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 鈍い音と共に、体に痛みが走る。頭がぼうっとしているのか、私は大きく息を吸った。吸った途端、猛烈な吐き気に襲われながら、必死に息を吸う。首が痛い。呼吸が上手くできない。酸素を取り入れようと、私の体は大きく呼吸をしているのに、呼吸がままならない。どういうこと、としっかり顔を上げると、見覚えのない光景がそこに広がっていた。薄暗くて見えづらいが、ここは家だ。だが、私の家ではない。吐き気を飲み込みながら、何とか呼吸を整えて、フラフラと立ち上がった。私の傍らに椅子が転がっている。それと、首に何か巻きついている。その前に。


「……私の体じゃない」


 本来の私の体は、まあ一般的な成人女性の体つきをしているが、この体は違った。どう考えても小さい。小さいと言うよりは、痩せこけているようにも見える。首の辺りに手をかけた。


「うっ……これ……」


 麻縄がきつく巻いてある。それに気づいたと同時に、私は天井を見上げた。薄暗くても分かった。天井の梁からちぎれた様な麻縄がぶら下がっている。投げ出されたかのように転がっている椅子のこともあり、一瞬で察してしまった。


「こんなに体の小さい子が……?」


 原因なんて分からないが、とりあえず助かってしまったようだ。いや、本当の、この体の主は助からなかったのかもしれない。空っぽになって、どういう訳か私が入り込んでしまったようだ。私が……私が?


「どこだここ……」


 よろよろと、部屋にある小さな窓から外を覗き込むと、そこには森と、家が広がっている。家なんて、見たことない造りの家だ。本当に知らない場所に来てしまった。ようやく、私の頭が冴えてきたところで、記憶の補充を行うようにして、誰かの記憶が頭に注がれていく。背筋が汗を伝う。


「っ……、う……」


 その場で嘔吐した。胃には何も入ってなかったのか、胃液ばかりが込み上げて、喉が焼き付く。ひゅうひゅうと呼吸をしながら、その場に座り込む。流れ込んできた記憶が、幸せな記憶と、凄惨な記憶が両方流れてきて、胃の中がぐるぐるとしている。


 彼女の名前はステラ。どこにでもいる村娘だった。父と母の三人暮らしで、質素ながらも幸せに暮らしていた。はずだった。父が謎の借金を背負わされるまでは。私の世界でもよくある話だ。友人の借金の連帯保証人。この世界にもあるんだ、などと何故か世界を受け入れ始めていた。それは置いておいて。そこからは借金を返すために、必死に働く日々だった。娘であるステラも、城下町に出て内職で作った縫い物などを売りに行っていたらしい。その毎日の繰り返しで、いつだったか、城下町で遅くまで物売りをして、帰ってきたときのことだった。家の灯りが点いていない。おかしいなと思いつつ家のドアを開けた矢先だった。


 暗闇にぶら下がる、二人の影。梁に結ばれた麻縄の音が、二人の体重でぎいぎいと音を鳴らしていた。そこから先の記憶はとても断片的になっている。ほかの村の人を呼んで、両親の遺体を下ろしてもらって、それで……と。ステラは抜け殻のようになっていた。そして借金はまだまだ、残っている。残された自分に引き継がれてしまっていた。ステラは両親を恨むことはしなかった。だが、現実は非情だった。返済しても返済しても、ステラひとりで返済できる借金の額は雀の涙程度だった。程なくして、ステラは、両親の元へ自分も行ってしまおうと……。


 そして、私の魂が体に入った。体が脱力する。私の精神自体にはダメージはないようだが、ステラの体がこの記憶を思い起こさせるのを拒んでいるのだろう。また吐き気が襲ってくる。体が動かない。だが、放っておいたら体が勝手に、もう一度死を望んでしまいそうではあった。ゆっくりともたれながら立ち上がる。どうやらここは寝室のようだ。薄暗さに慣れた目が、ぐしゃぐしゃになったベッドを捉えた。一度横になろう。今は夜だ。夜は人の精神を蝕む。これは、あの時の私が廃墟巡りをしていた時に学んだことだ。恐怖が心を蝕む。口の中が酸っぱいままだが、気にしていられないくらい、疲弊していた。今までのこと、これからのことは眠ってから考えよう。本物のステラはどこへ行ってしまったのだろう。入れ替わったのだとしたら、もう……と、考えるのをやめた。倒れるようにベッドに横になり、目を閉じた。ああ、生きたいという意思が、私をステラにしたのかもしれない。ステラはまだ、生きるべきだと、神は望んだのかもしれない。分からないことが多いまま、私の意識はゆらゆらと、暗闇に沈んでいった。

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