正史の君と外史の君
彼女の笑顔を間近で見た俺は思わず顔を逸らしてしまった
今のはまずかったと思うが、もう手遅れ
「?」
案の定、訝しげな表情で彼女は俺を見上げている
「いや、ごめん。違うんだ」
「何が違うんですか。今は私と話をしているんです。こちらを向いてください、ご主人様」
「いやいやいや!無理!無理だから!」
俺の顔に手を伸ばし、無理やり向かせようと関羽さんは頑張るが断固として俺は顔を上げない
思わずこちらが赤面してしまうほど綺麗な笑顔だった
これでは、再び彼女の顔を見ても赤面してしまうだけだろう
今は何とか気持ちを落ち着けたいのだが、当然、事情を知らない彼女が許してくれるわけはない
「そんなに私の顔は見るに耐えませんか?」
俺の言葉にショックを受けた関羽さんは悲しそうに俯いてしまう
「それは違う!」
「それでは何故、こちらを向いてくれないんですか?やっと…やっと念願叶ってご主人様とお話ができたというのに、これではあんまりではないですか…」
「だって…れい…だから」
あまりに自分が恥ずかしいことを言おうとしていることに気付いた俺は声が小さくなってしまう
「え?何ですか?」
「っ~~!だから、綺麗だったからだよ!関羽さんの笑顔があまりに綺麗だから、ドキドキして真っ直ぐ見れないんだよ!」
「き、きれっ!?わわわ、私がですか!?」
「はぁ…そう。関羽さんはとても綺麗だよ」
俺は観念して、関羽さんに頷き返す
「ま、またまた、ご冗談を。私はこのように、可愛いげも何もない、それこそ武に生きることしかできない人間ですよ?」
「はぁ…」
「え?」
俺は深いため息を吐くと、真っ直ぐに関羽さんを見つめる
この子は本当に自分のことを分かってない
如何に魅力があるのかを分かっていないんだよな
そこらの街娘と変わらないのなら、華琳が欲したりなんかするわけないのに
ましてや、俺が…
「たったそれだけの人間を俺が好きになるわけないじゃないか」
「す、好き…!?」
「関羽さんはとても魅力的な女性だよ。綺麗で強くて、聡明で、自分への厳しさをちゃんと持ってる。そして何より、周りに温かい人だ」
「私が…魅力的?…綺麗?…」
目を丸めた関羽さんが真っ直ぐに俺を見上げ、ポツリポツリと呟いていく
混乱する頭で必死に俺の言葉を理解しようとしているのだろう
「この世界に来て、俺はみんなを見ていた。どんな人がいて、どんな生き方をしているのか。俺の世界の君たちではなく、目の前の君たちを理解したいと思って見てきた。もちろん、関羽さん。君のことも見ていたよ。そうして、好きになった。目の前にいる、君が好きなんだ」
「好き……私を…好き?ご主人様が…私を?……ぼっ!」
一瞬で顔を真っ赤にした関羽さんはふにゃふにゃと力なく、木にもたれかかる
顔は木にもたれ、隠れているため見えないが、首筋から耳にかけて真っ赤だ
「だ、大丈夫?」
「大丈夫!大丈夫ですよ!」
心配になり近付こうとする俺を手で制すると、肩越しにチラリと振り返る
「ご主人様…。正気ですか?」
「そこは、本気の間違いだろ?俺は本気だよ。関羽さんを一人の女性として好きだ」
「っ…はぁ…私も自分の気持ちに素直になるべきなのでしょうね」
関羽さんは振り返ると、真っ赤な顔を上げ俺を見上げた
「私もご主人様を心からお慕いしています!」
「関羽さん…ありがとう!」
「え?あ!?……ご、ご主人様?」
嬉しさのあまり、俯く関羽さんを抱きしめた
瞳を潤ませた少女の顔が目の前にある
「あ、ごめん。嬉しくて、つい」
「…せ、姓は関、名は羽、字は雲長。真名を愛紗といいます。これからは、愛紗とお呼びください」
「いいの?」
「ふふ…今更ですよ、ご主人様。ここまで想いを打ち明けているんです。受け取ってください」
「はは…そうだね…。愛紗さん。有り難く、君の真名を預かるよ。姓は北郷、名は一刀。字と真名は無いんだ。強いて言うなら、一刀が真名になるかな」
「お名前、有り難く頂きます。ですが、呼称は今までどおり、ご主人様と呼ばせてください」
「あぁ。わかった、愛紗さんの好きに呼んでくれて構わないよ」
「…ずっと思っていたことを言っても宜しいですか?」
「え?何?」
「何故、さん付けなんですか?私とご主人様は同い年な筈ですよ?」
「え?」
「え?とは、何ですか!?え?とは!分かりました。ご主人様、今すぐそこに座ってください!」
「え?ちょっ!待って!愛紗さん!?」
「ほら、また!ですから、私のことは呼び捨てで構いません!というか、呼び捨てで呼んでくたさい!」
「え?でも…」
「ごーしゅーじーんーさーまー?」
「は、はい!呼びます!呼ばせてください!」
「こほん…いいでしょう。では、どうぞ?」
「…あ、愛紗」
「…ぼっ!」
「うわ!?愛紗!?愛紗!!?愛紗――!?」
瞬間、真っ赤になりふにゃふにゃと倒れゆく愛紗を抱き留める
「だ、大丈夫です」
「いやはや。呼べと言っておきながら、いざ呼ばれ見れば卒倒とは!乙女だな、愛紗よ」
「せ、星!?」
後ろから掛けられた声に振り返ると趙雲さんが、ケラケラと笑っていた
「主よ。こんな堅物な人間ですが、私の大切な友。友してお願いします。愛紗のことどうか宜しくお頼み致します」
こちらに向き直ると真剣な表情で深々と頭を下げる
「…あぁ。分かった」
「よかった。では、愛紗。友としての建て前は済ませたのだ。私も自分の気持ちに素直になるとしよう」
趙雲さんはチラリと愛紗を見ると妖美に微笑んだ
「な!まさか、星!お前もか!?」
「まさかも、かかしもあるか。私は一目見たときから、主に惚れ込んでいたのだぞ?」
「え?そんな、素振りはなかっただろ!?」
「それは主が、超が付く鈍感男だからでしょう?」
「そ、そうかな?」
「そうですとも!では、主。愛紗には先を越されましたが、私の真名も受け取って頂けますかな?」
「あ、あぁ」
「生返事なのは気になりますが、いいでしょう。姓は趙、名は雲、字は子龍。真名は星と申す」
「星さん。いい名前だね」
差し出される手を握り、俺も笑顔で答えた
「主。私のことも呼び捨てで構いません。主と年は変わらないのですから」
「星さん…じゃなかった、星も!?二人とも落ち着いてるから、お姉さんぽく見えたけど、違うんだね?」
「お姉さん、とは…うむ。そっちの攻め方もあったか。愛紗、新たに姉属性として主に遣えるのも…」
「断る!」
「じょ、冗談だ、愛紗。冗談だから、堰月刀を下ろしてくれ…」
「はは…。二人ともみんなに無い、良いところが沢山あるんだ。それを、新たな属性なんかで隠しちゃうのは勿体ない。愛紗には愛紗にしか、星には星にしかない、良いところがあるんだから、そのままの二人でいてほしいな」
「ご主人様…」
「ふふ…分かりました。そのままの私でいるとしましょう。では、主。そのままの私らしく、ここで一献、如何ですか?」
星は懐から酒瓶を取り出し、にこやかに微笑んだ
はは…さすが、星だな
「星!せっかく、ご主人様が綺麗に纏めてくださったのに水を差すような真似を!」
「水ではない!酒だ!」
「同じことだ!」
「では、愛紗よ。お前は水で酔えるのか?酔えはしまい?なら、違うではないか!」
「ぐぬぬぬ…!減らず口を…!」
「はは…いいよ。星とは一度、酒を酌み交わしたいと思っていたんだ。華琳も星の舌には一目置いていたし。通の選ぶ酒というのも呑んでみたいからね。大会が終わったら、呑もう」
「ほぅ。曹操殿が私の舌を…。ふっ…美食家の曹操殿に一目置かれているとなれば、手頃な酒では曹操殿の顔に泥を塗りかねませぬな。いいでしょう。酒は次の機会に。その折りには至高の逸品をお持ちします」
酒をしまうと、満足げ微笑んだ
「どうやら、ご主人様は頭もキレる方のようですね。上手いこと、星を丸め込まれて」
「いやはや、誠に」
「そんなことないよ。俺は事実と素直な気持ちを言っただけさ」
「ふふ…そういうことにしておきます」
「おぉ!そういえば、お二人とも、そろそろ試合が始まりますぞ?」
「そうだった。愛紗、星。行こう!」
「「な!?」」
二人の手を取ると、会場に向かって歩き出した
蜀と魏のブースの分かれ道。手を挙げて去っていく一刀の背中を見つめながら、二人は苦笑する
「ふふ…いやはや、強引な方だな。主は」
「全くだ…。だが、そこもまた良いところなのだろう」
「そうだな。我々の愛する方の良いところだ」
「きっとこれからも、ご主人様の魅力に気付く者も増えるのだろうな」
「おや?愛紗よ、早くもヤキモチか?」
「ば、バカを言うな!そんなことあるものか!じ、時間もない、先に行くぞ!」
顔を真っ赤にした愛紗は、ずんずんと蜀のブースに向かって歩き出す
「ふふ…だがな、愛紗よ。主は幾ら人が増えようとちゃんと愛してくれるだろう。そういう男さ、主という人間はな」
愛紗の背中を見つめながらポツリと呟くと、星もその背中を追いかけて歩き出した




