真の修行開始!
「それじゃご主人様行くわよ~♪
は~い☆」
直径でも人1人ある岩を
腕立てする俺の上に乗せる
"ズシッ"
「ぐっ!!」
「重さ80Kiroguramuくらい
楽にイケるでしょ」
「がっ!」
無理!むり!ムリ!
背骨がミシミシ逝ってるから!
「ほらほら、ご主人様!腕立て!」
死ぬ!死ぬる!
「ぐっ!!があああっ~!」
腕を曲げゆっくりと伸ばす
すでに1000回の腕立てを終えていた
俺の腕はぷるぷるとしていたが
岩乗せ腕立てで更に何本か筋肉が逝った
「大丈夫♪大丈夫♪ほら次!」
いよいよ始動した
『北郷一刀強化計画』
基礎体力トレーニングは貂蝉が担当
まだ、鳥も鳴かぬ早朝
貂蝉に叩き起こされ
山の麓から頂上までランニング
千葉の庭に戻ってストレッチ
ここまでは良かった
腕立て/挙がらなくなるまで
腹筋・背筋/回らなくなるまで
握力/握れなくなるまで
スクワット/立ち上がれなくなるまで
少し疲れたくらいで休むと
貂蝉が『大丈夫♪大丈夫♪』と
強制的にヤラされので
本当に限界を各トレーニングで見た
「ぐっ!!がは!」
腕からかくんと力が抜けて
ぺしゃんと潰れた
…息が…出来…ない…
岩が肺を圧迫しているのだ
「はい!お疲れ様~♪」
貂蝉は片手でひょいと
岩を持ち上げて脇に置いた
80Kiroguramuを片手…
「す――――っ!は――――っ!」
圧迫から解放され、胸一杯に
空気を吸い込む
圧死寸前だったぞ
「ぜぃ、ぜぃ、ぜぃ…」
く、酸素が足りない…
「小休止のあと、次、腹筋行くわよん♪」
と貂蝉は軽いノリで告げた
くそー…逃げる力もない…
結局、全てが終わったのは昼過ぎ
庭に力尽き倒れた俺に
空が近づき
「ご飯の後は、小休止に後に
桜さんと蓮さんの稽古ですよ♪」
と笑顔でそんなことを告げた
あなたの笑顔が一番残酷ですよ
動かない身体を貂蝉に引きずられ食卓へ
「はい!一刀!あ~ん♪」
「な!?」
腕が挙がらないことを
悟った蓮があ~ん攻撃
逃げられない俺は成すがまま
ぅう…嫉妬神の目が痛い…
案の定…後の稽古では
「一刀!腰が退けてるよ!」
"バシン!"
桜の容赦ない打ち込み稽古
「稽古の途中に考え事なんて
余裕ね……一刀」
"シュ!"
ていうか、性格変わってる!
満身創痍…動かない身体は
それでも痛みを恐れて
反射的にかわす
「あら、意外だわ…あれを避けるのね?」
桜はユラリと立ち
竹刀を下げる
「でもこれは見えるかしら…」
" "
音もなく…動きも見えないまま
俺は頭への衝撃と共に意識を手放した
「…ずと…れじゃ…曹……ダメね…」
ため息と共に桜の声が
聞こえた気がしたが、俺には
何を言っているのか分からなかった
"バシャー!"
「…ぅう…」
冷たい感覚を受けて目を覚ますと
桶を持った桜が見つめていた
「おはよう。さぁ、続きをやるわよ」
次はこれよ、と桜は愛刀を抜き
近くにあったオロチから刀を抜くと
"ドッ!"
倒れた俺の横に突き立てた
「どうも竹刀じゃ緊張感がないようだから
これからは真剣での稽古にしましょう
さぁ、刀を取りなさい、一刀」
"チャキ"
ヨロヨロと立ち上がり、刀に手をかける
すると桜が間合いを詰め
斬りかかってきた
それを弾き、よろめきながらも
間合いを離す
あの目…あの動き…
何より…一太刀の重さが違った
本気で斬るつもりだったんだ
「一刀、死んでは意味がないのよ
何かを成したいなら何をしてでも
生き延びなさい。何かを手に出来るのは
生者のみなのだから」
だから生きて…と悲しそうな
それでいて穏やかな笑みを
彼女は俺に向けた
俺は痛みを無視して構え直す
彼女の想いを無駄にしないために
「いく…ぞ…」
「えぇ…来なさい…北郷一刀」
桜の顔からは、さっきまでの
穏やか笑みは消え去っていた
"ダッ!"
俺は震える足に力を込め
桜に向かって走り出した
「次は私の番よ~…って…一刀…大丈夫?」
顔…身体…あっちこっちに
青痣の出来た姿の俺を見て
蓮が軽く引いていた
あの後、結局、一太刀も入れられぬまま
一方的に桜の切り返しを受け続けた
桜の愛刀は空によって作られた贋作で
刃が潰してあった物なので
斬り傷や切断に至ることはなかったのが
せめてもの救いだった
「桜…本気だったのね…」
俺の身体についた青痣を見て
どんな稽古をしたのか判断ついたのだろう
肌を一撫でして…細く笑うと
次の瞬間には真剣な顔で刀を抜いた
「一刀…悪いけど…私も本気で行くわよ
あなたに強くなって欲しいから」
「宜しくお願いします」
俺も刀を抜き、蓮に相対した
「桜が教えるのは"技"と"速さ"
一刀は知っているかしら?
神道無念流がどういったものか」
「あぁ、知っているよ」
‐神道無念流‐
神道無念流剣術の特徴は
「力の剣法」と言われる
「軽く打つ」を技ありとしてすら取らず
したたかに「真を打つ」渾身の一撃のみを一本とした点にある
そのため、神道無念流剣術では
他流派よりも防具を牛革などで
頑丈にせざるを得なかった
門人に、彼の有名な
『桂小五郎(長州藩士)』もいる
北辰一刀流と神道無念流の夢の
コラボレーション
何としてもモノにしたいが
「そう、なら話は早いわね
今から私の攻撃を耐え抜きなさい
先ずはそれからよ。それが出来たら
次の段階"真打ち"に移るわ」
始め!と蓮の合図で
神道無念流の稽古が始まった
「一刀様、ここまで
やってみてどうですか?」
空がオロチの調整を行いながら
横目で伺うように見てくる
「空…これはヤバい」
俺はというと蓮のお気に入りの縁側で
倒れ伏していた
「ははは…過酷でしょう
でもこれが一番の早道なんです」
そう、この過酷メニューを考えたのは
空だった。空は剣の腕は無いものの
人をマネジメントする力には
他に類を見ない能力を持っていたのだ
桜や蓮があそこまで強くなったのも
空との出会いがあったからだと
口を揃えて語っていた
「一刀様は今段階で何でも
するすると吸収できます
貂蝉の言っていた"型"による
影響でしょうね。だからこそ
過酷な条件での修練が意味を
持つのです。さぁ、出来ましたよ」
調整を終えた蓮がオロチを手渡しくる
「それじゃ…使い方を習得な」
悲鳴を上げる身体に鞭打ち立ち上がると
オロチを背負い庭に出る
「はい!刀から行きましょう」
オロチから餓龍をスラリと抜くと
先ず、思うように振ってみる
"ヒュ!ヒュン!ヒュン!"
それを続けていると自然と
刀が望む動きが聞こえてくる
刀自身の記憶だろう
こういう敵には、こう立ち回れ
こういう武器には、こうだ
こういう動きなら、こうすると良い
こういう状況なら、こうしてみろ
まるで"彼女"が隣にいて
教えてくれているように感じて
嬉しくなり、更に同調していく
『そうだ!やればできるではないか
北郷!ふふーん!まぁ、それだけ
私の教授が上手いのだろうがな!』
『あぁ…本当にお前は凄いな』
『やっと気付いたのか、バカ者め///』
すると直に彼女を
感じることができた
懐かしさ、嬉しさ、恋しさ…
あらゆる感情が使い手と刀の間で交錯する
『ほぅ……』
『どうした?』
『いや…北郷、分かるか?』
『あぁ…見ているな…』
『斬るか…』
『本当に好きだな…斬るの…
まぁ…今回は乗ってやる…』
『あはは!そうでなくてわな!いくぞ!』『あぁ!』
そのとき、一人と一振りは
初の敵を定めたのだった…
一刀様の振る刀は活き活きとしていますね
最初は拙い動きも一振り振るごとに
その陰はなくなり今では、達人と
変わらない動きへと昇華していた
恐れしいほどの速さで
経験と学習を繰り返しているのだろう
「きれいな太刀筋…そう思いません?」
と隣に現れた貂蝉に問いかける
「えぇ…彼女のように、真っ直ぐで
力強い太刀筋ね…惚れ惚れするわ」
貂蝉も一刀様を見つめながら頷く
「お!やってるわね~…って、スゴ…」
「わぁ…これ、私たちと変わらないよ…」
貂蝉の後を追ってか、二人も合流する
二人は目を丸くして、しかしキラキラと
一刀様を見つめてた
きっと武人としての血が騒ぐのだろう
「………」
しばし皆、無言で彼の姿を見つめていた
一刀様の太刀筋は舞のように見える
時に激しく…緩やかに…
時に流れるように…止まるように…
髑髏の眼には光が宿り
夕闇を舞う蛍の如く
闇に光の帯を引いた
光は彼の周りを飛び交い
幻想的な光景を作り出す
皆、その光景に心奪われていたのだ
「あ」
そんな光景を破壊したのは意外にも
彼自身であった
手からスッポ抜けたのか
主を失った刀は
"ヒュン!ヒュン!ヒュン!"と
恐ろしい声を挙げながら
彼女に迫って行った
「ちょっ!またなの!?」
デジャヴな気持ちを隠すことなく
彼女は愛刀を抜く
弾き返そうと振りかぶると
「防ぐな!避けろ!」
一刀様の声が聞こえる
「っ!?」
蓮が紙一重で刀をかわすと
刀は蓮の後ろの茂みに突っ込んだ
刀が姿を消した茂みの中から
"ドッ!"と鈍い音が辺りに響き
同時に『プギ――……』と
謎の声が聞こえた
皆は目を丸くして茂みと一刀を
交互に見つめ、立ち尽くす
唯一、一刀様だけは腕を組み
満足そうに頷くと
「さぁ…夕飯にしよう♪
今日は牡丹鍋だ!」
とにこやかに告げた
今夜の千葉家は牡丹鍋
皆で鍋をつつき会話も楽しむ
「う~ん♪美味しいよぉ!一刀♪」
桜が御機嫌に俺が胡座をかいた上で
ご飯を食べていた
「まさか、コレを狙ってたなんてね~」
蓮は一瞬不機嫌さを見せたが
美味いから良し♪と笑顔になったので
ひとまず胸を撫で下ろした
「でもよく分かりましたね、猪の場所」
今日は空が鍋奉行。皆に鍋を取り分ける
俺と貂蝉は牡丹が多めに入れてある
ことから彼女の優しさが見えるよな
「いや、刀がずっとあの茂みに
集中していたのが分かってね
突然『投げろ!』って聞こえたから
投げたんだよ。そしたらちょうど
蓮が居るもんだから、かなり焦った」
俺はご飯盛り担当。ていうか、桜…
その小さな身体にご飯何杯入れる気だよ
「刀の声ね~。いよいよ人間離れ
してきたじゃない、ご主人様♪」
貂蝉は女性?らしく綺麗に食べる
「るっせいやい」
ご飯を盛って、貂蝉に手渡す
「じゃあ、私はとっくに
人間離れしてるんでしょうか」
と空がシュンとなる
空は俺以上に武器の声が聞けるんでしたね
「それを言うなら、ここにいる全員が
人間離れしてるわよ♪」
特に桜が…とチョイチョイと箸で桜を指す
蓮、行儀わるいから…
「むー!誰が人間離れした貂蝉二号か!」
ムキー!と暴れだす
あぁ、下になってる足が痛いよ、桜…
るーっと涙が流れる
「だーれが!天下無双も裸足で逃げ出す
異形化物、歩く天変地異ですって!?」
「いやいや、そこまで言ってないから」
「貂蝉は天下無双の乙女よね~♪」
と蓮は俺の取り皿に入った肉を奪いさる
「おまっ!桜!ヤレ!」
「あいあいさー☆」
ふっと膝の上が軽くなると同時に
蓮の手の上の取り皿が消えた
「ふふーん♪この世は弱肉強食でしょ…
って、アルェーーー!?」
気付いた時にはすでに遅い
膝の上に戻ってきた桜の手には
蓮の取り皿
「そう、強者は弱者を身を
呈して守るもんだよな
奪うなんて言語道断だ」
よくできました~♪と桜の頭を撫でる
「えへ~☆」
「ぶー!貂蝉!やっちゃえ!」
「えー無理よ、桜ちゃんは
私より強いものー」
「使えないわね!仕方ない!行け…」
「鍋奉行中です☆お肉無しになりなく
なければ座ってください、蓮さん」
「…ぅう…これで勝ったと
思わないでよ、一刀ぉ…」
お前は…肉に負けたけどな
楽しい食卓も終わり、皆で今日の反省会
「ご主人様の基礎体力は人並み
先ずは底上げを計らなきゃね♪
私は軽く超えてもらうわよん☆」
軽く人外になれと…まぁ、やるしかない
これは基礎の基礎だもんな
「私の方は良い感じね☆
極限状態でやるのがいいのかしら
"耐"に関しては身体が覚え始めてるわ
桜もやっている"生存本能"を
目覚めさせるほど過酷な修練が
こっちにも良い影響を与えているわね
予想より早く"真打ち"に移れそうよ」
蓮の修練は本気だからな
痛みで僥倖。気を抜けば
最悪、腕が折れる覚悟が必要になる
絶対に気は抜けない
「私の方は…正直、遅れているわね
"速さと技"を教えて行く予定だったけど
今のままでは覚えても意味がないのよ
先ずは『生存本能』を引き出すことを
念頭に置くわ。いいわね?一刀」
分かってる。あの世界で幾分か
学んだつもりだったけど
生きることへの貪欲さが未だに
基準に達していないのだ
日常的に命の危機に晒されている民
と比べても雲泥の差がある
いざ窮地に追い込まれた時
諦めてしまうか、そうでないかは
やはりここで決まるんだ
…1つ気になるのは桜の喋り方…まるで…
「私の方も順調ですわ♪
元からあった能力だったので
あとは使い方を覚えて
いつ如何なる場合でも力を
引き出せるようにするだけです☆
『万物を武器にし、使いこなす力』と
呼びますが、これを極めれば
窮地を脱する手立てになると思います」
また、大層な能力だな…
でも確かに極めれば、石や棒切れ
果ては敵の武器すらも瞬時に
使いこなせるということか
戦略の幅が大きく広がるな
「以上ですね…一刀様
質問はありませか?」
「いや、ないよ
本当にありがとう、みんな
俺、頑張るから
皆の期待に応えられるように」
決意を胸に秘め
"ぐっ"と胸の前に拳を作り
皆を見回した
「焦らないことよ♪ご主人様」
「そう、一歩一歩、着実にいきましょう」
「大丈夫、私たちがついてるから♪」
「一刀様…頑張りましょう!」
皆も胸の前に"ぐっ"と拳を作り
見つめ返してくれる
あぁ、本当にいい人達と俺は出会えた
『仲間』同じ目標に向かって一緒に
頑張ってくれる大切な仲間が出来た
なら今はこの出会いを大切にしよう
出会いを無駄しないために
力の限り頑張ろう
俺は泣きそうな気持ちを
堪えて力強く頷いた




