お久しぶりです!
皆さま。大変、長らくお待たせ致しました。
今日の華琳さん家、永き刻を経て、帰ってまいりました!
遅筆ではございますが、これからも、宜しくお願い致します。
それでは、閉じられた本を再び開きましょう
俺たちが産まれる、昔むかし
遥か昔に、その国はあったんだ
『魏』…それは遥か昔、中国の三国時代に華北を支配した王朝
首都は洛陽
曹氏の王朝であることから曹魏、あるいは北魏に対して前魏ともいわれている
正史では45年間しか続かなかった王朝だが、魏・蜀・呉の戦国史を描いた『三国志』や『三国志演義』などで伝わり、日本でも魏は卑弥呼を記述した「魏志倭人伝」で知られている
その一国の王、そして今や大陸の王となった者
その者、姓を曹、名を操、字を孟徳
今回、話の渦中に居る少女もまた、外史に居ながら、同じ名を冠した存在であった
「…なに?」
真名を華琳
「なによ…?」
彼女は中国後漢末の武将であり、政治家としても優れ、詩人、兵法家としても業績を残していた
「…なに?」
彼女こそ、正に完璧超人の名を欲しいままにした人物である
「…どうしたのよ?」
「別に?」
幼名は阿瞞また吉利
出身は沛国県(現在の安徽省亳州市)
後漢の丞相・魏王で、三国時代の魏の基礎を作る
廟号は太祖、謚号は武皇帝
後世では魏の武帝、魏武とも呼ばれた
それだけの者がまさか、こんな可愛らしい女の子だと、誰が思うだろうか?
俺、北郷一刀自身、思ってもみなかったし、まさかまさか、契りを交わすことになるなんて想像も出来なかった
「そうかしら?私には、どう見ても笑ってるようにしか見えないのだけど?何を企んでるの?」
「企んでるなんて、人聞き悪い。久しぶりに華琳の凄さを実感してただけさ。それより、準備はできた?」
「凄さねぇ…?まぁいいわ。準備なら、出来てるわよ。でも、突然なに?買い物に付き合ってくれなんて…」
「久しぶりに二人きりも悪くないだろ?」
「あら…?貴方からそんな言葉が出るなんて、珍しいわね?どういう風の吹き回しかしら。少し、怖いわよ?」
「ひどっ!俺だって、華琳と二人きりになりたいときくらいあるって。大事な人なら、尚更さ」
「ふふ…冗談よ。そこまで言うなら分かったわ。今日はしっかりと、私を"えすこーと"しなさい」
「あぁ!任せてくれ!華琳!」
照れながらも差し出された小さな手を、俺はしっかりと握りしめると、微笑みを浮かべて、街へと繰り出した
「はぁ…」
ここは、魏領…いや、大陸でも最大の市場
彼女が治める天下の台所ならぬ、天下の万屋だ
欲しい物は、必ずある
だが、広すぎる上、品数が多すぎるが故に見つけるのが困難だと、口々に訪れた人々が呟く場所であった
「はぁ…」
何度目か分からないくらいの溜め息が、隣から聞こえる
「疲れた?」
「…大丈夫よ。私のことはいいから、買い物を済ませましょう?」
「そう?」
大丈夫と呟く少女の声に、いつものハリは伺えない
広すぎる上、人が多すぎて目眩すらしてきたのだろう
チラリと横目で見れば、若干、その横顔に疲労が見て取れた
本当は、すぐにでも休みたいのだろうけど、決して口にしないところは流石、上に立つ者として意識が違う
この子は、本当に弱みを見せないよな…
それなら…
「あ、そうだ。近くに美味しい茶屋があるんだ。行ってみない?」
「え?……えぇ、いいわ」
華琳は一瞬、目を丸めると、笑顔で頷いてみせた
「ふぅ…」
華琳はゆったりと椅子に腰を下ろすと、小さな茶器を手に、行き交う人々を眺める
「やるじゃない、一刀」
「お褒めに預かり、光栄至極だね」
「ふふ…」
「はは…」
一息ついた華琳は口許に笑みを浮かべると、静かに呟く
俺もまた、満更でもないように微笑むと、二人は静かに無言を楽しんだ
「報告は受けていたけど、実際に目で見てみると、凄いわね。」
「小さな警備隊長さんと軍師さんが頑張り続けた結果さ」
「…あぁ。あの二人ね」
行き交う人々を眺めて、俺はほくそ笑むと、華琳も理解したのか、小さく頷いた
「報告は受けているわ。できるなら、二人の様子も見ておきたいわね」
「そうだね」
運が良ければあえるさ、と人が行きかう通りを眺めていると…
『うおおぉ!退け!退けー!』
目の前を慌てた様子の男が走り抜けていった
「…ねぇ、一刀?」
「ん?なに?」
華琳はひきつった笑みを浮かべると、ゆっくりと走り去る男を眺める
「今、走り抜けていった男なのだけど、小脇に女性ものの風呂敷を抱えていなかったかしら?」
「あぁ、綺麗な風呂敷だったね」
お茶に口をつけながら、俺はコクりと頷くと、何事もなかったように菓子に手をつける
「ふぅ。美味しい…」
「美味しい…じゃないでしょ!?さっきの、完全に盗人じゃない!」
「落ち着けって。時間ギリギリの納品かもしれないだろ?」
「納品…って、そうね。その可能性も…」
俺の言葉に、華琳は顎に手をあて考え込み始める
『まてー!泥棒ー!』
ちょうどその時、華琳の目の前を北郷隊の皆がかけて行った
「(あぁ…久々の俺の休暇が…)」
「…一刀?」
「はい…」
「いくわよ」
「はい…」
俺は重い腰をあげ、北郷隊の後に着いていく
「どうしたの?」
『え?うおっ!?隊長じゃないですか!なぜここに!』
「うん。ちょっと、帰ってきてた。ちなみに…」
「私もいるわ」
ジャーン!ジャーン!ジャーン!
『げぇっ!?曹操様!?』
華琳が隣に並ぶと、隊の皆は目を丸めて驚きの声をあげる
「げぇっ!?とは何よ。げぇっ!?とは…」
『す、すみません!』
「まぁまぁ。驚かせるような出かたするからだよ」
「ふん!」
気に入らなそうに鼻を鳴らすと、華琳は駆けながら前を走る賊を睨み付ける
『隊長は分かるのですが、曹操様までなぜ走られてるのですか?』
「今日は久しぶりの休暇だったのだけど。目の前でこんな醜態を曝されてはねぇ?」
『申し訳ございません!』
「でも、そうね。久しぶりに現場の空気というものもいいわ。貴方たち!この曹孟徳の指揮に従いなさい!この瞬間、北郷隊は"曹隊"になってもらうわよ!」
『お、応ーっ!!!』
華琳の突然の勅に、隊はざわめきだった
「賊は何人かな?」
『一人です。ですが、かなりの手練れらしく、一度捕らえたのですが、すぐに拘束を振り切って再び逃走を許してしまいました』
「そう」
『申し訳ございません!』
素っ気なく答える華琳に、兵たちは頭を下げつつ走る
器用なもんだね…
「一刀!笑ってないで、あいつを捕まえるわよ」
「了解。作戦は?」
「ふふ?貴方、前に言ってたじゃない。策とは、実力が上の者に使うものでしょ?賊一人に使う策など有りはしないわ」
「あれ?聞こえてたの?」
「ええ。バッチリとね」
華琳は含み笑うと、周りの兵に渇を入れ直し、自身が先導して賊へと挑みかかるのだった
『ぐっ…ちくしょう…』
「ふう…。手こずらせてくれたじゃない」
「全くだ…」
縛られた賊を見送り、華琳は苦笑する
俺も頷くと、近付く兵に目を向けた
「どうした?」
『隊長…。賊が持っていた物なんですが…』
兵の差し出した物は、賊の抱えていた風呂敷だった
「盗られた物か…。持ち主は?」
『それがどうやら、その持ち主も怪しいんですよ』
「どうゆうことかしら?」
『いえ、会って頂ければ分かるかと』
何とも歯切れの悪い物言いの兵は、通りの先を見つめる
通りの先から、数人の兵に連れられてやって来たのは、フードを深く被った男だった
『今回の被害者です。ですが…』
「見るからに怪しいな」
「ええ、見るからに怪しいわね」
俺と華琳は眉をひそめると、男を足元からゆっくりと眺める
『この国の作法とは、ほとほと変わっているな?初めて会った人物を、値踏みするかのように眺め、挙げ句に不躾な評価まで付けるとは…。貴方たちは人間観察が趣味なのかな?』
クツクツと男は笑うと、兵に向き直り風呂敷を渡すように、手を差し出した
「返す前に、荷物を見分してもいいかしら?」
『…構わないよ。だが、大事に扱ってくれ。大事な納品の品なんだ』
「そう、分かったわ」
風呂敷を受け取った華琳は、しばらく眺めると一息ついて、中を確かめ始めた
包みの隙間から“ソレ”が見えた瞬間…
“ぞくっ!!!”
「っ!?」
凄まじい怖気が俺の体を駆け抜けた
「これは…“皿”かしら?」
『ふふ…。あぁ“皿”さ』
男はローブから覗く口元を、釣り上げ微笑みを浮かべる
華琳は繁々と“ソレ”を眺めると、俺を見上げた
「問題はなさそうね?…一刀?」
「そう…だね」
華琳の問いに頷くも、俺の目は未だに“ソレ”に向けられている
さっきの怖気はなんだったのか、思い出せば思い出すほど、嫌な予感めいたものが胸を渦巻いていた
「一刀?」
「え?」
「どうしたの?顔色が悪いわよ?」
「いや…。すまないが、教えてくれないか?“これ”はなんだ?」
『君は、おかしなことを聞くんだね?見ての通り、これは“ただの皿”だよ』
「こんな銅錆びだらけの皿に価値があるの?」
『世の中には、珍しい物を欲しがる人間が少なからずいるのさ。さあ、話は終わりだ。早いとこ、納品して、今日の仕事を終えたい。皆々さま、どうもありがとう。お世話になりました』
男はクスリと微笑むと、風呂敷と“モノ”を受け取り、丹念に包み直し頭を下げる
「こちらも、引き留めて申し訳なかったわ。気を付けて行きなさい」
『いえいえ…。それでは、また来世』
男は軽く会釈をすると、やがて、街の喧騒へと消えて行った
「“来世”ね?変わった別れの言葉だわ」
「そうだね」
俺たちは男の消えた先を眺め、小さくそんな言葉を呟く
しばらく、眺めていたが、急に振り返ると兵を呼び寄せ、通りを指差した
「貴方」
『はい!』
「今の男を着けて、正体を突き止めなさい。それと、危険を感じたら、すぐに戻りなさい」
『御意!』
華琳の指示に頷くと、兵はあっという間に衣を変えて、喧騒に消えていった
「華琳?」
「貴方は気になっているのでしょ?なら、調べる価値は十分にあるわ。何より、アレは皿ではないようだしね」
私も正体を知りたいのよ、と華琳は呟くと悪戯っぽく微笑んだ
「…さすが、天下の曹操さま」
「ふふ…でしょう?」
そんな彼女に俺は微笑むと、男の消えた先を静かに見つめるのだった
『ふぅー、参った参った』
男はチラリと元来た道を振り返ると、ほっと胸を撫で下ろした
しばらく視線だけをキョロキョロと、さ迷わせると人混みを避けるように脇道に入っていく
路地裏の影に身を潜めると、再び用心深く周りを見渡して、ようやく安全を確保したようだ
風呂敷を眺めると、ゆっくり中を確認するように開き始めた
『割れや、傷はないよな?』
物を取り出すと、繁々と眺め、破損がないか確認していく
じっくりと確認して、男はホッと胸を撫で下ろすと風呂敷に物をしまって、くたりと地面に腰を下ろした
『はぁ…。ふ、ふふ…さすがに今回は焦ったな』
「おやおや~?路地裏の影から、不気味な笑い声が聞こえると思ったら、どこぞの変態さんじゃありませんか」
『っ!?』
男は安堵もつかの間に、突如かけられた声に身構える
振り返った男の前には、飴を舐める女の子と、知性を漂わせる女の子。そして、変わった頭巾を被った女の子が立っていた
『変態って…。酷い言われようだね』
「なにいってるのよ?風呂敷なんて眺めて、興奮できるなんてヤツなんて、十分変態じゃない!汚らわしい」
「まぁ、実際に眺めていたのは、風呂敷ではなく、その中身ですがね。中身は無事でしたか?」
『あぁ、大丈夫だった。まだ、刻ではなかったようだよ』
男は小さくため息を吐くと、風呂敷を撫でる
「それは、よかったのですよ。これは、大切な鍵ですからね~」
「残りは一つ。早いとこ、探すわよ。」
四人はしばらく風呂敷を見つめていたが、人の気配を感じたのか、周りを見渡すとイソイソと通りを抜けて、人混みの中へと消えていくのだった
「ところで一刀?」
「え?なに?」
不意にかけられた言葉に振り返ると、大層、ご機嫌斜めな様子の華琳さんが立っていた
「貴方の部隊だけど、今日の醜態はどうしたというの?これでは、民を任せることはできないわよ?」
「すまない。早急に対処するよ」
「なんなら、一月でも、こちらに残って強化してはどう?」
『え…?』
華琳の急な提案に、周りの兵がざわつき始める
なんだよ、嫌なの?
軽く傷付くんですけど…
なんて、考えていると、なぜだか周りの兵がズイズイと近付いてくる
『それは、ありがたいお話です!是非とも、ご指導願えませんか、隊長!』
「隊長!自分からもお願いします!」
「お?おぉ、君は…」
爽やかで、それでいて強かな声が背にかけられる
振り返ると見知った顔がそこにはあった
北郷隊副隊長の爽やか青年だ
「どうか、お願いします!隊長!」
「う、うむ…」
副隊長を始め、兵たちの熱すぎるくらいの熱意に、俺は渋々と頷くのだった




