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今日の華琳さん家  作者: 黒崎黒子
53/121

具現化されし存在とは…

于吉に促され、俺は具現化に挑んだ

それがまさか…こんなことになるなんて

ちくしょう!俺のバカ!


「あぁ――!最悪だ――!」


俺は赤面し頭を抱えて

地面にしゃがみ込んだ


「あははは!!!流石!流石ですよ!

 期待通り!まさに!期待通り!!」


于吉は腹を抱えて俺の横で笑う

ああ、笑えよ!ちくしょう!


何故こんなことになっているのか…

それは数分前に遡る



「いくぞ!卍か…『ストーップ!!』

 何だよ、気分を出したかった

 だけじゃないか

 ちょっとした茶目っ気だろ?

 睨むなよ、怖いぞ?」


俺は一番お気に入りの掛け声を邪魔され

気が波立っていたのかもしれない


「はぁ…仕方ないな

 はいはい、『地味』に行きますよ」


俺はブータレながら胡座をかいて

気を練り上げる


「一刀くん、私の考えた術の入り方に

 文句があるようですね」


眼鏡を支えながら

引きつった笑みを浮かべる


「いいえーありませんよー

 スゴーク、イート、思いますー」


片目を開けて于吉を一瞥すると

また黙想し、気を練り上げにかかる

気が溜まるまで、あと少し


「……まぁ、いいです(ニヤリ)」


"ぞくっ!"


不穏な気を背中に感じて振り返る


「っ!?何だ今の!?」


「どうしました?(にこにこ)」


「…いや、何でもない(気のせいか?)」


俺は首を傾げながら

神器に向き直ると

気を注いでいった


武器たちは俺の気を

歓迎してくれているようで

活き活きとしている様子が窺える


「どうだ?」


"キン♪キィ~ン♪キィン♪"


大蛇に語りかけると満足そうな音色が

大蛇の各所から聞こえる


「よし。それじゃ行くぞ!」


大蛇の手を置くと目を瞑り

己の心と向き合う


具現化するのは"己の夢と理想"

自分の理想を、まずは手繰り寄せる

ぼやけ、霧散した夢は

今再び、俺の元に帰ってくる


「創造する」


ぼやけた、願いは形を帯びていく


それは人、それは強者、それは聡明

それは慈愛に溢れ、それは怒りを持つ

それは無情で、それは優しい

そしてそれは…とても寂しがり屋だった


目を閉じれば一番に思い浮かぶ

俺の愛する人、俺の中心には

いつも彼女がいる


想いは、理想となり、夢となる

夢は確固たるものに昇華して

徐々に姿を表していく


もう少しだ、もう少しで

君に手が届く!


「あー曹操の裸を想像してるー

 いけませんよー

 仙術をそんなことに使っちゃ」


于吉は目を閉じた俺に語りかけると

そそくさと離れていった


「か、華琳の…裸…?」


その瞬間、ぼやけていたイメージは

はっきりと鮮明になっていく


「や!ヤバい!」


必死に誤魔化すが

時、すでに遅し


俺の前には一糸纏わぬ彼女の姿が

具現化された


「……ひくひく」


彼女は頭に手を当てると

引きつった笑みを浮かべて俺を見る


「一刀」


少女はカムカムと、指で示す


「は、はは…何かな?」


俺は逆に半歩、後退る


「いいから、来なさい」


半歩下がったのはマズった!

華琳の怒りが二乗されたようだ


「はい…」


俺は逃亡を諦めて

とぼとぼと歩き

華琳の前まで来る


「にこ♪」


華琳は笑うと…


"バチーン!!"


「ブッ!」


凄まじいビンタを放った


「あっははは!自分の具現化に

 打たれる人なんて、初めて見ましたよ!

 いや~!長生きはしてみるもんですね」


というわけで、于吉は

爆笑していたのである


元はといえば、お前が変なことを…

いや、俺の心の弱さが原因か

あそこで動じなければ

よかっただけの話だもんな


でもまさか、自分の想像まで

頭が上がらないとはな


俺の中で華琳はどれだけ

強くて、おっかないか

再確認した気分だよ


「華琳」


俺は痛む頬をさすりながら

華琳に制服の上着を着せる


いくら想像とはいえ、裸のままは

可哀想だ。袖がかなり余るが

まぁ、仕方ない。少し、腕を捲ってやる


「よし…」


くるりと周り廻って

おかしいところがないか、確認する


「やっぱり、一刀の服は大きいわね」


華琳は上着の裾を引っ張りながら

自身でも確認していく


前の制服はサイズが

小さくなったので

貂蝉にお願いして

新調してもらったばかり

オニューの制服であった


「いや、それは華琳が…

 『黙りなさい!』痛たッ!!?」


脛!脛を蹴られた!


「何か失礼なことを言おうとしたわね?」


と華琳は腕を組んで睨みつけてきた


「何でもないよ!」


「はぁ…全く。何をしているのよ、あなた」


華琳は頭に手を当て、ため息を吐いた


「面目ない」


はぁ。具現化は恐いな

ここまで再現出来るなんて

まるで本物と変わらないじゃないか


ふと、華琳は周りを見渡す

ここは山の一角を切り開いて

作った広場だ

野外演習を行う際は

ここの広場か千葉家の庭を

利用することになっていた


「華琳?」


「え?何かしら?」


「どうした?」


「え、ええ…少しね」


「大丈夫か?」


様子のおかしい華琳

心配になり覗き込むと

華琳はジッと俺を見つめる

大きく澄んだ青い瞳

そこには戸惑いが浮かんでいた


「一刀…」


華琳は手を伸ばし、俺の頬に触れる


「ん?どうしたんだ?」


俺は華琳の手を握る


『思い出は美化される』ということか

俺の"夢"を形にした目の前の少女は

あの世界の華琳より少し身長も

伸びて綺麗さも増しているようだった


華琳は俺や于吉。広場や林を見回して

静かに目を閉じると


「そう。そういうことなのね…」


と小さく呟く


「華琳?」


「私はあなたの夢、幻想なのでしょ?」


と華琳は笑うと手を強く握り返してくる


「あ、あぁ、えっと、そうなるのか?」


俺は于吉を見る


「えぇ、『人』を具現化するのは

 極めて稀ですが

 成功しているようですよ

 "北郷一刀の根元"とは言えませんが

 そこに最も近い場所にいるからこそ

 それだけ、はっきりと具現化

 できたのでしょう」


と于吉は頷いた


「つまり、私は一刀の一番で

 あるということ…

 殊勝な心掛けね、一刀」


と華琳は本当に嬉しそうに笑った


「当たり前だ。俺は華琳のもので

 華琳は俺のものだからな

 遠い昔に交わした約束は忘れてないよ」


と頬をかきそっぽを向く


「ふふ…そう」


華琳はそれ以上何も言わず

微笑むだけだった


「さて、具現化ですが

 出来れば使わないに越したことは

 ありません。何しろ気の殆どを

 持っていかれます。肉体の強化に回す

 『気』までなくなってしまいますからね

 ではこれで、仙術の講義は終わりますが

 使う"時と場所"を誤らないように

 力に頼り過ぎず心を平静に保つことこそ

 仙術の真骨頂なのですから」


真剣な顔で于吉は修練の終わりを告げた


「それでは、私は千葉家に戻ります」


于吉は修行の終了を

告げると広場を出ていった


「あぁ、わかった

 俺も回復したら戻るよ」


俺も手を挙げ、于吉を見送る


正直、具現化にごっそりと

気を持っていかれ

身体が重くて仕方なかった

少し一休みして、千葉家に戻ることにする


「はぁ」


大木に背を預けて座り込む


「へぇ……ふむ……はぁ…」


目の前には華琳がくるくるお下げを

揺らして周りを見回している

しばらく見ていよう


「…あれは?」


華琳は『大蛇』に向かって歩きだす


「華琳」


振り返る彼女に俺は首を振る

あれは慣れていない人には危険すぎる


「……ふむ」


彼女は考えこみ、分かってくれたのか

離れていった


「そうだ、華琳

 あのヤグラに登って見るといい

 俺の故郷を代表する街並みが見えるよ」


と指で広場の端にある櫓を指し示す


「一刀の故郷?ここは天の国なの?」


「はは…正しくは天の国の過去だけどね」


首肯し、櫓を登れば見えるであろう

江戸の方向を見る


「あなた。結局、自分の時代には

 帰れなかったみたいね」


と苦笑して華琳は歩きだす

それには俺も苦笑するしかなかった


「…っしょ…んしょ…はぁ…」


見る間に華琳は梯子を登りきり

櫓の上に立つ


「……凄いわね…」


街を見た華琳は簡単の声をあげた


「人の数は魏の街には及ばないが

 それでも、みんな活き活きと

 生活しているよ」


「一刀には魏の街造りを

 お願いしたこともあったけど

 なるほど、これの街を元にして

 造っていたのね?

 表通り、裏通り、綺麗に区画が

 分けてあって治めやすそうね」


腕を組んで頷いている


「あら?」


ふと、華琳が遠くを見て目を細める


「あれは何?一刀」


「え?ちょっと待って、すぐ行く」


俺は立ち上がると、櫓に登る


華琳の横に並び目線を合わせると

言っていることが分かった


「あぁ、笹の葉か。そうか

 もう、そんな時期か」


櫓の欄干に頬杖をついて江戸の街を見渡す


「笹の葉?笹の葉なんか立てて

 何をするのよ。何かの、まじない?」


「あ、そういえば、三国時代には

 七夕のやり方は確立してないんだったな

 確か、笹とか短冊が確立したのは

 唐の時代だったから」


「七夕?あぁ、一刀が7月7日に

 大騒ぎしていた…祭?だったかしら

 織姫と夏彦の伝説に由来するという」


華琳はあの時を思い出したのか

ため息を吐いて微笑んだ


魏では結局、七夕はできなかったんだ

戦の真っ只中だったし

華琳たちにもイメージを明確に

伝えることができなかったからな


なら、華琳は初めて七夕の光景を

見たことになるのか


まぁ、江戸の七夕も現代とは

だいぶん違うけどな


数多の笹が屋敷の屋根の

上に立てられている

笹には彩り鮮やかな

飾りや短冊が下げられている

それらは緩やかな風に吹かれ

街を行き交う人々の目を楽しませていた


「綺麗ね」


華琳は頬杖をついて

その風景に見惚れていた


「あぁ」


俺も華琳の隣で街を眺める


「華琳、すまない」


俺は街から視線を外すと

華琳に向き直る


「急にどうしたのよ」


華琳は俺に向き直ると

目を丸めて見上げてきた


「あんな勝手な別れ方をして

 君は怒っているだろう?」


帰る目処は立ったが

脱国をした俺は死刑か鞭打ち

魏の王、曹操が許さなければ

俺は、魏の地を踏むことさえ

許されないだろう


「王の許可なしで、勝手にいなくなって

 それで怒らないわけないでしょ」


華琳は明らかに不機嫌になると

俺を睨みつける


「本当に悪いと思っている

 でも、それでも俺は魏に

 華琳の元に帰りたいんだ!頼む!

 罰なら何でも受ける!

 鞭打ちでも何でも!」


「一刀。あなた、勘違いしているわ

 脱国者は魏に戻っても居場所は一つ

 "死刑台"よ」


華琳はため息を吐き、目を瞑ると

残念だけど、と首を振った


「そんな…」


つまり、戻っても俺は

華琳の側どころか、魏にも帰れず

見つかれば死刑は確定…なのか


力なく俺はへたり込んでしまう

もう、立つ気力すら湧いてこない


「一刀、顔をあげなさい

 まだ、話の途中よ」


頭の上から華琳の声がかかる

華琳は頬に手を添えて顔を上げさせた


「でも、それはあなたが

 脱国者だった場合の話よ

 あなたは脱国者ではなく

 "使い"として帰ったことにしたわ」


華琳は微笑むと手を離し立ち上がる


「それじゃあ、俺は!」


「えぇ、大手を振って帰ってらっしゃい」

頭に手をのせ、髪を撫でた


「ありがとう!華琳!」


俺は華琳に抱きつき全身で喜びを表す


「一刀!?…ふふ…もう」


華琳は優しく俺の頭を抱きしめ頭を撫でる

「一刀…待っているわよ」


「…あぁ、必ず戻るよ」


「でも、そうね

 一刀は"使い"で帰ったのだもの

 何か頼まなければいけないわね」


華琳は微笑みを浮かべ、俺を見つめた




「じゃあ、頼んだわよ」


「あぁ、分かった」


「ふふ…期待してるわよ!」


華琳は上機嫌そうに頷くと

櫓の梯子に向かう


「華琳、俺が先に降りるよ」


「え?えぇ、分かったわ」


櫓は街を見渡せるくらい高い

俺は梯子を降りると梯子を支える


「…しょ…んしょ…」


と華琳が梯子の中盤に足をかけた時


"ドン!"


「えっ!?きゃ――!!」


「っ!?華琳!」


櫓の上部に何かがぶつかったのか

その振動で櫓全体が傾く

華琳は突然のことに驚き

足を滑らせ落ちてしまう

落下する華琳を、俺は辛うじて受け止めた


「痛つっ!何なのよ…」


「くっ!刺客か!?」


俺は華琳を背中に庇い振り返る


"ざっ"


「ちっ……外したか」


木の陰から全身を隠した女が姿を表す

どうやら、この女が犯人のようだ


「お前が、この犯人か?」


櫓を見上げると、さっきまで

二人が話ていた場所は完全に破壊され

無惨な姿を晒していた


「ちょっと!刺客って何のことなの!」


華琳が後ろで叫ぶが今は…


「すまない、華琳

 少し、下がっててくれ」


華琳の身の安全の確保が先決だ


「何を言っているのよ

 戦いの心得なんてないでしょ?

 私がやるわ。武器はないの?」


華琳は武器を探して見渡す


「ふっ、ふははは!曹操!

 貴様が私の相手をすると?

 面白い、そっちの方が"北郷一刀"を

 消すより手っ取り早いしな!

 いいだろう!来い!ちんちくりん!」


女はコイコイと手で招いて挑発する


「ふ…ふふふ…あの女、殺すわ」


額に血管を浮かべて華琳は微笑む


「落ち着け、華琳

 『王は常に冷静たれ』だろ?」


「私は冷静よ!」


華琳は俺を押しのけ

前に出て走り出してしまった


「ふん…相手の力量も見抜けないで

 落ち着いているとは笑わせる!」


と女も迎撃のために走りだした


「五月蝿い!は!いや!せい!」


先に仕掛けたのは華琳

敵の急所を狙い見事な連携で拳を繰り出す

しかし、女もかなりの手練れのようで

華琳の攻撃を難なくかわしていく

驚くべきことに手は使わず

体を捻る僅かな動きだけでだ


「ふん…こんなものか

 大したことこともないな」


「っ!?」


女はそう呟くと、掌手を華琳の腹に当て

一撃で華琳をぶっ飛ばしてしまった


「華琳!くっ!」


「くは!かは!がは!」


吹っ飛んだ華琳を俺は抱き止めた


「大丈夫か!?華琳!」


腕の中の華琳の様子を見る

外傷は見られない

気も少し乱れている

生命を脅かすほどではないが…


「くっ、強いわね…」


華琳は敵を睨みつけてるが

僅かな交戦で相手の実力を悟ったのだろう

先程まで高まっていた

華琳の戦意は少し薄らいでいた


「落ち着いたみたいだな

 それじゃ、ここで休んでいてくれ」


俺は、華琳を櫓の柱に

寄りかからせると適に向き直った


「さぁ、始めようか」


「あはは…北郷一刀…

 私に勝てると思っているのか」


女は腰に手を当て、笑いだす


「あー、フラグ立てたな

 お前の負け確定だ。バカ」


俺は拳を構え、半身になり腰を落とした


「な!バカだと!?貴様、許さん!

 そこを動くなよ!今、斬り捨てやる!」


女は太刀を抜くと猪の如く突っ込んできた


「はっ!逃げなさい!一刀!」


後ろで華琳の叫びが聞こえる


「大丈夫だよ。俺を信じろ、華琳」


「…えっ?」


俺は呼吸を整え僅かに残る気を

全身に巡らせる


「死ねー!北郷一刀!」


女の大上段斬り!それを回りながら

かわし女の横へ体を寄せる

遠心力をそのまま利用して

脇腹へ気を込めた掌手を打ち込んだ


「ぐっ!?ああぁ!!」


女の体は思いのほか軽く

数メートル吹っ飛んでしまった

そのまま後方の木に激突する


「あははー。やりすぎたか?」


俺は苦笑して頬をかいた

木へ歩くと女の姿はなかった


だが、すぐ近くに気配はある


「ふふ…あはは!これほどとはな驚いたぞ

 今日は退いてやろう

 次、会った時は貴様の首を

 もらい受ける。覚悟しておけ」


突如、聞こえた声は消え

それに合わせて気配も消えていった


「もう、来なくていいよ」


俺は額に手を当てため息を吐いた

僅かな気も使い果たし疲れきってしまった


「一刀!大丈夫?」


華琳が駆けつけてくる

体はもう大丈夫なのだろうか


「すまない、華琳

 最後の気を使い果たしてしまった

 正直、具現化を維持するのが難しい

 もっと、話していたかったんだが」


「いいのよ。あなたの成長を見られた

 のが一番の収穫だわ。守ってくれて

 ありがとう。嬉しかったわ」


華琳が抱きしめてくる

温かく柔らかい感触が伝わってきた


「もう時間もないみたいね

 不思議な感覚だわ」


「今度は俺が見送る番か。寂しいよ」


「ふふ…私の気持ちも少しは

 理解できるでしょ」


華琳は悪戯っぽく笑った


「一刀、愛しているわ」


ギュッと腕に力がこもる

それは華琳か、はたまた俺か


二人は別れを惜しみ

互いに抱きしめ合う


「俺も、愛しているよ。華琳」


二人は見つめ合い

互いの気持ちを

互いに刻み込むように

口付けを交わした


「…久しぶりのキス

 夢でもこんなに幸せなのよ

 あなたが帰って来たら

 沢山、沢山してもらわないとね?一刀」


はにかんだ笑顔で、華琳は見つめてくる


「あぁ、喜んで」


再び、キスを交わし

静かに離れる


「また会えるとわかっていても

 名残惜しいものね

 一刀、早く帰って来て、お願い」


華琳は少女の瞳で見つめる

それは寂しがり屋の瞳


「あぁ、恋人のお願いだ。必ず守るよ」


俺は華琳の頭を撫で頷いた


「えぇ。待ってるわよ

 …それじゃ、いくわね」


華琳は頷くと俺の後ろに向かって歩き出す

だが、俺は振り返りはしなかった

次に会うのはあの世界だ


「一刀」


後ろから声がかかる


「ん?何だ?」


振り返ることなく答える


「別れてからの話、聞けなかったわ

 次はきっと話してちょうだい」


「あぁ。いっぱい、話したいことがあるよ

 期待しててくれ」


目を瞑り、いつも華琳がするように

指を振りながら頷く


「ふふ…期待しているわね」


モノマネに気付いたのか

彼女は笑ってくれた


「じゃあね!また会いましょう、一刀!」


華琳はあの時の言葉そのままに約束を紡ぐ

なら、俺の言葉は決まっている


「あぁ!またな、華琳!」


俺も手を高く挙げ応える


これは別れの言葉ではない

再開を誓う言葉

俺たちだけに許された

俺たちだけの約束の言葉


「ふふふ…!」

「あはは…!」


彼女は笑い、自分の世界へと帰って行った


「あはは…はは…はぁ…」


いつの間にか笑いは一つになっていた

いや、華琳が消えたのには気づいたんだ

でも、止めることができなかった

そうしなければ、笑い声が泣き声に

変わってしまっていたから

最後まで、彼女の前では笑っていたかった

だから俺は涙を流しながらも笑い続けた

彼女が泣かないために

彼女に涙を流させないために


「ぐっ……華琳、また会おう、必ず」


俺は涙を拭い、振り返ることなく

武器を手にして広場を後にした


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