閑話休題2―その頃、北郷は―
「はぁ…なんとか逃げ切れた…」
チャッキィを身代わりに
第一会場を抜け出した俺は第二会場に
逃亡してきていた
「あまりの恐怖に具現化…
無駄使いしちゃったよ
ヤバい、疲れたー!」
気をごっそり持っていかれ
正直、フラフラだ
少し休んで、英気を養わなければならない
フラフラと歩いていると中庭に出た
「木の下ででも休むかな」
どっかりと木の下に腰を下ろすと
深呼吸を二、三回。大気に満ちる外気を
少しずつ取り込んでいく
「はぁ…まだ、全然、足りないな
何か栄養のあるもの食べて
一眠りが一番なんだけど
無理だよなー…」
あまり動き回ると、華琳たちに見つかる
恐れが高い。まだ、俺が姿を消して
刻が経っていないから、華琳たちの怒りが
収まっている可能性は低いだろう
「もう少し、時間を潰さないと」
俺は無いよりはマシと、目を閉じて
微量ずつ外気を取り込んでいく
「はぁー…」
「あの…」
「すぅー…」
「あの…ご主人様」
「はぁー…」
「へぅ…」
さぁ、問題です
目を閉じていても俺、北郷一刀は
気配探知ができるために
目の前の女の子が誰か分かるんだけど
君は目の前の女の子が誰か分かったかな?
正解はこちら!
「やぁ、月ちゃん」
「こんにちは、ご主人様」
目を開けるとメイドさんが立っていた
蜀で給仕をしている月ちゃんだ
あの別れの晩に挨拶を交わしたくらいの
間柄だったのだが
こちらに帰って来てからというもの
率先的に話し掛けてくれる優しい子だ
「こんにちは。珍しいね、今日は一人?」
いつも一緒にいる、同じ給仕の子
通称・ツン子の姿が見えない
「詠ちゃんは今、給仕のお仕事で
桃香様のところにいますよ
もうすぐ、帰ってくると思いますよ」
「そうなんだ。こんな日まで二人は
仕事してるんだ。大変だね」
「いえ、お仕事は楽しいですし
皆さん、よくしてくださいますから」
「凄いなぁ…俺にはとてもとても…
あ、動かないで…」
手を伸ばし、月の肩に落ちた葉っぱを取る
「あ…すみません」
「葉っぱも月ちゃんの可愛さに
惹かれたのかな?」
「へぅ…ご主人様ったら///」
「はは…!」
「ふふ…!ご主人様、やっぱり変わった
お方ですね。ただの給仕にそんなに
優しくされて」
「役職なんて関係ないさ」
俺は、月の頭を撫でると
にこやかに微笑んだ
「頑張ってる人を誉めるのに
役職なんて関係ない
桃香は誰より人を想う心があるし
雪蓮はツラいことも
楽しくしてみせる力がある
華琳は常に上を目指す心があるし
月ちゃんは誰よりも人の痛みが分かる
俺はそんなみんなが凄いと思うから
賞賛するんだ。役職を賞賛するつもり
なんてこれっぽっちもないよ」
「…やっぱり、ご主人様は変わってます
この世界では役職が全てなのに
ご主人様はそれを簡単に無視される
とても、凄いことだと思います」
「何も分かってないだけだよ」
「ふふ…そういうことにしときます」
"ぐぅ~~"
月が小さく笑ったところで
俺の腹がなってしまった
いよいよ、気を生成する
原材料が底をついたようだ
つまり、空腹
「お昼はまだですか?
簡単なもので良ければ
私が作りますけど」
「本当!?助かるよ!
お腹ぺこぺこだったんだ!」
「へ!?へうぅ~~…///」
嬉しさのあまり抱きつくと
月は空気が抜けた風船のように
へなへなとへたり込んでしまった
「あ……ごめん」
「わぁ…凄いですね…」
「ちょっ!?食べ過ぎじゃない?
それじゃ、後半動けなくなるわよ?」
二人が山盛りの料理を机に並べた瞬間
俺の理性は吹っ飛んだ
「もぐもぐもぐもぐもぐもぐ…
モーマンターイ!
ツン子!ご飯おかわり!
もち、テラ盛りで!」
「寺?精進料理みたいに少量でいいの?
ていうか、"ツン子"言うな!」
「寺じゃない、テラだ!
見とけ!月!詠!
これがメガ盛り!
これが…ギガ盛り!!
これが……テラ盛りだ!!!」
ちなみに上から
約1000g
約2000g
約3000gとなっている
THE☆一刀的尺度でした!
「へぅ!?」
「あ、あんたのお腹
一体、どうなってんのよ!?」
目を丸めた二人が俺を見つめているが
今はそれどころではない!
喰う!喰う!喰う!ひたすらに喰う!
「おかわりテラ!」
「は、はい!」
「月!どうしよう!?
おかずが無くなっちゃう!」
「え!?い、今、作るよ!」
「ていうか、どうなってんのよ!
酢豚、八宝菜、回鍋肉、白片肉、白油鶏
海皮、棒棒鶏、エビチリ、麻婆豆腐、
担々麺、散蓮華、青椒肉絲!
これだけ食べてまだ、おかわり!?
しかも、超超超大盛ご飯付き!?
あんた、壊れてるんじゃないの!?」
「多めにみろよ、ツン子」
「多めの限度を超えてるわよ!」
「詠ちゃん!できたよ!」
「月~こいつ、人間じゃない
人間じゃないよ~」
「ご主人様は、天界人だもの仕方ないよ」
どうやら、月はこの異常事態を
"天界人"の一言で片付けるつもりらしい
実のところ、にこにこと笑いながらも
早々に月は考えることを放棄したのだった
しかし、当然ながら天界人(現代人)にも
こんなに食べる人間はいない
一刀の食欲は一向に衰えることを知らず
それどころか、メガ、ギガ、テラと
いうように増える一方だった
早々に考えることを放棄した月は正しい
もしも、詠のように考え続けていれば
今頃、厨房で独り言をブツブツと
呟きながら倒れ伏していただろう
「おかわり!おかわり!おかわりー!」
そもそも何故、一刀がこんなに
食べれるのか不思議に思う人もいるだろう
それも全て「気」が原因である
仙術の最終奥義「具現化」には
大量の気を使用する
気を無駄使いした一刀は現在
スッカラカンの状態
それを補うために外気を取り入れたのだが
微量ながらに得た気で一刀が取った行動は「内臓の強化」であった
これにより、消化吸収が通常の数倍まで
高められたのだ。口から入った食物は
胃に到達した瞬間に消化され、腸へ行き
「全て吸収」されてしまう
ここまでが秒単位の世界
まさに一刀の中には、全てを呑み込む
ブラックホールが展開されていたのだった
合わせて、一刀の内気の絶対量は
于吉曰わく一国を飲み込むほど
故にそれを補うだけの量を
摂取しなくてはいけないのだ
「…いいわ。あんたがやる気なら
やってあげるわよ!月!
ボクも出るわよ!」
ついに、ツン子が思考を停止した!
月の調理に、今まで
見ていただけの詠が加わる
「おかわりだ!ペタ盛り!」
「「くっ!ぺた!?」」
いよいよ、テラを超えてきた一刀
二人の共闘を諸ともせず、箸の一閃で
全てを飲み込んでいく!
「誰が、つるぺたよ!」
しかし、そこに乱入者登場!
我らが華琳さんだ!
「あんた、丁度いいところに!」
「何よ、どうしたの?というか
まずはこの状況を説明なさい」
「へぅ…実はカクカクしかじかで」
「かくかくウマウマね…分かったわ!
面白いじゃない!
全てを呑まんする天界人の腹!
相手に取って不足ないわね!
この曹孟徳が地に落としてあげましょう
行くわよ!月!詠!」
覇王曹操の参戦!これで、戦況は一変
戦力が大幅にアップした!
「こ、これは!?旨い…旨いぞ!」
「当然よ。私が腕によりをかけて
作りあげた料理ですもの♪
たっぷり堪能なさい、一刀
まだまだ、あるわよ!」
「おぉ!」
華琳が示す先には料理を持った月と詠が
立っていた。二人の様子を察するに
厨房にはまだまだ、料理があるようだ
「どう?降参かしら?」
「ふふふ…ふははは…!」
「「「っ!?」」」
「降参だと?自惚れるなよ、曹孟徳
我を誰だと思っているのだ
我様だぞ!?そんな、烏合の衆など
この宝具『我様専用のお箸』で
一呑みにしてくれるわ!」
高々と金メッキが施された箸を掲げて
一刀がニヤリと笑う
その顔からは余裕が滲み出ていた
「ふふ…面白いじゃないの。いいわ!
その慢心、私が叩き潰してあげる!
全軍(二名)!武器(料理)、構え!」
「「おう!」」
「突撃――――!!!」
赤壁の戦いに負けずと劣らない
けど、かなり不毛な第二戦が今、始まった
「くっ!?バカな!この私が
押されているですって!?」
「くくく…足りん、足りんなぁ
そら、おかわりだ!
もちろん、エクサ盛りでな!」
左団扇を扇ぎながら、一刀は
空になった皿を突き出す
テラ、ペタの壁を越え
ついにエクサまでやってきた
旨い料理に一刀の勢いは増すばかりだった
「っ…仕方ない、援軍を呼ぶわよ!
来なさい!私の忠実なる子猫たち!」
「呼ばれて飛び出て、秋蘭・只今推参☆」
「あ、あの…私もですか?」
「流琉!恥ずかしがるな!」
「は、はい!秋蘭様!」
「今一度、いくぞ」
「はい!」
「「推参☆」」
華琳の声に答えるように、魏の厨房戦士が
しっかりとポーズをキメて現れた!
「よく来てくれたわね
見ての通り、かなり戦況は良くないわ
二人の力を貸して頂戴!」
「「ガッテン承知之助!」」
やや、テンションのおかしい二人も加わり
不毛な第三戦が始まった
ブラックホール一刀に対するは
月、詠、曹操、秋蘭、流琉の
ホワイトホール連合軍
各々が全てを出し切り全力で戦い抜いた
「へ、へぅ~も、萌え燃え青椒肉絲~!」
「くらいなさい!暴飲暴食変態御使い!
知謀猛る、ボクの必殺棒棒鶏!」
「我は曹孟徳なり!我が覇道は誰にも
邪魔できぬと知りなさい!
覇道にして王道!麻婆豆腐!」
「一食満腹、我が前に屍をさらせ!
量を以て北郷、お前を倒す!
まさかの麺類・オンステージ!」
「しゅ、秋蘭様が壊れた!?
それもこれも兄様のせいですよ!
妹属性なめるな危険!
小さな姿に熱々ハート!必殺小龍包!」
テンションアゲアゲな四人に対して
ラスボス級チート主人公は黙々と
運ばれてくる料理を平らげていく
まさに互角の戦いであった
しかし…
「詠ちゃん!大変だよ!」
「どうしたの!?まさか、伏兵!?
恋が加勢でもしたの!?」
「うんん、違うの!それよりも
大変なことが起きちゃたの!」
「それより大変って…ま、まさか!」
「そうだよ!兵糧が尽きちゃったの!」
「な、何ですって!?」
「つまり…もう、我々には武器がないと
そういうことか?」
「くっ…私たちの負け…ということね」
華琳の言葉に皆、唇を噛み締め俯いた
兵糧が尽きたということは
料理が作れないということ
つまりは一刀の腹を満たすことなく
戦は終了したことになるのだ
「いや、君たちの勝ちだよ」
しかしそこで、肩を落とす皆に
声をかける者があった
敵将、北郷一刀だった
「え?何で?どうしてよ?
あんた、全然余裕な感じで最後の料理
食べてたじゃない
あんたの腹にはまだ、入るんでしょ?」
「最後の料理で丁度、腹も満杯だよ」
「ご主人様が満腹で
こちらも料理も出せないのなら
引き分けではないんですか?」
「うんん、食べる人の望む料理を
望むだけ出すっていうのは
なかなか難しいものだ
それを見事に果たした君たちは
まさに、料理人の鏡とも言える存在だ
勝利という言葉はそんな君たちにこそ
相応しいと思う。ありがとう、とても
美味しく、楽しい食事だったよ」
「ご主人様…」
「兵糧はあとで兵に運ばせるから
勿論、俺の自腹でね
華琳、それで大丈夫だろ?」
「えぇ…蜀の兵糧を食べたのだから
少し多めにね?」
「あぁ、無論だよ。そうだ!
みんなに世話になったし
お礼とお詫びも兼ねて何か奢ろう
何か食べたい物があるかな?」
『うっ…』
一刀の言葉に皆、青い顔をして固まる
「あ、あはは…私はちょっと
食べ物はしばらくは遠慮します」
「私も、しばらくいいわ」
「ぼ、ボクも遠慮しとく」
「すまん、北郷」
「へぅ…すみません、ご主人様…」
「あ…そうか…そうだよな
んじゃ、試合で恩返ししよう
みんなが満足するような
すんごい!試合を見せるよ
それでいいかな?」
『えぇ(はい)』
こうして、長き戦いは終わりを迎えた
皆のおかげで完全回復を果たした一刀
さぁ、次の試合は関羽との勝負だ!
彼女たちのために
見応えある試合をしてみせようと
心に誓う一刀であった




