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3_失恋

文化祭2日目が始まった。

僕のクラスは大変賑わっている。今日は日曜日だからか学生以外の来訪者が目立つ。単純に文化祭に訪れた人数が増えたのと、うちのクラスの出し物の評判が口コミで広がったことが原因で教室には人が溢れかえっている。クラスの入り口にできた列が隣のクラスの廊下にまで及んでいた。


そんな状態で1時間ちょっと激務をこなした僕は急いで約束した集合場所に向かう。


「ごめん!遅くなった!」

教室棟から離れた学校の裏門付近のベンチまで走って来たため、息切れしてしまった。


「大丈夫だよ。ほぼ時間通りだし。それよりクラス大変だったでしょ」

「はい、とても大変でした…」

カッコつける余裕もなく、正直な感想を口にする。


「私もすごい疲れたもん。朝一のシフトだったから、キクチ君の時よりかはお客さん少なかったんだろうけど」

彼女が最初のシフトで、僕がその次のシフトだった。


「どうする?ちょっと休憩する?」

呼吸を整えている僕に気を遣って、そう言ってくれる。


「じゃあ、お言葉に甘えて5分くらい座らせて」

「うん。あ、これあげる」

そう言って僕に飲み物を差し出してくる。


「ありがとう。あとでお礼に何か奢らせて」

「そっか。楽しみにしとく」

あぁ、なんて幸せなんだ。幸せを嚙み締めながらもらった緑茶を飲む。


まさかカワイさんから文化祭デートに誘ってくれるなんて思いもしなかった。おかげで昨日の夜はなかなか寝付けなかった。これ、デートでいいんだよな?さすがにデートですよね?


「この後、どこからまわろっか?」

そう彼女に問いかける。


「うーん。とりあえず昨日間に合わなかった2年生のクラスに行こっか」

「わかった。僕らだけクラス出し物を制覇しちゃうね」

確かあのクラスの出し物は迷路だったはずだ。


「そういえば、今日、誘っちゃって大丈夫だった...?他に誰かとまわる約束とかしてなかった?」

「大丈夫だよ。ちょうどまわる相手探してたし」

どうやら僕の予定が入ってなかったか気にしているようだ。実際には仲の良い男子のクラスメイトとまわる口約束をしていたが、断らせてもらった。ちなみにその男子は、僕がカワイさんを好きだと同じクラスで唯一知っている人物だ。事情を話したら快く僕の恋を応援してくれた。


「なら、よかった。私はミナたちとまわるつもりだったんだけど、キクチ君が暇なら一緒にまわりたいなって…」

彼女は少し恥ずかしそうにそう言った。

急にそんなことを言われ、みるみる自分の体温が上がっていくのを感じる。彼女もどんどん顔が赤くなっていく。ちょっと可愛すぎてヤバイ、なんというか、本当にヤバイ。

これってもう脈ありですよね?告白してゴールインする流れですよね?


「…誘ってくれてありがと。えっと、、、ミナさんたちとはどこまわるつもりだったの?」

混乱しながらなんとか言葉を返す。お互いに恥ずかしくなって顔を見られない。

ちなみに『ミナさん』とはカワイさんの中学からのお友達だ。クラスも違うのでどんな人なのかはよく知らない。


「文化部の出し物を見に行くって言ってた。茶道部とか文芸部とか」

「へー、そうなんだ。僕たちも後で行ってみる?」

「ミナたちと出くわしたくないからヤダ」

断られてしまった。けど、出くわしたくないのは、からかわれたりするのが嫌だからだよな。ってことは彼女もデートだって意識してくれているのだろうか。


「なら、今日はスペシャルゲストとしてBlueFlagっていう音楽グループが来るみたいだから、それを見に行くのはどう?」

「そうだね。それには行きたいと思ってたんだ」

BlueFlagは全国放送のテレビにもちょくちょく出演するくらい人気の音楽グループだ。

僕は詳しく知らないけど、プロのライブが文化祭で聞けるのだからぜひ行きたいと思っていた。彼女も同じ気持ちだったらしい。


「よし、休憩もできたしそろそろ行こっか」

そう言って彼女が立ち上がる。

僕も立ち上がり、聞くか聞かないか迷っていた問いを口にする。もしかしたら少し気まずくなってしまうかもしれないけれど、それでも確かめたいと思ってしまった。

体温は上がったまま、熱に浮かされていると理解しながら、彼女に問いの言葉を投げる。


「カワイさん、これはデートっていうことでいいのかな?」

勘違いだったら死にたくなるなとか、もっと上手い聞き方があったんじゃないかとか、そんな不安を抱きながら答えを待つ。


「…」

彼女は俯いたまま答えない。それでも彼女の言葉を待つ。

心臓の音で彼女の言葉を聞き逃したんじゃないかと不安に思うくらい時間が経って、ようやく彼女が口を開く。


「...はい。デートです」

俯いているので見えないが、彼女の顔はりんごみたいに真っ赤なんじゃないだろうかと思う。少なくとも僕の顔はそれくらい真っ赤になっていると思う。

きっと彼女は勇気を振り絞って僕の問いに答えてくれたのだろう。ならば次は僕の番だ。

この瞬間、僕は決意する。


僕は今日のキャンプファイヤーでカワイさんに告白する。


◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆


「また行き止まりだ」

「完全に迷子だね」

昨日、間に合わなかった2年生の出し物『ドキドキ!無限迷路!』に入った僕たちは迷子になっていた。迷路で迷うのは当たり前のことなのだが、どうにもおかしい。


「教室の範囲で迷路作ってるはずなのに、すごく広く感じる」

「だよね。正直狭い場所に迷路は成り立たないと思ってたんだけど…」

同じところをぐるぐるしているのか、行く先どこも行き止まりなのだ。ひょっとして全部行き止まりでしたーっていう意地悪なオチなのだろうか。迷路内は怪しげなBGMが大きめな音量で流れていた。

とりあえず元来た道を戻ってみると、また行き止まりだった。


「また行き止まりだねー」

おかしい。元来た道を戻ったら行き止まりになっていた。さすがに戻る道を間違えたというわけではないだろう。


「来た道に戻って行き止まりっていうのは、さすがに変だよね」

「確かに。暗いから間違えちゃったとか?」

迷路内は暗く、隣にいるカワイさんのことも目を凝らさないとよく見えない。

暗い迷路でカワイさんとの距離を縮めようとふんわりした気持ちで迷路に臨んだため、どうも頭が回らない。が、さすがに出られないと困るので真面目に頭を使うとしよう。


「あ、そういうこと!?」

真面目に考えてみてやっと答えに辿り着く。


「何かわかったの?」

彼女が聞いてくる。


「うん。わかった。動いてるんだ」

「へ?どういうこと?」

彼女は何を言ってるんだね君はという目でこちらを見てくる。


「えっとね、この迷路の壁自体が動いてるんだ。だから来た道を戻っても、入り口じゃなくて行き止まりだった。壁自体が動くならその分ルートが増えるわけだから、狭い教室でも道がたくさんある迷路っぽくできたんじゃないかな」

だから教室を暗くして、壁が動いているのを見えづらくした。また、動かしているときに音が出てしまうから、教室内には少し大きすぎる音量でBGMが流れているんだろう。


「なるほどー。すごいね」

「うん。面白い発想だよね」

実際やろうと思ったら、動かす前提で壁を設置するのは大変そうだし、動かすタイミングも練習しなきゃグダグダになる。他のクラスをまわっているときも思ったが、僕のクラスが出し物最優秀賞を獲れるのか自信がなくなってきた。


タネがわかってしまえば後は出口につながるルートが用意されるのを待つだけだ。面白かったが、壁が動くまで入口と出口がつながっていないのだから、実質的には迷路ではないんだな。


「出れたー!楽しかったね」

彼女の言葉に頷きで返す。


「この後、どうしよっか?もう体育館行っちゃう?」

BlueFlagの演奏まであと1時間ほどあった。


「まだ時間あるみたいだから、先にお昼にしよっか」

「わかった。私おなかペコペコ~」

そう言った彼女と一緒に広場へ向かう。


広場は校舎と別棟の間に存在する。普段は休み時間に何人かの生徒がたむろっているだけのスペースだが、今日は外部からの出店で賑わっている。ちょっとした町のお祭り並に出店が並んでいた。


「わぁー、何食べよっかなー!」

テンションが上がっているらしい彼女は、口先を尖らせ鼻に近づけている。何にするか悩んでいるときの癖が出ていた。遊園地の時も思ったが、彼女は結構その場の空気に影響を受けやすい。お祭りムードの時は彼女自身もすっかりお祭りモードである。


「じゃあ、僕はとりあえずたこ焼き買ってくるよ」

「あー、たこ焼きもいいなぁー」

楽しそうに悩んでいる姿がなんだかおかしくて、笑いそうになるのを堪えながら彼女に提案をする。

「買った物をシェアしよっか?」


彼女はそれだ!とばかりに答える。

「いいね!名案だよ!」

「それじゃあ、たこ焼き買ってくるからカワイさんも何か買って来てよ」

「うん。任せて」

彼女は自信満々に他の出店のほうに向かって行った。


それぞれ食べ物を買ってきた僕らは広場から少し外れた場所に腰を下ろす。

彼女は何年か前に流行ったチーズハットグを2本買ってきていた。お互いに買った食べ物をシェアしながら食事する。


「うん。たこ焼きは安定だね」

彼女はそう言って、はふはふと幸せそうにたこ焼きを食べている。


「チーズハットグはひさしぶりに食べたよ。…おぉ、めっちゃチーズ伸びる」

チーズの伸び具合を楽しんでいるとパシャっとカメラで撮られる。いたずらっぽく笑う姿が可愛すぎて、勝手に写真を撮ったことに怒るタイミングがなくなってしまった。


お返しとばかりに今度は僕が写真を撮って、その写真をメッセージアプリで彼女に送る。

「え、写真じゃなくて、直接教えてよ!」

僕から送られた写真を見た彼女は恥ずかしそうに口元についたたこ焼きのタレをティッシュで拭う。


「その写真、恥ずかしいから消しといてね」

「えー」

最初は恥ずかしそうに消してと要求していた彼女の顔がマジになってきたので写真は削除する。


たこ焼きを食べ終えた彼女はチーズハットグを食べ始める。最初は美味しいと食べていた彼女だが、7割食べたあたりから辛そうな顔になっていた。

「チーズハットグって、結構おなかに溜まるんだね」

辛そうにそう言う。


「そうだね。食べるの初めて?」

「うん。挑戦しようと思って買ったけど、食べきれなくなってきた。味はおいしいのに...」

確かに男の僕でもそれなりにおなか一杯にさせられた。


「手伝おうか?」

言った後にこれってカワイさんの食べかけをもらうことになるのかと気づく。


「ごめん。お願い」

そう言って、4分の1ほど残ったチーズハットグを手渡してくる。

これを食べたら間接キスになってしまうのだがと思いつつも、あんまり意識しすぎるのもキモイかと思い、一気に食べきる。

彼女も間接キスとか気にしてるそぶりはないので、きっとこれくらい普通といった感覚でいいのだ。とりあえず今は深く考えないようにしよう。


そして、おなか一杯になった僕らは、時間が迫ってきたBlueFlagの演奏を聴くために体育館へ向かう。が、体育館に向かう途中でカワイさんが立ち止まる。彼女はじっとわたあめを売ってる出店を見ている。


「わたあめ食べる?奢るよ?」

「食べる!」

わたあめを買って、彼女に渡すと幸せそうな顔で食べ始める。


「奢ってくれてありがとね~」

「いいよ。さっきお茶もらったお礼だから」

これで彼女と合流したときにした何か奢るという約束は達成だ。ここまで幸せそうな顔をしていると、もっと食べ物を与えたくなってしまう。


「でも、よかったの?カワイさんお腹いっぱいだったんじゃ…」

そんなに食べて大丈夫なのかという意図を含んで質問する。


「わたあめは軽いから関係ないんだよ?」

失言だった。顔は幸せそうなのに、目が超怖い。それ以上余計なことは言うなという念を感じる。


体育館の中は人で溢れていた。文化祭のスペシャルゲストを見るために集まったのだろう。

僕らは後ろのほうで始まるのを待っていた。


1分くらいして実行委員の女の子がステージに上がる。その子は背がとても小さく、小学生と言われても何一つ疑わないほど童顔だ。そして何より、お人形のような可愛らしい顔をしている。見覚えがあるなと思っていたら、2学期が始まったあたりからセイヤと仲良くしている女の子だということに気づいた。


「そ、それでは、皆瀬川高校文化祭、スペサス、、、スペシャルゲストのBlueFlagの方々です!」

緊張しまくりな女の子の声とともに、ステージの幕が上がる。アーティストの姿が見えた瞬間、会場が一気に熱を帯びる。


BlueFlagは男性2人、女性2人のグループで、彼らが披露したのは全部で3曲だった。軽いトークも含めて、20分ちょっとのステージが終わる。

ミュージックアプリで聞いてるときは、ありふれた良い曲という感想だったが、生で聞くと迫力や歌声の重みが違った。ライブとか行ってみたいなと思うくらいには素晴らしいステージだった。

興奮したのはカワイさんも同じだったらしく、会場のテンションに付いて行けないなんてことはなく、2人とも大いに盛り上がっていた。


体育館から出た後も10分くらい感想を言い合って、ようやく次の話題に移る。


「次はどこに行こうか?」

そう尋ねると、時計を見た彼女は答える。


「そろそろミスコンが始まるから、そっちに行こうよ」

「ミスコンなんてあるんだ。誰か知ってる人が出るの?」

ミスコンがあるなんて初めて知りつつ、わざわざ行きたいというからには彼女の知り合いが出場するのだろうかと思い質問する。


「え?アイが出場するんだけど。知らなかったの?」

知らなかった。ナガさんが出場するのか。まあ、意外というほどではないが少し驚いた。


「ナガさんも教えてくれればいいのに」

「むしろクラス内であれだけ話題になってたのに、知らなかったことに驚きだよ」

まじかよ。僕ってクラス内の話題に全然ついていけてないのか。もしかしてハブられてるのか?と不安を感じながらミスコン会場へ向かう。


「ちゃんとアイに投票してね。絶対優勝させるから」

どうやら順位は各生徒の投票で決まるらしい。彼女はナガさんを優勝させようと張り切っていて、若干厄介なオタクみたいになっている。

まあ、ナガさんなら僕らが投票せずとも優勝できると思うが。


ミスコンの会場は中庭、昨日クイズ大会を開催していた場所だった。

会場には投票用の紙とボックスがあり、その横に特大の模造紙が張り付けられている。模造紙には番号の横に出場者の名前が書いてある。どうやらこの番号を書いて投票ボックスに入れるらしい。


カワイさんはナガさんの番号である8番を紙に書いて、投票ボックスに入れている。

まだミスコンも始まってないのに投票するのはよくないと思います。


「キクチ君はまだ投票しないの?」

「僕はステージ見た後に投票するよ。ていうか、みんなそうだよ…」

カワイさんがまだ始まってもないのに投票するから、係の人が不機嫌そうな顔してるよ...


「どうせ結果は変わらないのに」

この人、ナガさんのこと大好きすぎるだろ...最近ちょっとカワイさんが怖いです。


ミスコンが始まり、衣装を身に纏った女子生徒が1人ずつステージに上がる。女装したムキムキの男子生徒がネタ枠として混じっていたが、それ以外はみんな綺麗に着飾っている。終盤に差し掛かったところでナガさんがステージに登場する。ダントツで一番とまでは言わないが、今ステージに上がった中ではナガさんが一番綺麗なように思う。


写真を撮りまくっているカワイさんを横目に見ながら会場全体を見渡すと、ミスコンの係員たちの中にセイヤがいた。どうやらこのミスコンは文化祭実行委員の企画らしい。

もしかしたらナガさんがミスコンに参加したのは、セイヤがミスコンの担当だったからかもしれない。


ミスコンの出場者が出揃い、投票が始まる。しばらくして結果発表が行われた。

15人くらいの参加者のうち、上位5名が発表される。5位の人から名前を呼ばれ、その度に会場から歓声が上がる。


「それでは1位の発表です!」

1位の名前が呼ばれる前に数秒の静寂ができて、名前が発表されると同時に歓声が上がる。歓声を上げていないのは僕の隣にいるカワイさんくらいだった。ナガさんの順位は2位だったからだ。そのことが不服らしい。ステージ上にいるナガさんに関しては、全く悔しいといった様子はなく、2位という順位に満足している様子だ。


「惜しかったねー。でも2位っていうのも十分すごいよね」

カワイさんにそう声をかける。


「そうだね。あー、くやしいぃぃー」

彼女もかろうじて結果を受け入れたらしい。


ミスコンが終わった後、ナガさんの元へ行きおめでとうと声を掛ける。見られていたことを知って恥ずかしそうだったが、素直にありがとうと返された。

セイヤにも声をかけようと思ったが、気づいたときには会場に姿はなかった。文化祭実行委員は多忙らしい。


ミスコン会場の片付けが始まったので、邪魔にならないように場を離れる。文化祭も終了の時間が迫っていた。文化祭のラストはキャンプファイヤーが行われる。そろそろカワイさんをキャンプファイヤーに誘わなければいけない。どう話を切り出そうかと迷っていると彼女から声を掛けられる。


「次はどこに行こっか?」

「うーん、もう大体まわったからなー。体育館に行けば何かしらステージ発表してるだろうけど」

「人混みちょっと疲れちゃったな。あ、屋上とか行かない?」

「いいよ。屋上に何かあるの?」

「ううん。なんにもない」

なんにもないのになぜ屋上を提案したのだろうか。まさか告白とかされちゃうのだろうか。


「文化祭の様子、高いところから見たいなと思って」

なぜ屋上に行こうとしてるのか疑問を顔に出していると、そんな風な返事が返ってきた。


「なるほど。気分転換にもなるし行こうか」

そう言って、階段を上がっていき屋上まで登る。

意外と屋上にはぼちぼち人がいた。

男子の集団、コスプレをした女子生徒2人、カップル、SNSにアップするためのダンス動画を撮影している女子グループ。

人がいないスペースまで歩いて、学校全体を見下ろす。お昼を過ごした広場がよく見える。


「おぉ、いつもと景色が違うねぇ」

「お祭りって感じがするね」

そんな何でもない会話を交わしていく。


運動場のほうを遠目に見る。既にキャンプファイヤーのための木材が積み上げられている。


「キャンプファイヤー、ここからでも見えそうだね」

そう言って、キャンプファイヤーの話を切り出す。


「本当だね。私、キャンプファイヤーとか初めてだよ。キクチ君は?」

「僕は小学校の林間学校でやったことあるよ。なんか松明を持ってキャンプファイヤーの周りを歩く儀式みたいなことをさせられたな」

「へー。そんなことするんだ。私の林間学校は登山だったから良い思い出ないや」

「そうなんだ。それはハードだね」

夕日へと変化する心地よい日光を浴びながら、雑談がゆっくりと流れていく。


「そういえば、キャンプファイヤーってシラクボ君たちと見るの?」

彼女がそう問いかけてくる。一緒にキャンプファイヤーを見ようと誘うなら、このタイミングだ。


「…いや、誰かと見る約束はまだしてない」

「…そうなんだ」

5秒か10秒ほど無言のまま時間が経って、ようやく口を開くことができた。


「カワイさんさえよければなんだけど、、キャンプファイヤーも僕と、、2人で、、一緒に見ない?」

言葉を絞り出すようにしてそう伝える。心臓はバクバクで、周りの音が上手く聞こえない感じがする。


「うん。いいよ」

周りの雑音が聞こえないくらい自分の心臓の音しか聞こえていなかったのに、彼女の返事は驚くほどよく聞こえた。嬉しさが込み上げ、さらに鼓動は加速する。それをできるだけ悟られないように楽しみだねと彼女に言った。


屋上からの階段を下り、体育館へ向かう。5歳くらいの男の子が、どこかの出し物で貰ったのであろうバルーンアートの風船を持って走っている。その子の母親らしき人が走らないのと言って男の子を追いかける。


キャンプファイヤーの誘いを受け入れてもらえた僕は、嬉しさとか緊張とか不安とかのいろんな感情がごっちゃになっていた。このままだとテンションが暴走しそうなので、一度冷静になるように深呼吸をして落ち着こうとする。


3階から2階へ階段を下っている途中で、先ほどの男の子が走って僕を追い越そうとする。その時、男の子の足がもつれ、右手に風船を握りしめたまま、頭から階段を転げ落ちそうになる。

とっさに男の子の下敷きになるようにして、背中から階段にダイブする。

男の子を上に抱きかかえた僕はそのまま下へと落ちていく。

一瞬の出来事なのに、時間はずいぶんとゆっくりに感じながら落ちていく。


――― 落ちていく。―――


◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆


外はもうずいぶんと暗くなった。冬の空に一番星だけが浮かんでいる。昼間は暖かさも感じることができたのに、この時間になると寒さしか感じることができない。

30分後に文化祭の閉会式が行われるため、生徒たちもぼちぼち体育館へ向かう。そんな中、私は文化祭期間中はほとんど誰も立ち寄ることのない別棟1階の教室へと向かう。


別棟の1階は電気がついておらず、薄暗くて肝試しでもしている気分になった。約束した時間より10分早く目的地である教室へ着く。私から言い出しておいて待たせるわけにはいかないと思い早めに来たのだが、いつも時間ぴったりに来るはずの彼はもう教室の中にいた。


背が高くて、かっこよくて、誰にでも優しくて、親しい人にはもっと優しい彼がそこにいた。

ここまで来れば緊張で心臓もバクバク鳴り出すと思っていたのに、一定のリズムに変化はなかった。それがなぜなのか理由を考えないようにして、いつもの調子で彼に声をかける。


「ごめん、待った?」

いつもの調子で話しかけたのに少し声が震えてしまった。きっと寒いからだろう。


「そんなに待ってないよ。それで、話って?」

彼はいつも通り優しい声で返事してくれる。それなのに彼の声音から冷たさを感じた気がしたのは、これも寒いのが原因なんだろうか。


「ずっと、セイヤに伝えたかったことがあって。それを聞いてほしい」

彼の名前を口に出す。声はもう震えなかった。


「わかった。聞かせて」

セイヤは無表情だ。何を考えているのかわからない。


「中学生のとき、セイヤに助けてもらったときから、ずっと、ずっと好きでした。だから、私と付き合ってほしい。私をセイヤの特別にしてほしい」

言った。言ってしまった。練習した通りの言葉を伝えることはできた。


彼の返事を待つ。


「アイ」

「うん」

名前を呼ばれて、短く答える。


「ごめん。俺はアイと恋愛する気はないんだ。アイは大切な友達だから」

それが彼の返事だった。彼の返事を頭の中で何度も繰り返す。もう結果は出たのになかなか飲み込むことができず、何度も何度も彼の返事を頭の中で再生する。


私は彼の特別になれなかった。


泣きそうになるのを堪えながら、用意しておいた言葉を彼に伝える準備をする。

顔を上げ、彼のことを見る。

そこには振られた私よりも悲しそうな顔をした姿があった。ただひたすらに悲しく、それでも小さな希望に縋るような、そんな感情を彼から感じてしまった。でも私にはなぜ彼がそんな顔をしているのかわからなかった。


「聞いてくれて、ちゃんと返事してくれてありがとう。何日かはへこんでいつもの調子出せないかもだけど、その後はこれまで通り友達として笑いあえるから。だから、これからもよろしくね」

そう準備していた言葉を彼に伝える。


「わかった。また声掛けてくれると嬉しい」

彼はそう答える。もう悲しそうな顔ではなく、ただひたすらに優しい声音と表情だった。


「あ、でも今回でこの恋を諦めきることはできないから、その、セイヤが迷惑じゃなければ、好きでいることを許してほしい。それでセイヤの気持ちが変化する可能性に賭けて、頑張らせてほしい」

私のせめてもの悪足掻きを彼に許してほしい。そんな思いから準備していたもう1つの言葉を伝えた。


「俺を想ってくれる気持ちを迷惑だなんて思わないよ。でも、ごめん。アイが俺をその目で見ている間は、アイの想いには応えられないと思う」

彼は言葉を続ける。


「それでもアイが俺に恋してくれていることまで否定したいわけじゃないから、それを諦めるかどうかはアイが決めて」

まっすぐと私のほうを見て彼はそう答える。これからも彼に恋愛感情を抱き続けていい許可は出た。ならば、これからも彼の気持ちを変えられるように足掻いていくだけだ。


「じゃあ、俺はもう行くから。…またね」

そう言って彼は教室から去っていく。

「うん。またね」

彼が教室を出る直前でそう返す。


私しかいない教室から外を眺める。空には一番星以外の星も見え始めていた。

頬が濡れるのを感じる。こうならないために空を見上げたというのに、涙はボロボロとこぼれていく。

本当はわかっていた。彼がこういう返事をするだろうなってことを。結果がわかっていたから緊張することもなく、告白の直前も心臓がバクバクになることはなかった。結果がわかっていたから告白する前から泣くのを我慢して、声が震えてしまった。


そして、私はずるい。ここで振られたとしても、数日経てば今まで通り友達として笑いあえる関係に戻れるとわかっていた。私にはそれができるし、彼にもそれができるとわかっていた。この恋心を抱き続けることも、彼なら許してくれるとわかっていた。関係は壊れず、今まで隠していた恋心も隠さなくていい状況になっただけなのだ。つまり私はこの告白でリスクなど背負っていなかった。


窓に自分が映る。ミスコン2位の可愛い顔が私には酷く醜く見えた。私の内面は卑怯な女だった。

文化祭で彼に告白しようと決めていたから、クラスの私のことが好きな男子を遠ざけるためにキクチを利用した。有能な彼なら、クラスでトラブルが起きても裏で動き回って丸く治めるだろうと思ったし、私の意図を汲み取って、私と男子の間に入って話をしてくれると思った。本当は彼がリホと同じ班になろうとしていることに気づいていたのに。リホも彼のことを意識し始めていると気づいていたのに。自分にとって都合のいいほうを優先してしまった。


涙を止めようと顔を歪ませながら過去のことを思い出していた。初めての彼氏は2つ上の先輩だった。中学生になった私はすぐに学校のスターから告白され、周りの後押しもあって先輩と付き合い始めた。でもお互いのことをよく知らないまま付き合い始めた私たちは長くは続かなかった。次に付き合ったのは同学年で1番人気のあったサッカー部の男子だった。こちらは半年以上関係が続いたが、今思うとお互いそんなに好きではなかったのだと思う。学校一のイケメンと美女が付き合っている、そんなステータスのために一緒にいた気がする。

そんな傍目から見ればキラキラ輝いた恋愛をしてきた私に本当の恋を教えてくれたのがセイヤだった。彼に何度も助けられ、気づいたときにはどうしようもなく好きになっていた。2人の元カレにもちゃんと恋をしていたつもりだったが、セイヤへの気持ちは何もかもが違った。熱さ、重さ、大きさ、深さ、そんな感覚的なものがこれまで感じてきた何よりも私を狂わせた。もう恋愛対象として彼以外は視界に映らないほどに。


思えば初めての告白だったのか。今までたくさんの告白を体験してきたが、気持ちを伝える立場になったのは初めてだった。振られるとわかっていて告白した。なのに胸には強い痛みが残り続け、いつまで経っても涙は止まらなかった。告白を断られるのがこんなに辛いのならば、今まで私に告白をしてきた彼らにももう少し真剣に向き合ってあげるべきだったと思った。


もう少しで文化祭の閉会式が始まる。クラス出し物最優秀賞の発表はこのタイミングだから、選ばれれば代表者としてステージに上がらなければならない。だから行かないといけないのに足がすごく重くて、涙も全然止まってくれなくて、胸の張り裂ける痛みを耐えるために背中を丸めて、さっきから動くことができない。

閉会式3分前の校内アナウンスが流れる。


行かないといけないのに、それでも体は動かなかった。


◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆


「クラス出し物最優秀賞は1年D組の『ミナセガワ縁日フェスティバル』です!クラスの代表者はステージまで上がってきてください!」

司会を務める生徒会の副会長がクラス出し物最優秀賞を発表する。副会長は髪を後ろで一つに束ねていて、ハキハキとした喋り方の元気な女子生徒だ。メイクとかもしていないようなので一見わかりにくいが、顔は整っており学校トップレベルの美女になれる逸材だ。ぜひともお近づきになりたい。

そんな副会長の口から発表されたのはマサムネのクラスだった。あれだけ頑張っていた姿を見ていたので、関係ないのに嬉しい気持ちになっている自分がいる。


てっきりアイちゃんがクラス代表者として元気よくステージに上がってくると思っていたが、1年D組の代表者はなかなか出て来ない。

彼らのほうを見ると誰がステージに上がるかをコソコソと話し合っている。アイちゃんが不在なのであればマサムネが出てくると思ったが、そういえばマサムネの姿も見えない。それから1分ほど経ってようやく1年D組の代表者がステージまで来た。代表者にはやたらと体格のいい生徒会長から賞状とでっかい袋が渡される。袋にはおそらくお菓子などが入っているのだろう。


ふと2階を見るとセイヤが文化祭実行委員の仕事をしていた。目が合った気がしたので軽く手を振ったのだが、セイヤは気づかなかったのか別の場所へ移動していった。


その後は校長からありがたい文化祭の感想を長々と聞かされ、それが終わると文化祭実行委員の腕章をした小動物みたいな女の子がステージに上がってくる。俺と同じクラスの女の子で、この前口説きに行こうとしたのだがセイヤにストップをかけられてしまった。どうやら今回セイヤが文化祭実行委員になった理由にはあの子が絡んでいるらしい。


プリティーという言葉が似合うあの子はかなり緊張している様子だが、これから行われるキャンプファイヤーの注意事項を噛むことなく読み上げていく。

彼女が注意事項を読み上げた後、閉会の言葉でキャンプファイヤーを残して文化祭が終了する。


体育館を出る前に1年D組の子にマサムネとアイちゃんのことを聞いてみる。マサムネはケガで保健室にいるらしく、アイちゃんに関しては行方不明のようだ。


アイちゃんが行方不明とセイヤに伝えると、「アイが閉会式に来なかった理由は知ってるから大丈夫」と返されてしまった。セイヤのことだから文化祭実行委員の仕事なんて放りだしてアイちゃん捜索に乗り出すと思っていたので、これは意外な展開だった。察するにアイちゃんがセイヤに告白かそれに近い何かをしたのだろう。そしてその結果も察することができた。


キャンプファイヤーで一緒に踊る約束をした女の子がいるので少し急ぎつつ、マサムネのお見舞いへ行こうと保健室へ向かう。1階の自販機で差し入れを買って、2階の保健室へと足を運ぶ。


保健室の近くまで行くと、そこには最近仲良くなったリホちゃんの姿があった。


◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆


目を覚ます。

視界には白い天井が映っている。天井にはぶつぶつの模様があり、小学生の頃はあれを蟻に見立てて何匹か数えたりしてたことを思い出す。思い出しつつ天井の蟻を数えてみるが、途中で面倒になって数えるのをやめる。そんなことをするくらいには退屈だった。


男の子を庇って階段から落ちた結果、意識が飛んだようだったが近くにいた教師が駆け付けた頃には目を覚ましていた。その後、保健室へ行き、状態を聞かれ診られしてからベットに放り込まれた。カワイさんは保健室まで付き添ってくれたが、保健室の先生が問診するからと追い出しやがった。

落ちた時に打った背中が痛いが、それ以外に特に異常はなく、ベットに横になっていたらそのまま眠ってしまった。そして目を覚まし今に至る。


時刻的にもうすぐキャンプファイヤーが始まるはずだ。せっかくカワイさんと約束したのに、残念ながら果たせそうにない。そのことに悲しむと同時に、告白をしなくていい理由ができて安心している自分を情けなく思う。

それにしてもあの男の子は大丈夫だろうか。ケガはなさそうだったが倒れた僕を見て号泣していた。あまりに泣きじゃくりながら謝ってくるものだから、心配される側の僕のほうが男の子を心配してしまった。


外を見るとすっかり日は沈み、キラキラと夜空が広がっていた。お祭りもあとはエンディングを残すのみだ。そういえば僕らのクラスは最優秀賞を獲れたのだろうか。準備で忙しいときは早く終われと思っていたが、いざ終わってしまうと名残惜しくなる。クラスみんなで作り出したあの空間も休み明けには片付けなければならない。せめて2学期中は縁日の状態のまま授業とかできないだろうかとバカなことを考えてしまう。

最後の最後で保健室行きというイレギュラーはあったが、それも含め一生忘れられない文化祭にできたと思う。頑張ってよかったと思う。


またベットに横になり、ぼーっと天井を眺めていると保健室のドアが開かれる音がした。誰だろうと疑問に思っていると僕がいるベットのカーテンの前に人影が見える。


「キクチ君、いる?」

その人影から可愛らしい女の子の声が聞こえてきた。僕は起き上がり、カーテンを開ける。


「いるよ。来てくれたの?」

そう彼女に返事する。わざわざ来てくれたことが嬉しくて、胸のあたりから何かがこみあげてくるのを感じる。


「約束したから。キャンプファイヤーを一緒に見るって」

彼女は約束を果たしに来てくれたらしい。


「そっか。ありがとう。でも保健室から勝手に出るなって言われてて…」

保健室の先生からは、キャンプファイヤーが終わったら戻ってくるからそれまで保健室にいるように言われた。まあ、飛んだり跳ねたりするわけじゃないし、そんな指示は破ってしまおうかと悩んでいると彼女が口を開く。


「うん。わかってる。今、立つことはできる?」

「できるよ。ほらこの通り」

立ち上がり、一周くるっと回ってアピールする。


「背中打ったんだから余計な動きはやめなさい」

普通に注意されてしまった。


「じゃあ、こっちに来て。ほら」

彼女が僕のほうに手を差し出してくる。動揺しつつもその手を取り、歩くのを手伝ってもらう。別に1人でも歩けるのだが。

保健室の窓辺まで行き、彼女が用意してくれた椅子に腰を下ろす。


「あそこ、見て!」

彼女が指差すほうを見ると、暗くて見えづらいがたくさんの生徒の姿があった。

そして次の瞬間、光がその中心に投げ込まれ、一気に燃え上がりキャンプファイヤーが形となる。


「ここからでも見えたんだね」

「そうみたい。ラッキーだね」

ごうごうと燃え上がる炎は美しく、その周りで生徒たちが踊り始める。それを2階の窓から彼女と眺める。


「あ、そうだ」

と言って、彼女は部屋の入口まで行き電気を消す。


「こっちのほうがよく見えるでしょ」

得意気な顔をしてそう言ってくる。

少し涙が出てきそうになった。あったかい何かが胸の中をぐるぐるしている。わざわざここに来てくれたこと、キャンプファイヤーを見せてくれたこと、それらが嬉しくてたまらない。


「うん。よく見える。カワイさん、ありがとう」

感謝の言葉が自然と出ていた。十分楽しんだと思い、だから最後だけ参加できなくてもおつりが出ると思っていた。でも本心では最後までカワイさんとこの文化祭を楽しみたかった。それを彼女が叶えてくれた。


「そう改まって言われると照れるね。あはは」

彼女は照れくさそうににやけている。その顔が少しおかしくて、愛おしかった。


「あ、そうだった。これ、アサガオ君から」

そう言って彼女から渡されたのはブラックコーヒーだった。まだ温かい。


「ありがと。コウと会ったの?」

「うん。さっき保健室の前でばったりと。女の子と踊る約束してて急がないといけないから、これ渡しといてって言われて。アサガオ君は友達想いで優しいね」

「そうかなぁ。僕の見舞いより女の子との約束を優先したみたいだけど」

と口にしつつも、本当はコウの優しさには気づいていた。僕の様子見に来たが、カワイさんがいたから気を遣って2人きりにしてくれたのだろう。

貰ったブラックコーヒーをちびちび飲む。


「そういえばクラスの出し物だけど、残念ながら…」

彼女は声のトーンを落としてそう切り出す。どうやら最優秀賞はダメだったらしい。


「そっかぁ。残念だけど結果がすべてじゃ」

「最優秀賞とれたよ!」

僕の声を遮ってそう言った彼女はいたずらっぽい笑みを浮かべている。


「なんでそういう意地悪するかなぁ。一瞬ほんとに落ち込んだんだけど」

「いやー、下げて上げたほうがいいかなーって」

僕のリアクションを見て満足そうな顔をしている。まさかカワイさんがこんな悪女だったなんて。ますます惚れてしまう。いや、惚れちゃうのかよ。


「まあ、でも、嬉しいかな。うん、すごく嬉しい」

自分たちの頑張りが認められた事実に嬉しさが込み上げる。きっと頑張っていなかったら、この喜びは手に入らなかったのだろう。


「ちゃんとヒーローになれたね」

その彼女の言葉で、何日か前にそんな話をしたことを思い出す。


「どうだろう。それはちょっと大げさかも。今こうして思い返してみると、そこまでの活躍じゃなかったように思うよ」

そんなことを口にする。激務に追われているときは視野が狭くなり、自分の活躍しか認識できてなかった。そこから解放され思い返してみると、何人もの功労者たちの活躍が頭の中を流れていく。ナガさんがクラスを引っ張って、僕がクラスをまとめている。そんな風に思っていたけれど、実際は僕もクラスの歯車の一部でしかなかったように感じる。それは寂しいことのようにも思えるが、不思議と今はそれがいいんだと思えた。


「そんなことないよ」

僕の言葉は彼女によって否定される。


「そんなことない。だってキクチ君がいなかったら、最優秀賞は獲れなかったと思うもん。キクチ君がいたから、みんな最後までバラバラにならずやり遂げることができたんだと思う」

僕に気を遣っているとかそんな風には感じられなかった。彼女の目が本心であることを訴えていた。


「だから、クラスのMVPは、ナンバー1ヒーローはキクチ君だよ」

満面の笑みを浮かべた彼女にそう言われて、ガチっと自分の中で何かが積み上げられるのを感じる。それは今までの僕に足りないものだった。


どちらかと言えば裕福な家庭に生まれ、友達にも恵まれた僕は他の人より失敗の経験が少なかった。それと同時に僕の力による成功の経験も少なかった。だからこそ心のどこかでいつも不安に思っていた。もし周りの助けが借りられない状況で困難にぶつかったら、僕は乗り越えることができるのだろうか。乗り越えられなかったとき、僕は再び立ち上がることができるだろうのか。その不安が彼女の言葉でなくなったように感じる。

文化祭に一生懸命取り組んだだけ。他人に聞かれれば笑われるようなきっかけだが、僕はこの瞬間、生まれて初めて自分に自信を持つことができた。


「ありがとう。そう言ってもらえて、なんか自信が付いたよ」

「それはよかった。キクチ君は私やキクチ君自身が思っているよりも凄い人だったんだよ。階段から落ちる男の子を助けて、本物のヒーローみたいなこともしてるしね」

彼女に認められ、自分自身にも認められ、男の子から最後に言われたありがとうの言葉を思い出す。なんだか本当にヒーローみたいだ。


ヒーローは誰かを助けて幸せにする。僕が幸せにしたいのは誰だろう。僕は誰のヒーローになりたいのだろう。

セイヤに幸せになってほしい。コウに幸せになってほしい。ナガさんに幸せになってほしい。他にもたくさん、家族とかクラスメイトとかご近所さんとかにも幸せになってほしい。でも、幸せになってほしいと幸せにしたいは違う。僕が幸せにしたいのは…


「カワイさん、聞いてほしいことがあるんだ」

「なに?」

彼女は不思議そうな顔をしている。伝えた後はどんな顔をするのだろうか。


数秒の間が開く。彼女の瞳が僕を捉える。ゆっくりと呼吸してから、僕は口を開いた。


「僕はカワイさんのことが好きです」

僕はそう告げた。そのまま言葉を続ける。


「幸せになってほしい人たちがいる中で、カワイさんのことは幸せになってほしいじゃなくて、幸せにしたいと思った。だから、隣にいてほしい。僕と付き合ってください」

胸の内にあるものを全部言葉にした結果、プロポーズみたいになってしまった。心臓は大きく早く動いているけれど、頭の中はすっきりしていて、思考がよく回るように感じる。緊張しているのに落ち着いている。そんな不思議な感覚だった。


「きゅ、急に言われたから、びっくりした」

そう言って、彼女は顔を赤く染めたまま固まってしまった。


彼女の返事を待つ。彼女に自分の本心を曝け出したが恥ずかしいとは思わなかった。それは告白が成功すると思っているからではなく、成功するにしても失敗するにしても、彼女が僕の本心を馬鹿にするようなことはないと信じることができたからだ。

きっと彼女の答えがどちらでも、これから先での僕らは新しい関係を築いていくことができる。


「私は、まだわからない」

彼女が返事の言葉を紡ぎ始めた。


「不安と、期待がたくさんあって、自分の頭でいっぱい考えて、それでもまだ答えは出せなかった。だから、考えるだけじゃなく行動して、もっとちゃんと知ろうと思った。そしたら期待がどんどん大きくなって、それでも不安の部分がなくなるわけじゃなくって。だから、まだ私の中でまとまってるわけじゃないんだけど、えっと、つまり…」

彼女の言葉を待つ。


「これから先、上手くいかなくなる時が来るかもしれない。想いが大きかった分、失ったときに深く傷つくかもしれない。それでも、それを怖がって現状を維持しても、きっと欲しいものは手に入らない。今の私が一緒にいたいと思っていて、想像した未来でも一緒がいいなって思う。だから―」


「私もキクチ君の隣にいたいです」


キャンプファイヤーの炎は最も激しく燃え上がり、その周りで生徒たちは踊る。そんな光景を映す隙間などなく、2人はお互いに見つめ合う。


ちゃんと気持ちを伝えあって、今は変わり、新しい今の関係が出来上がる。

十分に見つめ合った後、並んでいた椅子がほんの少しだけ近づいて、また遠目に見える赤々とした光を眺める。2人の手が少し触れるが、まだ繋がれることはない。きっとこれから少しずつ近づいていくのだろう。


遠目の炎が消えるまで、何か言葉を交わしたのかはあまり覚えていない。ただ、言葉を交わさずとも、確かにわかり合えている感覚があった。


そして、キャンプファイヤーが終わる。


「それじゃあ、私は教室の戻らなきゃ。キクチ君ってどうやって帰るの?」

「あと20分くらいで親が迎えに来る」

「そっか。今日は安静にして、しっかり休んでね」

「はい、承知しました」

敬礼のポーズをとり、おどけた態度でそう返事する。


「ふふ。じゃあ、また学校で…」

そう言った彼女は少し残念そうに見えた。

明日と明後日は学校が休みなので会えない。

でも、今の僕たちなら、、、


「カワイさん、どっか遊び行こうよ。また連絡するからさ」

それを聞いた彼女は華が開いたように嬉しそうな顔になる。


「わかった!連絡待ってるね」

そう言って保健室から出て行った。

と思ったら、再び扉が開かれて彼女が顔を出す。


「遊ぶのは私たち2人きりで、だからね」

そう言って、今度こそ教室へ戻っていったようだ。


心地良さと達成感と喜びと、たくさんの感情を抱えながら明日からの日常を思い描く。

部屋に1人きりになったがもう寂しさは感じない。これからは彼女と共に歩んでいけるのだから。


明るい未来に照らされたまま、文化祭は幕を閉じた。



この2年後――




俺はリホと別れた。

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