13_開花
受験当日、来月から通うことになるかもしれない大学の正門前に立つ。
「ちょっと早く着きすぎたかな」
隣でそう呟くのは中学からの友人であるマサムネだった。
「遅れるよりかはいいでしょ。さっ、入ろうか」
そう言って正門を通り抜けた。コトリちゃん曰く何事もスマートにこなすアサガオ コウでも、見知らぬ土地では不安を抱えてしまうものだ。そこに見知った顔があることで不安はほとんど解消される。
「いやー、コウがいてくれてよかったよ。少しはいつも通りの状態で試験に臨める気がする」
見知った存在に安心しているのは彼も同じようだ。
「俺も一緒の大学を受ける人がいて心強いよ。マサムネが3年生になってグンと成績を伸ばしてくれたおかげだな」
「それはセイヤとコウが勉強を教えてくれたからだよ。それがなかったら、このレベルの大学を受けようとは思わなかっただろうな」
勉強を教えたのはほとんどセイヤなのだが、彼の中では俺も恩人にカウントされているらしい。2年生まで学年でも真ん中辺りの成績だった彼も、3年生の学年末テストでは上位50名に入っていた。今となっては俺とそう変わらない成績だ。
「アイちゃんも今ごろ試験会場だろうな。大丈夫かな。ちゃんと辿り着いてるかな…」
何かと一番心配な彼女のことを思う。
「ナガさんならセイヤが付いて行ってるはずだから会場までは問題ないでしょ」
マサムネがさらっと俺の知らない情報を言った。
「え?セイヤの受験日は明後日だよね?」
「ナガさんに合わせて出発したらしいよ。わざわざ2泊分の宿も追加で取ったんだって」
「過保護すぎるな。いくらお互いの大学の場所が近いからって…」
セイヤには呆れてしまう。まあ、アイちゃんはセイヤがいてくれるだけでやる気が大沸騰するだろうから、試験もベストを尽くせるかもしれない。
「まあ、あの2人は付き合ってるみたいなもんだし」
マサムネは半分呆れたような顔でそう言った。
「俺も大学に入ったら彼女できるかな~」
俺はいつもの調子でそう言った。
「できるでしょ。というかコウは大学とか関係なく簡単に彼女できるじゃん」
「まあな。これがイケメンの力というやつさ。羨ましいだろ?」
否定するほうが嫌味な感じになるので、おどけた感じでそう答えた。
「ルックスは羨ましいけど、コウがモテる理由はそれだけじゃないよ」
真面目な顔でそう言われて少し照れ臭い。
「マサムネのほうはどうなんだ?大学で彼女作るつもりはあるの?」
話題を彼へと移す。数秒の沈黙が続いたので彼のほうを見ると、何か考え込むような顔をしている。
「それともリホちゃんかアキラちゃんと付き合うつもりなの?」
俺は一番気になっていることを聞いた。個人的には彼女らのどちらかと結ばれるのを望んでいるが、マサムネの考えは未だにわからない。中学生の彼が恋した時も、高校生になってリホちゃんに恋した時も、リホちゃんへの恋が冷めようとしている時も、俺はすぐに気づいた。セイヤが本当はアイちゃんのことが好きなのだという予想も最近になって正しかったのだと証明された。そんな恋に敏感な俺も今の彼の気持ちは読み取れない。
「…それについてはもうちょっと考えたいんだ。イベント当日までには答えを出すよ」
彼はそう答えた。つまるところ彼女たちに脈がないというわけではないらしい。その事実に内心喜んでしまう。大抵の女の子は恋愛対象の俺だが、女子会の4人に関しては友人という枠に入ってしまっている。恋愛対象の多い俺にとって、純粋な友人というのは恋人なんかよりも特別な存在である気がした。
「わかった。マサムネが一番幸せになれると思う選択をすれば俺は文句ないよ」
そんな大切な女友達よりも、俺にとってはマサムネの幸せのほうが大切だ。リホちゃんにもアキラちゃんにも悪いが、俺はあくまでマサムネの味方である。
「カッコいいこと言ってくれるじゃん。お前に惚れそうだよ」
マサムネは冗談っぽく言った。
「こういうところが俺がモテる理由か~」
俺も冗談っぽく答える。
「調子に乗るな」
彼は呆れた顔で楽しそうに言った。
「…リホとクルスのことは本気で向き合ってみるよ。ちゃんと目を開けた状態で、今のあいつらをちゃんと見るよ」
彼は再び話題を戻し、そう宣言した。
その目には熱が宿っているようにも見えた。恋がもたらす狂信的な熱ではなく、彼の意志によって生まれた熱が。
これから受ける大学の試験が終わっても、彼はまだ難題を解かねばならないらしい。
もしかするとその難題の答えに、俺が求めている何かが示されているのかもしれないと思った。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
あと1分で試験が始まる。私は1時間前に彼から受け取った言葉を思い出す。
『アイなら大丈夫だよ。頑張って』
その言葉を思い出すだけで勇気がふつふつと湧いてくる。
視線を落とせば既に答案用紙が置かれている。時計を見る。あと45秒。
試験会場には緊張感が漂っていた。私はゆっくりと呼吸し、胸ポケットに入れたお守りに手を添える。卒業式の日にアサガオからもらったお守りだ。緊張で大きくなった私の鼓動を少しだけ落ち着かせてくれる。アサガオにも改めてお礼を言いたくなった。
私はたくさんの人に支えられている。勉強を教えてもらったり、悩みを聞いてもらったり、背中を押してもらったり。
セイヤ、リホ、アサガオ、アキラ、コトリ、キクチ、他にもたくさんの人のおかげで私は私になった。
あと10秒。
私は目をつむる。頭の中は一生懸命に覚えた単語で埋まり、瞼の裏にはそれを教えてくれた人たちの顔が見える。
9秒、8秒、7、6、5、4、3、2、1。
「"試験開始"」
そのアナウンスとともに私は目を開けた。
問題用紙に目を通し、答案用紙に答えを書いていく。
どうかみんなが合格できますように。
一番心配されている立場の私ではあるが、そんなことを祈っていた。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
半数以上の同級生が受験に挑んでいる頃、私は生徒会室でイベントのスケジュール表とにらめっこをしていた。在校生は授業中なので部屋には私1人だ。卒業したにも拘らず学校に来ていることを学校嫌いだった頃の私が聞いたらどう思うだろうか。
彼の計画と私の計画をスケジュールのどこに組み込むか考えて、おおよその決定版が完成した。彼の我儘で始まったイベントの準備も終盤へと差し掛かっている。予算と時間がほとんどなかった割には上手くまとめられた気がする。
当日は学校の体育館を利用する。体育館内では点々とテーブルを配置し、そこに食べ物を並べ、各々が移動しながら食事できるようになっている。ステージでは歌に踊りにコントに未成年の主張まで企画されている。卒業生と在校生、教師が自由参加となり、3月14日の13時から16時で開催だ。
それが終わってしまえば、いよいよ私が学校にいる理由はなくなってしまう。すごく名残惜しくて、ちょっと泣きそうになる。それでも私はこの場所からは巣立たなければならない。立つ鳥跡を濁さずというやつだ。それに私ならきっと次の場所でも宝物になるような日々を進んでいける。そう思えるくらいには自信を身に着けて前を向けるようになった。
下ばかりを向いていた頃を思い出す。あの頃は怖いものがたくさんあった。話したことがない人はみんな怖く思えていた。正直なことを言ってしまえば、今だって初対面の人というのは少し怖い。でも私は知っている。話してみたら意外と優しかったり、趣味が合ったり、見た目通り怖い人だったけど会話はちゃんとできる人だったり。「怖い人」という箱に勝手に分類していたらいつまで経っても怖いままだ。それに私が踏み込んでいなかったら、大好きな友人たちとの関係性も築かれなかった。
前だけを見て生きろなんて思わない。時には横でも後ろでも上でも下でも見ていいんだ。それでも1日に最低1歩は前に進まなければいけない。前に進むとは言うが、その前とはどこなのかわからない人もいるだろう。私も前だと思っている方向が他の人にとっては全然違う方向なんじゃないかと思い、進めなくなる時があった。
でも、そんなことは気にしなくったいいんだ。他の人とは違ってもいい。自分が前だと思う方向に毎日少しでもいいから進み続けるのだ。変わるのを怖がって1歩も動けないことこそがずっと私の首を絞めていた原因だったのだと今になって思う。
私はまだまだ足りないことだらけの人間だ。たくさんの人と関わってみて、たくさんの足りていないものが目に付くようになった。そのことに劣等感を味わう時だって何度もあった。それでも今の私はもう大丈夫だと言える。毎日少しずつ自分が前だと思う方向へ進めている。昨日の自分よりは少しだけできることが増えている。
他人の良いところは真似するべきだとは思うが、他人と自分を比べるのはきっとあんまりよろしくない。比べるのであればあくまで昨日の自分とだ。小さな1歩を積み重ねて、3年間という長い時間をかけて、やっと私は私が好きだと思えるようになった。
一仕事終えた私は窓辺まで歩く。そこからは桜の木が見えて、あと半月とちょっとでピンク色の花を開かせるつぼみたちが並んでいる。ふと目を凝らすとピンク色の花が見えた。どうやら一つだけあわてんぼうの蕾があったらしい。
サクラサク。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
3月9日。
今日は私の志望校の合格発表がある日だ。ちなみにアイの合格発表の日でもある。私は自室にこもってスマホから結果を確認する準備をしていた。
緊張と不安で吐き気がする。試験自体はそれなりに上手くできたとは思う。面接のほうも手応えは悪くなかった。試験を終えて家に帰ってきた時も開放感から部屋で喜びのダンスをしていた。しかし、合格発表の日が近づく度に私は憂鬱の世界へと吸い込まれ、昨日の夜からはご飯も喉を通っていない。試験で実力は発揮できたと思っていても、落ちているかもしれないという可能性が私をずるずると心の闇へと引きずり込む。
一足先に合格したマー君、アサガオ君、セイヤ、アキラは私とアイからの結果報告を待っている頃だろう。アイに関しては張り出される受験結果を直接確認しに大学まで行っている。ちなみにセイヤも同行している。彼は自分の合格発表はネットから確認したのに、アイの合格発表は見に行くらしい。
発表の時刻となった。心臓は不快な意味でドキドキしている。私はおそるおそる結果を確認する。
スマホの画面に映し出された文字を見て、考えるより先に手が動く。メッセージアプリから電話を掛けようとボタンを押す瞬間に電話が掛かってきた。
「合格してた!!!リホはどうだった!?」
「私も合格してた!!!おめでとう!!」
開口一番、大きな声で合格したことをアイから伝えられ、私もテンションが上がったまま大声で言葉を返す。
「やった…やったよぅ。みんなのおかげだよぅぅぅ」
そう言って電話越しにアイが泣き出した。
「本当におめでとう。頑張ったね!私もアイも頑張ったよぉぉぉ」
彼女につられて私もボロボロと涙が零れ出してしまった。そうやって2人で言葉になっていない嗚咽交じりの祝福をしていると、電話越しの声が変わった。
「リホ!合格おめでとう!」
声の主はセイヤだった。
「ありがとうぅぅ!セイヤのおかげだよぉぅぅぅ!」
号泣しながら彼に感謝の言葉を伝える。
あぁ、本当によかった。頑張ってよかった。
空腹状態と緊張と不安によるストレスから喜びの号泣を経て、私の体は状態は滅茶苦茶なことになる。気分は悪いが機嫌は良い。
「あ、みんなにも連絡しなきゃ。ごめん、一旦切るね」
「わかった。それじゃあ、また」
アイとセイヤに合格を伝えた私は次の相手に電話を掛けた。
「どうだった?」
緊張した様子の声で彼はそう聞いてきた。
「合格だった!!」
「…!おめでとう!」
マー君は嬉しそうに私を祝福してくれた。
「ありがとう。ちょっと今泣きすぎてやばい…」
「本当によかった。頑張ったね。お疲れさま」
その言葉を聞いてさらに涙が溢れ出してくる。昨日から水分も碌にとっていないのに、こんなに泣いていては干からびてしまいそうだ。
「そうだ、アイも合格したって」
「本当!?そっか、そっか…よかったぁぁー」
心底安堵した声で彼は答える。どうやらアイのことも相当心配していたらしい。
「はぁ、安心したら力抜けちゃった。他のみんなにも伝えなきゃだから一旦切るね」
「ああ、わかった。またね」
「うん、また」
そう言って彼との電話を終える。私はベットにペタンと寝転がり、息を整えてから次の電話を掛ける。
その後、両親とコトリちゃん、アキラに合格を伝えて、最後にアサガオ君に電話を掛ける。
「あ、もしもし」
「アイちゃんから聞いたよ。合格おめでとう」
「えへへ、ありがとう」
「これでようやく肩の荷が下りたね~」
「本当だよ~。もうしばらく頑張りたくない。あ、でもイベントの準備を頑張らなきゃだった」
彼の気の抜けたような優しい声音が私の興奮状態を少しだけ落ち着かせた。一つの難題を乗り越えた私は次の難題に目を向ける。イベントの準備に、大学の入学手続き、お引越しの準備もしなければならない。それにマー君への最後の告白だってやり遂げないと。
「イベントの準備を再開する前にみんなでお祝いしようよ。俺が幹事するから」
「いいね。絶対やろう!」
彼の提案に胸は躍りだす。いつ合格おめでとうのお食事会をするのか話してから電話を終える。
再びベットに寝転んだ私は30分くらいゴロゴロして、何か胃に入れようと立ち上がる。ふとカレンダーが目に入り、イベントまで指で数えられる日数しか残っていないことを実感する。
あぁ、いよいよ終わってしまう。受験勉強と並行してやっていたため実感が薄かったが、みんなでイベントの準備をしている時間はとても楽しかった。きっとおばあちゃんになっても思い出す時間だと思う。
リビングに向かうため、ゆっくりと気だるげに足を動かす。家には他に誰もいないため、自分の足音がやけに大きく感じる。無性にみんなと会いたくなってきた。そんなことを考えていると無意識に独り言が零れる。
「終わってほしくないなぁ」
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
3月14日。
今日は待ちに待った3年生を送る会もといミナ高ラストパーティーの日だ。昨日の夜はぐっすり眠れて早寝早起きだった。つまりイベントを楽しむためのコンディションはばっちりだ。
受験のために黒に戻していた髪も内定をもらった翌日には染めており、ブロンド色の長髪をこの前買ったばかりの黒いシュシュでまとめる。生まれ持った癖毛も軽くパーマを当てているみたいでいい感じだ。最後にメッシュを入れている部分がアクセントとして見えるように調整し、鏡に満足げな顔が映るのを確認する。
服はどうせ会場に着いたらドレスに着替えるので今はラフなものにしている。今回のイベントでは、希望者はドレスとタキシードをそれぞれレンタルできる。せっかくのパーティーだからドレスが着たいという私の我儘を本当に叶えてくれるとは思わなかった。いろいろと手配してくれたコトリには感謝してもしきれない。
時刻は11時30分。少しお腹が空いてきたがミナラスが始まれば食べ放題なので今は我慢だ。
そろそろ出発しようと部屋を出たタイミングで家のインターホンが鳴る。玄関まで行き、扉を開けると見知った顔があった。
「こんにちは。迎えに来たよ」
私の心臓は大きく跳ねた。扉の向こう側にいたのはセイヤだった。
「え、、なんで…?」
動揺したまま彼に質問をする。いつもは私のほうから迎えに行っているので、逆のパターンをされると大きく動揺してしまう。
「学校に行くのは最後になるからね。せっかくだからアイと一緒に行きたくて」
動揺のせいかトキメキのせいかわからないが私の胸のドキドキは加速していく。いろいろ思うことはあるけど、とりあえず嬉しい。そういえば昨日、何時くらいに家を出るつもりか聞かれたことを思い出す。
「あれ?でも今日は朝からミナラスの準備って言ってなかったけ?」
「あ、うん。さっきまで学校にいたんだけど、準備はほぼ終わったから迎えに来た」
「そうなんだ。わざわざありがとう」
とりあえず感謝の言葉を口にする。いつもは私からグイグイ行っているので、彼のほうから来られるとどうも調子が出ない。
「じゃあ、行こう」
そう言って歩き出す彼の背中を追いかける。
思い返せばここ最近の彼は今までとは少し違っていた。受験前でナイーブな私を気遣ってくれているのだと思っていたが、受験が終わっても恋人レベルで距離感近いし、私には特別優しくしてくれている気がする。
はっ!ひょっとしてセイヤはとうとう私に恋してくれたのでは!?
そう考えるとしっくり来る気がする。となると、今告白すれば成功するのではないだろうか。1月の終わり頃から受験に集中しようと彼に告白をするのは控えていた。大学に合格した時に舞い上がって大好きと叫びながら抱き着いてしまったが、その時は付き合ってくださいと具体的に言っていない。今、ここで正式に告白すべきなのだろうか。
今までだってミュージカル形式とか頭のおかしい告白方法をしてきたからダメだっただけで、真剣な告白ならばOKだった可能性もありえる。真剣なガチ告白は1年生の文化祭と2年生のクリスマスでした2回しかない。いざ、3回目のガチ告白を!
そこまで考えて一旦深呼吸をする。落ち着け。早まるな。別に今である必要はないだろう。お互いの大学が近いわけだし、大学生になってからでもいくらでもチャンスはある。それに今告白してダメだったらミナラスを楽しむ精神に影響が出る。うん、今日じゃなくていい。私、明日から頑張る!
危うく間違えた選択をするところだったが何とか正常に戻れた。ようやく落ち着いた私は、いつものように何気ない会話を彼と交わしていく。これからだって彼との時間はちゃんとあるだろうが、こうして学校への道でお喋りするのは最後となる。終わりというのは些細なことにも寂しさを見出してしまうものらしい。
学校に着いた私は更衣室へと入っていく。そこには数名の生徒がいて、その中にアキラの姿もあった。
「どう?似合う?」
アキラは既にドレスに着替えており、くるくると回りながら私に感想を求めてきた。
「めっちゃ可愛いじゃん!すごい似合ってるよ!」
思ったことがそのまま口に出る。スラっと細いスタイルの彼女はお人形さんみたいだ。
「えへへ、ありがとう。アイも着替えな。手伝ってあげる」
そう言った彼女に協力してもらい、慣れないドレスをなんとか着ることができた。そんなとき更衣室の隅っこに見慣れた2つの顔を見つけた。
「リホ、いたんだ。何で隠れてるの?」
隅っこで丸くなっているリホと、そのリホに寄り添っているコトリへと声をかける。
「私なんかが思い上がってすみませんでした」
暗い顔をして暗い声でリホがそう答える。
「この子は何を言ってるの?」
呆れた顔になった私はコトリに問いかける。
「ドレス姿が恥ずかしいみたい。やっぱり脱ぐって言い出しちゃって」
コトリは困った顔でそう答えた。コトリがリホに対して、大丈夫だよ、可愛いよ、自信持って、キラキラしてるよ、などと声をかける姿はホストを連想してしまう。
「リホ、昨日まで乗り気だったじゃん。ドレス姿でキクチを釘づけにしてやるって」
「あれは考え足らずだったんだよ。大体ドレス着る選択をした人って可愛い子がほとんどだから、その中に私みたいのが混じってたら良い笑い者だよぉ…」
どうやら周りの美女たちのドレス姿に気圧されネガティブが発動してしまったらしい。実際はリホのドレス姿も十分可愛いので自虐うぜーとか思ってしまうが、優しい私はそんなこと言わない。
「リホだってめちゃくちゃ可愛いよ!自信持って!」
「アイみたいな本当に可愛くてスタイルいい子には私みたいな芋女の気持ちわからないよぉ!」
「自虐めんどくせー」
「アイ、本音出てるよ」
おっといけない。つい出てしまった本音をアキラに指摘される。
「リホちゃんのドレス姿すっごく可愛いよ!それにレンタル料払ってるんだから着なかったらもったいないよ」
コトリが一生懸命リホを説得する。本当にいい子だなぁ。まあ、コトリの言う通りドレスのレンタル代は当然ながら希望者の負担だ。お財布に優しいグレードのドレスではあるが、それでも学生からしたら安くないお値段だ。
「ほんと?ほんとのほんとに変じゃない?」
リホは天使に縋るような顔でコトリに確認する。めんどくせぇ女だなという感想を顔に出した私とアキラが遠目でその様子を見る。
「ま、私からしたらリホっちが着飾らないでくれたほうが助かるんだけどねぇ」
アキラがそう口にした。彼女たちは恋のライバルであるのだからアキラの気持ちもわかる。果たして彼女たちのどちらが選ばれるのだろうか。まあ、キクチの様子を見るにどっちも選ばれない可能性のほうが高いように見えるのだが。あの男も変わった奴である。このレベルの女の子に好意を寄せられて食いつかないとは。いや、でもリホもアキラも結構性格アレなところがあるからなぁ。
そんな失礼なことを考えているとアキラに小突かれる。
「なぜ小突く?」
「失礼なこと考えてたでしょ。アイってかなり顔に出るからね」
どうやら言葉を交わさずとも私の考えは伝わってしまうらしい。それって私たちめっちゃ仲良しってことじゃん。ヤッター!
アキラと中身のない会話をしていると、コトリに説得されたリホが立ち上がり私に謝ってきた。
「アイ、さっきは嫌な言い方してごめんね」
「いいよ。私こそ自虐うぜーとか言ってごめんね」
「めんどくさいとは言われたけどウザいとは言われてないよ!?」
しまった。失言だった。洗いざらい本音がバレてしまった。
「あれ?コトリは着替えなくていいの?」
「うん。私はドレスの注文してないから」
「え!?!?」
リホが大声を上げ、その表情は絶望に染まっている。どうやらコトリのドレス姿を見れないのがショックだったらしい。
「じゃあ、制服で参加するんだ。なんかコトリちゃんっぽいね」
アキラが言った。今日の服装は自由なのでタキシードやらドレスやら私服やら制服やらが入り混じることになる。コトリは生徒会長らしく制服を選んだようだ。
「制服着れるのも最後って思って。大学生になったらコスプレになっちゃうからね」
ちょびっとだけ寂しそうな顔でコトリはそう言った。
着替え終わった私は絶望した表情のリホを引っ張って会場へ向かう。私たちが更衣室から出ないと次の人が入れない。
体育館の中はまさしくパーティー!といった感じだ。大き目のテーブルが不規則に並べられ、現在進行形でそこに料理が置かれていく。飾り付けには気合が入っていて、雰囲気作りにかなり貢献している。そんな会場にいたらどんどんテンションが上がっていって今にも爆発しそうだ。
「ナガさん、めっちゃ楽しそうだね」
会場のあちこちを見渡している私に声を掛けたのはキクチだった。
「そりゃあ楽しくなるよ!会場の雰囲気べらぼうによくない?」
「べらぼうって…女子高生の言葉遣いじゃねぇな」
いつもの如く茶化してくるキクチにムッとしつつも、楽しいという感情が勝っているので彼の言葉はもう忘れた。キクチの格好を見ると私服姿だった。その横にいるアサガオも私服だ。そして、その2人の陰からタキシード姿のセイヤが登場した。
「アイ、ドレス似合っ…」
「セイヤ超似合ってる!めっちゃいい!凄腕執事って感じ!あ、写真撮っていい!?」
彼のタキシード姿にメロメロになった私は思わず声を高くして感想を伝える。リホが初めてコトリの私服姿を見たとき興奮していた気持ちが今わかった。興奮しすぎて思わず彼の言葉を遮ってしまった。あれ?今、彼は私のドレス姿を褒めようとしてなかったか?もしかしてチャンス逃したか…。
「そうだね。せっかくだし写真撮ろうか」
セイヤが提案を受け入れてくれる。
「やった。じゃあ、キクチはカメラよろしく」
そう言って私のスマホをキクチに渡す。
「俺は写真に入れてもらえませんか。そうですか」
ムカつく口調で答えながらキクチはスマホを受け取った。
「キクチがタキシード着てれば一緒に撮ったんだけどね。私服で映られちゃ世界観壊れちゃうからな~」
もっともらしい理由で私は言い返す。
「はいはい。わかりました。じゃあ、撮るよー」
カシャッとシャッター音が鳴り、私とセイヤのツーショット写真の入手に成功する。
「どう?撮り直さなくていい?」
キクチは撮った写真を私に見せながら確認してくる。
「うん、大丈夫。ありがとう。それじゃあ今度はみんなで撮ろうよ」
「世界観壊れるんじゃなかったの?」
「それは今のツーショットで撮れたからいいの!」
隙あらば口答えしてくるキクチに言い返して、みんなを集める。
「それじゃあ撮りますよー。3、2、1」
パシャリ。
近くにいたメガネちゃんにカメラマンをお願いし、私たち7人の集合写真を撮ってもらった。
みんなでわいわいと撮った写真を眺める。
「それじゃあ、私とセイヤ君は最後の準備があるから」
そう言ってコトリとセイヤがステージ横の控室へと去っていく。
その姿を見て考えるのはセイヤではなくコトリのことだった。成績優秀で人望もあり、性格も良く、誰もが認める美少女だ。普段の一つ一つの所作が美しく、細かいところまで気を配ることもできる。
私とは正反対。対抗できる部分があるとすれば容姿くらいだろうか。
あんな子が私の好きな人を好きだと言う。正直勝ち目なんかなかった。セイヤがどんな女の子からの告白も断るような人じゃなかったら、私の恋は随分と前に枯れ落ちている。
コトリとセイヤの大学の距離がかなり離れていると知ったとき、私は安心してしまった。
告白する気がないように見えるコトリに対して、そのままでいてくれと祈ってしまった。
私は何度もノーリスクと言えるような告白を彼にしているというのに。
やっぱり私は性格が悪い。生まれ持った美しい容姿がなければ、いったいどれだけの人が私を愛してくれただろうか。どれだけの人が私を許容してくれただろうか。
コトリが努力によって今のコトリになれたことは知っている。本当は彼女がセイヤと仲良くなり始めた頃からずっと見ていた。それでもアキラが彼女を勉強会に誘うまで私から仲良くなろうとしなかったのは、こんな醜い感情を抱いている私をできるだけ自覚したくなかったからだ。
嫉妬していた。もう少し落ちぶれてくれないかなと思っていた。可愛いだけの女の子になってセイヤから嫌われてくれないかなと思ってしまった。
高校生活の最後までよく誰からもバレなかったものだ。明るく活発な女の子。そんな子が本当はこんなにも醜い心を持ち合わせているだなんて。
もうすぐミナラスが始まる。
ステージに小さくて可愛い理想の女の子が姿を現す。
「それではミナ高ラストパーティーを始めます!盛り上がっていきましょう!!!」
彼女の掛け声と共に会場は盛り上がり、ステージ横からはお馴染みのダンス部が登場する。
このイベントを全力で楽しむ心の裏に、嫉妬に溺れた私がいる。嫉妬だけして、何も努力してこなかった私がいる。
可愛いだけの女の子。それは私だった。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
私の掛け声とともに最後の祭りがスタートする。大勢の人の前で話すのも慣れたものだと心臓をバクバクさせながら自画自賛する。
照明に照らされたステージでパフォーマンスを披露するダンス部の皆さんはキラキラと輝いて見える。あんな場所に私はこの高校生活で何度も立ったのだと思うと少しだけ誇らしい。
ステージ脇から見える会場の人たちの顔は笑顔ばかりで、心の底から喜びが湧き上がってくるのを感じる。やはり今回も挑戦をしてよかった。最初は短い準備期間でイベントを成立させるなんて無茶だと思ったが、みんなで力を合わせれば何とかなるものである。
みんなで力を合わせるなんて言うと小学校のスローガンのように聞こえるが、実際はみんなの力を上手く合わせた管理者が優秀であった。その管理者が誰かと言えば私も該当はするだろうが、他にもセイヤ君とマサムネ君、あと現生徒会長がその優秀さを存分に発揮してくれた。彼らには本当に感謝である。
ダンスが終われば今度は合唱部のコーラス。それが終われば2年生男子による漫才。次はこの地域の伝統芸能である舞踊。その次は演劇部による演劇。滞りなくイベントは進んでいる。仕事の合間で会場側にいる友人たちと食事を取りつつ、運営で何か問題が発生していないか気を回し続ける。
あっという間にイベントは終盤へと差し掛かった。今はステージで『未成年の主張』が行われている。主張するのは3名。恩師への感謝を伝える者、恋人ができた友人に対して呪いの言葉を叫ぶ者、愛する人へ想いを伝える者。その最後の主張者がセイヤ君だった。
あと1分後には彼がステージに立って、見惚れるほど美しく、太陽のように眩しいアイちゃんへと愛の言葉を叫ぶのだ。そうなればいよいよ私の恋は咲くこともなく枯れ落ちていく。仕方がないことだ。自分を愛するため一生懸命に変化を追い求めた私ではあるが、セイヤ君の恋の矛先まで変えられやしない。
彼がステージに立つ。
きっと『僕には好きな人がいます!』なんて第一声を用意しているのだろう。
このイベントが終わったら、心から2人のことを祝福しよう。
だから―――。
だから最後に1つだけ、私のあまりに自分勝手な我儘を許してほしい。
「わたしには好きな人がいまぁす!!!」
ステージに立った彼が第一声を放とうとする直前、大きな私の声が広い体育館中に響き渡る。
会場の面々も、裏方の面々も、私の目の前にいる彼も、皆が等しくとても驚いた顔をしている。
そうだ。この顔が見たかった。私の恋慕になど気づきもせず、俺がアイに告白する舞台を作るのを手伝ってくれなんて言い出す愚か者には、こういう顔をさせるべきだ。
「…コトリ?」
急にステージに乱入してきた私の名前を彼が呟いた。
私は大きく息を吸い込む。
「わたしは!シラクボ セイヤ君!あなたのことが大好きです!!わたしと付き合ってください!!」
私の人生史上、最も大きいその声を聞いて、会場は大きく盛り上がる。盛り上がった会場は一瞬で静寂へと変わり、告白の返事を聞き逃すまいと耳を澄ます。
いつもは緊張でぎこちない顔になる私だが、今は太陽にだって負けないキラキラとした笑顔でいられている気がする。
咲くこともなく枯れ落ちる運命だった私の恋は、満開の花を開花させることができた。
残念ながら彼の返事は既にわかっている。今咲かせたばかりの花もすぐに散る運命だ。
それでも後悔はない。
サクラサク。サクラチル。




