飯を食え!おかわりいるか!?」
「はーい!ハイハイ!はーい!鈴々もおかわりするのだ!」
「あ!私も!兄ちゃん!」
「なら、あたいも!アニキ!」
俺の声に反応して、張飛ちゃんと季衣、文醜が茶碗を突き出してくる
うん!気持ちいいくらい、見事なたべっぷりだな!
「恋も…ご飯大好きだったな?おかわりは…。あぁ、そういえば…」
「恋殿!おかわりは如何ですか?」
「ん…もらう…」
「恋殿!お茶ですぞ!」
「ん…助かる…」
「恋殿!ねねのオカズも、どうぞなのです!」
「ん…ねね…ありがとう…」
黙々とご飯を食べる呂布の周りを、小さな女の子が忙しなく動き回っている
大丈夫そうだな。なんたって、恋には専属の軍師が付いてるんだし
「恋殿ー!」
「ねねも…ご飯…食べる。午後も…大変…」
「だ、大丈夫なのです!少しくらい抜いても、ねねは頑張れるのです!」
「だめ…食べる…」
「し、しかし、恋殿~!」
「あーはいはい、待った。ねね?恋の世話をするのは良いけど、自分のご飯を抜くのは頂けないな」
「な、なんなのですか!?お前は!ねねは忙しいのです!邪魔するなですー!」
チョロチョロと動き回る少女を抱き抱えると、恋の隣に座らせる
「だーめ。世話するなら、ちゃんと自分の分を食べてからにしなさい。午後は修行も厳しくなるから、ご飯を抜くことはやめてくれ。な?ほら…」
むくれる陳宮に箸を渡すと、苦笑しながら隣の恋を見る
「そうしたほうが、恋も安心して、午後の修行に望めるだろ?」
「ん…空腹のねねが心配…。きっと…恋は修行には身が入らない…」
「うぅ…恋殿…」
「この一日で、グンと伸びる人もいるだろう」
「心配が続けば…恋…きっと…追い越される…」
「恋殿が追い越されるのですか…?そ、そんなわけないのです!恋殿は三国でも最強の武将なのですよ!?」
「恋殿はまだ…最強じゃない…」
「れ、恋殿~」
「当たり前だ。みんな、強くなるためにここにいるんだ。いつか、追い付き追い越される日も来るだろう」
「ん…きっと…来る…」
「一年後、修行の成果が見られない者は、誰であろうとこの部屋から出さない。大戦が終わるまで、大人しくしていてもらう。弱い者は、邪魔にしかならないからな」
恋や陳宮だけではない。ここにいる全員に言い聞かせるように、俺は冷たい声色をかけながら周りを見渡す
「まぁ、そうならないように、頑張ろう!みんなで、無事卒業目指してさ」
わざと明るい声をあげると、陳宮の頭を一撫でして席に戻る
「……はむ…はぐ!もぐもぐ…はむ!」
俯いていた陳宮は箸を握り直すと、猛然とかき込み始めた
「ふふ…はむ…もぐもぐ…」
俺は小さく微笑むと、最後の一口を食べて手を合わせる
「一刀…。そうね…あなた達も、しっかり食べて午後に備えなさい!」
「「「応っ!」」」
魏の皆が、食べ始めたのを皮切りに他の皆もパクパクと食べ始める
ふぅ…。怒るとか、慣れないことをしたから少し疲れた
「でも、まぁ…」
これで、体調管理にも意識を向けてくれれば安いもんだよな
内心、小さくほくそ笑むと周りを見渡す
ふと、視線を感じ隣を見ると、こちらを見上げかりんが微笑んでいた
「どうかした?」
「ふふ…なんでもないわよ。さぁ、みんな!食べ終えたら、小休止の後に稽古を始めるわよ!気合い入れていきましょう!」
「「「おーっ!」」」
よし、気合十分なみんなに負けないよう、俺も気合入れていくとしよう!




