9_女子会
私の名前はクルス アキラ。
学年1位の成績を誇り、顔もそこそこ可愛く、友人や家族にも恵まれている女の子。
最近のマイブームはコイ。鯉?故意?濃い?正解は恋!
将来有望、今をトキメク女子高生は初めての恋に絶賛猛進中!
正確には初恋ではないのだけど、初恋という風にしていたほうがピュアな感じで聞こえがいい気がする。
そんな私が恋慕を向けるのはキクチ マサムネ君!
最初は悪くないなーってくらいの評価だったんだけど、私の人生の悩みを解決してくれたことをきっかけに完全に落とされてしまった。受験間近なので落とされたとか縁起が悪いのだけど、落ちるのが恋であればむしろ本望!
といった感じで彼に夢中の私なのだが、今日は登校中に彼に出くわすことができたので気分上々。なんでもない会話を交わす時間に脳みそが蕩けるのを感じつつ、今日はなんてラッキーデーなんだと思う。
そう思ってた時期が私にもありました。
私は何故か今、学校で一番可愛いとされるナガサ アイさんに校舎裏まで連れて来られてしまった。正面に立つ彼女は薄く微笑んでいて、下々の私とは別格の美少女であることがよくわかる。普段なら彼女に見惚れながら至福の時を過ごせるのかもしれないが、生憎ナガサさんの目が笑っていないので私は地獄の時を過ごしていた。
「それで話とは何でしょうか…あ、焼きそばパン買って来いとかなら今すぐにでも行って参りますよ!」
できるだけ場を和ませるためにそんな発言をしてみる。本当に焼きそばパン買って来いとかならいいのにとか思ってしまう。
「だから私は女番長じゃないって」
呆れた顔でそんなことを言ってくる。怒りより呆れの感情を強くできたのならば私の作戦通りだ。ふへへ。
「率直に聞くけど、クルスさんってマサムネとどうなりたいの?」
回答に悩む。そんなのイチャコラできる関係になりたいのだが、そんなこと言って彼女の怒りを買ったりしないだろうか。もし彼女が私に拳を向けようものなら、その拳が当たる前に泣く自信がある。
「それは…見てわかる通り私はマサムネのことが好きだから、恋人になりたいと思ってるよ」
クラスメイトにはマサムネの恋人になりたい想いを堂々と宣言している私ではあるが、さすがに恐れおののく相手を前にするとかなり控えめな声量になってしまう。それでも本音をきちんと言えたことは褒めてほしい。言いたいことは言った!ここで彼女の拳が飛んできて死することになっても後悔はない!
「本気、なんだよね?軽い気持ちで言ってるわけじゃないんだよね?」
真剣な眼差しでそう問われる。
その問いを聞いて弱腰だった私の心に熱が宿る。
「本気だよ。私は今、初めて、本気で恋愛に向き合っている」
はっきりとそう告げた。こればかりは堂々と言わなければいけない私の気持ちだった。
彼女は少し驚いた顔をした後、私のことを見る目に変化が起きる。
「そっか。それじゃあ仕方ないね。それほどの想いなら私にどうこうする権利はない」
「認めてくれたってことでいいの?」
正直、私とマサムネの話なので彼女は部外者もいいところなのだが、認めてもらえたのならば嬉しく思う。
「うん。認めた。でもごめん。あなたのことは応援できない。私はリホの味方だから」
そう言われてようやく合点がいった。彼女が私の真意を聞いてきたのはカワイさんのためだったのか。マサムネの話を聞く限り、カワイさんとはお互いに恋愛感情はなくなったという雰囲気であったから勘違いしていた。どうやらカワイさんはまだマサムネのことが好きらしい。
「カワイさんには申し訳ないけど、マサムネへのアピールはやめないよ。もう付き合ってるわけでもないんだし」
私ははっきりとそう伝える。今までのように何も選択せず生きるのではなく、私が幸せになるための道を自分自身の意思で選択するのだと心に決めているから。
それにしてもナガサさんはいい人だな~。友人のために嫌われるような役回りをするなんて。怖いとか思ってごめん。
「話したかったことはそれだけだから。時間取らせてごめんね」
彼女はそう言って去ろうとする。
「ちょっと待って。お願いがあるんだけど」
私は去ろうとする彼女を引き止めた。
私は私が幸せになれると思う道を選択する。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
なんでこうなったのだろう。
今、私の前にはアイとクルスさんが参考書を広げて勉強してる。
つい数か月前までいつもの5人で勉強会していた図書室で、初めましてのメンバーが勉強会をしている。
『私もマサムネのこと好きなの。だから勝負だね!正々堂々戦おう!』
クルスさんの開口一番はそんな言葉だった。急にそんなことを言われた私はポカンと口を開けていた。アイから事情を聞いて状況はわかったが、それでも普通こんな宣言をしてくるだろうかと疑問に思う。
まあ、アイとしては女同士のドロドロの腹の探り合いとか嫌いだろうから、少年漫画ばりにシンプルな構図になって満足そうだ。
「アキラ、ここってどうやって解くの?」
「そこはこの公式使って…って、その前の問題も間違えてるよ。アイって本当にあの大学受けるの…?大丈夫?」
「だからヤバいんだってー!主席の力で助けて!」
2人が話してる姿とか記憶にないのだが、当たり前のようにお互い下の名前で呼び合っている。このコミュ力強者どもめ。
それにしてもクリーム色に髪を染めているアイと金髪に染めているクルスさんは完全なギャルで、話し方も気の抜けた印象を与えられるのでなかなかに似てるなーと思う。まあ、成績に関しては天と地の差があるのだが。
「リホっちはわかんないとこあったりする?どんな難問でもあの手この手で解けるようにしてあげるよ」
「え、あ、じゃあこの問題を教えてほしいな」
距離の詰め方がすごいクルスさんにそう返す。恋のライバル宣言の後、リホっちと呼んでいいか聞かれたのでOKを出してしまった。まあ、ちょっと嬉しかったりもするんだけど。
そんなこんなで勉強会を進めていると図書室に2人の人物が入ってきた。
「ごめん。遅くなった」
「待ってたよ!コトリちゃん!さあ、リホっちの隣にお座り!あと、ついでにアサガオ君も適当に座って」
「俺はついでかよー」
そう言ってコトリちゃんことシラヌイ コトリさんが私の隣に座る。アサガオ君はシラヌイさんの隣に座った。
「アサガオは喜べよ。ハーレムだぞ」
「いやー、ありがたき幸せです」
アイの何故か偉そうな言葉にアサガオ君は頭を垂れる。
「というかアサガオ君は彼女いるでしょ。ここに来ていいの?」
私は彼にそう尋ねる。
「あ、彼女には先週振られたから」
「え、そうなの?知らなかった。ごめん」
「いいよーいいよー。それより振られた俺とリホちゃん、それに振られ続けてるアイちゃんとアキラちゃん、とっても可愛いコトリちゃんがいることだし慰めあおうよ」
言われてみれば確かに意中の人から振られたメンバーが集まったものだ。彼の発言にシラヌイさんだけが気まずそうにしている。というかシラヌイさんが可愛い。この肘と肘が触れ合う距離にこんな可愛らしい生命体がいるとどうしても心が和んでしまう。アサガオ君の集団自虐ネタが気にならない程度には心が浄化されている。
「私たちはアサガオと違って真剣な恋なんだから一緒にしないでほしいんだけどー」
「そーだそーだ」
アイとクルスさんは彼の発言が気に食わなかったらしい。それにしても仲いいなこの2人。
「俺も真剣に恋してたんだけどな」
「なんかコウ君のは薄っぺらいよね」
「コトリちゃんまでそんなこと言うとは…」
アイとクルスさんから言い返されても全く気にしていない様子だったが、シラヌイさんに言われると彼もさすがにショックらしい。それにしてもシラヌイさんも結構言うもんだなー。可愛いなー。私もコトリちゃんって呼んでいいかな。
軽口を叩きあってから勉強を再開するとコトリちゃんが耳打ちしてきた。
「なんかごめんね。アキちゃんが急な我儘言って」
「あ、ううん。大丈夫だよ。むしろ遠巻きにお互い気を遣うよりかはこっちのほうがいいし。むしろ宣言してくれてありがたいかも」
「うわぁ。アキちゃん本当にライバル宣言したんだ。安心して。私は6:4くらいでカワイさんの味方だから」
どうやら私に気を遣ってくれてるらしい。コトリちゃんはいい子だなー。カワイさんじゃなくってリホちゃんって呼んでくれないかなー。
「ちょっとー、聞こえてるんだけど。ていうか前から友人のコトリちゃんがリホっちの味方でショック」
「今の声量で聞こえるなんて地獄耳だなー」
そんな彼女たちの会話を聞きながらあることに気づく。今この場には私を除いて美男美女が揃っている。モデル並みに美しいアイ、どんな生物よりもキュートなコトリちゃん、2人には劣るかもしれないが一般人の領域ではトップクラスに顔が整っているクルスさん、そして言うまでもなくイケメンのアサガオ君。このメンバーの中にThe凡人の私が混じっていて恥ずかしくなってきた。
勉強の手を止めて美男美女をキョロキョロと見ていると、アサガオ君がコトリちゃんに何か耳打ちしていた。それからコトリちゃんはコホンと咳払いしてちっちゃな口を開く。
「あの、ナガサさん。ちょっといい?」
「ほへ?どしたの?」
意を決した様子のコトリちゃんにアイがアホっぽく答える。
「その、アキちゃんは宣言したのに私が言わないのも少しもやもやするから、ちゃんと言っておこうと思って」
頬を赤くして可愛いコトリちゃん。頭にクエスチョンを浮かべているアイ。
「私にも好きな人がいて、えっと、その好きな人っていうのが、セイヤ君、なの、です」
緊張した様子のコトリちゃんはそう言った。私はその事実にシラクボ君を好きになるなんて見る目あるじゃんとか思ったが、アイは心中穏やかではないらしい。
「…まじで?うそ、、、どうしよう、、、、、勝てねー、、」
そう言って頭を抱え込んでしまった。そんな可愛い見た目に反して可愛くないリアクションのアイにコトリちゃんは可愛い反応で返す。
「え?えっと、そ、そんな反応になるの?私が言うのもなんだけど、私のほうが勝てる見込みないんだけど…」
と、そんな感じで恋のライバルがまた1組誕生したのでした。
アイのガチ焦りの反応にあたふたするコトリちゃんをもう少し見てたいが、可哀想なのでフォローを入れる。
「大丈夫だよ、シラヌイさん。私も6:4くらいでシラヌイさんの味方だから!」
「リホー!私のリホが取られたー!」
アイは絶望の表情で絶叫する。しまった。アイがオーバーなリアクションのせいでコトリちゃんがさらにあたふたしてしまった。
「落ち着いて、シラヌイさん。アイは後でよしよししてあげれば正常に戻るから」
「リホちゃんはアイちゃんの扱いが雑だよね」
アサガオ君がツッコミをしてくれた。アイは悲しみに暮れている。
「それよりシラヌイさん。私もコトリちゃんって呼びたいんだけどいいかな?」
「え!いいけど何でこのタイミングで!?」
やったー。名前呼びの許可をいただいた。これで今日のノルマはクリアだ。
「リホっちなんで!?私のことはクルスさん呼びなのに!」
「いや、だって、クルスさんとは今日初めて喋ったし…あ、コトリちゃんとも喋ったの初めてだった」
「ひどいよー!」
アイとクルスさんはショックが大きすぎたのか絶叫している。
「あの、コトリ先輩、この五月蠅い人たち追い出していいですかね?」
眼鏡をかけ、髪を後ろで結んだ女子生徒が鋭い目つきでそう言ってきた。図書委員の人だ。
「あ、メガネちゃんごめんね。ちゃんと静かにするから」
「はぁ、コトリ先輩の顔に免じて今回は追い出さないでおきます」
そう言って図書委員は席に戻って行った。というかあだ名メガネちゃんなんだ。
注意され静かになった2人と、元から声量には気を付けていた私たちは勉強に戻る。そこから先は真面目に取り組み、不思議なメンバーでの勉強会は幕を閉じた。
「ふー、疲れたー。またこのメンバーで勉強会やろうよ」
クルスさんが笑みを浮かべながらそう言う。
「うん、そうだね。今度は怒られないようにしなくちゃね」
私はそう返す。
「うぅ。気を付けます」
反省している様子のアイがそう答えた。
「そうだよ。気を付けたまえ」
「怒られたのはアキラもだからね!」
クルスさんのブーメランな発言に対してアイが声を荒げる。その様子がおかしくて思わず笑ってしまう。
「その勉強会は俺も参加していいの?」
アサガオ君が確認してくる。
「もちろん」
「アサガオ君が誰かに手を出さないうちはね」
「まあ、アサガオ君いたほうがローテーションでアイに勉強教えられるしね」
「もしかして私だけめっちゃ足手まとい!?」
コトリちゃん、クルスさん、私がそれぞれ答える。アイはまた大声を出している。
「まあ、みんな志望校合格目指して頑張ろうー!」
アイが元気よく拳を上に掲げる。
「あ」
と声を漏らしたのはコトリちゃんだった。
「どうしたの?」
私は尋ねる。
「え、えーと…」
「あぁ、コトリちゃんは推薦でもう内定もらってるもんね」
言いにくそうなコトリちゃんを見て、クルスさんがそう言った。
それを聞いてアイの表情は固まり、掲げていた拳をシュルシュルと下に下げる。
「さ、さすが生徒会長~」
アイのその声には覇気がない。
「な、なんかごめんね」
「コトリちゃんは気にしなくていいんだよ。コトリちゃんが生徒会頑張ってる間に遊び惚けた結果が今のアイなんだから」
愛しのコトリちゃんをフォローする。アイはさらにしぼんでしまった。コトリちゃんをフォローすると何故こうもアイが落ち込む結果になるのか。
「じゃあ、明日また図書室で!」
校門まで着いてアサガオくんがみんなにそう声をかける。それからみんなでまた明日とお別れを言って解散する。
「カワイさん、また明日」
「うん、バイバイ」
そう言ってコトリちゃんともバイバイする。しまったな。リホちゃんと呼んでってお願いしそびれた。
そんなこんなで女の子4人、プラスアルファのアサガオ君との勉強会が始まった。
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3年生の3学期が始まった。
高校生活もいよいよ終わりが見えてきた。2月からは3年生は自由登校となるのでみんなと過ごすのは実質的にもう一か月もない。
外はビュービューと風が吹き、窓の外に見える植物には霜が付いている。そんな外とは一変して、今いる喫茶店はオレンジ色の照明で照らされており、暖房も効いていて過ごしやすい。店内の温度としては丁度いいのだが、目の前の光景を見ているともう少し暖房を下げてもらいたくなる。
「私なんかこの前は手袋貸してもらったよー。もー手も心も暖まりまくりよ」
「へー、いいなー。私も手袋しないで登下校しようかな」
「アキラさ、最近マー君と距離感近すぎない?アピールするのはいいけど恋人でもあそこまで密着しないと思うんだけど」
「高校生活も残り数えるほどなんだよ。ブーストかけていかないと。ていうかリホっちのほうこそ随分仲良さげじゃん。前まで気まずそうに話してたのに最近は普通にニコニコして話せてるもんね」
好きな相手が被っている同士で惚気たり、警戒したり。その想われている男どもが俺の親友だというのだからなかなかに変な感覚だ。ブラックで頼んだコーヒーも甘ったるく感じてしまう。
この修羅場と言うべきか悩む女子会に参加するのは我ながらどうかとは思うが、俺を招いた彼女らにも目的があった。
「それでセイヤ君は私のこと何か言ってたりした?」
「それでマー君は私のことどう思ってるか聞いてくれた?」
彼女らと彼らを結ぶ恋のキューピットとして俺はこき使われていた。恋のキューピットになるのは大歓迎なのだが、あくまで1対1の男女を結ぶ場合だ。2人の女子が1人の男子を想うこの現状はさすがの俺もどう行動すべきかと困ってしまう。
というか、コトリちゃんを除いて受験を控えているのにこんなことをしていていいのだろうか。特にアイちゃんは。
「セイヤはいつも通りだったよ。コトリちゃんのこと好きなのは間違いないけど、それが恋愛感情なのかは俺にはわからないな」
「そっか。この前、飲んでたジュースくれて間接キスになったからもしかしたらと思ったんだけど」
「あー、セイヤはそういうの気にしないよ。私も間接キスの状況は何度かあったけど、どれも私だけ舞い上がっていたから」
がっかりするコトリちゃんにため息をつくアイちゃん。学校の2大美女にこんな反応をさせるセイヤがあまりにも罪な男すぎる。
「マサムネについては恋愛関連の話になると口を閉ざすから、どう想ってるかはわからない」
「うーん。マー君はどちらかというと自分の悩みとかすぐ人に言っちゃうタイプだったのになー」
「リホってマサムネのことは私が一番わかってますって発言多いよね」
「む、なんか棘のある言い方だね。そりゃあ元カノだからね。マー君のことはよく知ってるよ」
マウントを取り合うリホちゃんとアキラちゃん。初めは最も距離感の遠い2人だが、今はいがみ合うくらいには仲良くなった。できればいがみ合わないでほしいんだけど。まあ、この2人は元から口が悪いところあるからこの程度はじゃれあいの範囲内だ。
惚気て、落ち込んで、いがみ合って、作戦を立てて、また惚気る彼女たち。彼女たちを見ていると不思議な感情が湧いてくるが、それが何なのかは上手く言語化できない。
コトリちゃん以外ははっきりと振られているはずだ。それなのに彼女らはその想いを諦めることなく、今もなお成就のために突き進んでいる。
俺には理解できなかった。相手が自分を好きでないのなら普通は諦めるしかない。好きになってもらえたら嬉しいのは理解できる。好きでいてもらうために頑張るのも理解できる。だが好きではないと言われればそれまでではないか。好きでいてもらうために頑張った結果、別れたいと言われればそこで終わりのはずなのに。何故諦めないのか俺には理解できなかった。
女子たちの恋バナは一旦落ち着いたらしく、今は模試の結果について話している。一番その話題に真剣になるべきアイちゃんは、パンケーキを頬張って話半分に聞いている。
「アイちゃんはさ、何でセイヤと付き合いたいの?」
ふと気になって質問をしてみる。彼女は何故今更そんな質問をという疑問を顔に出しながら、パンケーキを飲み込むべくもぐもぐしてる。
「そんなの好きだからに決まってんじゃん」
パンケーキを飲み込んだ彼女は短くそう答えた。
「でも何度も振られてるわけじゃん。アイちゃんの場合、相手がセイヤでなければ恋人を作るのは難しくないのに、そこまでセイヤにこだわる理由がよくわからないよ」
「えー、私的にはセイヤ以外と付き合うって選択肢はないんだけど。他の男子には魅力とか特に感じないし」
彼女から返答をもらったが俺の疑問は解けないままだ。確かにセイヤは魅力の多い人物だろう。だがセイヤと同じくらい魅力を持った人も少なくないはずだ。
「それなら、このままセイヤに振られ続けたらどうするの?それでもセイヤに想いを伝え続けるの?それともどこかのタイミングで諦めるの?」
「珍しくすごい意地悪なこと言ってくんじゃん。振られ続けた先のこととか考えたくないし、そんな真剣に考えたこともないんだけど…でも、どうだろう。10年後も好きでいる気もするし、もう好きじゃなくなってる可能性もあるよなーとは思う」
彼女自身も先のことはそんなに考えていないらしい。まあ、未だ来ていない時のことを考えても仕方がないと思うタイプなので、彼女の答えについては予想の範囲内だ。
「でもちゃんと考えないとだよねー。私は受かればだけどセイヤと近くの大学になるし、まだ関係が続くと楽観視してたけど環境が変われば先のことなんてわかんないよねー」
模試の結果がC判定で楽観視しているのはどうかと思うが、とりあえず先のことはこれから考えるらしい。
先のこと。
俺はこの先の人生で幸せに生きられるのだろうか。
俺は自分を幸福な人間だと思う。どちらかといえば裕福な家庭、少しおっかないところもあるが仲の良い姉たち。友人にも恵まれた。生まれ持った頭脳も運動神経も外見もかなり恵まれている部類だと自覚がある。俺は自分を客観的に見て幸せだと思う。
毎日美味しい料理を食べて、仲の良い友人と話して、俺のことを好きだと言ってくれる女の子と特別な時間を過ごして、志望している大学だって模試の結果はA判定だった。
恵まれている。恵まれた環境を十分に活かせている。毎日が楽しい。辛いことなんて特に思い当たらない。
俺は幸せだ。
幸せだ。
幸せだ。
幸せだ。
…不満だ。
幸せになる条件は満ち足りているはずなのに、どこか不満だ。満ちていない。何かが足りない。どんなに考えても足りていないものなんてない。なのに満ちていない。
俺はこの先もずっと幸せに生きていくのだろうか。
俺はこの先もずっと満ちることなく生きていくのだろうか。
ちゃんと周りは見えているつもりだ。彼女たちのように盲目的にはなっていない。セイヤのように自分の想いにあれやこれやと理由を継ぎ接ぎして我慢などもしていない。
目は開いている。ずっと目は開いている。周りのことも、自分のことも、しっかりと視えている。だけど自分に足りていない何かだけが視えない。
俺も彼女たちのように恋に溺れればいいのだろうか。盲目的に生きればよいのだろうか。確かにそうすれば不満を感じることはなくなるのかもしれない。でもきっと足りていない何かは埋まらないままだ。
幸せに生きていく。死にたいと思う理由なんて何一つないから。
幸せに生きていく。やりたいと思っていることはいくつもあるから。
幸せに生きていく。多くの人が俺を愛してくれるから。
幸せに死んでいく。誰から見ても俺の人生は幸せそのものだから。
満ち足りないまま死んでいく。足りないものがわからないから。どんなに客観的に探しても見つからないから。
恋にも夢にも溺れていない。盲目になどなっていない。目は開いている。目は周りを視るために付いている。目があるから周りも自分も客観的に観測できる。
でも、目というものは外側しか視ることができない。
だから、どんなに目を大きく開いたって、己の内側にある足りていない何かを視ることなどできない。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
卒業間近になって急にできる仲良しグループというのは見たことがある。
志望校が同じだったり、部活が終わって普段の学校生活に変化が生じることで人間関係にも影響は出るものだ。しかしだ。しかし俺の友人である彼女たちが急に中を深めたことについては不可解だった。
俺は彼女たち4人とそれぞれ交流があるため、俺自身が間に入って何かしらの集まりを開いた結果、新たな仲良しグループができるのであれば理解できる。しかし、そんなことはしていない。それなのに仲良しグループは気づいた時には誕生していた。
彼女たちは一度も話したことのない組み合わせもあったはずだ。どういう縁が作用するかは誰にも把握できないものなのかもしれない。
正直な話、彼女たちが仲良くなったきっかけについてはそれほど興味がない。俺の友人たちが仲良くなってくれたことは素直に喜ばしいことだ。
問題はその先である。
彼女たちは昨日も一緒に行動していたらしい。そしてそこに俺はお呼ばれしなかった。その事実にとても落ち込んでしまう。
それに加え俺もご一緒していいか聞いてみたら、今日はごめんと断られてしまった。
なので現在進行形で俺の心は荒んでいる。もちろん、女子だけで話したいという時だってあるだろう。それならこんなに悲しくならなくて済んだ。
しかし、その女子会にはコウも参加していたらしい。この時点で俺がのけ者にされていていることが確定してしまっている。
俺は嫌われてしまったのかと思ったが、彼女たち(ついでにコウも)と一対一では普通に話せている。というか俺の姿を見つけると向こうから話しかけてきてくれる。せっかく異なるコミュニティの友人たちが仲良くなったのだから、俺も一緒に遊びたいのだが…
「セイヤー!聞いて聞いて!センター試験の結果めっちゃよかったんだけど!私にも志望校合格の光が見えてきたよ!」
廊下から勢いよく走ってきたのはアイだった。試験結果が良かったらしい彼女は興奮した様子で報告してくる。その姿に思わず頬が緩んでしまう。
「やったね。アイ、冬休みすごい頑張ってたもんね」
誰かと一緒だとすぐお喋りを始めてしまう彼女が意識的にそれを我慢して、一生懸命に勉強する姿を俺は見ていた。そしてそれを結果につなげる彼女の勝負強さは、この高校の入学試験の時からよく知っている。彼女自体が勉強を苦手としているのに、それと本気で向き合う姿勢には尊敬の気持ちを抱かざる得ない。
「えへへ~。もっと褒めてー」
褒められて緩み切った彼女の顔に胸の高鳴りを感じるが、それを意図的に考えないようにして言葉を返す。
「それじゃあ間違えたところは復習しなきゃだね。テストの復習が一番レベルアップできる勉強法なんだから」
「えー、今日はいつもより勉強時間減らそうかなとか思ってたのにー。まあ、でも志望校に合格するためだもんね!セイヤ師匠、放課後お付き合いお願いします!」
「りょーかい。場所は図書室でよかった?」
「うん。あ、ちなみに今のお付き合いお願いしますは恋人になってくださいの意味だったんだけど、それも了承していただけたってことで間違いない?」
「間違いだよ。まったく、アイはそういうことばっか頭が働くね」
もはや定例となったアイの告白芸。いい加減慣れなければいけないのに、彼女が冗談っぽく告白してくる度に心臓は大きく跳ねてしまう。
「ちぇっ、この方法も失敗か」
そんなことを言う彼女を可愛らしく思う。好きだなと思う。
でも俺は彼女の告白を受け入れたりしない。彼女が恋というフィルターを通して俺を見ている間は駄目なのだ。それに俺の願いはできるだけ彼女と一緒にいることだ。一緒にいられるのなら関係性は恋人である必要はない。
俺は別に彼女と手をつないだり、キスをしたりなどの恋人らしいことをしたいわけではないのだから。
「まあ、放課後の図書室は本当にお願いします。志望校に合格しなきゃセイヤとはなかなか会えなくなっちゃうからね」
その言葉にまた心臓が大きく跳ねる。顔が熱くなるのを感じた。
俺は別に彼女と手をつないだり、キスをしたりなどの恋人らしいことをしたいわけではない。…中学の頃は本当にそうだったのだ。彼女の楽しそうにしている姿を見て、彼女と話して笑いあって、彼女の悩みを聞いて、それができる距離に彼女がいてくれればよかったのだ。
きっと俺は彼女と長く居すぎた。届く距離に恋人らしいことを望んでいる彼女がいて、頭に欲がよぎってしまう。そして、そういう欲を持つ自分を心底気持ち悪く感じてしまう。
俺はアイを愛している。決して一時的な欲のためでも、生物的本能でもないのだ。そんな習性によるものではないのだ。俺は頭で考えて、心で感じて、その上でナガサ アイのことを…
「セイヤ?」
「あ、悪い。ちょっとボーっとしてた。そうだな。お互い志望校に合格しないと会うのも一苦労な距離になっちゃうもんな」
顔に熱を帯びたまま俺は答える。
「だね!大学生になったら時間も行動範囲も増えるだろうから、セイヤといっぱい色んな所に行きたいもん!」
少し先の未来を彼女は楽しそうに語る。絶対にその未来を叶えたいと思った。
「頑張ろうね!」
そう言って彼女は教室に戻っていった。
俺は顔に帯びた熱を冷ますため外に出る。
頭の中は彼女の笑顔と声でいっぱいになっていた。外は震えるほど寒いはずなのに顔は熱いままだ。
『頑張ろうね!』
去り際の彼女の言葉が頭で反復される。自分の中で爆発しそうになっている激情を外に出そうと思わず声が出た。
「アイ、好きだな…ずっと一緒にいたい…」
「え」
声がした。俺がつぶやいた直後に声がした。俺は慌てて声の主のほうを見る。
「シラクボ君…今の本当?」
声の主、カワイ リホは驚いたような、喜んでいるような様子で俺に問いかけてきた。




