シンデレラではありません!
王子様を目の前にして逃げ出したいと思うのは、私か犯罪者くらいではないだろうか。
本当、何でこんなことになったんだろう。
現実逃避のために巡らせた思考は丁度五日前の出来事から回想を始めた。
その日は朝から忙しい日だった。
王家の使者が義父であるメリディア公爵ではなく私を訪ねてくるというのだ。
昨日催された舞踏会で何かあったと義母様に聞いたけれど、生憎風邪が治りきっていなかった私は参加していないから知らない。
なのに今朝、いきなり先触れが来て「王様の代わりに宰相が私に用事があって会いに来る」という内容を長ったらしい前口上と一緒に回りくどい言葉を使って伝えてきた。
おかげで我が家は上へ下への大騒ぎ。
当事者にさせられた私も、やれ失礼の無い服装だ髪型だのと結構長い時間直属のメイド達に着せ替え人形にされた。
正直、面倒。
失礼の無い程度に適当でいいんじゃないかと思う。
宰相様だって着飾る時間も手間も無いことくらい考慮して見逃してくれるんじゃないだろうか?
義母様にそう言ったら「時間の無いときこそ最上の装いをするものだ」と怒られた。
もてなしの心を持て、ということらしい。
そんな訳で、これから舞踏会にでも行くのかという位しっかり着飾らされて宰相様に対面した。
「お初にお目にかかります、宰相閣下様。メリディア公爵が養女フローラ=メリディアにございます」
挨拶ってこんなかんじで良かったっけ?と思いながら適当に考えた口上だったけど、宰相様は目を細めて満足そうに頷いたからこれでよかったんだろう。
許可されて顔を上げると、40代とはとてもじゃないけど思えない綺麗な顔。
疲労感たっぷりの憂い顔だけど、そういうところも「影がある」とか言われてマイナスにはならなさそう。
「来て早々申し訳ないのだが、本題に入らせてもらってもよろしいか?」
「ご随意に」
では、と宰相様が持ってこさせたのは、片方だけのガラスの靴だった。
かなり小さい。足の小さい自覚がある私でもぎりぎり履けるか、というくらいだ。
まさかシンデレラの童話みたいに「舞踏会に来た見知らぬ姫が忘れて帰りました」なんてことは・・・
「この靴は、昨日催された舞踏会で王子と踊られた令嬢が忘れて行かれたもので、私はこの靴の持ち主を探すために各家を回っているのです」
はい、大正解ー。
当たった所で何の嬉しさも無いけど。
「まあ。御伽噺のようなことが本当にあったのですね」
「そうなのです。申し訳ないのですが、王より爵位をお持ちの方のご令嬢には皆試し履きをさせるようにと仰せつかっております。別室にてお試しください」
心底申し訳無さそうに言う宰相様。
ここで断るのは義父様に迷惑がかかるかもしれないし、とりあえず別室で試させてもらうことにした、ら。
「まあ・・・ぴったりですわね、お嬢様」
「本当に。まるでお嬢様のためにあつらえたような」
「・・・そうね」
私は昨日風邪という大義名分を掲げて部屋でぐうt・・・静養してたからその見知らぬ姫ではないけど。
ともかくも「一応足は入った」という事実を伝えてもらうと、宰相様は私を王城に連れて行くわけでもなく普通に帰っていった。
それから五日。
何の音沙汰も無かったからガラスの靴のことなんてすっかり忘れた今日、急に王城に来るようにと義父様経由で呼び出された。
案内された部屋には私を含め貴族のご令嬢らしき人が8人。
最初は何事かと思ったけれど、部屋の隅に立つ使用人が持っているガラスの靴が目に入って理解した。
ああ、私以外にも靴が履ける人がいたのか、と。
それからまた二人増えて、貴族令嬢は全部で10人。
いつまで待たせるんだろう、と思っているとノックが鳴り使用人らしき人が告げる。
「リヒャルト=アルディルナ=シエンタル王太子殿下がおいでになられます」
その声を合図に、思い思いにくつろいでいた私達は立ち上がり礼をする。
なんとなく人が来たのがわかる。足音が微かにしかしないからすごく分かりづらい。
「顔を上げてください」
宰相様の声で私達は礼を止める。
部屋で一番豪華そうな椅子には金髪碧眼の青年、リヒャルト王子が座っている。
へえ、この人が。と思って不躾でない程度に、あくまで自然に王子を観察する。
ふと、目が合う。
逸らしたら負けだと思って一拍じっくり観察した後、結局目礼をする。
目線を元に戻したらもう王子の目線は私のほうにはなかった。
それにしても、こんななんとも思っていないだろう女の子達に微笑み続けて疲れないんだろうか。
「王子、あまりお時間が」
「わかっている」
宰相様にそう笑いかけて立ち上がり、歩いた先にいたのはこの国で一番可憐だと噂されている某伯爵令嬢の前。
「ご足労頂きありがとうございます。また次回の舞踏会にてお話いたしましょう」
そう言って手にキスをする。
隣の伯爵令嬢にも、また隣の子爵令嬢にも同様に。
そして、私の前―――――を素通りして男爵令嬢、侯爵令嬢と続けてゆく。
挨拶されなかった私は、他の皆さんからあからさまな嘲りとか侮蔑とかいった視線を貰った。
べ、べつに悔しくなんかないもんね!むしろなんで私を放置するんだっていう怒りのほうが強いもんね!
くっ・・・こうなったら意地でも冷静でいてやる・・・。
私以外のご令嬢方に挨拶し終えた王子が宰相になにやら目配せすると、私は使用人の一人について別室に行くように言われた。
・・・私、何か失礼なことでもしたっけ?
王子をじろじろ見てたのが悪かったのかな?でもばれないようにしてたし・・・。
案内された先で結局どういうことのなのかと考えていると、ノックの音が響いた。
入ってきたのはさっきと同じくリヒャルト王子と宰相様。
顔を上げよと言われてなおると、目の前に来た王子が私の手をとりひざまづいた。
・・・ひざまづいた?
「フローラ殿――――――――――私のために私の妻になってもらえませんか?」
拝啓、天国にいらっしゃるでしょうお父様お母様。
お二人の娘であるフローラは、なぜか当事者でもないのに御伽噺の舞台にあげられてしまうようです。
キャラ構想は練れるものの庶民Aはこういう上流階級のことは書けるほど詳しくないのできっとこれは中世上流階級「もどき」を舞台にしたものかと。