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8_傲慢

『愛は永遠じゃないの』

『なんか冷めたー』

『結局は打算で付き合ってたんだって気づいた』

『今となっては何で好きだったのかわかんないや』

『僕はカワイさんのこと生涯愛せるんだって思えたんだ』


目を覚ます。目覚めは悪い。嫌な夢を見ていた。よく見る夢だ。

額は汗で濡れていて気持ちが悪い。もう冬になったというのに部屋の中はやたらと暑かった。

不快感から解放されるべく洗面台へ向かう。

ぬるま湯で顔を洗い、タオルで拭いてから自分の顔を見る。

整っているとも思うし、不細工だとも思う。そんな矛盾した感想を抱くのは調子に乗りやすい自分がイタイ勘違いをしないためか、それとも自信のない性格を少しでも前向きにするためなのか。もはや自分でも自分のことがわからなかった。俺にある感情の中で確かだと言えるものは一つだけだ。


制服に身を包み、朝食を作る。ちょうど出来上がったタイミングで父が起きてきて、俺は皿を並べて一緒に朝食をとる。朝のニュース番組を見ながら特にこれと言って中身のない会話を父とをする。

朝食をとり終わると歯を磨くために洗面台へ向かう。皿洗いは父の仕事だ。


身支度を済ませた俺は出勤の準備をしている父に向かって言葉を放つ。

「いってきます!」

いってらっしゃいと父の落ち着いていて渋い声が返ってくる。あの頃は毎日聞いていた母のいってらっしゃいの声はもう思い出すこともできなくなっていた。


玄関を出て、家の門を通過すると1人の女の子が立っていた。

「おはよう!セイヤ!」

「おはよう。じゃあ、行こっか」

いつも通りの朝。

家が全然違う方向にある彼女と登校するのは、いつの間にかいつも通りになっていた。


「へへへ、ご近所さんとかにカップルだって思われてるんじゃない?」

「うん。たぶん思われてるんだろうね」

「ご近所さんを誤解させたままなのは申し訳ないし、カップルになっちゃいますか」

「なっちゃわないよ。アイのことは好きだけど、友達のままでいさせてほしい」

最近の彼女はいろんな角度から告白をしてくる。


「あはは。残念。まだアピール不足ということか」

「アイの魅力は十分に伝わってるよ」

「いいや、まだまだだね。私はまだ本気の2割程度しか出していないよ」

「それは手強い」

振られたことなんて気にせず、彼女は明るく話す。


なんでもない朝。だけど、この朝ももうすぐ終わりが来る。

北風が吹き本格的に冬になったこと実感するが、この北風が去り春が来れば、俺たちの青い春は終わりを迎える。

充実した日々を過ごせたと思う。少なくとも中学の時に比べれば、ああしてればよかった、こうするべきだったと後悔するようなことは特にない。だからこそ終わりを意識しながら送る高校生活に寂しさを覚える。


「それでさ、今度リホと遊園地行こうよ!いつまでも最低男のことを引きずってる現状を楽しさでぶっ壊してやろうぜ」

「最低男ってマサムネのこと?俺は今でもマサムネとは親友なんだけど」

「そりゃあ、キクチにも良いとこがあるってのは知ってるけど、どんな理由があれ私のリホを傷つけたことは万死に値するのよ」

「俺はずっとみんなで仲良くしていたいんだけどな」

「それは私もだけど…まあ、もういつもの5人で集まるのは厳しいよね」

彼女に寂しそうな顔をさせてしまった。


人間関係というものは終わりが来るものだ。親友だったとしても何かのきっかけで絶交したり、なんとなく会わないうちに疎遠になってしまったりする。家族でも離婚とか家出とかで生涯会うことがないということもあるのだ。そして恋人というのは、それらよりもよっぽど終わりが簡単に来る。高校生の恋愛なんて特にそうだろう。


『愛は永遠じゃないの』

家を出ていく母から言われた最後の言葉。仮に恋人として上手くいって、結婚までしたってずっと一緒にいられることが約束されるわけではない。

いったい今までどれほどの別れを見てきたのだろう。これから先もずっと2人で仲良く生きていくのだろうと思っていた恋人たち。いつも息ぴったりで仲良しだった男友達。四六時中一緒にいる女子の仲良し集団。上手くいってほしいと願っていたマサムネとリホの関係。全部が今となっては壊れて崩れ去ったつながりだった。


愛情も友情も恋心も永遠なんかじゃない。

形あるものがいつかは消えてなくなるように、形のないそれら感情もいつかは消えてなくなる。

わかっている。そんなことはわかっている。それを受け入れたうえで、打算的にこの世界を生きていくことが合理的で正しいのだと理解している。でも、どうしても納得だけができない。


俺は自分自身のことがよくわからない。現実主義者なのか、ロマンチストなのか、まっすぐな性格なのか、ひねくれた性格なのか。どれも当てはまらないようで、全部当てはまるような気がする。


そんな俺に唯一確かだと言える感情があった。

愛が永遠じゃないことは理解している。


それでも俺は、、、


ナガサ アイを愛している。


この愛だけは永遠でなければならない。この感情を失えば、自分自身と生きていくことはできない。


◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆


8歳の誕生日を迎える何日か前に母は家を出て行った。

朧気な記憶ではあるが、両親にも仲の良い時期はあった。


少しずつ愚痴が増え、少しずつ言い合いが増え、少しずつ喧嘩が増え、両親にあった愛情という熱は少しずつ弱まり、そして消えた。


『愛は永遠じゃないの』


この言葉だけを残して。


----------------------------------------------


大人たちは俺を優しい子だと言った。しっかりしていていい子だと言った。

ハキハキと喋り、しっかりとお礼を言い、1人でいる子を見つけたら進んで声を掛ける。子供はこうあるべきだ、そんな理想を体現していた。

猫を被っていたわけではない。しかし、無意識のうちに嫌われることを恐れていたのだ。愛してくれている人から、見放されることを恐れていたのだ。


----------------------------------------------


小学5年生の時、クラスでいじめが起きた。

いじめられたのは時々話す女の子だった。大人しいその子は、クラス内でも声の大きい女子たちの標的となった。


俺はその子をかばった。その子といつも遊んでいた女子たちも、一緒に助けてくれると思った。

しかし、俺とその子に誰も近づこうとはしなかった。


女子グループのいじめは徐々に、でも確実にエスカレートした。男子はその子をかばう俺をよくからかっていた。


そして、その子は自殺未遂をした。自殺に失敗したその子は転校し、いなくなった。結局何もできないまま、何一つ救えないまま、いじめは強制的に終わりを迎えた。残ったのは奮闘虚しく、空回りだけをした男の子だった。


教室に入ると自殺未遂と転校の話で盛り上がっており、その顔には醜い笑顔が浮かんでいた。その光景を見たとき、これまでの他者への慈しみの感情が全て噓だったかのように、内側に黒々とした何かが湧き出した。


その日、クラスは学級崩壊した。文字通り、崩壊した。醜く笑う顔に拳を叩き込み、腹を抱えて笑っていた者の腹を殴り、あの子にわざと足を引っかけていじめてた男子たちを蹴り飛ばし、あの子の文房具を隠していた女子たちが自慢のように身に着けていたアクセサリーやデコレーションされた文房具を粉々に壊した。


いじめを見て見ぬふりをしていた担任に押さえつけられたとき、相手の意識が朦朧とするまで抵抗した。

そうして、模範的で優等生だった優しい男の子はいなくなった。


----------------------------------------------


怪我をした生徒たちへの謝罪も、治療費や慰謝料などのお金も、全て父が対応し、俺は転校を余儀なくされた。

俺から事情を聴いた父は怒ることはなく、他にやり方があったはずだとだけ言った。


あの頃の俺は、暴力でクラス崩壊させたことを後悔していなかった。あの子が自殺を選択する前に、もっと早く暴力でねじ伏せておけばよかったとすら思っていた。


随分と遠くまで引っ越してきた俺は、転校先でも暴力をふるった。

もっとも、その時は暴力に対しての反応が転校前とでは真逆のものとなった。


暴力をふるった相手が、小学生を挑発し、正論めいた言葉と力の差を使っていじめを楽しむ中学生の不良グループだったのだ。ひと回り大きい複数人相手に正義の名のもと挑む俺の姿は、他の小学生たちには格好良く映ったらしい。そして今度は、小学校の英雄として称えられた。


暴力の才能があった俺は、悪を許さない幼稚な正義を抱え、暴力によって問題を解決していった。

中学生を、時には高校生を相手にして、被害者たちを救っていった。


今にして思えば、あまりに愚かで、低俗な行為だったと思う。それに最初は正義感を原動力にふるっていた幼稚な暴力は、次第に称賛という果実を味わうことが目的へと変わった。

自分の中の目的が変わっていたことに気づいたのは、随分と後のことだ。


----------------------------------------------


中学生になってすぐに暴力では救えない問題に直面した。

これまでのようにわかりやすい悪人がいなかった。


その問題に関わる人がみんな少しずつ悪く、加害者であり被害者だった。

その学級崩壊の危機ともいえる状況のきっかけは本当に些細なもので、それが嫌な"空気"を生み、その"空気"が事態を悪化させるような噂を作り出した。


その噂はデタラメなものではなく、かといって完全に正しい内容でもなかった。

クラス内が疑心暗鬼になり、また別の噂が広がり、クラスの誰もが敵を作らないように表面上の笑顔を保ってコミュニケーションを取っていた。そういうコミュニケーションが苦手な者は、悪い噂を流した張本人というような風潮が生まれ、碌な人間ではないと理不尽にレッテルを張られた。


誰を殴ったところで解決できないその事象に、俺は何もすることができなかった。強者を倒し、弱者を救い、称賛されることでアイデンティティを確立しようとしていた幼稚な英雄は、餓死するように消えていった。


俺が己の無能さに打ちひしがれる中、いつの間にかそのクラスの問題は解決した。クラスは崩壊しかけていたのに、その関係者たちは仲直りし、仲直りできないほど険悪となっていた者たちもそれぞれの落としどころを見つけていた。あのどうしようもない"空気"も、気づかないほどゆっくりと、しかし最後には綺麗さっぱりなくなっていた。


なぜ学級崩壊せずに済んだのかを知るべく、俺はクラスの人たちから断片的な話を聞き、それらをつなぎ合わせて、ようやく誰がこの状況に導いたのかを知ることとなる。


この状況に導いた人物は、裏で各々の話を聞き、それを上手くまとめ、全員が一つの落としどころとして納得するラインを作り、そこに誘導していた。


彼は絡まった糸を根気強く丁寧に解くように立ち回ったのだ。誰に気づかれるわけでもなく、誰に称賛されるでもなく、学級崩壊の阻止を成した彼に、俺は声を掛けた。明確に友人になりたいという目的をもって話しかけた。


それがキクチ マサムネとの出会いだった。


----------------------------------------------


中学生になって初めての冬が来た。

その頃俺は、友人であるカツキという男子生徒の恋愛相談を受けていた。カツキの意中の相手はメイコという俺と同じ小学校出身の女子生徒であった。


恋愛経験などないながらも色々とアドバイスをし、さりげなく2人きりになるように誘導したりした。その甲斐あってかカツキとメイコは中学2年生になる直前に付き合い始めた。


「ありがとな!メイコと付き合えたのはお前のおかげだ!」

「私からもありがとう。なんか裏で色々と手回ししてくれてたらしいね」


その言葉が素直に嬉しかった。些細なきっかけではあったけど、暴力とは一切関係のないやり方で、誰かの幸せのために行動できたことが喜ばしかった。


幼い頃のように嫌われることを恐れて模範的に生きるのでもなく、少年の頃のように暴力で英雄を気取るわけでもない。小さなことでも誰かの幸せのために行動する。それが俺の軸となった。


「セイヤはすごいなー。僕なら絶対あんなに上手く立ち回れないよ」


そう言ったのはすっかり親友と呼べるほど仲良くなったマサムネだった。カツキとメイコのキューピットになったことについて言われたわけだが、そんなことをマサムネから言われるのは正直心外だった。学級崩壊を上手く立ち回って防いだ彼のほうがよっぽどすごいからだ。


暴力なんて使わずともみんなが幸せになる方法を教えてくれた彼のことを、俺は心から尊敬していた。あれからというもの、何かを解決する手段として暴力を選択することはなくなった。


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少し時を遡り中学1年の初夏、人生で初めて気になる女子が現れた。隣のさらに隣のクラスのナガサ アイという女子生徒だった。

容姿が整っていることはもちろんなのだが、纏っている雰囲気や声のトーン、誰とでも打ち解ける性格が魅力的に映った。


といっても彼女のことを意識し始めてすぐに、彼女にはお付き合いをしている相手がいると知った。彼女と知り合ってから月日は経っておらず、恋と言うほど想いが膨らむ前だったため、それほどショックは受けなかった。それどころか、彼女が幸せになりますようにと秘かに祈っていた。


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中学2年生になり、アイとマサムネと同じクラスになった。アサガオ コウともこの時に出会った。


アイには中学1年生のときとは別の彼氏ができたらしく、それは容姿の整ったサッカー部のエースであった。何はともあれ彼女が幸せならばそれが一番だと思っていた。彼女に限らずみんなが幸せならばそれでいいと思っていた。


新しいクラスにも慣れ、しばらく経った頃、アイが一部の女子生徒から仲間外れにされた。

俺はすぐに動いた。別にそれがアイだったからというわけではなく、その頃の俺は見える範囲の困っている人を全力で助けることを生き甲斐としていた。


マサムネと出会ってからというもの、自分が上手く立ち回ることができれば、みんなを幸せに導けると思っていた。


実際にそれは面白いほど上手くできて、アイを取り巻く人間関係はハッピーエンドと呼ぶにふさわしい着地点へと辿り着いた。

仲間外れにするという嫌がらせ行為すら、絆を深めるスパイスと化した形で、その問題は解決した。


今にして思えばひどく傲慢な考えの元、動いていたと思う。


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アイはトラブルメーカーだった。彼女に問題があるというよりも、彼女の魅力は良くも悪くも多くの人を狂わせた。


彼女に執拗にボディータッチをする体育教師が現れた。俺は言い訳する気にもなれないほどの証拠を押さえ、その教師は学校を去ることになった。


嫉妬に狂いアイに悪質ないたずら試みる女子生徒が現れた。それを察知した俺は悪質ないたずらが表面化する前に、つまりは誰1人として悪意に気づくことすらないくらい迅速に、それを防いだ。


アイを含む数名での下校中、川で溺れている猫がいた。周りがどうすべきかと動揺しているときには既に彼女は川へ飛び込んでいた。慌てて俺も彼女を追いかけ川へ飛び込む。別に泳ぎが得意でもない彼女は猫と一緒に溺れかける展開となり、それをなんとか助けた。近くで一部始終を見ていた近隣住民がアイが溺れかけているのを見て警察に通報してくれたらしく、びしょ濡れになった俺とアイはしっかりとお説教された。


アイのストーカーが現れたときは危なかった。ナイフを所持した状態でアイに近づくほど精神状態が限界になっていた男だった。色々とあったが、その事件は俺がアイを庇って刺されるという展開まで発展し、最終的には男は捕まった。流石に警察沙汰になるトラブルはこれで最後となった。


そんなトラブルを他にもいくつか経験していく中で、アイとはかなり親しくなり一緒にいる時間が増えた。そして少しずつ彼女の小さな魅力を見つけていき、少しずつ彼女への想いが大きくなった。


それでもそれは恋ではなかった。


恋なんて言葉で片付けていいものではなかった。


アイとはずっと一緒にいたいと思う。アイが嬉しそうだと胸が温かくなり、アイが楽しそうだと胸が躍りだす。アイが怒っていると話を聞いてあげたくなるし、アイが悲しんでると寄り添ってあげたくなる。


でも、アイと手を繋ぎたいだとか、キスをしたいだとか、ぎゅっとしたいだとかは思わなかった。別に嫌なわけではないが、そういった触れ合いよりも、彼女との何気ない日常のほうがずっと価値あるものに感じていた。


正直なところ、魅力がたくさんの彼女に対しても、好ましくない部分はたくさんあった。

機嫌が悪いと露骨に態度に出るところ、ご飯を食べるときに寄せ箸しちゃうところ、どうせ続かないのに毎月のようにダイエットするとか勉強するとか宣言してくるところ。


あとは、上手く言語化することができないが、なんとなくいいなと思うところもあれば、なんとなく嫌だなと思うところもある。

でも確かなことは、いいなと思う部分、嫌だなと思う部分、どっちでもない部分、それらを全部ひっくるめて彼女と一緒にいたいと思えることだった。


「それは愛だねぇ。ちゃんと盲目にならずに、好きと嫌いを考えて、その上で一緒にいたいと思うのなら愛だよ」


そう言ったのはコウの姉だった。コウの家に遊びに行くたび恋バナをしようとしてくるので、思わず胸の内を全部話してしまった。


「告白してみたらいいんじゃない?」


そう言われて考える。その頃のアイは、彼氏とはとっくに別れていて、恋人がいない状態だった。これから先、ずっとアイと一緒にいたいと思っているのなら、告白というイベントは通るべき道だと思った。


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いつ告白しようかと悩みながら学校生活を過ごしていた。そして決めた。12月にある学校の文化祭で告白しようと思った。アイも俺も文化祭実行委員だったので、告白できるタイミングもたくさんあると思った。


文化祭実行委員では別のクラスになったカツキとメイコも一緒だった。しかし、彼らは一言も話そうとはしなかった。


「喧嘩でもしてるの?」

俺は問う。


「あー、いや、別れた。まじでしくじったよ。文化祭実行委員て2学期の最初に決めるじゃん。こんな気まずい思いするなら、メイコと一緒に立候補なんてするんじゃなかった」

カツキは全然平気そうで、強いて言うならメイコと同じ空間にいることが憂鬱そうであった。


「別れて、辛かったりしないの?」

そう問いかけた。付き合い始めた頃はあんなに幸せそうにしていた2人だ。今が辛いのであれば、俺が上手く立ち回ってまた2人をサポートしなければならない。


「辛くはねーな。というか今は開放感のほうがやばい。やっぱ女子よりも男子と遊ぶほうが楽しいもんなー」

聞きたくなかった。あんなにメイコといることを嬉しそうにしていたのに、そのメイコと離れて楽しそうにしている姿なんて見たくなかった。


「それに今思うとどこが好きだったのかもあんまわかんないんだよなー」

やめろ。やめてくれ。脳の中でそう呟く自分の声が聞こえた。


「ほら、メイコって顔は可愛いだろう。周りからも羨ましがられるからさー。その優越感っていうの。結局は打算で付き合ってたんだって気づいた」

それならばいったい、、、それならばいったい恋愛相談してきたあの時の熱は何だったのだろうか。


俺はメイコと話をする。


「カツキと別れたって聞いたんだけど」

「そーなの。あいつ本当に最低でさー。別れようってメッセージで言ってきたんだよ。学校で会うんだから直接言えってーの」

「でも、メイコはカツキのこと、好きだったんだよね?」

「んー、まー、そうだけど、、、それも一時の気の迷いっていうか。ほら、恋は盲目って言うじゃん。今となっては何で好きだったのかわかんないや」

理解できなかった。理解したくなかった。相手の悪い面を知って別れるのはまだわかる。それでも相手の好きだったところが変わるわけではない。それなのに好きだったところまで嫌いな要素になったみたいで、なんだか吐き気を覚えた。


「あ、それに知ってる?あいつめっちゃ私服ダサいんだよ。それ見てさ、なんか冷めたー」

カツキもメイコも、淡々と互いの悪口を言った。それを聞いて、上手く働かなくなった頭で考えて、感じて、落胆した。

あぁ。無駄だったのか。2人が結ばれるために色々と協力したことは無駄だったのか。


確かにあったはずの幸せ。しかし、今となってはそれに何の価値もない。どころかそれを人生の汚点のように彼らは話す。


大好きだった2人の友人。彼らのために行動することに喜びを覚えていた自分。彼らの姿を目に映しながら思う。


あー、気持ち悪い。


----------------------------------------------


「セイヤは好きな人とかいないの?」

アイがそう聞いてきた。その時のアイの顔は熱を帯びていて、瞳には俺のことを魅力的に映しているように思えた。


それがきっかけだった。そのアイの瞳、そこに映っているのはきっと俺ではないのだろう。アイ自身が見たいように見た俺だ。カツキがメイコを、メイコがカツキを一時的にそういう目で見ていたように。


アイは盲目になったその瞳で俺を見る。でも盲目はいつか終わる。それが終わったとき、彼らのように何故好きだったのかもわからなくなるのだろう。


ずっと一緒にいたい。

でも手を繋いだり、キスをしたり、ぎゅっとしたりしなくたっていい。

望むのはできる限り一緒にいられる関係性だ。恋人なんて盲目な関係はいらない。知人か友人か、何でもいいから少しでも長く一緒にいられるように。


彼女の盲目が終わることを願って。

盲目が終わった彼女が俺から離れていかないことを願って。


「好きな人?いないよ」


----------------------------------------------


文化祭実行委員は非常に困っていた。

原因は委員の3割の生徒がサボり、それを見た4割の生徒が他がサボってるのになぜ自分たちだけとやる気をなくし、まともに動く人間は残りの3割といった感じだ。


「ナガサさーん、なんか準備ヤバめじゃない?私は部活であんま出れないからどーにかして欲しいんだけど」

そう言ったのはヒムロという女子生徒で、彼女は実行委員長だった。容姿は非常に可愛らしく、アイと系統が違うため比べるのは難しいが、学校でも美少女として有名な子だった。


「いやー、人が足りなくてさ。ヒムロさんたちももうちょっと委員会に出てくれると助かるんだけど…」

「部活の大会があるんだよねぇ。私たちそっちに本気だからさー。ちょっと余裕ないわ」

アイの言葉にヒムロはそう返す。


サボっているメンバーのほとんどが彼女と同じ部活の人間だった。どうやら部活仲間のノリで多くが文化祭実行委員になったらしく、いざ仕事が始まると部活を言い訳に出てこない。これが今の状況を作り出した原因だった。


ヒムロはアイのことが嫌いらしく、アイに対してだけ強く当たっていた。それだとヒムロのことを嫌う人間は多そうなものだが、彼女は非常に甘えるのが上手かった。俺のことをアイの味方だと認識してからは態度が悪くなったが、その前は可愛らしく純粋な女の子という感じで俺に話しかけていた。


男子生徒からは当然好かれており、女子生徒からは守るべきか弱い存在として扱われ、教師陣からも可愛がられていた。それが彼女のスペックであり、それ以外のものを彼女は持ち合わせていなかった。


ヒムロは勉強も運動も苦手としているらしい。部活でもレギュラーというわけではなく、練習に熱心というわけでもないようだ。

テスト期間なんかも勉強している姿は特に見られないらしい。ヒムロの元カレであるコウが言っていたことなので、信憑性はそれなりに高い。


女子の魅力を見つけるのが得意なコウ曰く、特にこれといって良いところもないが、可愛らしい容姿に甘え上手なだけで十分魅力的な女の子、とのことらしい。


そんなサボる人が多い現状を打破するべく俺も最初は動いていた。

いつも通り裏で相手が許容できるラインの着地点を準備し、そこに誘導をしていた。教師陣から声を掛けさせることで委員に参加するようになった生徒もいたが、根本のヒムロを取り巻くメンバーを協力させることができなかった。

あのまま裏で根回しを続ければ参加させることもできたかもしれないが、それに掛ける時間はもう残っていなかった。


委員の仕事以外にも、俺は困っている友人や知人を助けるために色々なことに首を突っ込んでいた。誰かの幸せのために頑張る、それが俺の信条だったからだ。


やがて抱えきれなくなった俺は、それでも誰かの助けになるのならと頑張り、踏ん張り、そして、倒れた。


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昔から人の良いところを見つけるのが得意だと自負していた。

昔から人を嫌いになることができなかった。

どんなに嫌な奴らでも、良いところの1つや2つはあった。小学生の頃、あの子をいじめていたあいつらに怒りは覚えても、嫌いにはなれなかった。


だから、本当は今の自分を受け入れたくなかった。俺は誰かを嫌いになったりしない人のままでいたいと思った。

だけど自分に嘘をつくのにも限界が来る。


俺が生まれて初めて、心から嫌いだと思ったのは、可愛いだけの女の子"ヒムロ"だった。


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目を覚ましたのは病院のベットだった。半日ほど眠っていたらしい。色んな人から引き受けた仕事をそのままにしていることが真っ先に思い浮かぶ。すぐに謝罪と挽回のため病室を出るが、フロアのエレベーター前で看護師に捕まる。


タバコを吸うために外へ出ていた父が病室まで戻ってきたところで、医師が俺の症状について説明する。疲労とかストレスとかそんな内容であった。


病院を出た時には空は黒で染められており、今日中にやらなければいけなかった仕事はもう間に合いそうにない。関係者に頭を下げに行きたいところだが、こんな時間に来られても迷惑だろう。謝罪のメッセージのみ送り、家に帰った。


数日は学校を休むことになった。俺が学校に行くことを父は許してくれなかった。


まただ。またしても上手くやれなかった。足りない。俺には足りないものがあまりにも多すぎる。上手く解決できたはずなのだ。みんなを幸せに導けたはずなのだ。俺にもっと知恵があれば、体力があれば、優しさがあれば、信念があれば。


倒れる直前のことを思い出す。

ヒムロが泣いていた。文化祭の準備が大幅に遅れていることで実行委員長である彼女が怒られたらしい。

彼女の周りの人間は、他の人たちがサボるからだと彼女を慰めていた。彼女は泣いているだけだった。そんな泣いている彼女の崇拝者たちが、他の実行委員を責め始める。事情を知らない生徒や教師はヒムロを被害者として、俺たちを悪者とした。

一生懸命に準備を進めてくれた者たちは理不尽さに怒りとやるせなさを感じていた。最悪の空気だった。


嫌いだと思ってしまった。この状況を招いた一因であるヒムロのことを嫌いだと思ってしまった。

泣いているだけで味方を増やすヒムロを嫌いだと思ってしまった。

何をするわけでもなく、何を成すわけでもなく、自分可愛さに生きて、悪者になりそうになれば泣いて味方を作る。それができてしまう彼女のことが、そんなことしかできない彼女のことが、嫌いだと思ってしまった。


そして何より、幸せになってほしいみんなの中から、ヒムロを除外してしまった自分自身のことを、嫌いだと思ってしまった。


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2日間の休みと2日間の土日を挟み学校へ行くと、状況が一変していた。

ヒムロが泣いていた。しかし、その周りには彼女の味方はもういなかった。


最悪な空気間なのは変わらない。だが文化祭の準備は驚くほど進んでいた。準備を進める者の中には、コウやマサムネなど実行委員でない者の姿もあった。部活を理由にサボり続けた者たちは気まずそうに準備に参加している。


碌なものにならないと思われていた文化祭は驚くほどあっけなく、淡々とタスクをこなしていくように何一つ問題なく終わりを迎えた。


これは文化祭が終わってしばらく経ってから知ったことだが、どうやら俺が休んでいた間にヒムロを中心とした非難が学校中で起きていたらしい。


1人がヒムロの部活メンバーの悪口を言い、前々から不満を持っていた者たちの間で陰口が行われる。通常ならせいぜいその程度で終わる話だ。しかし、その陰口という火種に燃料を投下した者がいた。文化祭をサボっていた事実や彼女たちが日ごろ起こしていた不祥事を、陰口好きの者たちやゴシップ好きの者たちを中心にばら撒いた。


人とは悪に対してどこまでも非情になれる。どちらが悪かわからないときは、大半のものがヒムロの味方だった。しかし、ヒムロたちの悪い部分が具体的になれば、味方をしていた者たちは己の正義を遂行するために悪に牙をむける。

それは陰口では済まなくなり、学校の裏掲示板では彼女たちの誹謗中傷で溢れ、多数の生徒が彼女たちの悪事や受けた被害を教師にチクり、彼女たちへの明確な制裁を望む。


彼女たちが実行委員として真面目に取り組むにはそれで十分だった。彼女たちが恐れていたのは何も教師からの叱責ではない。彼女たちが恐れていたのは空気だ。自分たちは悪者なのだという空気。どう対抗すればよいかわからぬそれを恐れ、これ以上自らの立場を悪くしないために彼女たちは更生したポーズをとる必要があったのだ。


そして誰がこの結末を招いたのか知る者はいない。大抵の者は自然現象の類と思っているだろうが、この現象を作るとは言わずまでも誘導した者は確かにいた。本人たちに確認は取っていない。しかし、これを思いつきそうな者、実行できる者、動機がある者に心当たりがあった。


アサガオ コウとキクチ マサムネだ。最悪の事態を回避させたのは、またしても俺ではなかった。


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文化祭の一件以来、俺はみんなの幸せのために生きることをやめた。

俺程度の人間が他人を幸せに導こうなんてあまりにも傲慢だった。


俺は確かに大切だと思える人たちの僅かな手助けとなれるように生きることにした。アイとマサムネ、コウの3人。


その後、高校生になって大切な存在にコトリとリホが加わることになる。


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シラヌイ コトリに話しかけたのは、俺自身が彼女をどう思うか確認したかったからだった。


可愛いだけの女の子。今思えば失礼な話だが、あの頃の俺はコトリとヒムロを似た者として見ていた。俺がコトリを嫌いにならなければ、少しだけ自分を心の綺麗な人間だと思えるような気がした。

一人ぼっちの女の子をそのままにしておけなかったというのも理由の一つではあるが、話しかけた一番の理由は自分勝手なものだった。


コトリと一緒にいる時間は割と心地よかった。ヒムロといた時の不快感を感じることなどなかった。しかし、ヒムロを可愛いだけの女の子と評価していた俺は、コトリに対してどこか軽蔑のような感情が浮かんでしまう時があった。


『セイヤ君、お願いがあるの。私、変わりたい。可愛いだけの自分をぶっ壊したい!』


そんな俺に彼女はそう宣言した。俺は自分を恥じた。己を恥じるばかりの人生だったが、この時が一番だったと思う。

シラヌイ コトリはヒムロと同一視していい人物ではなかった。


躓きながら、転びながら、確かに前に進もうとする彼女を何よりも誇らしく思った。


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高校1年生の文化祭2日目、夕方の別棟の教室。

アイに告白された。

とうとうこの日が来てしまったのだと思った。

彼女は熱を帯びた視線で、恋情により盲目になったその目で、俺を見ていた。


彼女に対して恋愛感情を抱いていないという嘘をついて、彼女の恋を拒んだ。

後悔はしていない。この先どうなるのかはわからなかったが、仮に交際を始めたとして、盲目が終わり、彼女の気持ちが俺から離れ、もう互いに関わることのない人生になったとすれば、俺はもう誰も信じることができなくなる。


もしかすると俺のアイを想う気持ちも消え去るかもしれない。そうなれば自分自身すらも信じられなくなり、生きることなどできなくなる。


『愛は永遠じゃないの』


母の言葉が頭をよぎる。俺は母とは違う。そう思っている。だけど、心の奥底で、ずっと恐れている。永遠の愛を証明したい。けれど俺には無理なのではないか。そう思ってしまう。


アイの願いを拒む瞬間、俺は情けないほどに不安だった。もし明日から彼女が俺と関わることをやめてしまったら。そう思うと、自分に嘘をついてでも、彼女との盲目の恋愛を受け入れたほうがいいのではないかと迷った。それでも最後には、彼女を拒む選択をした。

どうか、彼女の恋が、俺の恋が、終わり、盲目は治り、目を開けた状態で一緒に生きていけるような、そんな未来を星に願っていた。

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「僕はカワイさんのこと生涯愛せるんだって思えたんだ」


マサムネがリホと恋人になった夜、彼は電話越しにこれでもかというほど惚気ていた。


中学の頃のカツキとメイコが頭によぎる。マサムネの盲目もいつかは終わる日が来るのだろう。

その程度のものなのだと頭では十分理解しているにもかかわらず、どうかマサムネとリホの関係はその他大勢とは違う特別なものであってくれと期待してしまった。


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リホはマサムネと別れてしばらく経った頃、俺に言った。


「私ね、ここ最近、マー君の嫌いなところをたーくさん探したの」

「見つかったのか?」

「それが見つかりまくりよ。紙に書き出せと言われれば100個は余裕だね」

「マサムネのことはもう好きじゃないのか?」

「ううん。100個嫌いなところを見つけても、それでも一緒にいたいって思うの。好きなところはたぶん100個もないんだけど、それでもいいから一緒にいたいって思う。好きも嫌いも大嫌いも全部ひっくるめたうえで、マー君のことが大好きなの」

そう言うリホの姿を見て頭をよぎる言葉があった。


『それは愛だねぇ。ちゃんと盲目にならずに好きと嫌いを考えて、その上で一緒にいたいと思うのなら愛だよ』


人と付き合う上では必ず打算が入る。

この世に永遠の愛も不変の感情も存在などしない。

恋なんてものは生物の本能的な機能でしかなく、そこに本物のロマンチックなどありはしない。

盲目が終われば好きだった人なんてどうでもいい存在となる。


それでも、もしかしたら彼女なら証明できるのかもしれない。心で思うのすら恥ずかしい俺の本当の望みを。


永遠の愛の証明を。


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キクチ マサムネに誰よりも憧れている。

ナガサ アイを誰よりも愛している。

アサガオ コウを誰よりも信頼している。

カワイ リホに誰よりも希望を抱いている。

シラヌイ コトリを誰よりも尊敬している。


それがシラクボ セイヤという人物であった。


◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆


「あ」

「うげ」

「うげとはなんだ。おはよう」

学校に着くと下駄箱でマサムネに会う。隣にいたアイが嫌そうにし、マサムネがそれを指摘しつつ挨拶をした。そしてマサムネの隣にはもう1人。


「おはよう、マサムネ。アキラも」

「おっはよー。シラクボっちとナガサさんって毎日一緒に登校してるの?」

そう聞いてきたのは、未だにその髪色を見慣れないクルス アキラだった。


「うん。ほぼ毎日一緒に登校してるよ」

「わー、やっぱりそうなんだ。聞いた?マサムネも私と一緒に学校行こうよ。迎えに行くからさ」

「嫌だよ。絶対に俺の家の場所を調べたりするなよ」

「しないよ~。マサムネが私を連れ込もうとする機会まで家庭訪問は取っておくよ」

そんな調子でアキラとマサムネは軽口を叩いている。その様子をアイが不機嫌そうに見ていた。本当にこの子は思っていることが顔に出るよなー。


アキラはそんなアイの不機嫌な様子に気づき、一歩身を引いて大人しくなる。


「キクチはここのところ随分楽しそうじゃん?」

ヤンキーみたいな口調でアイがそう言った。リホのことを想ってだろうが、傍から見るとかなり印象が悪い。


「楽しくないよ。というかいい加減仲直りしたいんだけど。その、ナガさんが怒ってる件は説明したでしょ。最近はリホともたまにだけど普通に話すし。お互いに友達に戻ったんだよ」

マサムネの言う通り、彼がリホと話している姿はたまに見かける。リホが自分に対して諦めがついたとマサムネは思っているのである。しかし実際はリホの想いは健在なので、それを知っているアイからすればマサムネに対して反感を持つ気持ちもわかる。


「仲直りするにはこの胸のムカムカをどうにかしないといけないんだけど」

「えぇ…それなら、うーん、はい!」

そう言ってマサムネは腕を広げる。


「一発だけなら殴っていいぞ。これで手打ちにしよう!」

「そんなんで解決できるわけ…」

マサムネの言葉にアキラは呆れている。


「え?いいの!?」

不機嫌だったアイの目が急に輝きだした。アイはどうやらやる気満々らしいが、さすがにそれはどうなのだろう…


「よし!歯ぁ食いしばれぇ!」

アイは拳を固く握りしめ、腰を落とす。

マサムネが恐怖で支配された顔になる。


「アイ、落ち着いて。時として友人をぶん殴るというのは必要かもしれないけど、この件についてマサムネはぶん殴られるほど悪くないでしょ?」

アイはムムムという可愛らしい顔をして拳を下ろす。


「セイヤ…やっぱりお前は心の友だー」

殴られる寸前の恐怖に満ちた顔を神でも見るかのような顔に変えたマサムネはちょっと気持ちの悪いことを言ってくる。


「その反応はなんか気持ち悪いな」

「そんな…心の友よ…」

思ったことをそのまま伝えると彼は悲しそうな顔をする。彼の隣でアキラは好きな人が殴られずに済みホッとしている。


「まあ、今日はセイヤに免じて殴らないでやろう」

「自分で殴っていいとか言っといてなんだけど、めっちゃ怖かったから発言を撤回してもいい?」

「男に二言はないわ」

この2人はお互いギスギスしていると思っているだろうが、なんだかんだ言って一番仲がいい。アイが文句は直接言いたい性質なので、何を言ったところで言い返しつつも受け入れてくれるマサムネとは相性がいいのだ。そう思うとこの2人の喧嘩が茶番に見えてきて急にどうでもよくなってきた。


「あ、そうだ。クルスさん」

「え?な、なに?」

急にアイから話しかけられてアキラは冷や汗をかいている。マサムネが殴られそうになる一部始終を見ていたからだろうが、かなり怯えているように見える。


どんだけアイを恐ろしい存在だと思ってるんだ…実際は少し素直すぎる可愛い女の子だというのに。


「ちょっと話あるんだけど、校舎裏まで一緒に来てくんない?」

前言撤回。アイは恐ろしいヤンキーでした。


「どこの女番長だよ。アキラのこといじめちゃ駄目だからね」

「大丈夫だよ。ちょっとお話しするだけだから」

イマイチ信用に欠ける返事をされたが、まあ大丈夫だろう。


「じゃあ、またお昼休みに」

そう言ってアイとアキラは校舎裏へと行ってしまった。アキラの顔は青ざめ、マサムネの顔には同情の気持ちが表れていた。


「マサムネはアキラのこと、どう思ってるの?」

彼女たちがいなくなったので気になっていたことを質問する。


「友達だと思ってるよ。クルスは恋愛感情を向けてくるけど、今はそれに応えられる気がしないな」

「というと?」

「ちょっと今は自分の恋愛観を見失ってるから。自分でも何が正解なのかわからない」

「そっか。まあ、ニュアンスは大体わかったよ」

「今のでわかるの?セイヤはすごいな」

そりゃあ、ある程度はわかるさ。この2年間、見てきたのだから。


愛を心に誓っていたのにそれが失われ、彼自身も何を信じればいいのかわからなくなったのだろう。


盲目は妄信を生む。盲目が終わったのであれば信じることなどもうできない。


これから先、彼はどんな答えを見つけるのだろうか。

再び別の誰かに対して盲目になるのだろうか。

それとも他の答えに辿り着くのだろうか。


確かに言えることは一つだけ。俺はマサムネに対して希望を抱くことはもうできない。


『僕はカワイさんのこと生涯愛せるんだって思えたんだ』


あの言葉を嘘にした彼には。

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