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16_自由

心地良い春に日差しに反して、元恋人関係の2人には気まずい空気が流れていた。

友人であり恋敵でもある相手の失恋。そして想い人の本音。それを盗み聞きし、気持ちの整理の時間が欲しいのに、残念ながら盗み聞きの罪は露呈し、裁きとでも言わんばかりの居心地の悪さ。


その居心地の悪さは目の前の彼も感じているようで、呆れ笑いをこらえるように去っていった友人に声を掛けようとしつつも、動揺で口をパクつかせていた。こんな挙動不審な彼を見るのは随分と懐かしい気がして、いつもならからかいの言葉を掛けるところではあるが、如何せん私も口をパクつかせていたのでそれどころではない。

そんな気まずい空気を入れ替えるためにもお互いに言葉を思考し、吐き出そうとするがなかなか声にまでは至らない。


「えっと、あの、そういうことだから、よろしければ、また僕と交際しましょう」

頭を混乱させたまま先に切り込んできたのは彼だった。


「…雑じゃない?」

思わずそんな言葉を返してしまう。


「あれだけアキラとは言葉を重ねてたのに、私への告白…?これ告白なんだっけ?」

アキラにはあんなに丁寧に想いを言葉にしていたのに、私にはそういうことだから交際しましょうの言葉だけなのか。とか考えていたら、告白のような彼の言葉が告白なのかよくわからなくなってきて、私の混乱は収まらない。


「いや、だって、全部聞いてたんでしょ。また最初から同じ内容を説明するの恥ずかしいし」

「まあ、隠れて聞いてたのは私が悪いけど…それにしてももうちょっと何かない?」

滑稽な会話が展開され、気まずい空気は和らいでいるのかよくわからない。


「というか、何で盗み聞きしたの?」

「わ、わざとじゃないよ。アイを探してここまで来たら、2人が緊張感を纏って屋上に入ってきたから。思わずつい…」

嘘をつかずに答える。ちなみに嘘はついていないが、2人の話の内容が気になって耳を澄ましていたことは内緒である。


「はぁ、、、予定が狂った」

大きくため息をした彼はその場に座り込む。


「ごめんなさい」

複雑な心境で謝罪の言葉を口にする。


「それで、僕はリホとまた一緒にいたいけど、リホはどうかな?」

「あ、います。一緒にいます」

「リホの返事のほうが雑じゃない?」

「し、仕方ないじゃん。まだ混乱してる最中なんだから」

つい昨日まで想像していた展開とは全く異なる形で私たちは復縁した。私が振られるにせよ、復縁が成功するにせよ、もっと真剣な言葉を交わしたうえでと思っていたのに、とんだ肩透かしで複雑な気持ちになる。


「ふふ、あはは」

座り込んでいた彼はごろんと仰向けに寝転がって笑い出した。


「フフッ、いひひっ」

つられて私も笑い出す。変な笑い方の癖が出てしまった。


「僕、これからはちゃんと目を開けて見るから。考えて、感じて、言葉を交わして、行動で伝えて、よく見て聞いて、そうやってリホのことを知って、妄信的で熱を帯びた短い恋じゃなくて、長い時を経ても続くような愛を君に向けられるように」

たまに格好をつける彼氏だったけれど、ここまでロマンチストな言葉を口にすることはなかった。そんな彼の言葉に胸が暖かくなるのを感じながら私も言葉を返す。


「私もそうする。マー君のこと、よく見て聞いて、良いところも悪いところも全部受け止めて、その上で全部ひっくるめて愛してるって思いたいから」

彼と出会ってもうすぐ3年。その短くも長くもない時間の中で、初めて彼と心が繋がったような気がした。自分の理想の型に相手を無理やりはめ込むような、そんな未熟な関係性は終わり、ありのままを知ったうえで愛そうとする意思が宿った。


私も、きっと彼も、相手の全てを知ることができないことはわかっている。どれだけ知っても、あくまで相手の一面を積み重ねたものでしかなくて、全ての面を知ることはできない。

それでも、それだからこそ、相手のことを知るために、考えて、感じて、言葉とか行動とか表情とか仕草とか、見える全部のものから読み取って、理解を育んでいくんだ。きっとそれが愛を育むということなんだ。


この先、お互いのことをたくさん知った先、私たちは離れるべきだという結論に辿り着くかもしれない。そんな期待外れな結末に行きつくかもしれない。でも、お互いに知って、頭でも心でも考えて、感じて、そうして行きつく先がそんな結末であるならば、きっとそれには価値がある。だから、私たちは進むべきだ。進んだ先が幸福か別れかなんてわからない。それでも進まなければ、成功も失敗もできない。


落ち込んだとき、何のために生きるのかなんて考える。マー君と別れたときなんかも考えた。

生きる意味なんて私にはわからないし、これからもわからない気がする。

それでも、生きるということがどういうことなのかは私にもわかる。


思い描ける限り最高のハッピーエンドを目指して、向き合って、足掻いて、もがいて、折れて、泣いて、立ち上がって、また一歩踏み出す。生きるとはそういうことだと思うから。


「きっとこれから先、辛くて苦しいときがたくさん来る。それでも私は最高のハッピーエンドを目指して進み続けるよ」

彼に放った言葉だったが、きっとこの言葉は私自身に向けた言葉だ。


「リホは、かっこいいな」

彼はそう呟いて、こちらに顔を向ける。


「また1つ、リホのことを知れた」

こんなちょっとしたことで心底嬉しそうな顔をしている彼を愛おしく感じた。


「最高のハッピーエンドのために、一緒に歩いて行こうね」

そう彼に言葉を掛ける。


「うん、僕たち2人で」

「あ、2人ではない」

「え?」

彼の素っ頓狂の声を受け流し、頭に思い浮かべるのはセイヤの姿だった。


「最高のハッピーエンドのために支え合うって決めた親友がいるの」

「そっか。僕の知らないところでも世界は回ってるんだね」

少し寂しそうな、でもどこか心地良さそうな彼はゆっくりと立ち上がる。


「行こっか」

そう言って彼は私に手を差し伸べた。

その手を取って私たちはゆっくりと階段を下る。

随分と久しぶりに繋いだ彼の手はあの頃と変わらない。

それでもあの頃に感じていた不安はもうどこにもなかった。


◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆


"アイザワ カンナ"。高校2年生。

彼女のことを語れば少し長くなってしまうので、その中でも彼女の高校生活の分岐点となった部分のみ語らせていただこう。


彼女は幼い頃から真面目だった。融通が利かなかった。ルールを順守することに心地良さを覚え、ルールに反する者には腸が煮えくり返るような不快感に包まれる。

誰に対しても物怖じせず、はっきりと正論をぶつけ、眼光を鋭く尖らせる。


彼女は嫌われていた。小さなルール違反でも憤慨する彼女は"逆鱗ちゃん"などと陰で呼ばれていた。

そんな彼女が嫌がらせを受けることは多々あったが、正々堂々と立ち向かう彼女に正面切ってまで嫌がらせをする者はおらず、どちらかと言えばいじめの標的というより避けるべき相手として認知されていた。


避けられている彼女にも友人はいた。彼女の正々堂々とした物言いに救われてきた者たちだった。彼女にとってそんな友人たちの存在が、小さな嫌がらせを耐えるための支えとなっていた。


高校生となり、友人たちとは離れ離れになった。環境が変わった。クラスに馴染めず、当然のように彼女は避けられ、嫌われた。

そして高校1年生の秋、事件が起きた。


生徒の持ち物が盗まれ、学校の目立たないところに無残な形で放棄されるというものだった。彼女はその犯人として指を差された。というのも、盗まれる物は学校に持ち込むことを禁止されている漫画やコスメなどだった。風紀委員などの役職があるわけでもないのに普段から厳しく取り締まる彼女が疑われ、証拠には届かないくらいの疑わしい点がいくつも挙げられ、全てが彼女の敵となった。


もちろん彼女は正々堂々と立ち向かった。しかし、彼女が自分は犯人ではないという主張に対して返されるのは、いい加減に罪を認めてこの件を終わらせろよという空気だった。時間が経つほど彼女の弁明はヒートアップし、時間が経つほど彼女は疲弊していった。これまで己を強いと思っていた彼女の心が初めて折れかけたとき、命を絶つことさえ簡単に頭によぎった。


そんな事件を解決したのは先日生徒会長になったばかりの小さな女子生徒だった。

朝学校に来ると、真犯人が自ら名乗り出て、クラスに謝罪をした。その生徒は自主退学という形で学校を去った。


そして、真犯人が謝罪をしたあの朝、生徒会長が教室に入り、事の真相を説明した。その説明の中で犯人に仕立て上げられていた彼女を擁護する内容も語られ、見ず知らずの自分のことを本心から思ってくれていると伝わる生徒会長の熱弁に、初めて人前で涙した。


後から話を聞けば、事件を聞きつけた生徒会長が友人を頼り、真犯人を特定したうえで話し合いを試み、自ら犯人であることを名乗り出るように説得していたと知った。


そうして、彼女の高校生活を大きく左右する出会いがあり、少しずつ彼女は周りと調和する術を身に着けた。

だから彼女は感謝している。元生徒会長シラヌイ コトリにも、その友人の喧しいあの人たちにも。


それが"アイザワ カンナ"という人物であり、滅多に本名を呼ばれない通称メガネちゃんである。


◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆


「コトリ先輩、最後まで私たちを先導してくださり、本当にありがとうございました!」

心からの感謝を込めて、私は大きな花束を大恩人であり敬愛するコトリ先輩に渡す。


「こちらこそありがとうだよ。メガネちゃん、ミナ高をよろしくね」

そう言って花束を潰さないように慎重になりながらも、小さな体で抱き着かれる。


「そういうことはメガネちゃんじゃなくて、生徒会長である俺に言ってほしいんですけど」

せっかくの私とコトリ先輩の時間に割ってきたのは、現生徒会長だ。私の中では生徒会長はいつまでもコトリ先輩なのだが、明日からは学校でコトリ先輩を見ることもなくなるのだし、そろそろこの男を生徒会長として受け入れなければならないが、脳が拒んでいるので後回しだ。


「ライ君もありがとね。私と違って器用なライ君なら大丈夫だろけど、大変な時はここにいる皆を頼るんだよ」

周りには生徒会を中心とした面々が揃っていた。皆がコトリ先輩との別れに涙を堪えている。ちなみにライ君とは現生徒会長のことだ。


「もちろん皆には頼っていくけど、メガネちゃんだけ嫌そうな顔するんですよー」

無礼な現生徒会長の言葉にムッとするのを我慢しつつ思った。この現生徒会長の先輩に甘えるような言動も、明日からは見る機会がないだろう。この男は容姿も能力も高く、社交的で大抵のことはそつなくこなす。私の真逆のような男だ。そんな優秀な彼は弱みを見せないし、誰かに甘えるようなこともない。コトリ先輩を除いて。


「別に頼まれること自体は嬉しいですよ。ただあなたに声を掛けられたら思わず嫌な顔をしてしまうだけです。感情を顔に出してしまう未熟な私が悪いのです」

「相変わらずメガネちゃんはハッキリとした物言いで気分がいいね」

私の言葉など気にも留めない様子で彼は答える。


「まあ、俺への嫌悪を置いておけば、頼られるのは嬉しいみたいだし、どんどん頼っていくよ」

「メンタル強いなぁ」

彼の精神力にコトリ先輩が関心している。


「でも、ライ君が本当に辛いとき、一番頼りになるのはメガネちゃんだと思うから、辛いときはしっかり頼るんだよ」

「…」

コトリ先輩が彼と目をしっかり合わせてそう言った。それに対し彼は、いつもの飄々とした態度ではなく、居心地の悪そうな表情をしている。


「つまりコトリ先輩は私の能力を一番買っているということですね!」

「違うよ」

「え...」

自信満々に発言した私の言葉がコトリ先輩にあっさりと否定されて愕然とする。


「まあ、シラヌイ先輩の有難い助言は受け取りましたので、最後のお仕事である会場の片付けをやっていきましょう」

話をそらすように彼は切り出し、コトリ先輩への花束贈呈タイムは終了する。


他の生徒会メンバーも散り散りになり、ステージ裏の片付けをしようと向かった先で現生徒会長と2人きりになる。


「何ボーっとしてるんですか?」

手を動かさず、どこかを眺めるように佇んでいる彼に声を掛ける。


「いや、コトリ先輩のことを考えてたんだ」

「…好きだったんですか?」

彼の言葉の意図がわからず、恋愛的な意味に紐づけて質問する。


「もちろんコトリ先輩から告白されたら付き合う程度には好きだけど、そこまで大きく恋愛感情を抱いているわけじゃない」

コトリ先輩という大いなる存在がありながら恋愛感情を抱いていないと言う彼に怒りを覚えながらも、表情には出さないように気を付ける。そもそもコトリ先輩がこの男に告白することなどありえないし、これ以上考えるのも無駄だ。


「ただあの人には一生敵いそうにないと思っただけだよ」

彼は言葉を続ける。


「鈍感なのに確信を突いてくる。俺のほうが優秀なのに、あの人がやった方が良い結果に終わる。そんなどうしたって超えられない壁を感じてたら、ボーっとしてた」

最後は二っと笑って、彼は片付けを再開する。彼の言っていることはなんとなくわかるが、なんとなくしかわからないので、結論としてはよくわからない。


「当たり前です。あなたがコトリ先輩に敵うわけありません」

わからないことは一旦無視して、わかりきっていることを口にする。


「…ふふ。あはは」

私の言葉にギョッとした顔をした後、彼はお腹を抱えて笑い出した。一体何がおかしいのだろう。


「こういうことを言ってくれるから、シラヌイ先輩は俺にメガネちゃんを頼れって言ったんだろうね」

私の頭のハテナは取れないまま彼は言葉を続ける。


「でも、そういう発言を俺以外にしちゃダメだよ。普通は傷つくから」

「傷つけたくない人には言いません」

彼のお節介に私は即答する。


「きっとメガネちゃんはこれからも結構な人に嫌われる。口悪いし、超真面目だからね」

「悪口ですか?」

「悪口も含むけど言いたいことは別にある。メガネちゃんみたいな世間一般で言えば嫌われるような人でも、環境や関係性、出会い方とか相性とかで向けられる感情は変わってくる」

彼の言いたいことがわからないので黙って話を聞く。


「この先、たくさんの人にここを直せだとか言われると思う。もちろんメガネちゃん自身が直したいと思えば直せばいいと思うけど、これは知っていてほしい。今の一見悪いところがあるメガネちゃんのことを好きな変人もそれなりにいる」

珍しく長々と語る彼の言葉を一音ずつ受け止め、ようやく彼の言いたいことを理解する。


私はずっと嫌われていた。コトリ先輩と出会い、かなり寛容になった方だが、それでも周りと比べればまだ厳しい性格をしている。

一般的に、もしくは標準的に悪いと判定され、是正すべきとメスを入れられるような性格をしている。


でも、そんな今の私を好きだと言ってくれる人がいる。悪いと言われる部分を好意的に捉えてくれる人もいる。きっと多くの人は直せとバッシングするであろう私の性格を、そのまま変わらないでほしいと思う人もいる。彼は私にそれを伝えたかったのだ。


ふと思い浮かべるのは図書室での記憶。そう昔ではない数カ月前の記憶。コトリ先輩と一緒にいる騒がしいあの人たちをよく注意していた。言葉を選ばず、厳しい言葉で注意していた。大抵の人は申し訳なさそうな顔か、嫌そうな顔をする。だけどあの人たちはなぜか楽しそうにしていた。終いにはメガネちゃんと愛称を呼ばれ、何度か騒がしい集団に与してしまった。そんな記憶を思い出し、頬が緩むのを感じる。


きっと彼の言う通り、どんな性格の人間も相性だったり関係性だったりで好意的かどうかなんて簡単に変わりうる。だから無理に今の自分を変えようとしなくていい。自分が心から変わりたいと思えたのなら、頑張ればいい。


そんな彼の意図に対して、私はこう答える。


「はい、知っています。この1年と少しの時間で、多くの人たちのおかげで、私はそれに気づけました」

いろんな人とぶつかった。いろんな人と敵対した。いろんな人が私の味方になってくれたときもあった。そんな時間の中で学んだ。

私は変わらなくていい。

私は変わっていい。


「知っていたならよかった。シラヌイ先輩の言ったように、もしものときは頼らせてもらうよ」

「はい、頼ってください」

自信満々に私は答える。


「あと、ありがとうございました。今の私を好きだと思う人がいると言葉にしてくれて。知ってはいましたが、より自信を持てました」

最後に彼に感謝を伝える。


「思ったことをズバッと言っちゃうのは悪い方向に転ぶときもあるけど、こんな風に良い方向に転ぶときもあるんだね」

感心したように彼は私を見る。


「では、片付けを再開しましょう。さっ、手を動かして」

そう言ってテキパキと行動を始める私に、彼はフッと笑った後に片付けを再開した。


高校生活、辛いこともあった。でも、今こうして皆と後片付けに勤しむこの時間は心地良かった。


◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆


タキシードを脱ぎ、ようやく普段着に戻る。窮屈な着心地から解放され、軽くなった肩を回しながら体育館へ向かう。


ちなみに先ほどまで来ていた服は正確にはタキシードではない。父親が結婚式で着るためにレンタルするようなタキシードなど高校生の財力ではレンタルできないので、それっぽい服をレンタルしている業者を探した。女子が来ていたドレスも予算は控えめだ。学生のイベントなので雰囲気だけ楽しめれば十分だろう。


終盤は自分が企画したイベントにも拘らず運営に参加しなかったので、せめてもの気持ちで片付けに勤しもうと隅に寄せられた椅子を担ぐ。といっても今回は体育館の脇に椅子を配置していただけなので、数は少ない。


「相変わらずの馬鹿力ですね。シラクボ先輩」

そう声を掛けてきたのは、ただの図書委員にも拘らず周りから生徒会副会長みたいに扱われているメガネちゃんだ。

俺も人のことは言えないが、生徒会でもないのに生徒会の活動に当たり前のように参加している人物である。


「馬鹿力ってのは大袈裟だよ」

パイプ椅子計12脚を両腕に担いでいるだけだ。

そんな俺を見て露骨に溜息をした後に彼女は言った。


「今回のイベント、企画から何までありがとうございました。良いイベントになりました」

どうやら律儀に礼を言いに来たらしい。丁重にお辞儀をされる。俺もお辞儀をし返したいが、両腕のパイプ椅子が落ちるといけないので言葉だけで返す。


「こちらこそ、積極的に準備に参加してくれて助かった。ありがとう」

俺の言葉に彼女は小さくお辞儀をしてから、続けて言葉を発した。


「それから、初めてお会いしてから約1年半、本当にありがとうございました」

「それ、卒業式の日にも言われたよ」

全く同じ言葉を数日前にも聞いたのを思い出した。


「それくらい感謝しているということです」

彼女の真剣な眼差しに思わず嬉しくなる。


「では、伝えたかったことは伝えられたので、今日はもう私に話しかけないでください」

「なんで!?」

後輩から先輩への謝辞の言葉から一転、急に拒絶されて思わず大きな声が出てしまった。


「コトリ先輩を振ったことをお忘れですか?私が許すはずないでしょう」

コトリ信者の発言により疑問のピースは一気に埋まる。


「いや、まあ、言いたいことはわかるけど、話しかけるなは酷くない...?」

「酷くないです。酷いのはあなたです。何年もコトリ先輩の想いに気づかず、ただでさえ気に食わなかったのに、あろうことか私利私欲のためにイベントの準備をコトリ先輩にさせて、終いには別の女性とラブですか」

「ぐぅ...」

反論の余地なし。完全敗北。普段ならパイプ椅子ごとき軽々持ち上げる肩が一気に重くなる。


彼女の恋慕に気づかず数年間傷つけ続け、最後には俺が告白するためのイベントをがっつり手伝わせるという所業。コトリの件をいくら反省していようとも、事実を書き上げれば俺の罪はあまりに重い。地獄行き確定の罪が目の前の彼女によって裁かれる。


「それに何ですか、あの体たらくは。いざ騒がしい先輩その一に告白しようとすれば逃げられ、探しに行ったのに見つけれず、最後は騒がしい先輩その一から逆に告白される。恥ずかしくないんですか?」

俺が内心気にしていたことをズバズバと言われて子供のように泣きそうになる。恥ずかしさに顔を覆って丸くなりたいが、パイプ椅子を落とすわけにもいかないのでそれもできない。


「恥ずかしいです。正直みじめです。あとアイのことを騒がしい先輩その一って呼ぶのやめような」

正直な気持ちを述べるとともに、アイの呼称は訂正を求む。


「私は恋する乙女の気持ちを蔑ろにし、自らの告白も成功できないような人間とは話したくありません。なので今日は話しかけないでください。あと先輩の呼称はナガサ先輩と訂正しておきます」

ライフがゼロになった俺は涙を浮かべながらも、アイの呼称だけでも訂正できてよかったと思う。


「ちなみに騒がしい先輩その二とその三も訂正したほうがいいですか?」

「たぶんそれ俺の友人と親友のことだと思うから、訂正してほしいかな」

どれだけ図書室で騒げばこの扱いをされるのだろう…。


「訂正しておきます。それではみっともない先輩、さようなら」

「俺の呼称みっともないになった!」

「ろくでなしのほうがよかったですか?」

「もう今日はダメだ…可愛がっていた後輩にいじめられる...」

「新しく手に入れた恋人に慰めてもらえばいいじゃないですか」

「その言い方だと何股もしている男にみたいに聞こえるんだけど!?」

「ナガサ先輩を何度も振って不安にさせて、己の鈍感さでコトリ先輩を傷つけていたのだから似たようなものではないですか」

「さっきから反論すると百倍くらいで返ってくる。話しかけるの本当にやめようかな…」

「ただでさえみっともなくて、ろくでなしなのだから早く片付けで人の役に立ったらどうですか?この数分間パイプ椅子を山のように担いで仕事してるアピールをしているようですが、まだ何の役にも立っていませんよ」

「メガネちゃんが俺を引き留めたんだろう!」

そこまで話したところで彼女は満足気な笑みを浮かべ、俺に手を差し伸べてきた。


「椅子、重いでしょう。持ちますよ」

「いや、このくらいは全然大丈夫。この倍は持てる」

「人に頼ることもできないんですね。馬鹿なのは力だけでなく、頭もなのかもしれません」

「どれだけ俺を傷つければ気が済むんだ」

「学校のアイドル2人を傷つけた分だけ」

「数年間は罵られることになりそうだな」

「見積もりが甘いですね」

「生涯罵られるのか…」

己の罪の重さを再認識して絶望に暮れる。


「話は変わりますが」

「話しかけるなと言ってる割には会話終わらないな。いい加減腕がきつくなってきたんだけど」

「人の話は遮らず聞くものですよ」

「…はい。腕がきついのも俺の罪に対する罰か」

「己の意思で椅子を担いでるだけなのに、勝手に罰だと都合よく解釈しないでください」

「じゃあ、これ降ろしていいかな!」

「降ろす前に話を聞いてください」

さっきからこの理不尽トークは何なんだ!俺が何をしたっていうんだ!無自覚に女の子を傷つけました!そうです!俺が悪いです!


「さっきは人に頼ることもできないんですねと冗談を言いましたが」

冗談の自覚あったのか…。


「このイベントを言い出したときからシラクボ先輩は変わった気がします。その前までは本当に人に頼ることをしない、、というより上手く人に頼っている振りをしながら、本当に大変なときは独りでやろうとする、そんな風に見えていました」

彼女は言葉を続ける。


「現生徒会長にも言えることですが、本当に大変なときに頼られないのは少し辛かったです」

「そこは俺が子供だった。ごめん」

素直に謝罪をする。

心のどこかで、この人にはこの仕事を任せれば丁度良いかと勝手に決めつけて、周りの人たちの能力では足りそうにないと思ったときは自分でやる道を選んできた。自分はできる、周りの人にはできない。そう勝手に決めつける傲慢さは自分だけでなく、周りの人たちのことも苦しめていたのだ。


「でも今のシラクボ先輩は頼ってくれます。何度か無茶ぶりをされて殺意を覚えましたが、それでも嬉しかったし、やりがいもありました。きっとコトリ先輩も同じだったと思います。だから、これから遠く離れてしまいますが、機会があればいつでも私を頼ってください。コトリ先輩を、皆を頼ってください」

「ああ、そのつもりだ」

そう言った俺に対して再び彼女は手を差し伸べた。今度こそ担いでいたパイプ椅子を彼女に渡す。


「やっぱりパイプ椅子って重いですね。2脚が限界です」

「その2脚分を持ってくれて、随分肩が軽くなったよ」

「肩がしんどかったのは私が何分も足止めしてたからですけどね」

「自分で言うんだ」

「こうでもしないと頼ってくれないと思ったんです」

「そ、そうなのか」

「何をニヤニヤしてるんですか。嘘に決まってるでしょう」

「え…」

彼女に言葉に今日何度目かの傷を付けられる。傷に耐えつつ、2人で収納スペースまで歩く。


「ちなみに、なぜシラクボ先輩は人に頼れるようになったんですか」

「親友に思いっきりぶん殴られたから」

「…男の友情ってやつですね」

「どちらかと言えば男女の友情ってやつだな」

「…え、誰ですか?シラクボ先輩をぶん殴った親友って誰ですか?」

「リホだけど」

「…シラクボ先輩、お願いがあります。私がこれまでにしてきたカワイ先輩へのご無礼をシラクボ先輩から謝罪しておいてください」

急に怯えた表情になったメガネちゃんは懇願を始めた。


「そこまでビビらなくても」

「明らかに体格差のある相手をぶん殴るって恐すぎるでしょ。私なんて即殺じゃないですか」

「リホは優し…大抵は優しいよ」

「なぜ言い直したんですか?」

俺の親愛なる友をフォローしようと思ったが、冬の校内で追い回されたトラウマが蘇り、言葉が詰まってしまった。


「ま、まあ、リホの魅力はまた今度知ってもらうとして、次はどこを片付けようか?」

椅子の収納が完了したので、次の仕事を探す。


「テーブルを片付けましょう。さすがに2人じゃ厳しいので、その辺にいる生徒に手伝いを要請します。…何ですかその顔は」

「いや、メガネちゃんも人を頼るようになったなと思って」

成長した後輩の姿に微笑んでしまったことを指摘され、そう答える。


「私だって日々成長しています。自分で変わりたいと思えた部分は頑張って変えていってるところです」

「メガネちゃんは立派だなぁ」

本心からそう思い、声が漏れる。


「人に頼れるようにならないと、少し前のシラクボ先輩や現生徒会長みたいになってしまいますからね」

「ライのやつは十分よくやってると思うけどな」

「優秀なのはわかってます。でもシラクボ先輩と同じで実は私以上にプライド高そうなので」

「それは耳が痛い」

彼女は俺やライのことをよくわかっているみたいだ。


「実際、人に頼るのって難しいよな。プライドが邪魔をするのもそうだけど、迷惑かけたくないとか、嫌われたくないとか思ってしまう。今回のイベントも、高校生活で絆が深まっていた皆だから頼れた。きっと皆じゃなかったら頼れなかったし、よく知らない相手を頼ることが正解だとは今でも思わない」

人に頼ることを覚えて、たくさんの無理難題を任せて、ようやっと実現したのがこのイベントだ。少し前の俺なら皆がここまでできると信じずに独りで抱え込んで失敗していただろう。そんな頼ることの大切さを覚えた今でも、無作為に頼ることが正解だとは思わない。関係性や得意不得意などを配慮することを欠かしてはいけないし、頼るときには頼る側としての責任を持たなければならない。


「難しいですね」

彼女はぽつりと呟いて、目線を落とす。


「そうだな。難しい。でも、たくさん失敗しながら知っていきたいと思う」

「…はい。私もそう思います」

そう言って彼女は近くにいる生徒を頼ろうと駆けて行った。


初めて彼女と話したときのことを思い出す。

不愛想な顔で警戒の眼差しを向けられていた。コトリ以外の誰にも頼ろうとしない態度。

それが今、不愛想なのは変わらないが、人に頼ろうと駆けだして行った。


人は変われる。

だけど変わらなくてもいい。

変わるも変わらないも好きにすればいい。


これを何と呼ぶのだろうか。


ああ、そうか。


きっとこれを自由と呼ぶ。


◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆


すっかり陽も落ちて辺りは薄暗い。暗くなった分見えやすくなった星々に視線は向けず、私の視線は校舎を捉えていた。

最初に訪れたのは入学式、いや、入試のときか。随分時間が過ぎたように感じると同時に、あっという間に終わってしまったようにも感じていて、心の中に矛盾が生じている気がする。


高校生活において後悔はない。どころか私にしてはあまりに出来過ぎた青い春だった。


ぽかぽかと暖かかった世界は色を変えるのに合わせて冷たくなっている。凍えるのを誤魔化すように両手一杯の花束を抱きしめる。

センチメンタルは気分になってるなーと自分を俯瞰しながら、目に涙が溜まっていくのを感じる。

卒業式の日は泣かなかったのに、いよいよこの場所に来ることもなくなるからか、やけに寂しい。


はぁと息を吐けば微かに白くなり、空へと昇っていく。それを目で追いかけるように視線を上げ、今度こそ夜空に浮かぶ星々を見る。


たくさんの人と巡り合って、いろんな人がいるのだと知った。中学までは全員を自分以外の存在としてまとめて壁の向こうに追いやっていたのに、今では手を伸ばせば握り返されるほど近くにいる。


これまで出会ってきた人たちと星々を重ねて、宙へと手を伸ばす。当然握り返されることはないが、指と指の隙間からキラキラと光るそれらが私の瞳に映り、世界と繋がった気がした。


「綺麗だ」


静寂の空間に声が響いた。無意識に私の唇から漏れたのかと思ったが、その声音は男の人のものだった。


「綺麗だ」

私はその声の主に続くように、宙に目を向けながら呟いた。


「高校生活、楽しかったね」

私は彼に声を掛ける。私の恩人であり、友人であり、高校生活を最も共に過ごした彼に。


「うん、楽しかった」

彼は短く答える。


「コトリ、俺は」

「謝りに来たんでしょ?」

彼の言葉を遮り、私は言葉を続ける。


「相変わらず真面目だなー。気にしてない…というより傷つきもしたけど、これは私の傷であって誰かに癒せるものじゃない。それに私は、セイヤ君が謝ろうとどうしようと、好きなままだよ」

彼の顔を覗き込むように私は想いを伝える。


「それでも、俺自身のためだとしても、ちゃんと言わせてほしい。コトリの気持ちに全く気付けなかったこと、コトリの気持ちも知らずに無茶言ったこと、ごめんなさい」

彼は頭を下げる。この高校生活における私の失態を思えば、本来頭を下げるべきは私なのだろう。それくらい彼には迷惑をかけて、その度に助けてもらった。


「許します。あと私のほうこそごめんね。せっかくセイヤ君が整えた舞台を利用して、終いには告白の機会を潰しちゃった」

アイちゃんが会場を出ていくことは予想外だったとはいえ、私が告白していなければシナリオ通りに事は進んでいたはずだ。


「いいんだ。結果的にはアイとちゃんと話せたから」

失恋して悲しいのに、彼の恋が成就して良かったと心から思ってしまう。ここでも私の心は矛盾していた。


「私はこれから先もずっと人として、友人としてセイヤ君のことが好きだけど、恋愛感情としての好きはきっと遠くない未来に消えると思う。少し前の私なら、この感情が消えるのはとても恐くて、悲しくて、寂しくて、受け入れられなかったと思う。でも、今の私はたぶん大丈夫だ。そう思えるくらいに本気を出し切って、完全敗北をした」

やけに静かな夜の中で、冷たい風により揺らされる木々の音だけが聞こえる。


「私は大丈夫!」

言葉にしながら、頭の中を整理して、ストンと心に落ちたのを感じて、私は彼にそう告げた。


「コトリ、ありがとう。俺を好きになってくれて。それから俺は、コトリのこと、世界で一番尊敬してる」

彼から愛の言葉は聞けなかったけれど、その代わりにこの先の人生で思い出す度に力が漲ってくるような言葉を貰えた。


「じゃあ、俺は先に帰るよ」

彼はもう、2人で一緒には帰ってくれない。恋人がいる人というのは線引きが大変なのだ。


「うん。バイバイ」

私の言葉に軽く手を振って彼は去って行った。

彼の後ろ姿がもうすぐ見えなくなりそうになったとき、静かな夜に音が響いた。


「セイヤ君!いっぱいいっぱい!ありがとー!」

大きな声を出すのが苦手な私の、精一杯の大きな声で、この3年間の感謝を叫んだ。

遠くにいる彼は振り返って、大きな体で大きく手を振って答える。


「また、たくさん遊ぼう!」

ツンと冷えた空気のせいか、また目元に涙が溜まる。

彼の言葉に小さな体でぴょんぴょん跳ねながら手を振り返した。


いつかの未来、そう遠くない未来、きっと私は他の人を好きになる。そんな時、思い描いていた彼との幸福な未来よりも、さらに祝福で満ちた未来が待っているのだと信じる。


星空を見ながら私は大きく息を吸って、吐いた。


そして、また校舎を視線に捉える。寂しいのは変わらない。でもこれから進む未来が楽しみで仕方ない。だから今の私は、校舎から視線を外し、前を見据えた。


そうして私は、また前へと進みだした。


◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆


「好きなの頼んでいいぞ。満足いくまで食べよう。今日は俺の驕りだ!」


果たして、なぜ私は今このような状況に置かれているのだろうか。目の前の頭のネジが外れた男は失恋の傷が癒えない私をディナーに誘った。いや、傷が癒えないからこそ誘ったというほうが正確か。


本日のイベント終了後、半数近くの生徒は打ち上げ会場であるカラオケへと向かった。無事復縁したお2人とイケメンのアサガオ君も打ち上げに参加し、色々と忙しいコトリちゃんは遅れて参加するらしい。

打ち上げには私も誘われたが、今日は失恋してもう疲れたので帰ることにした。もっと正直に言うと、復縁した2人がいる会場にわざわざ行きたくねぇというのも理由の1つだ。


なので私はお家に帰ってママにでも慰めてもらおうとしていたのだが、お節介にも私を慰めたいと言いやがるこの男の誘いでムードもあったもんじゃないファミレスに来ていた。


目の前の彼もコトリちゃんと同じく仕事が残っていたみたいで遅くなるため、私は一旦家に帰ってシャワーを浴びてラフな格好に着替えてここにいる。


彼の驕り宣言に反応せず、ベルだけ押して店員を呼ぶ。


「和風ハンバーグとごぼうの唐揚げとシーザーサラダとトマトスパゲッティと苺ミルクパフェと抹茶アイスとコーヒーゼリーをお願いします」

全くの遠慮なく注文をする。


「あとオムライスを1つお願いします」

続けて彼も注文する。店員の困惑した表情を眺めながら、以前彼が言っていたことを思い出す。内容としては私が失恋したとき慰めたいとかだった。有言実行しようとするのは素晴らしいが、如何せん慰められる側がそれを求めていない。


「タッチパッドで注文すればよかったのに」

「私、機械とかよくわかんないから」

「アキラって頭がいいとは思えないよな」

無礼なことを言う彼を睨みながら話を切り出す。


「シラクボっちは打ち上げ行かなくてよかったの?」

友人も多く、後輩にも慕われている彼が参加しないのは、残念に思っている人もいるだろう。


「それよりもアキラといたかったんだよね」

「ついさっき恋人ができた人間とは思えない発言だな。アイが悲しむよ」

リホっちに屋上でぶん殴られて以来、仲の良い友人に対しての発言がキモくなったのが彼だ。そのことでアサガオ君とやめてほしいよねと頻繁に話したものだ。一緒にいたリホっちが申し訳なさそうな顔をしていたのを覚えている。


「アイには許可貰ったよ。リホとアキラなら2人きりでもいいって。その他は嫌って言ってた」

「リホっちはともかく何で私も許可出るんだよ。彼ピッピ募集中の乙女だぞ」

私がシラクボっちを好きになるはずないと思っているのか、シラクボっちが私を好きになるはずないと思っているのか。まあ、どちらも正解なのだが。


「で、そのアイはどうしたの?打ち上げにも参加してないでしょ?」

お祭り大好きな彼女が打ち上げに参加しないなんてことがあるだろうか。いや、ない。


「今日はもうキャパオーバーだって。精神が激動し過ぎたから帰って瞑想するって言ってた」

「アイって意外とメンタル弱かったんだね」

コトリちゃん告白にビビって逃げ出したくらいだ。我儘で図太い女の子と思っていたが、実は繊細だったらしい。


「それでも最後は屋上から公開告白するんだから、やっぱりメンタル強者か」

最終的には彼女の評価はそこに行き着いてしまう。


「まあ、アイについては今度惚気話をさせてもらうよ」

「いや、ラブラブカップルの惚気なんて聞きたくないよ」

「そんな...アキラが聞いてくれなかったら、リホしか惚気られる相手がいないじゃないか!」

「マー君とかアサガオ君に話せばいいじゃん」

「それは恥ずかしいじゃん」

「基準がわからないよ...」

どうやら私とリホっちは彼の惚気を聞く羽目になりそうだ。というか、絶対アイからも惚気話されるから同じ内容を聞くことになるのではないだろうか。考えただけでお腹いっぱいになってきた。


「俺の話はこれくらいにして、真面目な話、アキラは大丈夫?」

彼の目に真剣さが宿る。声音から本当に私を心配してくれているのだとわかってしまい、はぐらかすような回答をするのはやめようと思った。


「…信じられないくらい泣いたけど、思ってたよりは大丈夫。これでもかってくらい泣いたからかな」

「そっか。アキラ、頑張ってたもんな。本気で恋愛を頑張ってる姿、格好良いなと思ってたし、俺も頑張ろうって勇気を貰ってたよ」

そんなことを思ってたのか。少しだけ驚き、少しだけ嬉しくなった。


「正直、今はマサムネに対して抱いた感情を他の誰かに抱ける気がしないかな。これまで何度か恋愛はしてきたけど、ここまで胸が高鳴ることも、苦しくなることも、他になかったから」

零した弱音を受け止めるように、彼は目線を返してくる。


「そうなんだな。本気で恋してたんだな」

「そう。そうなんだよ。私は本気で恋をして、本気で青春したんだよ」

私のその言葉に彼は少し目を見開いて、フッと笑った。


「そうだな。青春したな」

彼が窓の外に視線を向ける。外は暗く、街灯と車のライトの光しか見えない。


「イベント、巻き込んでくれてありがとね。あんまり役に立てなかったかもだけど、すっごく楽しかったし、すっごく青春できた!」

私は思いっきりの笑顔で彼に感謝を述べる。最後の半年間、これでもかってくらい青春を詰め込み、最後まで皆と送れた時間はずっと宝物であり続けると思えた。


「こちら和風ハンバーグとオムライスになります」

注文した料理が届く。


「よし!じゃあ青春の締めにたらふく食べよう!」

「だね!今日はもう何も考えられないくらいお腹いっぱい食べてやる!」

2人意気込んで料理にがっつく。大きく口を開けてハンバーグを口いっぱいに詰め込みモグモグする。


「う~ん!しあわせ!」

空いていた腹が膨れ、幸福を感じる。

さあ、食べよう。彼の驕りで料理もデザートもまだまだある。

思わずフフッと吹き出してしまう。こんな青春も悪くない。

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