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七人目の戦士

作者: 吉邑 正

-私の好きな、源頼光や頼光四天王の登場する創作昔話です―-。

-昔―-世界の安寧を守る、天竺の那羅延天ならえんてんという神様が、金翅鳥(こんじちょう=怪鳥ガルーダ)に乗って、京の都を訪れた時の事―-。



-嵐山に鬼が出るという噂を聴いて、渡辺綱わたなべの つなという侍が、それなら自分が鬼を退治してやろうと思ってやって来たが、案に相違して鬼は大きく強かったので、刀で斬りつけても致命傷を与える事が出来ず、逆に彼は、鬼の腕の一振りを食らって吹っ飛ばされ、倒れた―-。




-それを見た那羅延天は、急降下して地上に降り立つと、神の持ち物である戦輪(チャクラ=円盤の武器)を投げ付けて鬼を真っ二つに切断し、急いで侍を助け様としたが、彼は既に死んでいた―-。



-渡辺綱という侍は、若く美しい容姿で、その正義感と勇気に感動した那羅延天は綱の姿となり、しばらく京の都に留まる事にした―-。



-彼は、金翅鳥を小さくして懐に入れると、京の町の中心を目指して歩き始めた―-。




-しばらく行くと、常寂光寺じょうじゃっこうじという寺の前に、若い女が佇んでいるのに出くわした―-綱は、鬼の出没する中、女の一人歩きとは物騒と思い声を掛けたが、女は「ありがとうございます、ご心配には及びませぬ―-」と言って一礼し、顔をそむけた―-。




-その立ち居振舞いから、武家の娘と思われたー-。


-綱は、お呼びでないと言われて、立ち去ろうとし一歩を踏み出したが、それと同時に異様な殺気を感じ、やっぱり娘が心配になってその場を離れなかった―-。



-すると、寺の山門の陰から三人の侍が躍り出て来て「やいやい―-我らの仕事の邪魔をするな―-」と怒鳴った―-。



-侍達は、源頼光みなもとの らいこうの家来、臼井貞光うすい さだみつ卜部季武うらべの すえたけ坂田金時さかたの きんときで、女は平宗則たいらの むねのりの娘で菱百合ひしゆりといい、四人は頼光四天王と呼ばれていた―-。





-その様子を見ていたのか?―-何か大きなものが、逃げてゆく気配を綱だけが感じたー-。-彼は、四人に踵を返すと逃げたものを追いかけたが、それは、先ほど倒したものとほぼ同じ容姿の大きな赤鬼で、嵐山での鬼騒動は、この二匹の鬼の仕業と思われた―-。-鬼は、人家の塀を越え、屋根に登り、木から木へと飛び移るので、普通の者ではとても追い付けない―-。



-しかし綱は、一定の距離を保って、鬼を見失う事なく追跡していた―-。-まだ仲間が居るかも知れない―-。


-あわよくば、鬼の根城まで案内してもらおうと考えていた―-。



~一方、鬼の方は、追っ手の気配が一人と気付いて逃げるのをやめ、逆に待ち伏せておった―-。



-そして、駆けて来る綱の前に樹上から飛び降りると両手を広げて威嚇したが、その刹那、綱の投げた戦輪が、鬼の首を斬り落とした―-。










-翌日、源頼光は、頼光四天王を自邸に呼び「嵐山で暴れておった鬼の首を手土産に持って来た者が居る―-わしの家来になりたいと言うのじゃが―-この様な土産を貰ったのでは、断る事も出来ぬゆえ承知した―-」と言った―-。



-頼光と対面して座る四天王の背後に、いつの間にか居た男が頭を下げ「渡辺綱と申す―-」と挨拶した―-。-四人は驚いて振り返ったが、臼井貞光は「あぁ―っ―-お前は、昨日の―-!」と声をあげた―-。







-その数日後―-源頼光のもとに、帝(三条天皇)の御所の詰所に駐在している頼光の家臣の、藤原保昌ふじわらの やすまさから、帝が健康を害されたが、薬師の見立てでは原因がわからないとの報告があった―-。



-早速、御所に派遣されたのが、渡辺綱、菱百合、卜部季武の三人で、普段は陰陽師が使っている護摩壇を借り、季武が得意の降魔占術を試みたが、魔物の気配を感じるとの占い結果であったため、怪事件の専門家=源頼光や、残りの四天王の二人も御所に向かった―-。




-その宵の事―-渡辺綱と菱百合は、二人で御所の庭を警備していたが、植木の陰から現れた、藤原保昌が「お疲れでござろう―-少し休まれよ―-」と言って、彼の詰所で葛湯をご馳走してくれた―-。



-菱百合は「綱様は、魔物の正体は何だと思いまするか―-?」と訊いたが、綱はそれには応えず黙っていた―-。-保昌は「一番恐ろしい魔物は、油断じゃ―-」と言ったが、その直後、綱と菱百合は、背後からの激しい衝撃を受け失神した―-。



-しばらくして綱は目覚めたが、身動き出来無い様に全身を縄で縛られていた―-。

-保昌は刀を構え、綱に「言え―-お前は何者じゃ―-?」と訊いた―-。-綱は「わたしが死んでも、頼光四天王が居るぞ―-!-陰謀は阻止されよう―-」と応えたが、保昌は「頼光四天王など恐くはない―-恐いのは綱、お前だけじゃ―-」と言って、綱と同様に全身を縛られた、菱百合の首筋に刀の先をあてると「この女がどうなっても良いのか―-!」と脅した―-。



-菱百合は、充血した涙目で綱を見たが、その表情は、たとえ死んでも悪には屈さないという毅然とした態度を示していた―-。-それを見返す綱の瞳は「大丈夫だー-!」と語っている様であった―-。



-いつの間にか、綱の懐から抜け出た金翅鳥が、藤原保昌の背後で人の姿となり、刀を奪って斬り付けた―-。



-保昌は身を翻して刀をかわし、戸を打ち破って詰所の外に逃げた―-。人の姿の金翅鳥は刀で、綱と菱百合を拘束する縄を切り、外に出て行った―-。




-綱は、菱百合に「そなたは、ここに居ろ―-!」と言うと、保昌と金翅鳥を追って外に出たがー-。



-詰所の外には、虎の様な巨大な獣がおり、その前足の一撃を食らった金翅鳥は吹っ飛ばされた―-。



-綱は金翅鳥を抱き起こすと、彼を小鳥の姿に変えて懐に入れ、その手で戦輪を取り出し、獣に投げ付けた―-。



-戦輪は、巨大な獣の首を斬り落として、綱のもとに帰って来た―-。-首を失った獣の胴体は「ズズ~ン」という鈍い音をあげて倒れた―-。



-騒ぎを聴いて、丁度駆け付けた、源頼光や大勢の者が、御所の庭に集まって来たが、その中に、藤原保昌の姿があり、綱も菱百合も驚いた―-。




-菱百合は、近くに居た卜部季武の刀を抜くと、藤原保昌に向けて構え「観念せよ―-!」と叫んだが、保昌は全く動じず、遠くを観る様な眼差しで「袴垂はかまだれじゃー-」と呟いた―-。





-藤原保昌は、生まれながらにして不思議な力を持っており、武芸の達人となったが、彼と瓜二つの容姿の弟=保輔やすすけは、霊感の強い男であった―-。



-やがて保輔は、悪の道に傾いた―-商人から物を買い、料金を払わずに斬り殺しては、自宅に掘った穴に投げ入れる様な悪事を繰り返し、それが発覚すると逃げて盗賊となり、袴垂と名乗った―-。



-霊感の強い袴垂は、神出鬼没。討伐をかわして君臨していた―-。






-巨大な獣が暴れた翌朝、御所の庭には巨大な虎の様な首が転がっていたが、胴体は消えていた―-。-人々は、袴垂は、ついに魔界と通じる様になったのだろう、そして帝に呪いをかけておったのだろうと噂し合ったー-。-確かに、それを証明するかの様に、袴垂が逃げてしまった事件の数日後には、帝の病は快方に向かった―-。




-これはもう立派な怪事件であり、源頼光に、正式に袴垂討伐の命令が下った―-。






-渡辺綱は、源頼光に「今にして思えば、嵐山での鬼騒動も、袴垂の仕業であったのでしょう―-わたしを、もう一度嵐山に行かせて下され―-」と申し出た―-。



-頼光は「うむ―-手掛かりはそれだけじゃ―-綱、頼んだぞ―-」と、彼を送り出したが、菱百合は「わらわもお供致します―-」と、綱に付いて行ってしまった―-。



-頼光らは、菱百合が綱に随行する事に口を挟まかったが、ちょっと羨ましそうに、二人の後ろ姿を見送って呆然としていた―-が、臼井貞光は「やれやれ、色男には勝てんわい―-」ともらした―-。







-渡辺綱と菱百合が嵐山に着くと、日の暮れ時になってしまったので二人は初めて出会った、常寂光寺を訪ね一夜の宿を乞うた―-。



-寺の和尚は日禎にっしんといい、快く泊めてくれ、二人に夕げをご馳走してくれた―-。




-綱は和尚に「常寂光とは、どの様な意味があるのですか―-?」と訊いた―-。-和尚は「遥か西の国の日の神の事じゃ―-そしてわしは、お主を待っていた―-」と応えた―-。




-その晩―-日禎和尚は、本堂で護摩を焚き、一心に読経し祈っていた―-。-綱と菱百合は、和尚の邪魔をしない様に別の部屋に居たが、自然に二人は寄り添っていた―-。





-菱百合は綱に「袴垂は、頼光四天王は恐くないと言いました―-恐いのは、あなただけだと―-そして日禎和尚は、待って居たと―-あなたは、本当は誰なの―-?」と訊いた―-。



-綱は応えず、菱百合の唇に、そっと自分の唇を合わせて、話せない様にした―-。




-その時「ドドーン!」という轟音と共に、寺全体の空気が揺れた―-。




~二人があわてて本堂に駆け付けると、中央の護摩壇が吹き飛ばされており、その脇に日禎和尚が倒れていた―-。



-綱は和尚を抱き起こしたが、彼は「わしの事は心配いらん―-魔界に逃げた袴垂を呼び戻すのがわしの役目じゃ―-戦え―-綱殿―-六百年後に、又、お会いしましょうぞ―-」と言って、こときれた―-。




-護摩壇の火の粉の残る本堂中央には、猿の首にすげ替えられた、虎の様な奇怪な妖獣= ぬえと、それに跨がった袴垂が居た―-。

-綱は、一瞬、菱百合の目を気にしたが、懐から戦輪を取り出すと、袴垂に向かって投げ付けた―-。-しかし、鵺の猿の首は、ガキッと戦輪をくわえてしまった―-。



-「馬鹿め―-二度と同じ手で殺られるか―-!」袴垂は雄叫び、鵺から飛び降りると、刀で綱の腹を刺した―-。-そして、その刀を抜いて、もう一度、胸を刺し「死ね―-!-わしの邪魔はさせん―-!」と叫んだ―-。



-そして鵺に跨がって、本堂の天井を突き破り、外に駆け出して行った―-。




-綱は、よろよろと起き上がって倒れ、又起き上がろうとしたが、覆い被さる様に抱き付いた菱百合は「動けば、死にます―-」と彼を止めた―-。




-綱は、うつろに彼女を見て「菱百合―-わたしは、人では無い―-天竺から来た、那羅延天じゃ―-」



と打ち明けた―-。



-涙化粧の菱百合は「あなたが誰でも、わらわは―-」と言って、綱にすがり付いた―-。-綱は「明日の朝―-東の空に日が昇る―-それがー-わたしじゃ―-」と囁いた―-。



-ゆっくりと身を起こした綱は「行かねばならぬ―-このまま袴垂れを逃がしたら大変な事になる―-」と言って、懐から小鳥の金翅鳥を出すと、それは巨大な怪鳥の姿となった―-。



-「嫌―-行かないで―-!」悲鳴の様に叫んで止める菱百合を振り払って金翅鳥に乗った綱は、先ほど鵺が打ち破った本堂の天井の穴から飛び立って行った―-。






-金翅鳥は直ぐに、小倉山を駆け下りる鵺を見つけ、鋭いくちばしの一撃をくわえたので、袴垂は鵺から転落した―-。


-綱は金翅鳥から飛び降りた―-。-そして鵺と格闘している金翅鳥の脇で、袴垂に向かって刀を構えたが、立って居るのが精一杯である事は袴垂にもわかった―-。




-「しぶとい奴め―-お前の武器で、とどめをさしてやるわ―-!」袴垂はそう叫んで、鵺がくわえ取った戦輪を手にし、綱に投げ付けた―-。



-綱は、最後の力を振り絞り右手で弧を描いて空を切った―-。-戦輪は、空中で反転し、袴垂の首を斬り落とした―-。



-金翅鳥は、鵺を相手に苦戦していたがその時、一本の矢が鵺の右目を射抜いた―-。


-矢を放ったのは、源頼光で、彼らも嵐山の地に来ていたのである―-。-動きの止まった鵺を、頼光四天王の三人が斬り付けて倒した―-。




-綱は、金翅鳥の背に倒れ込んだ―-。-怪鳥は、一鳴きすると、飛び立って行ってしまった―-。







-翌朝―-源頼光達は、菱百合を見つけた―-。-彼女は、頼光に駆け寄ってすがり付き「綱様は―-綱様は―-」と言って泣いたが、その後は、言葉にならなかった―-。



-頼光は「何も申すに及ばぬ―-」と彼女を優しく抱きしめた―-。







-東の空に日が昇り始めていた―-その日を背にして、一人の男が、頼光達の方に向かって歩いて来るのが見えた―-。










-那羅延天の化身した、渡辺綱は死んだ―-。-しかし、大神那羅延天は不滅である―-そしてその力で、鬼に倒され死んだ本当の綱を甦らせたのであった―-。








-いかがだったでしょうか―-。




-わかる方だけニンマリして頂ける、あるテイストを盛り込んだのですが―-。

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― 新着の感想 ―
[良い点]  心躍りました。  端的な文章、決して多くはない文字数の中に、伝奇物語の壮大なロマンを感じました。  日本人なので、日本を舞台にした昔物語はそれだけで読んでいて楽しいです。次回作も楽しみに…
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