与えられた救いと親孝行 ~『悪』は世を救う~
「色々、つもる話もあるがすまない
今、俺の大切な人が床に伏しててさ」
今日はできるだけ
桜の側に居たい
「千葉周作ですか」
于吉は合点がいったのか頷く
「恐らく貂蝉の探している"名医"とは
私たちのことでしょう。この世界で
私は『緒方洪庵』の弟子に付き」
「俺は『福田玄孝』の弟子に付いた」
「緒方洪庵…福田玄孝…?」
聞き覚えのない名前に戸惑ってしまう
「そうだな
簡単に言えば現代の日本医学の
根底を作った人物たちだ
"緒方洪庵"は西洋医学を
日本に持ち込み
"福田玄孝"は漢方医の権威だった」
彼らの知識と現代の知識を
合わせた存在が俺たちだ、と
左慈は心なしか胸を張る
「じ、じゃあ…」
「あぁ。俺たちは医術の心得がある」
「あ、因みに私は仙術も使えます♪」
骸になったら10日は
動かしてあげられますよ♪と
于吉が水晶を懐から取り出す
「「縁起でもないこと言うな!」」
二人が叫ぶと于吉は
クツクツと笑い、水晶をしまう
「さて、では行きましょうか
父の大切な人ならば
私たちにとっても大切な人です
必ず助けましょう」
于吉は笑うと左慈を伴って
一刀の前に立つ
「宜しく頼む、彼女を、桜を助けてくれ」
俺は二人に向かって頭を下げた
「任せろ」
「任せてください」
二人の雰囲気が明らかに変わったのを
感じた一刀は顔を上げる
そこにはもう『悪』などではなく
『救う者』の顔をした2人が立っていた
「桜、入るぞ」
部屋の壁をノックして来訪を伝える
「…………」
中から、人の気配はするが返事がない
どうも様子がおかしい
と一刀の後ろで二人は思う
それは一刀の様子を見ても明らか
明らかに焦りが伺えのは
さっきまでは何ともなかった証
様態が急変したか?
「どうした!?っ!?桜!!」
私たちは転がるように中に入ると
一刀は彼女の側に寄り添う
「はぁ、はぁ、かず…と…、ごめん
本当に、ごめん…」
彼女は傍目から見ても分かるような
荒い息をし、そして、泣いていた
ごめん。本当にごめんなさい。と
涙を流しながら、何度も彼女は呟く
自分のせいで修行が遅れてごめんなさい
あなたに迷惑をかけてしまったことが
本当に悔しいのだと、彼女は泣いていた
「そんなことない
迷惑なんて思ってないよ、桜」
一刀は桜の手を握り語りかける
「う!はぁ!はぁ!ごめんなさい…」
それでも彼女は呟く、まるで一刀の声が
聞こえていないように
いや、実際に聞こえていないのだろう
焦点も合っていないようだ
事態は急を要すると判断
悪いが彼にも手伝ってもらうしかない
「おい、北郷!湯を沸かせ!早急にだ!」
「わかった!」
左慈の様子に何かを感じた一刀は
急いで準備を始める
「左慈。どうやら」
于吉は桜の様態を診て
桜の病理を一目で見抜いたようだ
「やはり。だが、おかしいな
確か江戸にはコロリは来ないハスだが」
「古書であるが故に信憑性が薄いと
言われているだけで可能性は
0ではなかったということでしょう」
「まぁ、何せよ今は目の前の
患者を救うだけだ。感染経路は
本人の口から聞けばはっきりする」
二人は会話しながらも着々と支度を整え
今、彼らの服装は「医者」のそれだった
長年、愛用してきたのか
とても業に入っている
「患者は嘔吐下痢が見られます
脈は弱いが極めて早く、体温も低い
皮膚が乾燥し、皺があることから
急速な脱水症状であると判断
外部刺激に対する反応が微弱
筋肉の痙攣、虚脱をにより
自分の力で行動することは不可能と推測
よって経口輸液は困難と判断
意識を失うほどの重症であるため
点滴による静脈内輸液で水分と
電解質の補給を行うことにします」
マスク越しに于吉はそこまで
言い切ると左慈を見る
「異論ない。では、その後についてだ
意識、身体レベルが回復後
経口輸液と静脈内輸液を併用する
症状緩和後、経口輸液のみの
治療に切り替える
この際、漢方治療も同時に
実施していく、いいな?」
「えぇ、では始めましょう」
于吉は左慈の方針に頷く
それを確認した左慈は
桜を抱えて布団から移動させる
特設の診療台に寝かせる
患者は嘔吐や下痢を繰り返すので
布団では不都合が多いのだ
「左慈!沸いたぞ!」
ちょうどそこに一刀が現れる
「あぁ、今から静脈内輸液を作る
北郷、お前も来い。覚えてもらうぞ
于吉、しばらく頼む」
「えぇ、お任せを」
左慈は一刀を伴って台所に向かった
「はぁ!はぁ!はぁ!」
左慈は苦しむ桜の頭に手を置いた
「はぁ!…はぁ……すぅー……」
すると呼吸が落ち着いていく
仙術により弱々しい"気"を補う
気持ちが落ちてしまっては
助かるものも助からないのだ
「これで、ひとまずは」
ひとまず落ち着いたが
病が治ったわけではない
"気持ち"で誤魔化しているに
過ぎないのだ
こうしている間も患者の体力は
徐々に奪われている
早く治療を開始しなければならない
「こんなものか、よし!」
左慈が何かを手にして頷く
煮沸消毒したガラス瓶は
冷ました液で満たしてあった
ガラス瓶から管が伸び
管の先には注射針がある
簡易点滴だった
「また戻ってくる。お前たちはこの
ガラス瓶に輸液を満たし続けろ
煮沸消毒は必ずやるんだ」
まだ大量にあるガラス瓶を指差して
それだけ言うと左慈は部屋を出る
「あぁ、やってやるさ」
「やりましょう、一刀様
煮沸消毒は私が行います
一刀様は輸液を」
「わかった、始めよう」
一刀と空は作業を始めるのだった
左慈が桜の部屋に入る
于吉は点滴を見ると細く微笑む
「待たせた。"気"を落ち着かせたのか」
左慈は桜の様子を見ると
于吉の処置を読み取った
点滴による静脈内輸液で
水分と電解質の補給を行う
「ふぅ、脱水症状が収まるでの辛抱だ
頑張れ、千葉周作」
左慈は桜の手を取り、脈を計り続ける
于吉は桜の顔や身体をさすり
水分が身体に浸透し易くしていく
もう、何刻こうしていたか
実は二人はコロリと相対するのは
初めてではない
コロリが世界各所で発生した際
二人は世界を飛び回り治療して回ったのだ故にこの手際である
「ん、液がなくなりますね
取りに行きますよ」
于吉は左慈に手を振ると
一刀たちのところに向かう
「次の輸液パックはできていますか?」
中に入ると二人は黙々と
作業を進めていた
「あ、于吉!そこに六つある
持って行ってくれ」
「ありがたく。そうですね、一刀くん
そろそろ、あなたのスポーツドリンク
の出番になりそうですよ」
「スポーツドリンク、あ、あれか!」
「ええ、作り始めてくださって結構です」
輸液パックを抱えて于吉は部屋を後にする
「そうか、回復してきてるんだ
頑張ろう、あと少しだ」
もう、何時間も輸液を
作り続けていたので
正直、二人とも疲労で
ふらふらだった
しかし、桜の様子を聞いて
己を奮い立たせる
「一刀。ほら、薪と水よ」
蓮が勝手口から顔を覗かせる
「あぁ!蓮!ありがとう助かる」
「私と貂蝉が水と薪を補充するから
一刀と空は輸液作りに集中なさい」
と蓮はひらひらと手を
振るとドアを閉める
「あ、よく見れば水も薪も
あと少ししかありませんでした
蓮さん、流石ですね♪」
「貂蝉もいるみたいだな
本当に助かる。俺たちも頑張ろうな!」
「はい!」




