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今日の華琳さん家  作者: 黒崎黒子
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伝えたい言葉

「そうですかい…天にお帰りに…」


顔見知りの人々に会い

別れの挨拶を交わしていく

沈んだ表情を見せるのも一瞬

最後には顔を上げ、笑顔で見送ってくれた


「正直、救われたよ」


皆が涙を流して袖を掴んで引き止めに

掛かるくらいの想像をしていたために

少し拍子抜けしていた


「皆さん、悲しみや寂しさで胸が一杯です

 本当のところは有無を言わさず

 一刀様を縛り上げて江戸の守護神

 として人柱にするくらいの気持ちは

 あったと思いますよ?」


「こ、怖いことを言うなよ…」


笑顔でそんなことを言う空に気後れして

足が止まってしまった

周りを見渡し、有りもしない民の視線を

気にしてしまう


「ふふ…でも、そこを堪えてでも

 優先したい想いがあったんでしょう」


「優先したい想い?」


「神や御使いに頼るのではなく

 自分の力で未来を掴み取るということを

 教えてくれた、一刀様への想い

 感謝、喜び、希望など一刀様と共に

 過ごす中で生まれた、温かい心です」


「……」


再び、ゆっくりと周りを見渡す

目のあった民が一人またひとりと

笑顔を向けてくる


「そうか」


得も言われぬ温かい気持ちに満たされる


ささやかながらも民の役に立てたのだ

という喜び、民が自分の足で立つことを

選んだという喜び


俺は小さく「良かった」と呟いた


「ふふ…それじゃ、一刀様

 帰りましょうか!」


前で立ち止まっていた空が

くるりと向きを変えて、歩きだす

長い金糸の髪が揺れた


目の前を歩く少女を見つめながら

彼女との日々を思い出す


いつも、彼女には助けられていた

自分の至らないところを

そっと補ってくれる気の利く子


俺の理解が至らないところも

懇切丁寧に説明してくれる


いつも、笑顔を向けてくれるから

俺はついつい甘えてしまう

それでも彼女は笑顔で頷いてくれるのだ


俺は、彼女に何か返せたか?

彼女の想いに応えることができていたか?


「……できてないよな」


「一刀様?」


俺の呟きに、空は振り返る


やはり、その顔は笑顔


難しい顔をした俺を気遣ってくれていた


「すまない!羽十羅で待っててくれ!」


「ぇ?えぇ!?か、一刀様!?」


俺はそれだけ伝えて、一目散に走り出した




私は突然のことについて行けず

小さくなっていく彼の姿をしばらく

見つめながら唖然としていた


「……」


「はっ!いけない、いけない」


目の前を不思議そうな顔で

通り過ぎる女性の顔を見て

ふと、我に返る


「と、とりあえず」


気を取り直して彼の店へ

向かうことにした


「すみません、お邪魔します」


「おや、虎徹様。お帰りなさいませ」


中に怖ず怖ずと入ると

片メガネの男性が出迎えてくれた


「今日は如何なさいました?」


「一刀様との待ち合わせです

 良ろしければ、お席をお借りしても?」


「えぇ、勿論ですとも」


店主の案内に従い、席に座る


「……とは言ったものの

 いつまでか、聞いてないんですよね」


ため息を吐きながら、窓の外を見ると

通りを楽しそうに歩く男女の姿が見えた


「羨ましい…」


「江戸中の男性を虜にする御方が

 何を仰いますやら」


ぽつりと呟くと横から

含み笑いが聞こえる


「セバスチャン、盗み聞きとは

 関心しませんよ?」


「おや、失礼しました。お嬢様

 お詫びといってはなんですが」


と店主は小さな菓子と飲み物を置いた


「…これは?」


見たことのない菓子

グラスに何とも言えない動きを見せる

黄色い物体。その上には茶色のタレ?

さらに上には、ウチの店でも最近

導入した生クリーム。そして、さくらんぼ


「プリンと言います」


どうぞ、とスプーンを手渡し

店主は微笑んだ


「…プリン」


渡されたスプーンで

チョンとツツくとプリンが震える


「!?…う、動いた!」


「ぷっ」


セバスチャン…今、笑いましたよね?

横目で見ると店主は顔を盆で隠した


「はぁ。参ります!…パクッ!」


気合いを入れ、プリンを掬うと口に入れる

「っ……おいしい」


「この菓子は、ある方が一人の女性に

 日頃からの感謝を伝えたいと

 作り上げたものです

 その方の要望で初披露目は

 その女性に、とのことでした

 今日、その日を迎えることができ

 わたくし、感無量でございますよ」


盆を下げた店主の目が

僅かばかり潤んでいた


「それって…」


「ずっと、お待ちしておりました。虎徹様

 一刀様の想い、お渡ししましたよ」


と店主は微笑むと踵を返す


「…ありがとうございました」


「ふふ…お礼なら

 今、走って来られている

 あの方へどうぞ」


「え?」


店主に言われ、窓の外を見ると

一生懸命、こちらへ向かう

あの方の姿が見えた




"からん♪からん♪からん♪"


「はぁ、はぁ、はぁ」


息を切らしながら店に飛び込むと

目を丸めた空が出迎えた


「どうなさったんです?

 そんなに慌てて」


「い、いや、直ぐにでも空に

 渡したいものがあったから」


息を整え、ポケットから

小さな包みを取り出しながら苦笑する


「いつもありがとう、空

 君が側で笑ってくれたから

 俺はここまで頑張れたんだ

 本当に感謝している…ありがとう」


包みを手渡しながら呟き

感謝を込めて、頭を下げた


「そんな!頭を上げて下さい!

 側に居たのは私の勝手ですし

 愛想笑いではなく、本当の笑顔を

 出せるようになったのも

 一刀様のお陰なんです

 いつも一刀様が側で

 笑ってくださったから」


感謝するのは私の方だと、空が頭を下げる


「いいや!空のお陰だ!」


「いいえ!一刀様のお陰です!」


「む!強情だな!」


「一刀様こそ!」


むー!と二人は睨み合う


「はいはい。そこまででよろしいですか?

 他のお客様が見ておられますよ?」


店主が苦笑しながら話し掛けてくる


「「え?」」


周りを見渡せば結構な賑わいを

見せる店内。気づかない内に

お客さんが入って来ていたようだ


店中の視線が2人に注がれる


「「あ」」


2人がそれに気付き、固まると

店内からドッ!と笑い声が上がった


「夫婦喧嘩は犬も

 食わないよ、お二人さん!」


「喧嘩するほど仲がいい!

 お幸せに、お二人さん!」


「あぁ!火事と喧嘩は江戸の華さ!」


「「す、すみませんでした!!」」


二人は頭を下げるとそそくさと店を出る


「「「「お幸せに――――♪」」」」


その背中にお客さんの声がかかった


「「っ~~~!!!」」


更に恥ずかしさを駆り立てられ

二人は走るように店を飛び出した


その後も、二人は真っ赤になり

言い合いをしながら街を走る


街行く人は皆、そんな二人を見て

羨ましくも、微笑ましいと思った


言い合いをしながらも

二人の顔には本当に幸せそうな

心からの笑顔が浮かんでいたから


「「ぷっ…あははは…!!!」」


落ち着いた二人は千葉家に続く道を

笑いながら帰る


夕暮れの道、手を繋いだ男女の影が

ゆっくりと坂を上っていった


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