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11_カウントダウン

お弁当を食べ終わった私は教室を出て別棟へ向かう。


非常に面倒くさいことだが悪いのは私なので致し方なし。別棟に何の用があるのかというと、外付け階段につながる扉の前に三角コーンを設置しなければならなかった。


なぜ扉の前に三角コーンを設置するのかを追求すれば、昨日の時点で扉が破壊されてしまったからだ。破壊と聞くと大層な事件に聞こえるが、より正確に言うと扉の開閉時にすごい音が轟き、それなりのパワーがなければ開閉できない状態となっている。


では、なぜそんな状態になったのかまで言及すると、私とアイとリホっちの3人がちょっとしたおふざけで暴れた結果である。この件に関してさらに深堀すると、長くてくだらない話になってしまうため今回は割愛させてもらう。


昨日の時点で扉に使用禁止の張り紙を張っていたようだが、それに気づかず開きづらくなった扉を無理やりこじ開け、さらに破壊した生徒がいたらしい。これ以上の被害を防ぐため、三角コーンを設置が提案されたというわけだ。ちなみにこのお仕事を命令してきたのは先生ではなくコトリちゃんであった。


扉の前に三角コーンを設置し、三角コーンにも使用禁止の張り紙を張っておく。体育倉庫から三角コーンを拝借し、5階のここまで運んできたため少し疲れてしまった。休憩となんとなくの気分展開を兼ねて私は屋上へ向かう。真冬の屋上はさすがに寒く、あと数分したら戻ろうと考えていたタイミングで屋上に2人の人物が入ってきた。シラクボっちとリホっちである。2人を見た私は脅かしてやろうと彼らの死角に隠れた。


この判断が間違いだった。話を始めた2人は真剣なご様子で、割って入っていい空気ではなかった。2人が出ていくまで隠れていようと思ったのだが、昼休みが終わっても屋上から離れる気配はなかった。私は凍えながら2人の話に耳を傾ける。


そこから1時間くらいシラクボっちは自身の生い立ちについて語り始め、盗み聞きをしている私は罪悪感とスリルとなかなかに重い話の内容で心を掻き乱されていた。完全に出るタイミングを失った私は2人の会話に耳を傾ける。


そしてシラクボっちの好きな相手がアイだと知ることになる。それについては予想通りではあったが、コトリちゃんの想いは報われないということなので聞いていて悲しかった。少し前の私ならば失恋なんて寝て起きれば大丈夫になっている程度のものだったが、本気で誰かを好きになる気持ちを理解してしまった今では同情で胸が痛くなる。


それはそうと、彼のアイへの想いは聞いていてかなり重たいことがわかる。あと盲目な恋は嫌という彼の意見も意味は理解できるが、私としては難しく考えすぎだろ…と思ってしまう。


私のマサムネに対しての想いも盲目の恋とやらに該当するのかもしれないが、それ自体が悪いことだとは微塵も思えなかった。好きという感情を素直に受け入れ、それを相手に伝える。シラクボっちはその後日談の別れ話が気持ち悪く感じてしまうようだが、それに関してはなるようになった結果なのだから仕方なくね?と私なんかは考えてしまう。盲目の恋だろうが、打算の関係だろうが、続けてみなければ結果はわからない。彼は悪い結果になるのを恐れて、現状を維持しているようにしか私には見えなかった。


彼の話を聞き終えたリホっちは真剣そのものだ。私はてっきり彼とアイの関係について何か意見すると思ったが、彼女はそのさらに奥へと踏み込んだ。シラクボっちの恋愛観ではなく、さらにその奥。彼の根本とも言える部分を彼女は見ようとしていた。


初めて見る彼の怒った姿と、割と見ることの多い彼女の怒った姿が、物陰に隠れた私の目に映っていた。己を曝け出したつもりの彼と、それを嘘だと一蹴する彼女。


そんな自分自身を悪く言う彼とその彼のために怒る彼女のやり取りは、彼女の渾身の右ストレートで中断される。その光景を私は目を点にしながら見つつ、これからは彼女を挑発することを少し控えようと思った。


『ちゃんとどっちも受け入れて!自分自身から見える君も、私たちから見える君も。どっちも君なんだよ。偽物なんかじゃない。どっちも本当のシラクボ君なんだよ』

屋上に風が吹いた。私は少し身を縮ませたが、彼は何か新しいことに気づいたような顔で固まっていた。それは彼にとって盲点の部分だったに違いない。馬鹿真面目な彼は盲目にならないために必死に目を開いて前を見ていた。そんな彼だから気づけない他からの視点。もっと周りを見るだけで気づけたはずの彼の盲点は彼女の口から教えられる。


それからいくつかの言葉を交わした後に彼と彼女は笑いあっていた。その姿を見て、彼はもう大丈夫そうだと勝手ながら思った。きっと彼はこれから自身が嫌っていた盲目とやらになったりもするのだろう。でも時には目を開けて、周りを見て、自分を見て、いろんな視点で物事を考えながら生きていくのだ。そんな面倒な生き方は私には到底できないし、したいとも思わないが、彼ならそうするのだろうと思った。


『リホとマサムネが復縁したらアキラが失恋しちゃうから、その辛さを少しでも和らげるために遊びとかに連れて行ってやりたい』

そんな考え事をしていたら、彼の本当にしたいことの中に私の名前が出てきた。しかもかなり傲慢な発言だ。まあ、これが本来の彼なのだと受け入れつつも、失恋なんてする気のない私は2人が屋上から出ていこうとしたタイミングで現れ、宣言する。


「話は聞かせてもらったわ!シラクボっちはマサムネとリホっちを復縁させたいみたいだけど、マサムネと付き合うのは私なんだから!」

ちょっと出るタイミング伺いすぎて変なセリフになってしまった。


「え!?、、アキラ、、、なんでいるの?ていうかいつから…」

そう言ったのはリホっちだった。彼女はかなり驚いた様子で、開いた口がなかなか塞がらない。まあ、一時間半に及ぶ会話を盗み聞きされていたのだから驚いて当然だ。


「聞いてたなら話は早い。アキラには申し訳ないけど俺はリホの応援をする。理由は俺がそうしたいと思うから」

シラクボっちは大して驚いた様子も見せず返事をした。リホっちは何でそんな普通に返事できるのという目で彼を見ている。うん、この状況で普通にしている彼のほうがどう考えてもおかしい。


「あ、でもアキラが失恋したときはいくらでも話に付き合うから」

「だから私負けないって!」

自分に正直になりすぎてしまった彼に言い返す。


「リホっち、私は引き続きライバルのつもりだから」

彼女を指さして再び宣言する。

私は最後まで諦めない。全力でマサムネの気持ちを鷲掴みにする所存だ。


たとえ心の奥底で負けてしまうのだろうと感じていたのだとしても。


◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆


私の名前はシラヌイ コトリ。

この学校の元生徒会長だ。

つまり現在は生徒会に属していない。属していないのだが…私は何故か生徒会活動をしていた。何故このような事態になったのか回想に入るわけだが、それは私にとってかなり酷い記憶だ。


「俺がアイに告白するための舞台が欲しい。コトリ、舞台作りを手伝ってくれ」

お願いがあると急に呼び出された私は、急に失恋する羽目になった。あまりにも急すぎて涙を流すタイミングを失ってしまった。


「え、えっと、舞台…というか、アイちゃんのこと…」

この高校生活でハキハキと喋れるようになった私だが、この時ばかりは上手く喋れなかった。


「実は俺、アイのことが好きなんだ。だから告白したいんだけど、今告白して受験に影響が出たら嫌だし、せっかくなら盛大に告白しようと思って。アイってそういうの好きそうだし。毎年2月に3年生を送る会があるじゃん。あれを受験の後に変更して、規模も大きいイベントに変えるつもりなんだけど、コトリの力を借りられないかな?」

再び彼の望みを聞かされる。失恋のショックが原因か、はたまた急に訳のわからないことを言われたからか、私の心臓は強く早く脈打っている。


「か、考えさせて!」

とりあえず頭と心を整理する時間が欲しかったので、私はそう答えて逃げるように自宅へ帰る。


その晩はとりあえず泣いた。


次の日になって考えてみる。アイちゃんの恋が報われるわけだが、それを素直に喜ぶことができないこと。私の気持ちなどには気づかず、こんなお願いをしてきたセイヤ君に対して怒りの気持ちがあること。失恋したわけだが、モヤモヤした気持ちを晴らすためにも彼に告白はするべきか悩んでいること。受験も終わっているので実は最近退屈していたこと。いろいろなことをぐるぐると考えて、私は決めた。


彼が好き勝手に動いているのであれば、私も好き勝手に動こうと。私は彼への恋心と怒りと感謝を示すためにある計画を立てる。計画の詳細についてはまだ秘密だ。何であれ、私は彼のお願いを受け入れることにした。


「3年生を送る会の件、協力するよ」

そう彼に告げた。送られる側の私たちが計画しているなんておかしな話だが、せっかくの最後の行事だ。派手にやろうと決めた。


「ありがとう!よし、じゃあ企画を固めていこう」

彼はそう言って嬉しそうに笑う。そのあどけない笑顔に私をあっさり失恋させたことへの恨みが薄れそうになるが、この恨みはもう少し取っておかないといけない。


そんなこんなで私の生徒会活動は再開した。3年生を送る会というのは生徒会主導のもと毎年行われている。時期は2月終わりの登校日で、時間帯としては放課後の1時間程度だ。在校生が別れの歌とちょっとした挨拶でエールを送り、3年生の代表は在校生に感謝の言葉を伝える。まあ、言ってしまえば割とありきたりなイベントだ。しかし、今年はそのイベントが私とシラクボ君によって魔改造を受けることになる。


まず開催時期については卒業と受験が終わった時期の3月中旬の休日となる。参加については任意となり、半日を使っての開催だ。場所は学校の体育館を使用し、ステージ発表も計画に組み込むことにする。会場にはビュッフェ形式で食事も用意したいところだ。そんな感じで思いつく限りの楽しそうを詰め込んだイベントを計画する。ここまで内容が変わるのなら3年生を送る会とは全く別のイベントとして企画してもいいのだが、そうなると有志の活動になるので生徒会と学校側の協力を得にくい。そこらへんも考えてとりあえずは3年生を送る会の規模を大きくする方向性で動こうとなった。これが上手くいかない場合は、仕方がないので有志の活動として企画する。


「といった感じにしたいんだけど、それでいいかな?」

企画を説明したセイヤ君がみんなに尋ねる。部屋には現生徒会メンバーとアキちゃん、コウ君、リホちゃん、それにマサムネ君がいる。


「よくないよ。現実的に実現は厳しいでしょ」

そう言ったのはマサムネ君だ。セイヤ君によって半強制的に巻き込まれた彼は苦言を呈する。


「というと?」

セイヤ君が理由を聞く。


「1月も終わりに差し掛かっている。今から教師陣を説得して、企画の必要機材の調達やら全体へのアナウンスの準備は時間的に厳しい。説明された規模の企画を本当に実現するのであればなおさらだよ。あと俺たち受験生はほとんど準備に参加できない。生徒会とシラヌイさんとセイヤだけで成立させるのは難しいよ」

彼の言っていることは概ね正しい。生徒会役員8名と私、言い出しっぺのセイヤ君だけじゃ到底実現できない。さすがに受験優先なので3年生の力は要所でしか使えない。


「私は全面的に協力するよ!」

そう言って手を挙げているのはリホちゃんだ。彼女はイベント実現派らしい。表情からやる気に満ち溢れているのが見て取れる。


「リホはそこまでの余裕ないでしょ?ここにいる受験生でこの時期に勉強以外のことができるのはクルスとセイヤくらいだ」

「…うー、そうだけど。でも、私やりたいもん!」

マサムネ君の冷静な回答に小学生のような理由でリホちゃんは反論する。


「せめてイベントの規模を少し落とそう。半日の時間を埋めるステージ発表とか、ビュッフェ形式の会場にするとか、その辺を省略すれば実現は簡単になる」

セイヤ君とリホちゃんのやる気を見て、イベントの開催は避けられないと踏んだマサムネ君が規模の縮小を提案する。


「マサムネの言っていることは正しい。けどそれは却下だ」

セイヤ君はそう告げる。


「理由は?」

「俺の案のほうが俺も参加者も楽しめると思うからだ」

堂々とそう告げた。マサムネ君はきょとんとした顔になっている。彼が驚くのも無理はない。セイヤ君は私に協力をお願いしてきたときから明らかに今までとは様子が違っていた。そのタイミングでやたらとリホちゃんとの距離感が近くなっているので、2人の間で何かあったのだろう。3年間、恋愛感情は持たれていなくとも相棒のようなポジションでいたつもりの私としては非常に不満を抱いてしまうが、最近の生き生きしている彼の姿を見るとなんだかんだ許してしまう。


「理想だけが高いとグダグダのイベントになって本末転倒になるかもしれないぞ」

「そうだな。だからこそマサムネの力が借りたい。頼む、俺を助けてくれ」

マサムネ君の忠告に対してセイヤ君は頭を下げてお願いをする。まったく、セイヤ君はずるいなぁ。私も彼に助けられてきたから今のマサムネ君の気持ちはよくわかる。どんな無理難題だって断れるはずがない。


「…はぁ、わかったよ。できる範囲で協力する」

「ありがとう!みんなもそれでいい?」

彼の問いかけに各々も了承する。生徒会役員については楽な行事を大変なものにしてしまう結果になったのだが、私とセイヤ君のためならと全面的に協力してくれるみたいだ。こんな後輩を持てて幸せだなと感じつつ、生徒会でもなんでもなかったセイヤ君まで慕われているのはさすがだなと思う。まあ、私が生徒会活動に彼を巻き込みまくったことが原因なんだけど…。


「よし!これで方向性は決まった。せっかくの最後のイベントだ。派手にやろう!」

セイヤ君の宣言で私の高校生活最後の大仕事が始まった。


◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆


「そんな感じでイベントやるから、ナガさんはそれを楽しみに受験勉強を頑張っててよ」

「わ、私、企画メンバーに呼ばれてねぇ…」

学校の自販機の前でココアを飲んでいるとキクチに話しかけられた。イベントの話を聞いて、私以外の仲良し組は企画メンバーに入っていることに疎外感を感じる。


「え?だってナガさんにそんなことしてる暇ないじゃん。俺たちよりも遥かに余裕ない状況なんだから」

相変わらずズバズバと私の心を抉るキクチの言葉に反撃しようと思うが、正論過ぎて反撃の言葉が見つからない。


「でも、声は掛けてほしかった…受験で余裕ないからごめんねって断るフェーズを挟みたかった…」

「めんどくさ。ていうか、誘われたら絶対参加しようとするじゃん」

キクチの辛辣な言葉に怒りを覚えつつも、誘われたら絶対参加する自信があるので反論はできない。


「うー、まあ私が馬鹿なせいだし仕方ないよね」

「そうそう」

キクチのことは一回本気で殴ったほうがいいかもしれない。


「あ、ちなみにイベントの名前は3年生を送る会から"ミナ高ラストパーティー"に変更になったよ」

「ダセェ…誰が考えたの?」

「クルス」

「まさかの学年一位だった…アキラって頭いいのか悪いのかわかんないな」

「そんなこと言ってたら勉強教えてもらえなくなるぞ」

「それは困る。セイヤとコトリが忙しくなる以上、アキラしか迷惑かけれる人がいないし」

「クルスも忙しくなるうえに受験生なんだけどなぁ」

アキラは受験余裕そうだし、そういうイベントの準備とかは上手いことサボりそうなので、勝手に迷惑かけても大丈夫だと思ってしまっていた。


「まあ、ナガさんがイベントの準備に関われないのは高校生活遊び惚けてたのが原因なんだから、その分を今苦しみな」

「うわぁ。リホみたいなこと言うじゃん」

いつだったかリホにも同じようなことを言われていじめられた気がする。


「リホも同じようなこと言ったんだ」

キクチが呟く。彼は何かを考え込むような顔になっている。


「どうかしたの?」

「あ、いや何でもない。企画をどうやって通すか考えてた」

「ま、キクチは私がミナラスを楽しむために準備頑張ってよ」

「ミナラスって何?」

「ミナ高ラストパーティーの略に決まってんじゃん」

「イベント名を受け入れるの早いな。俺なんてまだ正式名称も聞き慣れてないのに」

キクチは呆れたような顔で見てくる。なんて無礼な顔なんだ。


彼の表情は割と読みやすい。中学の頃からそうだ。好きな子の前だと明らかに顔が緩んでるし、イライラしていると眉間に皺が寄っている。そんなわかりやすい彼ではあるが、先程の何かを考え込むような顔からはどんなことを考えているか読み取れなかった。


「もうこんな時間だ。それじゃあ俺は行くよ」

「あ、うん。ばいばい」

そう言って彼は去っていく。その彼の後姿を見て思う。入学当初は私と同じだった背丈は随分と高くなった。童顔寄りだった顔もいい感じに大人な雰囲気になり、まあまあのイケメンになった。若干の人見知りだった彼も今では高いコミュニケーション能力を有している。自分に自信のなさそうだった彼はもういない。私が高校生活で成長した人物として真っ先に思いつくのはコトリよりもキクチだった。


そんな彼なのにどうしてなのだろう。


あの頃のほうが幸せそうに見えるのは。


◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆


「はい!これバレンタインデーのチョコ!」

そう言ってクルスから手渡されたのは様々な型で作られたチョコレートだった。


「まさか手作りしたのか?」

「もちろん。男の子はそっちのほうが喜ぶってネットに書いてあったから」

「いや、受験生が手作りチョコなんて作ってて大丈夫なのか?」

「そんなこと言ったら受験生がイベントの準備に関わってることのほうが問題だよ」

「確かにそうだ」

周りを見てみると各々が仕事に取り掛かっている。書類を作成している者、衣装を仕立てている者、スケジュール調整をしている者、イベントで振舞われる料理を電話で注文している者、予算とにらめっこしている者。その全員が俺たちと同じ受験生であった。これに比べればバレンタインチョコに割く時間なんて全然許容できる範囲か。


「まあ、ありがとな。今食べていい?」

「う、うん。もちろん!」

彼女は少し緊張した顔で返事をする。時刻は14時半。おやつには丁度いい時間だ。


2月に入り、3年生は自由登校となった。それなのに2日に1回は学校に出てきてイベントの準備をしている。受験間近の者たちがこんなことをしていたら怒られそうなものだが、今ここにいるメンバーは教師陣から特別に許可を得た者たちだ。つまるところ受験の心配を比較的されていない者たちである。


小腹も空いてきて、糖分も欲しくなったタイミングでチョコを渡されたので食べることとしよう。おそらくクルスはこれを狙ってこの時間帯に渡してきたのだろう。チョコレートを手に取ってまじまじと見る。確かクルスは料理を全然したことないと言っていたはずだ。そんな子が俺のために手作りしてくれたのいうのだから、正直なところ結構嬉しかったりする。


「うん。甘くて美味しい」

チョコを一つをひょいっと口に放り込み、俺は安直ではあるが正直な感想をそのまま伝える。感想を伝えても何も返事がない彼女のほうを見ると頬を赤らめてにやけていた。普段ペラペラと喋る彼女にこういう反応をされると居心地が悪い。俺は受け取った袋の中身を半分ほど食べてから、残りは鞄の中に入れる。


「残りは帰ってから食べるよ」

そう彼女に伝えた。


「うん」

彼女はそれだけ言って去っていった。いつもより随分と口数の少なくなった彼女の耳が赤くなっているのが見えた。その姿に本当に俺のこと好きなんだなとか思ってしまい、間違ってはいないのだろうが自意識過剰な気がして恥ずかしくなってしまう。


「モテモテだな」

そう話しかけてきたのはセイヤだった。


「別にモテモテではないよ。クルスだけだよ」

「本当?他にチョコもらってないの?」

そう尋ねられてばつが悪くなる。実のところ、俺の机の引き出しにチョコが入っていたのを今日の朝に確認している。差出人は不明で、てっきりクルスかと思ったが彼女ではないとすぐに気づいた。


「何か知ってるのか?」

俺はセイヤに質問する。


「やっぱり貰ってたんだ。誰からか聞いてもいい?」

「差出人は不明だよ。匿名希望の誰かさんらしい」

俺は事実を彼に伝える。


「本当に誰かわからないの?」

そう返されて俺はさらにばつが悪くなる。


「別にセイヤに言うことでもないだろ」

そう言って俺は逃げるように廊下へ出ていく。


「昔のマサムネはもっと素直だったのにな」

そんなことを言う彼の言葉は聞こえないふりをした。


廊下に出ると一気に寒くなるのを感じる。あと半月で一応は春になるわけだが、春の気配はまだ感じられない。廊下に出たのはいいものの、行く当てもないのでどうしようかと悩む。授業中の教室には近づかないほうがいいし、自販機に行ってもいいが財布は生徒会室の中だ。どうしようかなと思い何となく下駄箱のほうへ向かう。


「あ」

「あ」

下駄箱の前まで来ると両手にビニール袋をぶら下げたリホとばったり出くわす。


「お疲れ。買い出し行ってたんだ」

「うん。必要な細かい物をいろいろと。あとみんなにちょっとした差し入れを」

彼女はビニール袋を俺に見せるように胸のあたりまで持ち上げて言った。


「それはご苦労様です。片方持つよ」

俺は手を差し出す。


「あ、ありがと」

彼女はゆっくりとした動作で片方の袋を手渡してくる。


彼女からありがとうとお礼を言われたので俺も言うべきかどうか迷う。もし的外れだったらとかの心配はない。そこについては確信している。確信しているからこそ言うべきなのだろうが、彼女的にはどうなのだろうか。


「俺のほうこそ、ありがとね」

迷った結果、感謝の言葉は伝えることにした。


「何が?」

彼女は不思議そうに聞き返す。


「その、美味しかったから。それのお礼」

敢えて具体的な文言は避け、伝えたいことだけを伝える。


「美味しかった?…あっ。な、何のことでしょうか?」

何に対してのお礼か察した彼女はごまかす選択をしたらしい。


「さすがに気づく。別に隠さなくていいのに」

そう、別に隠す必要はない。俺の机にチョコを入れたのがリホであることなんて。最初こそクルスからかと思ったが、箱の包装のされ方ですぐに感づいた。そして中身のチョコを見て、誰が作ったのかを確信してしまった。


「いやー、あはは。元カノからのバレンタインチョコはさすがにキツイかなと思って」

彼女は気まずそうに答える。俺も気まずい。


彼女の言う通り普通に考えれば元カノからのバレンタインチョコなんて迷惑だろう。俺だってこれが他人の話だったらちょっと引くと思う。だけど受け取った本人の俺からすれば迷惑だとは思わなかった。むしろどちらかといえば…そこまで考えて思考が止まる。


彼女からチョコを貰った事実は嬉しく感じているように思う。しかし、それは恋人時代の時に感じた嬉しさとは別のように感じる。迷惑ではない。だが舞い上がるような喜びがあるわけでもない。かといって何も感じないわけでもなく、心が温かくなるような感じがしないでもない。なんというかモヤモヤする。クラスの女子から義理チョコをもらった時とも、女友達から友チョコをもらった時とも、母親からチョコをもらった時とも、クルスから本命チョコをもらった時とも違う感情。俺にとってリホはいったいどういう存在になってしまったのだろうか。


「あの、やっぱり迷惑だった?」

俺が考え込んでしまったせいで不安になったリホが聞いてくる。


「いや、迷惑じゃないよ。正直なところ自分でもどういう風に受け取ればいいのかわからないんだけど…」

きっと彼女がくれたチョコは義理チョコでも友チョコでもない。それならばわざわざ差出人であることを隠したりはしないだろう。つまるところ、そういうことだ。その彼女の気持ちにどう答えるべきなのかはまだわからない。わからないけれど…


「チョコは俺好みの苦さで好きだったよ」


俺は今の自分に言える確かな気持ちを彼女に伝えた。


◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆


ミナ高ラストパーティーの準備は順調に進んでいた。


そんな順調と呼べる状況を作り出したのは、言い出しっぺの俺ではなくコトリであった。一番の課題であった人手不足は彼女の人望によってほとんど解決した。既にサッカー部とテニス部、女子バスケ部に文芸部の方々がイベント当日は設営と運営を協力してくれることが決まっている。


それに加え5名の教師を完全にこっちの味方につけることができた。企画書については俺とコトリ、マサムネ、現生徒会長の4人で学校側が開催を拒む要素を徹底的に潰して作成した。既に運営の際の人手を確保できていること、ほとんど文句の付け所のない企画書であること、それに5名の先生方の後押しもあってこの無茶な企画を学校側に承諾させることに成功した。


人手不足はコトリが、在校生への指示は現生徒会長が、企画書はマサムネが大きく貢献してくれた。正直なところ、俺はその中では一番活躍していない。確実に役には立っているのだが、どうにも要所での実力不足感が否めない。が、これについては気にしないことにしている。何事にも適材適所だ。彼らのような尖った能力がない分、俺には器用貧乏というオールラウンダーな性能がある。それらを活かして各々の現場へ行き、作業効率のための潤滑油となる。


そんな弱音を吐かずに突き進むことを己の人生に定めた俺にも、唯一弱音を吐ける相手がいた。その相手に自分の能力不足について少しだけ嘆いてみる。


「セイヤで能力不足なら私はどうなるのさ。私の行動でみんなの役に立った行動って、今のところ差し入れを買ってきたことなんだけど」

俺が唯一弱音を吐ける相手"カワイ リホ"に心中を伝えた結果、まさかの弱音で答えが返ってきた。


「リホがいてくれるだけで俺は安心して全力を出せるから、リホは個人的に一番必要な存在なんだけど」

正直な気持ちを伝える。俺は彼女に対して今さら胸の内を隠す気など微塵もなかった。


「その言葉は嬉しいんだけど、言い回しが少し気持ち悪いんだよなぁ。傍から見ると恋人とかに言うようなセリフなんだよ」

若干引いたような顔で俺の親友は答える。


「恋人ではないけど、俺にとってリホは結婚式で新郎の友人枠としてスピーチを頼むくらいの存在だよ」

「いや、絶対私じゃないでしょ。アサガオ君とかマー君に頼んであげなよ。ていうか、どっちかと言えば私は新婦の友人枠だよ」

「俺とアイのどっちが大事なんだ!」

「その質問も気持ち悪いな。あと、まだ付き合ってもないのにアイと結婚する前提なのもキモイよ。2人の関係を応援してる私が言うのもなんだけど」

キモイと言われるのはさすがに傷つく。まあ、今のは冗談のやり取りだ。アイと結婚したいとは思っていても、アイと結婚する前提でいるほど俺の神経は図太くない。


「まあ、冗談はこれくらいにして、セイヤは本当に公開告白をするつもりなの?」

もう少し彼女とおふざけをしていたかったが、真面目な話を振られたので真面目に答える。


「そのつもりだよ。ぶっちゃけ恥ずかしいからしたくない気持ちもあるんだけど、アイってそういうの好きそうじゃない?」

「うん、好きそう。あの子は目立つことが好きな傾向にあるし。私ならそんなの絶対嫌だけどな」

「リホは目立つの嫌いだもんね。リホならどういうシチュエーションがいいの?」

「それはまあ、保健室でキャンプファイヤーを見ながら2人きりで…おい、うわぁて顔するな。こいつまだ引きずってやがるみたいな表情やめろ」

俺の思っていることを当てられる。彼女には俺の考えなどお見通しらしい。さすがだ。


「それならまたマサムネを保健室送りにする必要があるってことか」

「いや、駄目だよ。そんな倫理観ゼロの作戦から告白なんてできないって」

真面目な話を始めたつもりだが、いつの間にかまたおふざけな会話になっている。まったく、リホはすぐ話を脱線させる。


「そういえばマサムネに匿名でチョコあげたのってリホでよかったの?」

「なぜ匿名のはずなのにみんなから当たり前のようにバレてるんだ…」

「その様子だとマサムネには気づかれたみたいだね」

「ついでに言うとアキラとアサガオ君にもね」

「まあ、気づいてもらえてよかったんじゃない?」

「うーん、そうだね。直接お礼も言われたし」

そう言うリホは少し口元が緩んでいる。マサムネにチョコを渡してた時のアキラを見ている俺とすれば若干複雑な気持ちになるが、この三角関係において俺が誰の味方をするのかはもう決めている。


「リホはいつ告白しようと思ってるの?もう残された時間も少ないわけだけど」

俺は尋ねる。そこまで踏み込むのもどうかと思ったが、踏み込むことで俺が力になれることがあるかもしれない。


「まだ決めてない。チョコの件でマー君には私が未練あるのバレたと思うし。マー君が私をどう思ってるのかは観察してみてもよくわからないんだよな」

確かにマサムネの考えていることは俺にもわからない。もしかするとマサムネ自身もよくわかっていないのかもしれない。


「セイヤはいいよね。告白したらカップル成立になるの確定してるわけだし」

「いや、これでも結構不安を感じてるんだけど…」

確かに普通に考えれば日頃から俺に告白をしてくる子が相手のわけだから、俺からの告白は成功するのが決まっているようなものだ。

だが恋愛感情というのは難解なものらしく、人によっては自分から行く時は好きだったけど、相手から来られると冷めるというパターンもあるらしい。ソースは同じクラスの女子。アイがそのパターンの可能性もあるので、考えれば考えるほど不安は増していく。まあ、どんなに不安があろうと勝算が低かろうと告白することは心に決めているので、あとは最善を尽くすだけだ。


「あ、そろそろ仕事の時間だ。私は愛しのコトリちゃんの手伝いをしてくるよ」

そう言ってリホは立ち上がる。


「リホってコトリのことちょっと好き過ぎない?コトリといる時の目がたまにヤバいよ」

「目がヤバいとか失礼な。私はただ全力でコトリちゃんに愛情を注いでるだけだよ。あぁ、一緒に住んでくれたりしないかな」

リホの目がヤバいことになっている。コトリ大丈夫かな…そのうち監禁されたりしないよな…。


「コトリちゃんと一緒にいられるって思ったらテンション上がってきた!よし、それじゃあ行ってくるね!」

「頑張ってー」

彼女はやたらと興奮した様子で去っていった。もしかしてマサムネよりコトリと一緒になったほうが幸せなんじゃないか…。


そんな心配をしつつコトリのことを考える。

自分の弱さを受け入れ、勇気を振り絞って踏み出し、努力によって成長した女の子。俺が誰よりも尊敬している人物。

みんなを幸せに導きたいと傲慢な信念を持っている俺ではあるが、コトリに関してはしてあげられることが大して思いつかなかった。きっと彼女は俺の力などなくとも幸せを掴み取るのだと思えてしまう。


今のコトリに何か望んでいることはあるのだろうか。可愛いだけの自分をぶっ壊したいと望んだ彼女。その望みも既に叶っている。もし他の望みがあるのなら、俺がそれを叶えてやりたいと思う。

彼女とはこれから先もずっと親友でいるつもりであるが、4月からは頻繁に会うこともできなくなる。その前に何かしてあげたい。


可愛いだけの自分をぶっ壊したい。それと同列の望みがシラヌイ コトリにあることに気づけない愚か者はそんなことを考えていた。


◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆


受験まであと1週間となった。ここまで来るとさすがにイベントの準備に手を付けている暇はない。朝から晩までみっちり勉強漬けのフェーズに入る。そんなストレスで心が荒む時間を癒すため、私はお人形さんのように、妖精さんのように、天使様のように、女神様のように可愛いコトリちゃんに勉強を教えてもらっていた。


コトリちゃんは入学当初の成績が下から数えたほうが早いくらいだったらしいが、今ではセイヤと同じくらいの成績を誇っている。一生懸命に努力をしたのだろう。仲良くなった時にはもう優秀になっていたせいで、発展途上のコトリちゃんを見れなかったことが私の高校生活における最大の後悔だと言っても過言ではない。


今日は朝からコトリちゃん行きつけの図書館に来ている。途中で短い休憩を挟みながら勉強に精を入れる。気づけば夕日が沈み始める時間帯になっていた。そんな長時間勉強しているせいで私の集中力もさすがに切れてきた。


「コトリちゃん疲れたー。ナデナデして~」

こういう時は存分に甘えることが重要である。


「子供みたいなこと言わないの。集中力切れたんなら休憩する?」

ナデナデしてもらうためにコトリちゃんの前まで出した頭に優しくチョップされた。ナデナデはしてもらえなかったが結果オーライである。


「うん、ちょっと休憩~。雑談しよー」

「はいはい。リホちゃんはマサムネ君とはどんな感じ?」

「おぉ…いきなり恋バナか。なになに?もしかして私がマサムネのこと好きだから妬いてくれてるの?」

ちょっと恥ずかしくなった私は茶化す方向で返事をする。ちなみに本当にヤキモチを妬いてくれてたらキュンとしちゃう。


「ううん。ヤキモチとかは全然ないよ。ただどんな感じだろうと思って」

ヤキモチを妬いてくれない事実に胸を抉られつつ、真面目に答えようと口を開く。


「どんな感じって…普通に楽しくお喋りはできてるけど、それ以上は特にって感じかな。避けられたりはしてないし、むしろ向こうから話しかけてくれることも多いけど、あくまで友達の距離感かな」

「なるほどねー。マサムネ君もなかなか読めないね」

コトリちゃんは何か考えてている。おそらくマー君の心境を想像しているのだろう。


「アキラは何か言ってたりした?」

恋敵の状況を探ってみる。イベントの準備では私と同様に仲良さそうにしているが、マー君が恋愛感情を抱いているようには見えなかった。私の願望が含まれて、そう見えているだけかもしれないけど。


「あー、アキちゃんは、その、えーと…」

コトリちゃんは何かを言いずらそうにしている。これは何かあったな。


「何かあったの?教えて!」

私は問い詰める。嘘つくのが苦手なコトリちゃんは観念して答える。


「まあ、口止めされてるわけでもないし。アキちゃんはこの前、マサムネ君と水族館デートに行ってます」

おぅ…その事実は思ったよりも私の心に響く。なんだかんだでマー君はアキラの猛アピールをはねのけてたのにデートだと。くそぅ…受験間近なのにデートなんか行きやがって。


「リホちゃん、大丈夫?凄い顔になってるよ」

おっといけない。コトリちゃんに心配させてしまった。


「全然大丈夫。私なんてマー君と何回デートしたことか。大人の余裕ってやつを見せてあげるよ」

「そんな目を泳がせながら言われても…」

それにしても失敗したな。アキラも状況は私と大して変わらないと踏んでいたのに、そこまで上手くいっているとは。自分に関わる恋バナなんて受験前にするもんじゃないな。


「ちょっと話題を変えよう。コトリちゃんのほうはセイヤに告白とかしないの?」

受験の終わっている彼女に恋バナを振る。セイヤがアイに告白しようとしている今、この質問は残酷な内容なのだが彼女の心境は聞いておきたい。セイヤとアイが結ばれることを望んでいる私ではあるが、だからといって彼女の恋心を知らんぷりするつもりはなかった。自身の行動と矛盾していたって寄り添えるのであれば寄り添いたいのだ。


「そこについては考えてることがあるよ。といっても、私はもう失恋しているようなものなんだけどね。まあ、大学生活が始まるまでにはセイヤ君のことなんてキッパリ諦めるよ」

寂しそうに、でもどこか嬉しそうに彼女は言った。


「コトリちゃんは強いね」

思ったことを伝える。こんなに可愛くてこんなに強いなんてやっぱり最高の生命体なのではないだろうか。心底憧れてしまう。


彼女に寄り添いたいなんて思ったが、そんなことしなくても彼女は己の力のみで立てるのだろう。まあ、彼女自身で何とかできたとしても私が寄り添いたいので寄り添うのだが。


「強いなんて初めて言われたかも。ずっと弱虫って言われてきたから。我ながら人って変われるものだなって思うよ」

笑いながら彼女は言った。私も変われるのだろうか。


思えば高校生活のわずか3年間でみんな何かしらの変化があった。

マー君とセイヤなんて正に変化の代名詞のようなものだし、アキラもコトリちゃんも入学時とは全然違うらしい。

アイについては変化が少ないように見えるかもしれないが、初めて会った頃はちょくちょく人を見下すような発言をしていた。今ではそんな発言をすることもなくなった。

まあ、どちらかと言えば私のほうが人を見下す発言は多かったんだけど。気を付けなければ。

アサガオ君については初めて会った時からあんまり変わってないな。最初から優しいイケメンの女好き紳士だった。


「私も変わりたいなぁ。やっぱり変えたいところは日頃から意識してないとだよね」

欠点は多いのに大して成長できていない私は反省する。頭ではわかっているが、いざ変わろうと意識して生活してみてもなかなか上手くいかないものである。


「リホちゃんも変わったと思うけどなぁ。1年生の頃とか遠目に見てたけど、すごい話しかけづらい雰囲気纏ってたもん。あの頃はなんかトゲトゲしてた。今はトゲトゲもなくなって丸くなった感じ」

まじか。そういえばマー君にも付き合い始めてしばらく経った頃に同じようなこと言われたな。どうやら私も自分で気づかないうちに変わっているらしい。


「近寄り難い感じじゃなくなったのはきっとみんなのおかげだな。みんなが優しいから過剰な警戒心が薄れていった気がする」

「私たちは友達に恵まれたね」

「そうだね。コトリちゃんだってその友達の1人だよ」

私がそう言うと彼女は少し頬を赤らめる。やだ、可愛い。この子本当に持って帰っちゃダメかな。


「はい、雑談おしまい!リホちゃんもニヤニヤしてないで勉強に戻る!」

恥ずかしさに耐えられなくなったコトリちゃんが勉強の再開を指示してくる。


「さっ、勉強頑張らなくちゃ。受験終わったらミナラスも待ってることだし」

コトリちゃんとの雑談で回復した私はやる気が漲っている。


「うん、頑張ろう。イベントも高校最後の思い出になるからね。セイヤ君も言ってた通り派手にやらなくちゃ!」

そう意気込むコトリちゃんの目もやる気で漲っているようだった。


高校生活もあと少し。私たちはいったいどんな結末を迎えるのだろうか。


◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆


朝のホームルームが始まる1時間前に学校に着く。2月ももうすぐ終わりだというのに今日はかなり寒い。アスファルトには少しだけ雪が積もっている。


いつもは遅刻ギリギリの時刻に登校することの多い俺が1時間も早く学校に来てしまったのは、意外と高校生活が終わる事実に名残惜しさを覚えているからかもしれない。


下駄箱で『アサガオ』と書かれた箱を開き、通学用のローファーを入れる。校舎には生徒の姿はほとんど確認できず、まだ薄暗い廊下が少しだけ心地いい。教室の中に入る。まだ誰も来ていないようで、電気もついていない教室はやけに広く感じる。室内も凍えるほど寒いので、温かい飲み物でも買おうと再び廊下へと出る。


人の少ない校内を目に焼き付けるようにゆっくりと歩く。文化祭とか体育祭とかいつもの何気ない日常が頭によぎり、らしくもなく立ち止まって感傷に浸る。そうやって立ち止まっているとコツコツと足音が近づいてきた。足音のほうを見ると大きめのキーホルダーがぶら下がった鞄を見覚えのある女子生徒が抱えて歩いている。彼女は俺に気づくと気まずそうに顔をそらす。2学期の終わりに別れた恋人だった。


「おはよう」

俺は挨拶の言葉を口にする。彼女は睨むように、そして期待するように俺のほうを見た。


「おはよ」

短く挨拶を返される。このまま終わりでもいいが、なんとなく会話を試みてみる。


「ひさしぶり。元気してた?」

「…まあ、全然楽しくやってるけど?」

見栄を張るように彼女は答える。


「もうすぐ卒業だから、会うこともなくなっちゃうな」

「別に今日だって会う気があったわけでもないでしょ?」

不機嫌さを演出するように彼女は振る舞う。それでも会話をしようとするところに彼女が望んでいる言葉が透けて見えてしまう。そんなことには気づける自分を腹黒いなと思いつつも、相手を見透かそうとしているわけでもないのに察してしまうのはどうしようもないのでそこは割り切っている。


「確かに会うつもりはなかったけど、会えたことは嬉しいよ。別れる時に友達でいようって言ってくれたじゃん。だから俺はそのつもりだよ」

彼女が望んでいるものとは違う言葉を伝える。俺と一緒にいることが辛いから別れたいと彼女は言った。そして友達でいようとも言った。ならばこれ以上は踏み込むべきではないだろう。


「っ!いっつもそうやって…!」

怒らせてしまった。言い回しを失敗したかと反省する。


「コウはいつもそうだよね。優しいようで優しくなんてない。受け入れてくれているようで奥底では受け入れてない。コウってさ、誰かを好きになったことないでしょ?」

彼女の言っていることは理解できなかった。俺は彼女の良いところも悪いところも受け入れていたし、彼女のことを確かに好きだった。なのにそう思われていないのは俺の伝え方が悪かったからなのだろうか。


「そんなことないよ。俺はちゃんとカオリのこと好きだったよ」

彼女"ヒメカワ カオリ"の名前を口にする。俺の言葉に嘘なんてない。


「なんで伝わらないのかなぁ。コウは好きだったて本気で思ってるかもしれないけど、そんなの違う。コウはただ、私のことも、それまでの人たちのことも、嫌いじゃなかっただけだよ」

彼女の言葉には納得できないのに、やたらと胸のあたりがチクチクする。


「コウはさ、人に関心がないんだよ。だから簡単に好きなんて言えて、普通は嫌いになるような部分も受け入れちゃうんだ。だけどそれは本当の意味で受け入れたことにはならない」

彼女の言葉の意味はわかる。でもそれが自分に当てはまっているとはやはり思えなかった。


「カオリにはそう見えてたんだね。ごめんね。上手く彼氏することができなくて」

そう伝える。彼女には本当に申し訳ないと思っていた。彼女だけでなく、今までお付き合いしてきた人たちにもだ。俺はずっと相手を幸せにしたいと思って彼氏をしてきた。しかし、いつも彼女たちは辛そうな顔をして去っていった。俺には何かが足りていない。周りよりも遥かに多くのものを持って生まれた俺には、周りが当たり前に持っている何かが備わっていないのだろう。


「ううん、コウは完璧な彼氏だったよ。でも私は完璧な彼女じゃなかった。きっと他の人たちだってそうだったんだよ」

彼女の言葉に何も返すことができない。俺が上手くやれていたのだと言うのなら、俺にできることはもうないではないか。


「じゃあね、コウ。たぶん言うタイミングないと思うから今言っとく。卒業おめでとう」

そう言って彼女は去っていった。俺も彼女とは反対の方向へと歩きだす。


自販機の前に着く。お金を入れて飲み物を買う。このいつもの自販機をあと何回使うのだろうか。

温かい飲み物を求めてここへ来たのに、俺は冷たいコーヒーを買っていた。コーヒーを口に流し込む。寒さで震えるかと思ったが意外とそんなことはなく、コーヒーを熱いとも冷たいとも思わなかった。


俺の心は今日も平常だ。燃え上がりも凍り付きもしない。好きな子から熱い視線を送られても、冷たい態度をとられても、俺自身はその温度の影響を受けたりはしない。


コーヒーを飲み干す。自ら求めて買ったコーヒーも中身が空になってしまえばもう必要ない。俺は空になった缶をゴミ箱に捨てた。

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