なんなのよ…
不倫はしてませんでしたが、夫を置いて飲んだり、遊びに行ったりしてました。
4年前、私は同い年の夫とすれ違いの生活から離婚した。
当時私は結婚3年目の28歳。
お互い仕事が忙しく、夫婦というより、単なる同居人のような関係に虚しくなった私は自分から離婚を切り出した。
当初は驚いて私を説得していた夫だったが、こちらの意思は固く、最終的には離婚に同意したのだった。
慰謝料無し、財産は折半。
不貞行為も無かったので、弁護士を挟む事もなく、離婚条件はスムーズに纏まった、
当時住んでいたのが賃貸マンションだったので、そちらも揉める事なく、こうして一ヶ月後、あっさり離婚は成立した。
『やっと自由になれたわ!』
結婚生活に煩わしさを感じていた私が最初に思った気持ちがこれだった。
もう残業だからと、夫に連絡する必要も無い、深夜の帰宅に感じる気まずさも。
それは新しい人生が始まる一つの転機となる筈だった。
しかし、今の私は孤独の中に居る。
独身に戻り、楽しい独り身生活は半年もすると寂しさが勝り始めた。
いくら仕事に打ち込もうが、同僚や友人達と遊んでも心が満たされない。
周りの殆どが家庭を持っていた。
中には独身やバツイチ仲間も居たが、最後には何故か傷の舐め合いみたいな空気になってしまう。
無い物ねだり、結局はそんな物だった。
今日もワンルームの家に帰ったら、1人。
静かな部屋にポツンと座る。
食事も自分で作らなければならない。
面倒だから普段は外食で済ませているが、今日みたいに1人の時はテイクアウトを自宅で食べる。
食事はまだいい、問題は毎日の家事だ。
どれだけ疲れていても、掃除や洗濯、全て自分でしなくてはならない。
クリーニングに出してもクローゼットに入れなくてはいけないし、日用品もネットで購入したら自分で補充しなくてはいけない。
それならハウスキーパーに全部頼めばいいが、余り他人を家に上げたくない。
結婚していた頃は、私が疲れていると分担していた家事を夫は代わってくれた。
当時はそれが当然だと思っていたのだ。
「政志さん…」
離婚以来、一度も夫と会ってない。
せめて連絡しようにも、夫は離婚後直ぐに転職して、遠方に引っ越してしまった。
以前の携帯も通じない。
おそらく昔の携帯は解約して新しく契約をしたのだろう。
共通の知り合いに尋ねても、皆一様に分からないと言うばかり。
義実家とは元々折り合いが悪かったので聞く事は出来ない。
再会する道は完全に断たれていた。
「…こんな事なら離婚なんかするんじゃなかった」
もっと仕事を抑えるべきだった。
いや、せめて会話を増やしていれば、すれ違いは避けられた筈だったのに。
実家の両親は二世帯住宅を建て、妹夫婦と同居しているので、バツイチの私には居場所が無い。
盆や正月に帰ってこいすら言わない。
夫を気に入っていた両親は最後まで離婚に反対していたから、尚更だろう。
「私の人生詰んだかな?」
まだ32歳なのに。
この先長い人生、今の孤独が続くのかと想像すると、ゾッとする。
もちろん新しい出会いを求めた事もある。
知り合いの紹介や、婚活サイトに登録もしたし、相談所にも。
しかし、結婚には結びつかなかった。
やはり前回の離婚が原因だろう。
結婚に向かない人間と思われたに違いない。
「…あ、電話」
今日も1人、温めた冷凍食品を食べていると携帯が鳴った。
「小百合か」
それは友人の斎藤小百合からだった。
離婚以来、疎遠になってしまった昔の友人の中で、今も連絡を取り合っている僅かな人が彼女だった。
「もしもし小百合」
『史佳久しぶり』
『そうね、急にどうしたの?」
懐かしい旧友の声に心が弾む。
1年振りくらいだろうか。
『実は浜田さんが史佳に会いたいって』
「浜田って…まさか」
『そうよ、浜田政志さん。
あんた自分が旧姓に戻ったから、前の名前忘れちゃったの?』
「そんな訳…」
頭が追いつかない。
懐かしい夫の名前、それに私に会いたいって…
『聞いてる?』
「き、聞いてるわよ」
声が上ずってしまう。
「でもなんで小百合が夫と連絡を?」
『元夫でしょ?
家の旦那に連絡があったそうよ、急な事でこっちもビックリしたわ』
「そう…なんだ」
確かに小百合夫婦と私達夫婦は離婚前に交流があったけど。
『で、会うの?』
「え、ええ」
もちろんだ。
どんな理由で私に会いたいのか分からないが、断る選択肢はない。
『わかった、それじゃまた詳しくはメールするから』
「あ…ちょっと」
『それじゃ』
まだまだ聞きたい事は山程あったのに、小百合はあっさり電話を切ってしまった。
だが一つの希望が胸に灯った。
「…ひょっとして復縁とか」
夫も私のように離婚を後悔しているのでは?
だから連絡を…
心が躍った。
それから一ヶ月後、私は約束したレストランに居た。
「変じゃないよね」
髪は昨日美容室でセットした。
服も結婚当時着ていた感じの物を新たに購入した。
「待たせたかな」
「あ…え?」
声を掛けられ振り返ると、そこには昔と変わらず、いや以前より凛々しくなった夫が立っていた。
「ま、政志さん」
「ああ、久しぶり」
少しはにかんだ笑顔は昔のまま。
私の胸は初恋を知った少女のように弾んでいた。
「今日は、わざわざすまない」
「い…いいのよ」
対面の席に夫が座る。
引き締まった身体を包むスーツは高級そうだ。
左袖からチラリと見える腕時計だって海外の高級メーカーの品物。
履いてる靴もはっきり分からないけど、きっとブランド品に違いない。
結婚してた頃はそんなのに気を使わない人だったのに。
「会社を立ち上げたの?」
「ああ、転職した会社から独立したんだ。
今年で2年目なんだよ」
「凄いじゃない!」
軽い雑談のつもりが、つい切り込んでしまった。
しかし、早速衝撃の事実が判明した。
まさか社長になっていたなんて。
この身なりから察するに、事業は順調みたいだ。
これを逃がす手はない。
「で、政志さん話って何かしら?」
早速だけど話を始めよう、どんな仕事の内容かも気になるが、少しづつ聞き出していこう。
「僕のこれからに聞きたい事があってね」
「これから?」
「ああ、これからだよ、もう失敗はしたくない」
「そ…そっか…これからが大事だよね」
なんて事だ!
政志さんも私と同じ事を考えていたんだ!
「それじゃ始めるね」
「ええ、どうぞ」
きっと私の現在を聞きたいんだ。
安心して、今は付き合ってる人なんか居ないし、借金もないから。
「なんで僕と離婚しようと思ったの?」
「は?」
何を言い出すんだ?
「だから何で君は僕との離婚を考えたのかなって」
「そんな事、今更聞いてどうするの?」
「今度は失敗しない為だよ。
結婚生活、僕なりに頑張っていたつもりだったけど、君は離れてしまった。
何が悪かったのか分からないと、また失敗するだろ?」
「それは…」
もう確信しても良いだろう。
彼は私と復縁をする意思があるんだ、それなら確認を先に済ませよう。
「政志さん、再婚とかしてないの?」
「僕が再婚?
まだしてないよ、その事が知りたくて今日来たんだから」
「そ、そうよね」
やった!!
これでもう憂いは無くなった。
「わ、私も独り身なんだ」
「そうみたいだね、斎藤さんの旦那さんが教えてくれたよ」
「そ…そうなんだ」
素っ気なく返されてしまった。
だけど知ってたにしても、驚いた顔くらいして欲しかった。
今日は私達にとって再出発の記念日になるんだから!
「教えてくれる?」
「もちろんよ」
前回の様な事にならない為、なら任せて!
「もっとコミュニケーションを取っていたら良かったと思うの」
「コミュニケーションを?」
「そうよ。
夫婦なんだから、もっと会話が必要だったと思うわ」
何気ない会話が繋ぐ夫婦の絆。
意外と気づかないけど、大切なコミュニケーションの一つね。
「僕は出来るだけ君に話掛けてたつもりだったけど…」
「そうだったかしら…」
そういえば、なんかそんな記憶あるけど。
「君はいつも疲れてるから後にしてって、僕を無視していた」
「う…」
「そんな状況で会話なんか出来なかったよ」
そうだった、忘れていた。
それなら…
「食事の時は?
食べた後にでも」
離婚前、夕飯は出来るだけ家で食べていた。
政志さんは料理が得意だったから、外食するより安くついたから。
「君は食べたら、さっさと寝室に行ってたよね、
部屋に鍵までしてさ」
「…それは…やり残した仕事を片付ける為だったのよ。
貴方とご飯を食べたいから、無理して帰ったからね」
「鍵は?」
「集中したかったから」
「部屋から君の話し声が聞こえた時もあったよ」
「ひ!独り言よ、きっと」
そこまで記憶にない。
だけど、多分電話でもしていたんだろう。
「まあいいや、もう済んだ事だし」
「そ…そうよね、大事なのはこれからよ」
これから反省すれば良い。
昔の生活を改めれば、それで大丈夫。
「後は?」
「後か…」
後は何があったかな?
浮気はしてなかったし…
「もういいよ、ありがとう」
「え!」
急にどうしたの?
政志さんの態度が冷たくなった気がする。
「予想はしてたけど、余り参考にならなかった。
僕達相性が悪かったんだな」
参考?相性?
「それが分かって、あなたに何の得になるのよ」
「もう失敗したくないんだ。
君との結婚生活で僕は自分なりに精一杯頑張ったつもりだったけど、ダメだったろ?」
「それは…ごめんなさい」
「いいよ、謝られたら一層惨めになる」
傷つけるつもりは無かったのに。
「浮気や不貞も疑ったけどね」
「それは無かったよ」
これだけは信じて欲しい。
「分かってるさ、君は自分の仕事が全てだった。
だから僕の事なんか全く見て無かった。
自分の生活を過ごし易くする為、結婚する事で社会的な立場を積み重ねたかっただけだったんだろ?」
「違うわ!」
「違うのか?」
「本当に好きだったのよ!
別に立場なんかどうでも良かったの」
愛していたから結婚した。
打算なんか無かった。
「それならなぜ、あんな結婚生活になったんだ?」
「それは…」
ダメだ、頭の中はぐちゃぐちゃで上手く言葉が出て来ない。
「僕との会話より仕事。
僕との約束より、会社の飲み会。
僕が何を考えて過ごしていたか、一度でも考えた事ある?」
「…ごめん」
「すまない、僕も遂言い過ぎてしまった」
しくじってしまった。
これで復縁は遠退いたかもしれない…
「これからちゃんとするから」
とにかく会話だ。
目を逸らさず、コミュニケーションを取らないと。
「何の話だ?」
「これからちゃんとします。
あなただけを見ます」
「お…おいだから何の話だ?」
まだ伝わって無いの?
「仕事も控える。
残業も減らすし、給料も共同で管理しましょう」
そうよ、思い出したわ。
給料はそれぞれ自分で管理してたんだった。
以前の結婚生活では水道や光熱費は折半で、家賃と食費は夫持ちだった。
当然負担は夫の方が多かったのに、離婚の時に私が財産分与で多く貰っていたんだ。
「何か勘違いしてないか?」
「勘違い?」
私が勘違い?何の事?
「僕は君と復縁するつもりなんか無い」
「はあ?」
キッパリと復縁を否定する夫に目の前が黒く塗り潰されていく。
「だってこれからの為って」
「それで誤解したのか…」
「誤解?」
「結婚を考えてる人が居るんだ」
「………へ?」
「相手は転職先で僕を指導してくれた上司でね。
会社を立ち上げた時も、彼女は自分のキャリアを捨ててまで、僕を支えてくれたんだ、3歳年下なんだけどしっかりした女性だよ」
聞きたくもない事を嬉しそうにベラベラと…
「だったら勝手に幸せになったら良いじゃない!
何よ人をバカにして!!」
「バカになんかしてないさ」
「いいえバカにしてるわ!
どうせ惨めな私を嘲笑いたくて呼んだんでしょ!!」
怒りから言葉が止まらない。
こんな事なら来るんじゃ無かった。
「…そうかもな」
「はあ?」
「心の奥底では君を憎んでいたのかもしれない。
力を合わせて共に歩むのが夫婦。
だから君を幸せにしたかったのに…
何が悪かったのかって」
「それが何?」
「ようやく気づいたよ、俺より君の方が遥かに悪かったんだとな」
そう言い残し、彼は静かに立ち上がった。
惨めだ。
何が悪かったのか?
いや、そんな事を今更考えても仕方ない。
この先も人生は続くんだ。
先を見なくては…
「私の人生って、なんなのよ…」
涙が止まらなかった。