一刀の強さの意味
「おぉ!やっと帰ってきたか、バカ者!」
魏ブースに戻ると呆れ顔の皆が立っていた
っていうか、いきなりご挨拶だな、春蘭
「悪い。ちょっと、愛紗と話してた」
「「「愛紗!?」」」
皆が目を丸めて俺を見る
「な、なんや、一刀?愛紗に真名、許されたんかいな?」
「あ、あぁ、そうだけど?」
「驚いたな…まさか、愛紗がこんなに早く真名を許すとは。しかし、北郷!なんにせよ、よくやったぞ!」
飛びついて来た春蘭をしっかりと受け止めると、何がそんなに嬉しいのか、人の頭をこれでもかと撫で回してきた
「な、なんで、春蘭が喜ぶんだ?」
「当然だ!相手は、あの愛紗なのだぞ?」
「秋蘭?」
春蘭の言っている意味が分からず、良識のある妹さんに助けを求める
「うむ。愛紗は蜀で五虎将の長をしている人間だ。その分、家臣や民からの信頼も厚い。その愛紗が心を許したのだ。蜀は相手であるお前により一層、注目することになるぞ。そうなれば、今まで、接して来なかった人間も集まるだろう。この意味がわかるか?」
「?」
「ふふ…蜀が落ちるのも時間の問題というわけだ」
秋蘭は小さく微笑むと、よくやった!と思いっきり背中を叩いた
「ということだ!北郷!よくやったな!」
「えぇ!?」
「しかし、一番難しいと思われた愛紗を落とすとは…こら、姉者。引っ付きすぎだ」
「な、なんだ?別にいいではないか。私は珍しく良いことをした北郷を誉めているだけなのだぞ?」
纏わりつく春蘭を引き剥がしながら、秋蘭が苦笑する
「でも、一刀ー?ほんまにどうやって、愛紗の心を開いたん?愛紗って、見たとおりの堅物やんかー?」
春蘭の抜けた後を霞がしれっと掠め取る
「別に?話しをしただけだよ」
「またまた~。隊長、押し倒したりとかしてへんの?」
真桜…そんなこと言ったら…
「確かにーなんかー隊長ならやりかねないのー」
沙和…その便乗は要らないんじゃないかな?
「隊長…覚悟はいいですか?」
だってほら!三羽鳥には言葉をそのまま受け取る、純真無垢な少女がいるんだぞ!?
「ちょっ!待って!凪、落ち着いて!してない!そんなことしてないから!だから、拳を構えるのはやめてください!」
「兄ちゃん、正直に言うなら今のうちだよ?」
「兄様、怒りませんから…正直に白状してください」
「季衣、流琉まで…」
「「「何をしたんですか?」」」
皆が真剣な表情で詰め寄る
こりゃ、ごまかしは効かないな
「はぁ、分かったよ。たぶん、その答えは次の試合で分かるから」
降参だよ、と両手を挙げて苦笑すると、舞台に向かう扉を見る
「次の試合って、確か…あ!兄ちゃんの試合じゃん!」
「そう」
『それでは、準決勝を始めます!蜀代表、関羽将軍!魏代表、北郷選手!舞台に上がってください!』
空の声と共に扉の向こうから歓声が沸き起こる
皆も試合開始を待ちわびてくれていたようだ
「って、ワケだから、行ってくるね」
「「「え!?ちょっと…」」」
俺は後ろで聞こえる声に、手をひらひらと振りながら、開いた魏の門をくぐった
「「「え!?」」」
瞬間、先ほどまで湧き上がっていた歓声が消え去り、会場が静まり返った
『か、一刀様…よ、鎧をお忘れではないですか?』
「愛紗との約束でね。今回は…本気で行くよ…」
「「「ゾクッ!」」」
一刀の言葉に会場全体が震え上がる
「か、かかか…華琳さん!?どういうこと!?ご主人様が本気で行くって!?」
「し、知らないわよ!私だって初耳だったんだから…まさか、一刀が本気を出すなんて。どういうこと?それに、愛紗って……いつの間に、真名の交換したのよ。というか、あの二人の何やら通じ合ってるような雰囲気は何なの!?二人とも何か微笑んでるし!」
「あ、あの…か、華琳さん?」
「なに!?」
「ひっ!?な、何でもありません!」
華琳によって無惨にも砕かれた椅子の装飾を見つめながら、桃香はガタガタと震える
桃香は今、人生最大級の危険を感じていた
一方、呉のブースでは、頬杖をつきながらブーたれている雪蓮を見て周瑜が苦笑していた
「いいなー、愛紗」
「お前もやっただろ?」
「やったけど、一刀、本気じゃなかったもん」
「本気ではなかった…か。お前は本気だったんだろ?」
「本気も本気よ。でも、結局は勝てなかった。それも、一刀の本気も見ること叶わずにね」
寂しそうに呟くと、雪蓮は舞台を見つめる
「強くなりたいわ…」
「なら、終わったあとにでも北郷に修行を付けてもらうといい」
「「「「っ!」」」」
周瑜の言葉に呉の皆が立ち上がる
「ど、どうした?」
「そうじゃよ、冥琳!その手があった!」
「そうね!さっすが、私の冥琳!愛してるわ!」
「そうか…その手があったわ。それなら、一刀に近づく口実が…」
「うん!一刀と一緒に修行して、強くなれば…邪魔者を排除して妃への道も…ふふん!」
「北郷と修行か…ふっ…名案だな。明命!」
「はい!一刀様と修行するんですね!私も手合わせしたかったんです!」
「そうと決まれば、作戦を練るわよ!」
「「「応っ!」」」
爛々と輝く瞳を呉の武人達は舞台に向けた
「ぶる…!?」
「ど、どうしました?ご主人様」
「いや、何か寒気が…」
「あ、あはは…原因は四方八方からの視線だと思いますよ?」
「確かに色んな視線を感じるな…特に怖いのは……上からの…いや、見なかったことにしよう」
「え、えぇ。それが正しいかと」
チラッと王様ブースを見ると、鬼の形相でこちらを睨み付けている少女がいた
触らぬ神になんとやら、だ
「さ、さぁ。始めよう。愛紗、武器は何がいい?」
「そうですね…堰月刀はありますか?」
自分の武器を眺め、愛紗が微笑む
「あぁ、あるよ」
堰月刀を出すと、軽く振って見せる
「その堰月刀…装飾の髑髏以外を取って見れば、私の堰月刀に似ていますね」
「おっ…!鋭いね。やっぱり、君は他の人とは少し違う」
「え?」
「空、お願い」
『ふふ…はい!それでは、試合を始めます!Are you ready?』
笑顔の空が二人の間に立ち、手を振り上げて盛大に叫ぶ
「答えを知りたいなら…闘え!」
「え?は、はい!」
武器を構えた二人の間で緊張が高まっていく
『…FIGHT!!!』
「覇っ!」
「破っ!」
手が振り下ろされた瞬間、互いの距離が瞬時に縮る
一合、二合、三合と二人は武器を交った。しかし、八合、九合、十合と打ち合ううち愛紗に違和感が生まれる
「破っ!…?せっ!やっ!…?」
「覇っ!……セッ!ヤッ!……」
上段から振り下ろすと、武器がぶつかる
下段から振り上げても、武器がぶつかる
ならばと、突きを放てば突きに止められた
間合いが離れたと思い、前に出れば近すぎ、間合いが近すぎたと思い、後ろに引けば離れすぎる
おかしい…間合いが計り難い!
こんなこと、今までなかったのに…
再び、攻撃を放つが同じ軌道で防がれる
それどころか、構えまで一緒に見えてくる始末
焦れば焦るほど、動きや軌道、速さと力、そして構え、全てが一緒に見えてくる
全てが…一緒に…?
「ま、まさか!?」
「気付いた?早いね?」
驚きのあまり、大きく下がると相手も大きく下がってみせた
「まさか、ご主人様…あなたは!?」
「あぁ。真似しただけだよ」
「っ!?」
真似をしただけ、彼はそういった
しかし、そんなことできるワケがない
人間に…そんなこと…
「そんなこと…出来るわけないわよ…」
「物真似?相手の行動を瞬時に物真似!?人間にそんなことできるの?うんん、出来ないよ!普通、そんなこと出来ないよね!?」
驚愕する華琳に、桃香が何度も頷き返す
「あらー、出来るわよ?人間でも」
「うん、出来るね。まぁ、今はこの国でも数人だけだけど」
「橋玄様!?孫堅様!?」
華琳と桃香は、振り返ると慌てて礼を取る
「急な来訪、心よりお詫びするわ」
「どうしても、二人に話しておきたいことがあったんだー」
「っ…お話ですか?」
チラリと華琳は舞台を見ると一瞬、渋い顔をして師二人に向き直る
「あ、一刀のことじゃないよ?」
「そ、そうですか」
華琳は桜の言葉に胸を撫で下ろすと再び険しい顔をする
「うん。話に来たのは他でもない、あなたたち二人のことだよ」
「やはり…」
「流石、橋玄の愛弟子ね。もう、感づいたみたいよ?」
「んー、まだまだかなー?」
にこにこと微笑みながら桜が、華琳を見つめる
「華琳。あなた、今までの戦いを見てきて何か感じたことはあったかな?」
「えぇ…一刀の強さについて思うところが」
「うんうん。言ってみて?」
「一刀は強くなりました。それは分かります。でも、それは私達の範疇を越えている。『敵』はそこまで、強大なんですか?」
「うん。強大だよ。カラクリ一刀の一件、覚える?」
「くっ…!えぇ…よく、覚えています」
三国の将が一方的に潰されたという、苦い記憶だ
そう簡単に忘れられるはずもない
「于吉の話だとアレ、量産が出来るらしいわよ?」
「「えぇ!?」」
手すりにもたれ掛かった蓮は、苦笑しながらを観客席を指差す
視線の先では、もしょもしょとご飯を食べている于吉と左慈が居た
「左慈も言ってたよ。設備があればアレはまた造れるって」
「で、加えて貂蝉も言ってたわ。カラクリ一般兵も量産が出来るって」
「「つまり?」」
二人はそこで言葉を止めると、華琳を指差す
指さされた華琳は青い顔をして俯いてしまった
「つまり…今のままでは三国は滅ぶ…ということですか?」
隣に立っていた桃香は、華琳の顔を見ると、そう小さく呟き二人の師を見る
「カラクリ一般兵は大して強くなかったけど、カラクリ一刀の方は強かったですよね。アレが二体、三体と増えたら…」
言いながら、想像したのだろう
桃香もまた顔が青ざめていく
「二体、三体ならいいわよ。私と桜と空が一体ずつ相手にして、左慈と于吉と貂蝉がカラクリ一般兵を倒す。、そして、一刀が三国の王を護る。これで、なんとかいけるもの。でもね?」
「そう、『敵』はカラクリだけじゃない。華琳、あなたは知ってるよね?」
「黒服の女達ですね?」
「そう、確認されてるので三人はいるわね」
「内一人とは華琳も交戦したでしょ?どうだったかな?」
「相手は本気ではありませんでした。それでも私は手も足も出なかった…」
華琳は江戸での一件を思い出す
本当に悔しかったのだろう、歯を食いしばり拳を握りしめて必死に感情を抑える
その姿に、桃香は言葉以上の危機感を感じた
「さらに、その奥にはそれらを統べる者がいるわ」
「もう、絶望的だね!」
笑顔で桜は頷くと、お手上げーっと両手を上げた
「さらに言えば、『敵』に協力する反三国連合の存在もあるわね」
「もう、人生オワタって感じだね!始まる前から詰み!って感じ」
「なにそれ?」
「一刀が、どうにも成らないときに言ってたよー」
「「……」」
改めて状況を整理され、今の状況を知った二人は、ただ黙って地を見つめるしか無かった
「で、提案だよ!」
「二人とも、修行をやり直すわよ」
「「修行?」」
「うん。王とか将とか兵とか言っている場合じゃないんだよ。みんなが強くならないとね」
「そのために、大会終了後は政務の一切を次に引き継いで、三国の王と武将、それと軍師は、于吉と左慈と貂蝉が用意した部屋で修行してもらうわ。可能かしら?」
「引き継ぎは終えていますので、可能かと思います」
「だったら、大会終了次第、すぐに始めるわよ!いいわね?」
「「御意!」」
「ほっ。良かったー。これで、何とか未来は繋がったよー」
「えぇ。光が見えて何よりね」
二人の師は満面の笑顔で頷き、舞台を見る
「でも、やるなら目標を持ってやろうね、二人とも」
「そうね、まずは私たちを超えること。そして、一刀に認められなさい」
「「認められる…」」
二人の王も、目標となる人物を探して舞台を見る
舞台の上では、一刀が武器を跳ね上げ、愛紗の首筋に堰月刀を突きつけたところだった
「ごめん、愛紗。やっぱり、まだ、本気は出せないよ」
「えぇ。分かっています。まだ、ご主人様が本気を出して良い基準まで私は達していないのですね」
「ごめん…」
「ふふ…なぜ、ご主人様が謝るのですか?悪いのは私なのですから。弱い私に責任があるのです。ご主人様は、胸を張ってください」
「愛紗…」
「あなたと戦えてよかった。私は今日の負けを糧に、また強くなれます。ありがとうございました、ご主人様」
目尻に涙を溜めた愛紗は、静かに頭を下げた
本当に悔しいのだろう、肩が俄かに震えている
俺は近づくと肩に手を置き、頭を上げさせた
「また…また、勝負しよう。愛紗がまた強くなったら、そのたびに勝負しよう。いつか、互いが本気で戦えるその日まで」
「っ…!ご主人様…。はい!約束ですよ!」
「あぁ…約束だ」
涙を拭い笑顔で手を差し出してきた少女の手を取る
堅く握手を交わし、俺は強く頷いた
『勝者!魏代表、北郷選手!』
「「「おおおぉぉぉ…!!!」」」
盛大な歓声の中、名残惜しげに手を離すと二人はそれぞれのブースに戻る
「…一刀に認められる、ね…。ふふ…」
その背中を見つめ、華琳は小さく笑った




